act.72 死








スピーカーの役割を担った赤い球体は音を増量させ弾けると、周囲の氷の球体と爆発を引き起こした。特攻を積みに積みまくった凶悪な連鎖爆発となり音と衝撃波、アシマリのハイパーボイスとアヤの良くわからない吐き出した音が混じってとんでもない威力へと化けた。

周囲の木々を数本なぎ倒し、土を抉る。弾けた氷は破片となり、鋭利な凶器となって周囲に弾け飛ぶ。アヤ達の方へ飛んできた破片はアシマリの守るが瞬時に発動し無傷で済んだが。

ペンドラーは潰れたような声を出して身体中の至る所に深々と破片が突き刺さっていた。地面に倒れ伏し、ピクピクと動いているそれを見て「や、ヤバイ。死んじゃった…?」と予想以上の破壊力を生み出した技にアヤは呆然とするが、それよりも。



「ごホッ…ごホッ」



喉が枯れてろくに言葉が出ない。

風邪を引いた時みたいに喉を痛めたような痛さ。体も先程より重い。まるで全力疾走したかのような疲労感だったが。けれど、それだけ。
今のが一体何だったのかわからない。でもそれより突然命を脅かすような存在に遭遇し、きちんと生きているのだから結果オーライだ。

とりあえずペンドラーは殆ど動けなさそうだが、万が一また襲いかかって来ても困る。次は上手く撃退出来るかどうかもわからない。先に離れる方が先。
今の衝撃波と爆発で周囲の野生ポケモンも粗方吹き飛んだのだろう。チャンスだ。レッドを探すのは諦めた方が良いのかもしれない。もし探すことに夢中になってまた追いかけ回されたりでもしたら面倒だ。充分な戦力となるポケモンが今のアヤにはアシマリしかいないのだから。

今の内に安全な外まで森を抜け、外から空に向けてアシマリの技を連射して居場所をレッド達に伝えた方が得策だった。


アシマリはゼェゼェと肩で呼吸しながらヘロヘロになっていた。解毒し切れていない体で動いたのだから相当疲れたのだろう。
アヤは重たい腰を上げてチュリネと一緒にアシマリを抱える。ペンドラーが居る広場から離れながらバッグの中を探って再度毒消しを使いアシマリに治療を施しているとアシマリが突如腕から逃れて、飛んだ。



ボッ、と鈍い音がアシマリを飲み込み、そのまま吹っ飛ばされた。



「………え?」



一瞬、何が起こったのか分からなかった。

青い小さな体は毒塗れになって面白いくらいに地面を跳ねて転がり、ピクリとも動かなくなる。

その姿を見て、あの時の、古代の城で小さく丸まって倒れていた毛玉が重なった。




「ゾ ロア、」

「死ん じゃ、だ め」



ーーー動かなくなった小さな黒い体は呼吸を止め、徐々に冷たくなって行ったのを目の前で見た。

手が、震えた。あの光景は、最早アヤにとってのトラウマだった。



「ァシ、マリッッ…!!」



「“てんじんさん おねむ

じのかみさん おねむ

おねむの里 おろちもねんね”」



歌が煩い。



「(あれは、何?)」



キリキリと細く、嫌な音がする。

見れば先程のペンドラーがガクガクと動いていた。全身脈打ちながら、糸に吊るされたように、人形のようにガクガクと動き始めている。
まだ動けるはずがなかった。絶対にダウンを取ったはずなのに。そのペンドラーは瞳の瞳孔が開いているから、もしかしたらもう既に死んでいるのかも知れない。

不自然で不規則な動きでよたよたしながら、それはアヤの方へ一直線に爆進を始めるがアヤの真横から飛んできた水圧に押され、そのまま後方に吹っ飛んで行った。アシマリのバブル光線だろう。



「あ、あしまり」



よかった、よかった。死んで、ない。

大丈夫、生きてる。

いきて、る。

ドクドクと煩いほど脈打つ心臓をアヤは抑えて、はっ…はっ…とか細く呼吸を繰り返した。

でもただのバブル光線なのに、あの威力。そうか、特性の激流で技の威力が上がっているのか。

目でそれを追ったアヤは吹っ飛ばされたペンドラーを見やるが、すぐ様その身体は起き上がり手足の関節をあらん方向にばたつかせて地を蹴る。



「………!?な、に…?やっぱり、おかしいっ」



ギョロ、ギョロ、ギョロ、とその白い濁った目があちらこちら向いて。
最早ペンドラーの目には何も写してはいなかった。

頭が変な方向に曲がっている。

怖い。

得体の知れない、目に見えない何かが作用していような。

気持ち悪い動き。

明らかにおかしい。動きがもう生物のそれじゃない。

まるで、マリオネットだ。



「えっ、あ…あれ!?アシマッ…!?進化したの!?」



吹っ飛ばされても尚アヤを守るためにペンドラーを攻撃したアシマリをふと見遣れば、それはもうアヤが知っているアシマリの姿形をしていなかった。頭には謎の白いポンポンみたいなのが付いてるし、青い体はもう水色に近い色に変わった。そして白いヒラヒラした身体の一部分。ヒレ?何の部位かは分からないがスカートみたいで可愛い。唯一変わらないのはピンク色のお鼻だろうか。進化しても可愛さピカイチである…が生憎今はそんなこと言っている場合ではない。

進化したから名前はアシマリから変わったのだろうが、図鑑にはアシマリしか乗っていなかったから名前が分からない。先程の一撃でへばったのだろう。ぐったりして動かなくなったアシマリ(進化後)に弾かれるように駆け出し、慌てて小さな体を抱き起こす。

進化して嬉しいのもあるが、自分でも自覚出来るほど青い顔をしている。
きっと真っ青に違いない。ペンドラーからの毒を浴びすぎていた。意識が半分飛んでおり朦朧としている。恐らく、先程のアヤへ迫るポイズンテールの攻撃に気付いたアシマリが咄嗟に壁になったのだろう。ぐったりとしている姿に焦る。

死んでは、いない。死んでない、けど。

でも、早く何とかしないとまたゾロアの時みたいになる。

手遅れに、なってしまう―――!



しゅるしゅるしゅる



「ぅえっ!?」



しゅるしゅるしゅる

ゾロアのあの時の光景が脳裏に掠めて、一瞬動けないでいた。向かってくるペンドラーを見ればすぐにでも進化したアシマリを抱えて逃げ出すべきだった。カクカク動いているお陰かスピードが少し遅くなっていたから。

逃げ出せたはずだった。



「クルマユっ…!!」

「シャコシャコ」

「シャコシャコシャコ」



気付くと周りは野生のポケモンだらけだった。

クルマユの糸に足を絡め取られたアヤとアシマリ、それにチュリネは座ったまま拘束された。
虫ポケモンの作る糸は、固く、靱やかで柔らかい。人間の力でどうこうできるものではなかった。



「(あ、まず い)」



さぁ、っと二匹のポケモンを抱えたまま血の気が引く。

アヤに纏わりつく糸と共に、複数のクルマユはペンドラーと同様、瞳の色が白く濁っていた。

野生のポケモンのどいつもこいつも、正気じゃなかった。



「“おろちこわや 海呑こわや

おねむでころり てんじんさんでころり

おろちこわや 山呑こわや”」

「ーーーー、」

「  ギャ ぁ  ァアァ ォオオ オオオっ っ」



おおよそ生物が出したとは思えない咆哮。

汚い咆哮だった。クルマユの糸の拘束を抜けようとそっちばかり見ていた。

ハッとして眼前へと視線を戻せば、そこにはすぐにでも触れる距離に大口を開けたペンドラーが、いた。クパッ、と開いた大口の中に細かな歯が沢山あって。

ポタ、とペンドラーの唾液がアヤの頬に垂れて、濡らした。



(―――、…ド)



「 ぁ、」



(―――レッド、)



「 し 、 」




しんだ。


そう、思った。



















見ている景色が薄暗く変わった。
辺り一面雪が降っている。
吹雪が横なぶりで吹雪いている。
獰猛なポケモンがその大きな口で自分を捕食している。
足を喰われて、腕を噛みちぎられた。
骨がゴリゴリと噛み砕かれる音が全身から聞こえる。
血管が、筋繊維が無理矢理引きちぎられる音が全身から聞こえる。
抵抗なんて無意味。
銀色の冷たい地面が真っ赤に汚れていく。
片目を抉り取られ潰された。
酷い痛み。
喉から金切り声で絶叫する出したこともない音。
酷い痛み。
痛み。
いたい。
その銀色と真っ赤に染まった血濡れの雪に、
もうとっくのとうに息をしていない男が埋まっていた。
力の入らない手で、一生懸命に手を伸ばして男の黒髪を掴む。
雪に埋まったもう瞳孔が開き切った赤い瞳が、

『私』を見ていた。



ゆるさない。

ゆるさない。

なんで。

なんで。

好きな人と一緒に生きることも許されないのか。

なんで。

どうして、

こんな力を持って生まれたから?

お互いこんな家に生まれたから?

だから許されないのか。

愛した人と、幸せになってはいけないのか。

なぜ。

どうして。

ゆるさない。

許さない。

末代まで、呪い続けてやる。

謳い続けてやる。


悲しさと、悔しさと、怒りと、憎悪で穢れたそれは滲んで涙となって滲み落ちて。

“呪い”となって、次の生命へ。


次へ。

次、へ。











『グォォオオオオッッ!!!!』



聞き覚えのある大きな咆哮と共に、ペンドラーは勢いよく吹き飛んだ。





- ナノ -