act.67 消えた女の行方






森の入口の隅っこの方に「―――――――――」という看板が立てかけられていたが、アヤの急ぎ足でレッドを誘導する様子と森から出てきたトレーナー達とすれ違う過程で見落としていた。






「バカ、あんなちんちくりんに教えるはずないだろう。個人情報だぞ」

「そ、そうだけど一瞬マジかって思っちゃいまして」

「……だから言ったろ。お前意外興味がない。いい加減聞き分けろ」

「んぎゅ」



はぁ、と溜め息を着きながらレッドはアヤの鼻を摘んだ。

現在、アヤ達は迷いの森の入口に辿り着き二人はゆっくり森の中を探索していた。

結局、あの少年少女にはバトル後に挨拶もろくにせずにバルーンに紛れてアヤはレッドを引っ張りバトルの場から離脱した。
少女の手には元気の欠片が握られていたからまたレッドを目当てに再戦するんだろうなぁ、と考えたらムッとしてしまった。なんて鬱陶しい。それに相手との力量差をしっかり把握出来ていない。何回やっても同じことだ。

アヤはアシマリを片腕に抱きながら、レッドの手を引っ張ってここまで来た訳だが、アヤの不機嫌そうな顔を見てレッドは笑ってしまった。理由は何となく察している。なんてことはない、可愛い嫉妬だった。

「アヤ、そう怒るな」とおかしそうに声をかければ「お、怒ってないよ」とアヤは焦りながら言った。レッドには怒ってない、という意味らしい。
けれど連絡先を教えて欲しい、と言ったあの少女に即答で「いいぞ」と言ったのには少し吃驚してしまったので、それだけは素直に伝えるとレッドはああ、と思い返したように薄ら笑うのであった。



「すまんな、久々に楽しかったものだから」

「ああ…うん。確かに楽しそうだったねレッド…」

「エサがあれば食い付きもやる気も違うだろ」



レッドがアヤのポケモンを率いた戦闘を見たのは動画とグランドフェスティバルの中だけ。しかも彼本人タッグバトルなんて他人とした事もなければ、初めて一緒に戦えた人間がアヤとなれば楽しいに決まっている。

今度一緒に何かの大会があれば出てみるのもいいか…なんて思ってしまうくらいには彼の中で楽しい思い出となってしまった。

まあそれはそうと。



「確かこの辺に居たはずなんだがな」



キョロ、と森の周囲を見渡しているレッド。

二人の目的はチュリネとモンメンに会うことである。そして写真をアヤは撮りたい。あんな可愛い生物がこの世にいるものなのか。
アヤも一緒になり周囲を見渡しているがそれらしい姿はいない。ハトーボー、フシデ、クルマユ、ヘラクレス、ロゼリア、エモンガ、ミツハニー、ハハコモリ……と様々なポケモンがいるが、あのまん丸緑色と白いモコモコのフォルムは見当たらなく。



「わあ、ねぇレッド。あのポケモンって何?」

「ミツハニーか?進化すると……、…ああ。あそこにいるな。アイツ、ビークインになる」

「あんなに可愛いのに進化するとあんなんになるの!!?」



アヤは空に飛んでいる黄色いハチのような…ミツハニーを見て「わぁ、可愛い」と頬を緩ませる。可愛いなーなんて思ってたがレッドが指さした方向に居る、いかにも殺意マシマシの獰猛そうなデカい女王蜂みたいなポケモンがいてアヤは顔を渋く歪ませた。

ここはビークインのテリトリー範囲外なのか、遥か遠方のレッドやアヤ達を視界に入れてもビークイン達は襲っては来なかった。ただこちらの様子を見守り空中を浮遊しているだけ。ミツハニー達はその周りを漂っている。

そう、漂っている。



「…………?」



それにしてもミツハニーは初めて見たはずなのに、何だか昔どこかで見たような気がして、アヤはジョウト地方かどこかでミツハニーを見かけたっけ?なんて思うが過去に実際目にしたことは……なかったはずだ。

それにジョウト地方にミツハニーは生息していないし、やはりそう思うようなだけなのか…どこかで似たようなポケモンでも目にしたのだろうか。そうか、もしかしたらスピアーと間違えてるのかな、と思うことにして。



「んーーー」



というよりも!あんなに可愛いのに進化するとあんなんになるの?もう少し…こう、ミツハニーの面影を残したまま進化出来なかったのかな。めっちゃ怖い。ビークインはたくさんのミツハニーを取り巻きに従えてブンブン巡回中である。獲物を探しているのか、縄張りを守っているのか分からないが殺意が物凄く伝わってくる。

レッドに「そっちには行くなよ。ビークインの縄張りみたいだからな」と念を押して言われるが頼まれても行きたくないです。



「あ」

「?」

「アヤ、足元」

「え?って……あっ」



い、いたーーーっっ!!!

とアヤは心の中で叫んだ。

いつの間にやら、アヤの足元にそれは居た。

黄緑色の小さな丸いフォルム。頭に三つの葉っぱ。



「チュリリ」



チュリネである。

アヤは膝を折って地に両手を付けて項垂れた。
可愛い。図鑑で見た時も一目見て気に入ったが、実物はもっと可愛い。こんな可愛い生物が地球上に存在していて良いのだろうか。

チュリネは急に蹲ったアヤに怯みながらもちょこちょこ歩き回り、アヤ、ではなく……レッドの方をじっと見上げていた。



「……」

「ピカ」

「チュリ、チュリリ?」

「……ああ、そうだが」

「チュリ、チュリ、チュリリネ」

「…わかった。その代わり一つ頼まれてくれるか?」

「チュリ?」

「お前の仲間達の所へ連れて行ってくれるか。コイツに抱っこさせてやるだけでいい」


「チュリ!」

「………え?え?な、なに?何話してるのレッド」



アヤの足元に居たチュリネはアヤに目もくれず、レッドとピカチュウを一心不乱に見ている。

そんなチュリネの視線は幾度となく覚えがあった。

レッドにピカチュウは両者ともああ、もしかして。とピンと来たがチュリネは『ピカチュウを連れた、赤い目のトレーナー……噂の人間ですか?』と一言。こりゃまた何か頼む気満々だな…とピカチュウは思った。レッドはそうだと肯定すると予想通り『私たちの言葉が本当に分かるのですね、困ってる。助けて欲しい』と。

レッドは基本ポケモン達から頼まれた困り事は断らない。自分の手で解決出来るものなら手を差し伸べ解決する派である。その困ったことは後で聞くとして、その引き換えにチュリネの仲間達の所へ案内して貰えることとなった。アヤにとっては朗報だ。存分に喜んで欲しい。



「アヤ、喜べ」

「え?何が?」

「大量のチュリネに会えるぞ」

「えっ!?マッ!?ヤッターーー!!」



アヤは両手を上げて喜んだ。





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そして。



「し、しあわせ………」



幸せ気分とはこのことだった。

チュリネに案内された先はチュリネの群れ。そしてなんと幸運なことにモンメンもそこにおり、アヤはその中に埋もれていた。
モンメンのモコモコの綿を抱き締めながら頭にモンメンが乗っている。チュリネが周りにわらわらと寄ってきては膝に乗ったり肩に乗ったり……もうアヤにとって天国のようなものであった。可愛いの権化。この世のものとは思えない可愛さ。

ほぅ……と息を着きながらアヤはポケフォンをチュリネやモンメンに向けてシャッターを切りまくる。たくさんのアングルで撮られたチュリネとモンメンも「可愛い可愛い」とアヤにベタベタに褒めまくられるもんだからバチバチにポーズを決めたり可愛いと言われているあざといポーズまで取り始める始末。

アヤは終始デレデレであった。

そんなアヤを見つめるアシマリとピカチュウは「良かったねぇ」と言わんばかりの生温い視線でアヤを見ている。

そして問題児のこの男。無表情なのはそのままにアヤにカメラを向けてシャッターを連射しまくっていた。激しい連射音が鳴っているが今のアヤには全く幸せ有頂天で何も聞こえていないらしい。

アヤが幸せそうで何より。

そしてお互いのトレーナーが幸せそうで大変宜しい。ピカチュウとアシマリは仏のような顔で頷くのであった。



「さて」



アヤの写真を撮るだけ撮って満足したレッドは足元にいるチュリネへ視線を戻す。

チュリネの困り事とは。

ここ迷いの森での生態系の維持。

増えすぎたフシデやクルマユ、ハハコモリによってチュリネやモンメン、スボミーといった草タイプの幼体が食い荒らされているらしい。その食欲は留まることを知らず、ここら一帯のチュリネ達が姿を消すまでに至らしめている。
本当なら自然界の掟に人間が手を出すのも宜しくないが、絶滅してもマズイという考えからポケモンレンジャーという業種が居るのも事実。

この手の頼み事は何度も受けている為、解決方法は楽だ。まず暴れているポケモンを特定し、暴走する理由を突き止める。それが何か暴れる理由が他にあるならそれを取り除く。

理由がなく、ただ理性のままに暴食しているのなら。その食い荒らすポケモンの群れのヌシを見せしめのように雷で炙る。死の直前まで炙って「ここは危ない」「別の所に移動しなければ」と思わせたら完了だ。

この迷いの森の生態系の大まかな事情をチュリネから聞き出すと、早速討伐に向かおうと動き出す。



「アヤ。これか、ら……………!?」

「ピッ…」

「(………これは、)」



僅かな時間だった。

アヤから目を離した。

つい先程までそこのチュリネとモンメン達に埋もれて居たはずの姿がどこにも見当たらなかった。



「ピカァ!」



ピカチュウがアヤの名前を呼ぶが、当然返事なんてなく。

可笑しい。気配に敏感なピカチュウもジヘッドも、そして自分さえもアヤが勝手に移動していたことに気付かないなんて。すぐ傍に居たのだ。アヤが動けば草を踏む音、布が擦れる音、人が移動する音。気配。普通は気が付く距離だ。

気が付けば辺り一面静まり返っている。あれだけ野生ポケモンが姿を見せていたのにも関わらず、今はもう一匹たりとも見当たらなかった。ここのチュリネやモンメン以外には。

チュリネやモンメン達も困ったように辺りを見渡している。



『突然立ち上がって、あっちの方に行ったよ』

『あの子、ずっと向こうを見ていたの。今まで私達と楽しくしていたのに』

『何もないのに。ずっと見ていたの』

『とっても驚いたお顔だったわ』

『アシマリは慌てて着いて行ったけど』



とチュリネ達から情報を拾い上げていく。

とりあえず、討伐は後回しだ。

優先は勿論アヤだ。彼女の後を追うのがまず第一優先。



「先に連れを探しに行く。お前達は捕食されないように隠れていろ」

『気を付けて。最近、おかしいの』

「………おかしい?」

『おかしいの。この森。ずっとずっと穏やかだった。種族の違うポケモンでも、ここら辺はみんな仲が良かった。森には木の実もたくさんあるもの。だから、ポケモン同士捕食しなくたって生きていけるの。充分な食料はあるもの』

『おかしくなってから力のないポケモンはみんな食べられちゃった』

「お前達の親…ドレディアやエルフーンはどうした?姿が見えないが」

『私達を逃がす為にみんな食われた。幼体は私達だけ。成体はもうこの森にはいないわ』

「………いつから、おかしくなったのかは分かるか?」

『…半年前』



半年。生態系がここまで崩れているのに半年?いくらなんでも早すぎる。

余程の個体が暴れているのか、それとも外部から入って来たのか。ともあれこれは異常だった。流石のレッドでもここまで生態系が短期間で狂っているのを見たことも聞いたこともない。リーグに報告が入れば間違いなく調査対象だろう。



「ピカチュウ、ジヘッド」



ボールからジヘッドを呼び出し、ピカチュウの隣に鎮座したジヘッドは早速周辺を見渡した。五感を研ぎ澄ましているのだろう。恐らく、ジヘッドはピカチュウよりも探知能力に長けている。

ピカチュウは耳と鼻を使ってアヤの居場所を突き止めようとするが「チュリネ達の匂いでアヤの体臭が殆ど消えているから分からない」と。ジヘッドも、音も特に何も聞こえない……と言いかけたが、途端に二匹はピタッと止まる。

レッドも何か探知したか、と周囲を探ると微かに耳が、その音を拾った。



「………………歌?」



風に乗って流れてきたような、本当に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな歌。

その音がチュリネ達にも聞こえたのだろう。皆口々に言い始める。



『まただわ』

『この歌、半年前から聞こえ始めたの』

『初めは綺麗な歌だわ、って思ってたのだけれど』

『今は何だか薄気味悪いわ』

『気持ち悪い』

『歌を歌っている子を見たこともないしね』



チュリネ達の話を一通り聞き終わった後、レッドはアヤ捜索の為に動き出した。なるべく早く見つけたい。チュリネ達の話を聞く限り、この森は少々普通ではなさそうだ。念の為ポケフォンを見るが、まあ予想通りだった。



「(………圏外、か。まあ、そうだろうな。森の中まで電波は通らん)」



全く、折角買い換えたのにこのザマだ。本当に肝心な時に使えない。レッドは舌打ちをして二匹に指示を出す。

ピカチュウとジヘッドは別行動だ。別々に行動した方が早く見つけられるだろう。先に見つけた方が上空に合図を送る。

レッドはピカチュウと行動することに決めて、森の最深部へと向かうのだった。







消えた女の行方






森の入口の隅っこの方に「行方不明者急増中。注意」という看板が立てかけられていたが、アヤの急ぎ足でレッドを誘導する様子と森から出てきたトレーナー達とすれ違う過程で、見落としていた。


 









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