act.66 レッドとのタッグバトルについて








「(なんで…なんでボク、レッドとタッグバトルしてるんだろう……)」



もとはと言えば少女から吹っかけた喧嘩をレッドが買ったワケで。
今は何故かタッグを組んだ少年少女をレッドとアヤが(レッドに引き摺り出された)相手している。


因みにレッド単騎に少女が挑んだバトルは開始数秒後にジヘッドによって少女のポケモン一匹目がKOされていた。足元に転がったホイーガは目を回して気絶しており、こんな呆気なく倒された自慢のポケモンに少女も気絶しそうな程卒倒していた。
ならば!と2匹、3匹、4匹とムキになった少女は手持ちのポケモンフル活動させて挑むも、全く相手にならなかった。出しては吹っ飛ばされ出してはぶっ飛ばされ…の繰り返しである。少年はこれまた呆然と、尊敬の眼差しを向けつつも「……すっ…げぇ…」なんて言っているがアヤは白い顔をしながら「えげつねぇ…」としか思っていない。



「こんなのっ…こんなのおかしいっ!連絡先絶対ゲットするんだから!!」

「無理だから止めておけ」



と。ため息混じりに言うレッドと少女の押し問答を聞きながらアヤは思う。瀕死になったポケモン達を元気の欠片で無理矢理叩き起しながら「イケメン…イケメンの連絡先…絶対に欲しい…イケメン…」と少女はブツブツと呟いている。イケメンの連絡先がそんなに欲しいのだろうか。執着具合いが激しくてとても怖い。
それにしてもやっぱり顔面偏差値が高い人間は人気なのだ。こんなにも若い子に捕まえられて出会い頭連絡先教えてくださいなんて。自分にはどうしたって出来そうにない。ああ、若いなぁ…。

それにこの男。自分が負けるはずも無く勝つ自信しかないからか、果たされることの無い約束まで軽々受けてしまう。だって顔を見ろ。一切興味もないし連絡先なんて個人情報を誰が簡単にひけらかすかと言った顔をしている。

要は、遊んでいる。



「…………!」



珍しいこともあるもので、あのレッドがバトルで“遊んでいる”。

いついかなる状況でもレッドはバトルに関するものには手を抜かないのに。でもきっと、ちょっとばかり、いや。だいぶ愉快に思い楽しくなってしまっている。

そして、その状況を生み出しているのが。



「(ボクかぁ〜〜〜ッ……!)」

「うおぁぁぁあギギアルッッーー!!」

「チラチーノーーッッ!!」

「ジヘッド、もっと炙れ」

「(えげつねぇ〜〜〜ッ……!)」



ジヘッドの竜の伊吹で炙られ続けている少年のギギアルと少女のチラチーノ。
まるで焼けたフライパンの上で踊る哀れな獲物である。そしてその頭上にはアシマリがバルーンをまたもや敷き詰めており、その内の一つに乗ってただ見ているだけ。

少女は自分のポケモンを全て突破された最後の悪足掻きで、元気の欠片を使ってチラチーノを治療し少年を巻き込みタッグバトルをけしかけて来たのだ。少年も「よし来た!次こそは!おねーさん覚悟!!今度は思うようにはいかないから!」なんて威勢良く叫んでいるが、対する少女はレッドへ向ける目が怖すぎた。「ここまでのイケメン…そうそう出会えない…ここで絶対パイプを繋げてやる…イケメン…連絡先…ケー番…」とギラギラした目つきは宛ら女豹…いやハイエナ…。

少年少女二人構えているのを見てやっとアヤは「………え?レッド、二人同時にバトルするの?」というアホな質問に対してレッドは「いや、どう見てもタッグバトルだろ。お前も早く準備しろ」と至極淡々と答える。頭に「!?」を飛ばしながらレッドを見れば、彼は既にアヤの隣に並び少年達の方へ向いたままボールを手の中で遊ばせている。指先でスピンがかかりクルクル回るボールをピンッと弾くと、生き物のように跳ねて片方の手の中に収まる。それをまた指先で弾き遊ぶ。素晴らしいボールパフォーマンスです。顔面最強がやると全てが絵になる。

チラリ、とその瞳がアヤを見た。黒髪の間から見える楽しそうに細められる鮮やかな赤い瞳が鮮烈に光る。瞳が物語っている。「楽しみで仕方ない」と言った感じだろうか。楽しみ、とは。少年少女とのバトルが、じゃなく。自分とのタッグバトルが、だと瞬時に判断した。

タッグバトル。…タッグバトル?レッドと?え、ムリに決まってんじゃん絶対足引っ張る自信しかない絶対。絶対、ぜぇったいにヤダ。

「やだ」という表情をしていたのかその言葉を予想していたのか分からないが、レッドはアヤの尻を喝を入れるようにべシッと叩く。一緒に叩かれた反動で肩ごと跳ね上がってしまった。痛くはなかったけど、不意に訪れた衝撃に「ぎゃんっ」と犬が潰れたような声が出てしまい仕上げに腰をやんわり撫でられた。

アシマリへもレッドは「宜しく頼む」と律儀に声をかけると、腕に抱いたアシマリはコクコクと頷いて再びアヤの手から飛び降りた。どうやら消極的なアヤとは違いアシマリはバトルには積極的らしい。

そんなアシマリを見て、少年と少女が繰り出したチラチーノとギギアルを見て。

レッドは緩む口許を隠すようにボールに口付けて笑った。



「いいな、楽しくなってきた。…………お前達、楽しませくれよ」



アヤは再び断頭台に立たせられる気持ちを味わう。お前達とは、それは少年少女に言っているのか。それともアヤも入っているのかわからないが。

楽しませてくれ。そう言ったのがたぶん5分前くらいだったと思う。



「炙れ」



その一言でジヘッドによる竜の伊吹が広範囲に放射される。

まだまだ成長途中、進化段階なのにこの威力は何なのだろう…とアヤは思った。丁度二匹の真上にアシマリのバルーンを敷き詰める事で上への退路が塞がれている為、チラチーノとギギアルの逃げ場が見つからない。

因みにバトルが始まって直ぐにレッドは「最初は合わせる。好きに戦え」なんて言うが……合わせるって、そんな。難しいことを簡単そうに言う男だ。しかし否、本当に簡単に合わせてきた。

アヤがバトルの場に引き摺り出されたものは仕方ない、じゃあ…と恐る恐るアシマリに指示を出し始める。とりあえずアシマリの得意技のバルーンを中心にフィールドメイクしようとバルーンを辺り一面に敷き詰める事にした。

しかしそれで一度痛い目を見た少年は「ギギアル、ギアチェンジだ!バルーンを作らせるな。作られたら直ぐに割って!電気で簡単に割れるぞッ」なんて予習、復習バッチリである。ギアチェンジで素早さを二段階上げたギギアルはアシマリの動作を抜き、すぐ様攻撃態勢に出る。バチバチと弾ける電気は電気ショックを打つ気満々だ。

あ、これはバルーン作るのが大変そうだ…。まあ、そうなるよね。そう簡単には作らせてくれないかぁ…、と思った所でレッドから妨害が早くも入る。



「ジヘッド、怖い顔」



少年少女とアヤは3人同時に「「「あ」」」と間抜けな声が出た。

ギギアルのスピードが目に見えてガクンっと落ちたのである。まさかの怖い顔でギギアルの素早さが二段階下げられた。否、戻された。アヤは少し笑ってしまった。流石たまげた、恐ろしい反応速度である。

その間に完成した数多くのバルーンはフィールド中に漂い、アシマリは早速とばかりにバルーンに飛び乗った。少年少女はさっきのバルーンの弾丸が来るかも、と若干警戒しているがそれは今回はしない。同じことするはずもないでしょうに。

チラチーノはギギアルを手助けしながら、ギギアルはバルーンが増えすぎたらマズイと思っているのか電気ショックで割っているが……それにしてもバルーンにばかり警戒して良いのだろうか。ジヘッドがバルーンに隠れながら何かしてるけど見えていないのだろうか。



「えっと…好きに戦えって言ってたし。…アシマリ!バルーンもっと作って!特に頭上中心にモコモコにして!」



もう空中一面、面白いくらいバルーンだらけだった。

どこもかしこも大きなシャボン玉が浮いているような状態である。チラチーノのスピードスターではバルーンを弾くだけで割れることは無い。アシマリもせっかく作ったバルーンをわざわざ割られるのも、と思い泡で妨害していると少年は「よぉーし」と鼻息荒くして叫んだ。ギギアルの体が電気を纏いピカピカしている。




「充電完了!ギギアルー!放電だァ!周辺のバルーン諸共まずはアシマリから吹っ飛ば」

「炙れ」

「ぇ」



そのレッドの無情な一言によりジヘッドから放たれた広範囲ブレスがギギアルとチラチーノに襲いかかった。



「「えええええええええええええええ」」

「ただの竜の伊吹がこんな…」



ブオオオオオオッッと勢い良く伊吹を吹き出すジヘッドは至って余裕そうな表情だ。決して頑張って捻り出しているような顔ではない。
バルーンによって視界が悪かったのか、ジヘッドのことを二人はよく観察出来ていなかったらしい。レッドの隣にいたアヤにはしっかりと「アシマリに注意が逸れている間に悪巧みで底上げしておけ」と小さな声で指示していたのをしっかり聞いていた。この前まで盲目だったジヘッドは視覚を補うため、視覚以外の五感が極めて発達している。(進化してから片方の頭で万全とまではいかないが、新しい視力が発現したという事実を聞いてそりゃあ驚いたが)

なのでジヘッドの聴力や嗅覚は一級品であった。

バルーンが割れる音や電気が炸裂する騒音が響いていても、ジヘッドはレッドの小さな声で発せられた指示さえも拾い上げた。バルーンの陰で悪巧みをして特攻を積み上げるだけの仕事はとても簡単で。「積んだら二匹に龍の息吹」という次の指示まで聞いてジヘッドは動き出した。

相手のギギアルの充電が終わったのだろう。あれで放電されたらきっとアシマリはバルーン諸共一発でKOされてしまうだろうから、そうなる前に潰しておこうとジヘッドは龍の息吹を放った。悪巧みで極限まで底上げされた特攻は凶悪な数値となり、勢い良く放たれた龍の息吹は広範囲ブレスとなりチラチーノとギギアルを飲み込んだ。少年少女は「ええええええ」と叫んでいるがただ叫んでいる暇があるなら何とかした方がいい。




「チッ、チラチーノ!!上に跳んで逃げて!なんならバルーンを踏み台に出来るわ!」

「アシマリー!撃ち落としてー!」



広範囲ブレスの為左右には逃げ場がないから、少女は上空への退路を選んだ。そこにはバルーンもあるし、最悪あれを利用してアシマリみたいにバルーンに乗ってしまえば…とチラチーノが上へとジャンプした瞬間。

アシマリがチラチーノへとバルーンをぶち当てた。

真っ逆さまに龍の息吹の中へ落ちて行ったチラチーノはギギアルと共に仲良くあっという間に戦闘不能になり、呆気なくレッド達の勝利となった。

因みにこの男、戦闘開始から3つの技しか指示していないしジヘッドは一歩もそこから動いていないのである。アヤは白い目をするしかなかった。

少年少女が燃え尽きたように項垂れており少女なんか「イケメン…連絡先…」とまだ何か言っている。その手には元気の欠片が握られておりアヤは呆れてしまった。往生際が悪すぎる。相手との力量差をしっかり把握出来ていない。

何だか、もう関わりたくなかった。



「ジヘッド、戻ってくれ。よくやった」

「レッド、行こう」

「アヤ?」



アシマリを片手に抱いたアヤはレッドの手を取り、そそ草とその場を後にしたのだった。








レッドとのタッグバトルについて



己の手をいつにまして強引に、かつ焦ったように引っ張るアヤに対して。レッドは珍しくその目を瞬いていた。
 









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