act.65 彼女の実力







トレーナースクールの少年は思った。

あ、良いカモ(トレーナー)発見。と。

少年はクラスの中で2番目にバトルが強かった。一番は隣にいる生意気な少女だが。
クラスメイト達を鼻高々にボコボコにして、ポケモン座学も殆ど満点を取っては自慢し続けた。野外実習でスクールの外に出てはトレーナーを捕まえてバトル三昧。自分より年上のトレーナーにも臆することなくバトルを仕掛けるのは当たり前。
負けることも勿論あるが、それよりも勝利する確率の方が高かった。

まだ10歳にもなってないのに大人のトレーナー相手に勝てる実力がある。

その自信は幼い自尊心を大いに成長させた。

ドッコラーのパワーも桁違いで殆どのポケモンをワンパンで倒せる力がある。
それはドッコラーの個体値がそこら辺のドッコラーよりも頭1つ抜きん出ているだけなのだが、それを少年はさも自分達はバトルが強いのだと錯覚するのにはそう時間もかからなかった。

10歳になったら勿論旅に出るつもりだ。今から強いポケモンをどんどん捕まえて育てて、将来はジムリーダーにも挑戦して、リーグチャンピオンになる。
その為には旅に出る前から強いポケモンを捕まえ育てる必要がある。少年はボールが沢山欲しかった。彼は捕まえるのが得意ではなかったからだ。

強い野生ポケモンには確実に捕らえる為もっと捕獲率の高性能なボールを。

ボールも捕獲を失敗すれば再使用ができない。だから金がかかる。だから色んなトレーナーとバトルして、その賞金で少年はボールを買っていた。けれどそこら辺ですれ違うトレーナーから貰う賞金なんてそんなに稼げない訳で。

ある時旅に出ているトレーナーから賞金を貰ったが、その額が予想を遥かに上回っていた。初めて4桁を上回ったのだ。
それからというもの味を占めた少年は旅のトレーナーを目にすれば必ず捕まえて、勝負を挑むようにしていた。


だから今回も“いつもと同じように”目に付いたトレーナーに声をかけたのだ。


男女2人組のトレーナーだった。ピカチュウとアシマリを連れた歳若いトレーナー。まず少年が真っ先に目を付けたのが「この人達めっちゃ金持ちじゃない!?」と思った服装だった。だってこれ、高ブランドで有名だ。
今クラスの中で話題中の話題だった。どこどこのジムリーダーがプロデュースしたブランド、とか。どこどこのチャンピオンがデザイン案を出したシリーズ、とか。今時の学生はとてもおませさんが多いのである。



「(どこかのお金持ちの家のお姉さんなのかな)」



特に少年が注目したのはお姉さん……アヤの方だった。
白いポンチョフードをすっぽり被り、ふんわりとした赤と白を基調としたシフォンドレス。この前クラスの女子達がファッション雑誌を持って騒いでいた。
カルネという今や大女優兼ファッションデザイナー…カロス地方のチャンピオンが手掛けた服、靴、鞄など。かなり女の子達から大人気なのである。
「これ可愛い!超絶可愛い!!欲しい!!!誰か買って!!」と叫びに叫んでいた。
見れば確かに、確かに可愛い。可愛いのだが、値段は少年は一切見ない事にした。どう考えても学生が買える金額ではない。

隣の同級生もお姉さんを見て「えっあれって」と大層驚いているようだ。小さく「うわ〜可愛い!写真で見るよりも実物の方がやっぱり可愛いのね!いいなぁ〜ほっしぃ〜…!」と呟いていた。



「(おおお…!)」



隣のお兄さん…方やレッドの方も少年はガン見する。
黒いカッターシャツにベスト、ピシッとしたパンツ。少年は思った。
この人は履いている靴の方がヤバい。少年の兄が大のスニーカーオタクだからだ。ハイブランドモデルのスニーカーが好きな少年の兄はカタログを見ながらずっと欲しい欲しいと呪文のように毎日呟いているのである。因みにネットオークションにはプレ値が付いて、大人でもおいそれ簡単に手が出せる代物ではないことも。そんな兄を見ていれば少年も興味が出てしまうのも当たり前で。

うん、間違いない。このお兄さんもお金持ちだ。


アヤと視線が合った少年はすぐさま駆け寄り、バトルを申し込む。こんな羽振りが良さそうなトレーナー、逃すなんて勿体ない。
しかもバトルをしたことがない新人と来た。アシマリを腕に抱っこしてるからもしかして、と思ったのだ。少年は心の中でガッツポーズをした。新人なんかに負けることはほぼ無いだろう。賞金を貰うことを前提に、少しばかりのお礼の気持ちとしてバトルの仕方を教えてあげることにした。
このお姉さんに勝って、次はお兄さんともバトルをして、上手く行けば隣の同級生を巻き込めばその後タッグバトルも出来るかも知れない。


少年の頭の中は今日のファイトマネーの総額に目を輝かせていた。

ーーーたった今さっきまでは。



「シュート!」



どドドドドドドッ

パパパパパァッッン!!

数あるバルーンがドテッコツ目掛けて土に直撃する音と、直撃して破裂する音が響く。



少年は初手何が来るだろうか、と身構えた。
自分だったら奇襲を絶対にかけたいから攻撃を迷わず指示するが、お姉さん……元いアヤは「水のバルーンって出せる?」ときた。水のバルーンって何だ?泡じゃないのかな…と次に来る技を警戒して身構えるも。アシマリから放たれた大きな水を纏ったバルーンがふよふよ浮いているだけで。

何も来なかった。ただ宙をゆっくり浮遊するだけで害はないらしい。

どうやらお姉さんもそれが一体何なのか分からなかったらしい。



「さ、さすが新人………」



わからない技を指示するなんて。

ドテッコツにけたぐりを指示するが、いつも通りドテッコツはその武器を使って相手をぶん殴ろうとしていた。アイツ本当に最近俺の言うこと聞かないな。
それにしてもアシマリの挙動が遅い。とてもゆっくりしていて、ドテッコツの一撃を避ける事もきっと困難じゃないのかと思われる程。上手く行けばこれで戦闘不能にできるかも、と少年は思ったが。

アシマリはバルーンを使って上に飛んだ。ポイーンと飛んだのだ。



「えっ!?」



そしてそこから勢い良く放たれた水鉄砲はドテッコツを吹き飛ばし、地面を転がる。少年は一瞬何が起きたのか分からなくて転がったドテッコツをただ呆然と見た。え?まぐれ?ハッとしてアシマリを見れば、次の挙動に移ろうとしていた。
バルーンを次々に作り出しては、それに飛び移る。またバルーンを作り出しては、新たなバルーンに飛ぶ。
やっとドテッコツが起き上がって戻って来るこの短い間の内に、いつの間にか空中に無数のバルーンが浮いていることに気付いて少年は真っ青になった。



「な、なにこれ…」

「シュート!」



アヤの声が少年の耳に届くと同時に、それは始まった。

アシマリが乗ったバルーンを尻尾を使って打ち込み始めたのだ。打ち込む反動で体を捻ってすぐ近くのバルーンへ、尻尾で打ち込みまた次のバルーンへ。テンポ良く繰り返せば宛ら、それは弾丸のようになってドテッコツ目掛けて降り注いだ。
地面に激突するバルーンと破裂音に騒音が鳴る。



「アシマリ〜!10発目でリロードでー!」

「うわぁあっっ!!!ドテッコツー!!」



なんだよなんだよなんだよっ!!

おねーさん!!新人って言ってたじゃん!!

全然新人の動きじゃないじゃん!!

なんだよリロードって!?


アシマリは心得た、と言うようにバルーンを打ち込みながらアヤに手をパタパタ振っている。リロード。因みにコンテスト専門用語である。
どうせなら今把握出来てる技の範囲でドテッコツを仕留めたい。アシマリが覚える技は粗方、図鑑で確認できたがそもそも本人は覚えているかも分からないし、技の威力も確認出来ていない。たぶん、アシマリが確実に覚えていてアヤも威力共に把握できている使用可能な技は「ハイパーバイス」くらいだろう。
それ以外を迂闊に指示して失敗したら、それこそ相手にチャンスを掴ませるようなもので。

今はバルーンを使って何とか攻撃に転じているが、威力はそんなにないから決定打にかける。けれどバルーンが破裂すると軽い衝撃波になって弾くようだ。ドテッコツに当たり仰け反るように反動を食らっていた。



「シャッーオラッッー!!」

「ドテッコツ!そんなの瓦割りで割っちまえー!!」



だからその掛け声を何とかして欲しい。

背負った鉄骨を振り回し飛んで来たバルーンを次々破壊しては、ドテッコツは地団駄を踏んでいる。相当イラついているようだ。今まで接近戦でボコボコにして来たのだろうに。遠距離から寄せ付けないように攻撃を繰り返すアシマリを憎々しげに見ている。



「ドテッコツ!雷パンチだ!水タイプなんだから当たったら一撃だろ!」

「…あれっ?破裂しない…?」



飛んで来るバルーンを雷パンチで割られると、破裂する際の衝撃波は発生しなかった。タイプ相性なのだろうか。ともあれバルーンの効果と無効化される条件が分かったので良しとする。
しかしこれでバルーンを無効化出来ると気付かれたという事は現状、突破されたと言う事だ。相手はあの凶器を持ってアシマリへと接近して来るだろう。すると。
ドテッコツが突進するように向かって来るがアシマリは焦った様子もなく泡を地面に巻き散らかし……ドテッコツは盛大に滑って転んだ。



「ギャッーーー!!」

「どっ…ドテッコツーー!!」

「あ、泡…?いや、バブル光線もしっかり使えるんだねアシマリ…」



しかも良く滑る。

ともあれ滑って藻掻くドテッコツにはこれは中々の好機だ。



「アリマリー!その泡凍らせる事できるー?!」



ふぅーっと間髪入れずに凍る泡。

凍える風だ。良かった。バブル光線に凍える風もしっかり覚えて使用できる。しかも凍える風で凍らせた泡はドテッコツの足元のみ。まだその周りには充分に泡が残っている。
このアシマリ、行動阻害技がめちゃくちゃ優秀だ。しかもコントロール技術も申し分ない。過去に自分の動画を、シャワーズの動画を見てそれを真似しているのだとしたら。そうしたらもう、やることは一つしかない。



「(閉じ込めよう)」

「どうしたんだよドテッコツ!起き上がれないのか!?」

「バブル光線で頭から埋めて」

「えっ」

「そのまま大きくバルーンで包んで」



バルーンの上に乗ったアシマリはドテッコツに向かって頭から泡まみれにする。泡に埋まったのを確認してからバルーンで包むように指示を出す。
コントロールが良いアシマリの事だ。ポケモン一匹バルーンで包むのなんて造作も無いだろう。ぷーー、とバルーンを大きく膨らませてドテッコツに被せる。

少年は何をしているんだ、と言いた気な顔でアヤとアシマリを見ているが。果たしてそんな、ボーッと見ていて良いのだろうか。こうして準備している間にもまだやることとか、出来ることもあるだろうに。時間が経つに連れて不利になるのは少年の方だよ?とアヤは口にしないながら思う。



「冷凍保存。“彫刻”にしよう、アシマリ」



アシマリがドテッコツの頭上から凍える風で凍らせにかかった。

バルーンに密封されたその内側は倍の速度で温度を無くしていく。きっと冷蔵庫みたいに冷えて、ああ、ほら。霜張ってきた。

ピキピキと泡とバルーンが凍りつき、あっという間にドテッコツのスノードームのような泡と氷の彫刻が出来上がったのだった。



「動けない…よね?アシマリの勝ちでオーケー?」



アヤのポケモンのモットーは楽しく、美しくである。
コーディネーターなら誰しも他人から見て、目で楽しめるものを。ポケモン本来が持つ一番輝かしく、美しい長所を追求する。それはバトルでも変わらないのだ。

少年は訳が分からなかった。ポケモンバトルをしていたハズなのに。少年が知っている、今までしてきた勢いと力任せなバトルじゃない。流麗で、美しい戦い方だった。凄い、なにこれ。こんなバトルする人、今まで戦った事も見たこともない。

え、凄い凄い。

少年は唖然とする中、ふつふつと湧く興奮に「おねーさんそれ凄い!何それ!?」と聞こうと思ったが、先に本心が爆発して大きな声でアヤに叫んだ。



「おっ…おねーさん絶対新人じゃないじゃん!!!」

「えっそもそも新人って言われて一言も頷いてないし…」

「初心者の動きじゃない!!酷い!騙したのおねーさん!!」

「勝手に新人って勘違いしたのは少年の方では!?」



ドテッコツ戦闘不可と感じたアシマリはバルーンを伝ってアヤの頭の上に帰ってきた。
そんなアシマリをアヤは凄い凄い天才今日のワースト一位と褒めに褒めて撫でくり回す。アシマリも満更ではなさそうにニコニコ笑っていた。



「(お見事)」



切り株に腰を掛けてアヤと少年のバトルをじっくり観戦したレッドはほう、と一息着く。

やはりどうしたって綺麗なバトルをするもんだ、と思った。

トレーナーとは違ったバトルの制し方をするコーディネーターという職種は、レッドから見てもとても興味深いものだった。



まだゾロアがいた頃、アヤが野生と戦わせていたところを見た時は何をしているんだ、とも思わなくもなかった。そして「ポケモン図鑑見して…!」とバトル直前に言うアヤに少し心配もしていたけれども、その心配事も杞憂に終わったのだが。

レッドからしたら初めてのポケモンでもある程度の生態情報と、特性、覚えている技さえ把握しておけば戦わせる事は容易い。あとは苦手な事や得意な事はポケモンに直接聞けば良いし、戦いの中で僅かな筋肉の動きから分かる身体能力、動作、癖を見抜き理解してしまえさえいれば相手を倒す事は問題ない。(そんなだからバトルタワーに初出場したにも関わらず、一回も負けた事もない上に爆速で最上階まで上り詰めて最高闘技師になってしまった訳であるが)

ゾロアと戦っていた時のアヤは勿論使用できる技もタイプも把握してはいた。(把握していてもあんなんだったが)しかしアシマリのステータスや使える技全てが分からない今の状態でさて、アヤはどのように戦うのだろうかと若干意地の悪いことを思いつつも楽しみに見ていたのだが。

少年から初心者の新人だと勝手に思い込まれたのには流石に笑った。

一人旅の経験もあり一応シンオウ地方のジムバッジも幾つか所持できる程の実力もある。各地のコンテストで勝ち抜き、過去最高得点を叩き出したグランドフェスティバルの優勝者に向かって新人とは。レッドは初めて腹が捩れるという感覚を味わった。成程、笑いが我慢出来なくなるとはこういうことか、と。

軽く咳払いし、フィールドへ視線を戻せばアシマリは『よいしょ』と言いながらアヤの前へ移動し少年はドテッコツを繰り出した。掛け声も勿論そうだが、中々の高慢で暴力的な性格をしているようだった。
『こんなちっせぇのが相手かよ。蹴飛ばせば終わっちまいそうだな』なんてアシマリに暴言を吐いている。彼女は全く持って気にしていなさそうだが、ドテッコツのある一言を聞いて態度を変えた。



『お前も弱そうだがお前のトレーナーも頭が弱そうだな。あんな不安そうなカオしちまって。でも顔はまあまあキレイなカタチをしてるが…体は粗末だなァ。男のトレーナーを持っちまったが女をトレーナーにするなら、ソッチを厳選してぇもんだよ』



何かを思う前に「…あ"?」と思った。率直な話し。とても不快。しかも下品で品性の欠片もないときた。ピカチュウなんか『アイツ殺そうか?』なんて言っている。
ピキ、とこめかみに細い血管が浮き出た気がした。レッドはポケモンにここまでイラついたのも初めてである。

勿論アヤには聞こえていないだろう。

万が一、アヤとアシマリが負けたとして。そうなった場合、確実にこの猿は自分がボコボコに吊し上げようと決めるのであった。

まあ、そんな決意も無意味だったけれど。



「……こんな拘束技、よくもまあ思い付くな…」



レッドの視線の先には泡と氷漬けの彫刻にされたドテッコツが。
辺り一面アシマリの放った泡と水、そして顕現された氷の世界の丁度ど真ん中に泡まみれになったドテッコツが彫刻され拘束されていた。
そして大きなバルーンでドテッコツごと包めば誰が喜ぶのか分からない可愛くも何ともないドテッコツ入りスノードームが完成する。まずトレーナーならこんな見た目云々よりまどろっこしい事はせずに、そのまま有無を言わさず即問答無用で拘束できるような戦い方をするだろう。

アシマリだって何を覚えているのか、どんな動きが出来るのか分からないながらも少ない情報でここまで細く操ってバトルメイク、フィールドメイクをした事には流石のレッドも「お見事」と呟いてしまう程だった。技のコントロール技能や身体能力などは元からアシマリが持っていた才能だったが、あの場で使える技を即席で掛け算して全く違うものを生み出すとは。

アシマリが水のバルーンを作り出した時、実はと言うとレッドもそのバルーンが何の役割を果たすのか理解出来ないでいた。

アシマリは最初図鑑で調べてもイッシュ地方のポケモン図鑑には元々登録されておらず、オーキド博士に連絡をしてアローラ地方直轄のククイ博士の協力の元、アシマリのデータを送って貰ってはいたのだが。確かに生態情報や特性、覚える技などは詳しく載ってはいたが「水のバルーン」とは?「水のバルーンを作る練習をし、戦いになるとそのバルーンを使った戦術が得意」とは?どうやら他の水タイプでは持っていないアシマリだけが持っている特性のようなものなのだろうか。

そしてバルーンを作り出して空高く飛んだアシマリを見て「ああ、そう使うのか」とやっと理解したレッドは、水のバルーンには伸縮性と弾力性がある事に気づいた。
バルーンを作る練習をする、と図鑑に説明されているくらいアシマリは元々コントロールが上手い種族なのだろう。ということはそれを使った応用も可能という訳なのだから、もしレッドがバルーンを使用した上でバトルメイクするとしたら。こうするだろう。


バルーンの強度を上げ相手を中に閉じ込めて、ダウンするまで地面や障害物に思い切り叩き付け続ける。

バルーンに閉じ込めてダウンするまで窒息寸前まで水責めする。


幾つか浮かんできたバルーンを使っての至ってシンプルなバトル方法を思い付くが、ある一種の拷問のようなことを考えているとは本人は気付かない。レッドがいつも正式なバトルや、または生死をかけたような戦いをするにあたり考えるのは“確実に勝ちに行く方法”と“確実に息の根を止める方法”である。それに手段は問わない。

僅か数秒でここまで考えに至ったレッドとは裏腹に、アヤも数秒足らずに“作り上げていく”。

バルーンを弾として多く作らせてはそこから着地せずに行う空中戦。泡とバルーンを組み込ませた氷の彫刻。



「(バトルを始める前は狼狽えてあんなにも不安でいっぱいな顔をしていたくせに、)」



どこかでスイッチが入ったのだろう。今ではもう立派なポケモンを使役する者の顔付きだ。

普段の私生活のアヤばかり見ているとつい忘れてしまいそうになるが、彼女も列記とした頂きに坐する人間だ。土俵は違えどもそれぞれの得意分野である頂点を極めた者。

バトルの最中のアヤは。

蒼い瞳が鈍く、ゆらゆらと光り溶け込むような眼光を放つそれに、背筋が柄にもなくゾクゾクと震えた。しかし仕方ないのだ。己とてポケモンが好きな事は大前提に、ポケモンバトルが好きな一人間である。戦えば戦うほど味を締め、勝利すれば勝利する程渇く。もっと強敵を、もっと強者を己の眼前へ。戦いへの快楽と愉悦。

それがレッドにはあった。



「ああ、うん。…やっぱ良いな」



ゆるゆる立ち上がりつつ、口がゆっくり弧を描くのが分かる。それを感じながらもアヤへと歩を進める。

そういえばアヤとは戦った事が一回しかなかったな。いや、戦ったかどうかも怪しい。初めてシロガネ山で会ったあの時は記憶がぼんやりしていて覚えていることが少なかったのだから。その後は本当に一回も戦ったことなんてなかったし、タッグバトルを組んで誰かと戦ったこともなかった。

こうして思えば、アヤとまだしていない事がこんなにも多い。

いつか、アヤと本気でポケモンバトルをしてみたいが、彼女は自分の願いを聞き入れてはくれるだろうか。死ぬまでに一度はバトルしてみたい。というか完膚なきまでにボコボコにしてその可愛い顔を悔しさで泣かせてみたい。



「おねーさん!お願いッ!もう一回!もう一回勝負してッ!」

「待ってお姉さん!それなら私!あのお兄さんと勝負したい!!」

「もう致しませんッ!そんな何回もできません!……っんえっ!?」

「いやっ俺が先にっ……え?」



レッドが物思いに耽っている間、アヤは少年と少女に囲まれていた。アヤの手を逃がさないと言わんばかりに握り、片方の手ではモンスターボールを握り締めて地団駄を踏んでいる。

おい、気安く触るな。誰の女だと思ってるんだ小僧。

それにしても少年と一緒に居るもう一人のスクールトレーナーの少女は、先程から自分のことを穴が空く程ジロジロ見て気分が悪い。
これは正体を勘繰っている時のような探るような視線ではなく、あの“感じ慣れた視線”だ。火照ったような視線が強烈で一度牽制のために軽く睨み付けると、何を思ったのか慌てて少女は視線を逸らした。頬を染めて、恥ずかしそうに左右に視線をうろつかせながら。それを見て思わず溜息が出た。

すると少女はアヤの声を遮り、自分を指差して叫ぶ。



「勝負してください!それとお兄さん連絡先教えてっ!」

「何それ逆ナン!?」

「お前ほんっとに年上の男の人好きな……」

「だってこんなイケメンッ!他にいないのよ?!稀に見るイケメンなんだよ!?」

「いやっ…でもちょっと、ちょっと待って…!」



思いもよらない少女の言葉にアヤが言葉に詰まっている。大変困った表情。可愛らしくて宜しい。

レッドはアヤの肩に手を置いて口端を上げて笑った。



「いいぞ」

「ぇ」

「本当!?やったぁ!お兄さんありがとう!お名前教えて!因みに休日は何して…」





ただし、と彼は言った。



「俺に勝てたら、な」



開始数秒後、少女はジヘッド一匹に4タテされたのであった。





彼女の実力


 (そして4タテされてムキになった少女がタッグバトルなら勝てる!と少年と共に襲いかかって来るのだった)







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