act.64 トップコーディネーター、戦う
「ちょっと待って!!5分!5分でいいからちょっと時間ちょうだい!作戦タイム!!」
「作戦タイム?いいよ!」
この少年、それはそれはもうめちゃくちゃ余裕そうだった。
男の子の少し後ろから自分達の様子を見守る女の子はバトルには参加しないらしい。寧ろこれから行われるバトルよりもアヤの斜め後ろに控えるレッドの方に大変興味がおありのようで。チラチラ見ては頬を可愛らしく染めている。わかる。わかるぞこんなイケメン滅多にいないし誰が見ても三度見するくらいの顔面だぞ。顔面600族の最強だぞ。カッコイイよね。でもあんまジロジロ見ないであげてね。
「っていうか本当に5分でいいの?」と無意識なのか分からないが煽ってくる少年に後ろの女の子からは「あんまり虐めないようにしてあげなよー新人さんなんだから」なんて言っている。激しくツッコミたいが今はそんな暇もないので割合する。
アヤは珍しく面白そうに成り行きを見守るレッドの腕を掴み勢いで引きずるように後退し、少年達に背を向けた。
「レッ、レッド…!」
「なんだ」
「ポケモン図鑑見せて…!」
「ポケモン図鑑?」
「アシマリのデータ入ってるよねっ!?この前アローラ地方の博士からデータ貰ったって言ってたよね!?知ってるボク!」
「勿論データは貰って入ってるが…。……お前、まさかとは思うが…」
「ア、アシマリって……確か、水タイプだよね…!?」
「(そこからか……)」
マジか。そこからか。
レッドはそう思った。アヤはそんなレッドの考えがわかったのか「この前ポケモン図鑑弄ってる時に邪魔してきたのはどこの誰だったかな…」と小さく宣う。
そう言われああ、そういえば弄ってた時もあったが徐々に自分のお触りが激しくなって結局弄っている暇が無くなった気がする。
それにアシマリをゲットしてからまだ数日。案外忙しく一日一日が過ぎ去って、ちょっとした暇さえ出来ればレッドはアヤにちょっかいかけて楽しんでいた。それに昨日なんて一日ずっと部屋にいたが、食べてるか寝ているかお触りしてイチャついているかしかしていない。レッドからしてみればさぞかし癒しの至福の一時ではあった。しかしアヤからしたら合間合間で行われるレッドからの接触で与えられる快感による疲労感によりほぼ丸一日眠っていたようなもんだ。短い仮眠を取っては起き、何か食べて少しテレビを見てはいつの間にか悪戯されて寝落ちし、起きて水を飲んで珍しくジヘッドと遊びながらうたた寝し、いつの間にか身体を弄られる感覚で目を覚まし、また絶頂による甘い疲労感で眠る。
アヤは思った。なんて一日を過ごしたんだろう。
いや、嫌ではない。アヤにとっても幸せな一日を過ごした。
でも他人には簡単に言えない。
そんなこんなで今この時までアシマリの事を詳しく見れていない…というのを言い訳にアヤはレッドから図鑑を受け取った。
「(水タイプ!水タイプな事だけは分かってるんだけど)」
図鑑の操作方法はお手の物。レッドが操作しているのをもう幾度となく見ているし、自分でも貸してもらって適当に弄っているからだ。
図鑑を開いて一目散にアシマリのページを開く。
「(確かハイパーボイスを使ってたよね)」
初めて出会った頃、物凄い威力のハイパーボイスをアヤは目にしている。あれ使ってどうにかできないものか。
成長し覚える技は水鉄砲、チャームボイス、アクアジェット、凍える風、歌う、バブル光線など。しかしアシマリが今どのような技を覚えているのかはアヤには預かり知らぬこと。こればかりは戦って見ないことにはわからない。そもそもアシマリってどうやって戦うんだろう。両前足と尻尾しかないのに。もしかしてジュゴンとかラプラスとかそっち系の戦い方した方がいい?いや、ジュゴンもラプラスも仲間にいないから分からないけど。
この時本当にポケモンと会話出来るレッドが羨ましく思った。チートじゃんそんなの。
しかもこの説明文はなんだ。
「(水のバルーンって何ぞ?)」
“アシマリは鼻息を使って水のバルーンを作ることができる。そのバルーンを駆使して様々な戦術を繰り出す”
「(何それ聞いた事ないわ…)」
バルーンって何。泡じゃないの?
アヤは理解できない図鑑の説明に早くも不安でいっぱいだった。
しかし無常にも時間はすぐに5分を過ぎ。
「じゃ!宜しくお願いします!行け!ドテッコツ!」
「シャッーオラー!」
「(凶器!!凶器持ってますッ!!?何アレあんなんいいの!?)」
少年の放ったボールからこれまたアヤが知らないイカついポケモンが飛び出してきた。ドテッコツである。いや、ポケモン図鑑をこの前少し弄っている時にチラッと見た気もするが。
そのポケモンはなんと鉄骨を背負っていたのである。
カモネギがネギを持っているように、ガラガラが骨の棍棒を持っているように。そんな可愛らしいもんじゃない。鉄骨だ。いや鉄筋?武器?凶器?何あれ良いんですか?とアヤは早くも白目を剥きたくなる。しかもシャッーオラー!って掛け声何なのソレ。殺る気満々じゃん。
そんな凶悪を絵に描いたようなポケモンと今からこんな、こんな可愛さの塊であるアシマリが戦わなければならないの?世も末である。
「くぅ…っあ、アシマリ?大丈夫?行ける…?」
「マリリ」
ポケモン図鑑をレッドに返したアヤは断頭台に登るような気持ちで男の子と向き合う。そう。向き合った。向き合うことなんて今まで何回もしてきたのに、なのにこの気持ちは何だろう。
図鑑を返す直前ピカチュウは「頑張れ!」みたいな感じで親指を立てているし、レッドもレッドで楽しみです、みたいな顔をして「しっかりな」なんて手をヒラヒラ振りながら頷いている。
「(―――さて、イッシュに来てから初の対人戦…か。しかも全く知らない別地方のポケモンで。どう戦う)」
バトルの邪魔にならないようにレッドは2匹とフィールド全体をある程度見渡せるよう、少しアヤから距離を取った。
因みにレッドはアヤが目の前でバトルする所をそんなに見たことがない。初めて自分と会った時にバトルをしたが、如何せん今思えば熱で頭が少しぼやけており最初から最後まで記憶がぼんやりしていた。後から聞けばあのリザードン相手にシャワーズのハイドロポンプを連続して数回に渡り直撃させたらしいし、中々やるな、と。
過去にもレッドとバトルした色んなトレーナーが命中率の低い大技をとち狂って連撃してくることがあったが、苦し紛れにただ連発していたんじゃあ当たるはずもなく。命中率の低く攻撃力が高い技こそ、相手が避けられない場面で使用したりするものだ。もしくは直撃狙いではなく牽制や視界阻害、持ち物を持たせた上での別の戦略を練ることも当然ある。
そんなトレーナー達を見てきた中、あのリザードン相手に命中率の低いハイドロポンプを複数回、連続で直撃させるようなアヤのバトルメイクとシャワーズには一目置いていた。まあそれでも彼女には手持ちの一匹も突破はされてはいないのだが。
コンテストやグランドフェスティバルで演技、点数を削り合う為のバトルはこれまでにも過去の映像で何度も見たし、一年前のフェスでは実際に会場で見たりもした。けれど思えばアヤのバトルシーンなんて本当にそれだけで。
だからアヤがコンテストを抜きに、対人戦で戦うという非常にレアな事にレッドは柄にもなく気分ワクワクなのである。
この前アヤがゾロアと野生のタブンネとのバトルに挑んだ時はてんでダメダメなバトルを繰り広げてはいたがそれはそれ、これはこれ精神である。
「(……せ、せめて……恥ずかしい姿を晒さないように、なんとか…なんとかしないと………)」
そう。負けてもいい。負けても良いけれどせめてアシマリをきちんと戦えるように指示だけはしっかりしなければ。アシマリがどうやって戦うのかさっぱりわからないが。けれど昔のようになるのは…本当に嫌だった。今あんな事になったら恥ずかしさでもう二度と外を歩けはしないだろう。
ポケモンにおいてプロフェッショナルを貫き通す、いつも完璧を絵に書いたようなレッドにそんなザマを見られたくない。アシマリにガッカリされたくない。因みに今アヤがちょっと安心している事は変装してて本当に良かった!!である。
マリリ、マリ、とアシマリは何て言っているのかわからないがアヤの手をペチペチと叩きその両腕の中から飛び出した。小さな身体なのに大したものだ。
んしょ、んしょ。と両前足を使い一生懸命アヤの前へ出たアシマリはとても頼もしく見えるが……こんな、こんな。戦わせるより愛でていたいと思うような、こんな可愛い子にあのような凶悪な凶器を持ったイカついポケモンと戦わせるなんて……とアヤの良心が今にも死にそうだった。
「お姉さんからお先にどうぞ!新人さんだしね!」
「わァーホントにー?嬉シイアリガトウー」
「先制技とか持ってると有利なんだよお姉さん!」
「ソウナンダー!でもワタシ、先制技とかソモソモ持ってるかワカラナイカラナー」
「そっか!タイプ相性とか分かる?あっでもドテッコツとアシマリじゃあそんなに大差ないから大丈夫だよ!アシマリは水タイプだから、電気とか草タイプには弱いよ!ドテッコツは格闘タイプだからアシマリとの相性は普通かなぁ」
「ソウナンダー!教えてくれて、ありがとー……はぁ……」
もうヤケクソである。
少年がアヤにご教授しているのはトレーナーをしているなら一般常識な知識である。
レッドは後ろの方にある切り株に腰をかけ、足を組んで偉そうに座っている。片手で顔を覆い俯いたまま肩を震わせていた。オイ、だから笑うな。笑うんじゃない。っていうかレッドそんな風に笑う事もあるんだね!?ビックリである。
新人呼ばわりされても気にしない。恥もプライドも全て捨てろ。寧ろそんなことよりももっと気にする事があるからだ。
「ゴルル、ゴル、ゴゴルル」
「…………」
「ん?」
相手のドテッコツが何か言っている。
何を言っているかわからないが、アシマリに何か話しかけているのだけはわかった。しばらくするとアシマリはにっこり、笑った。そう。にっこり。
(この時背後にいるレッドとピカチュウの表情が途端に無表情になった事を勿論アヤ達は知るはずもなく)
「アシマリ?」
「マリ!マリリ、」
「あっ、うん。宜しくねアシマリ。…初めての対人戦なのにごめん。たぶん上手く指示出来ないかもだけど…」
「マリ」
「でも頑張るから!」
「マリマリ!」
アシマリが大丈夫、頑張ろう。そう言っているような気がした。
少年はお先にどうぞ、と言っていたから「じゃあお言葉に甘えて」とアヤは慎重に考えて指示を出す。
「アシマリ、水のバルーンって出すことできる?」
ともあれアシマリが出来ることと、その謎の水のバルーンとは一体なんなのか。それを確かめることにする。
するとアシマリの鼻先からぽわん、と作り出された薄く水の膜が張った球体が作り出された。まるでバランスボールのような……そんな、結構大きい。薄く水の膜が張ったそれは一見シャボン玉のようだ。
それは割れもせずにふよふよと宙に浮いて漂っている。
「…………?」
「…………?」
アヤも少年もお互いに首を傾げる。
え?こっから何が起きるんですか?
誰か教えて欲しい。
「……えっと、行きますッ!!ドテッコツ!けたぐりだ!」
「結局あのバルーンって何に使うのアシマリー!?避けて避けてっ!」
「シャッーオラァーー!!!」
鉄骨?鉄筋?という名の凶器をドテッコツは振り被って思いっきりアシマリに向かって叩き付けようとしていた。ちょっと待ちなさい、それどう見てもけたぐりではない。そして掛け声が物騒すぎる。
避けて、とは言ったけどアシマリがサンダースやルカリオのように素早く身を躱せるとは到底思えなかった。シャワーズのように身体の柔軟さを活かして避けられるとも思わない。ムウマージのように機転をきかせて撹乱することなんてまだ出来るとは思えないし、カイリューやウインディのように力技で跳ね返せるとは、そんなことができると思えなかった。
直撃しそうになって思わず悲鳴が喉から上がりそうになったが、アシマリはそう焦った様子を見せず再びバルーンを作り出し、――めっちゃ飛んだ。
「えええええええ!?」
「とっ…飛んだ!!」
「それってそういうふうに使うのアシマリー!?」
作り出したバルーンに尻尾で身体を浮かし、予想以上に身軽に飛び移ったアシマリはそこから更にバルーンをトランポリン代わりにポイーンと。効果音が付きそうなくらい軽快に飛んだ。
予想外な動きにアヤも少年も、そして観戦しているレッドも少女も思わずアシマリを視線で追いかけて全員が空を見上げている状態である。
アシマリを捕え損ね空振りしたドテッコツはたった今トランポリン台代わりにしたバルーンを壊し、その反動でパァンッ!と少し弾き飛ばされた。少しばかりの隙が生じる。あの凶器を再び担ぎ上げるのにほんの数秒。これはデカい。
「アシマリ!み、水鉄砲!水鉄砲は使える!?できるだけ遠くに吹っ飛ばしてっ!」
瞬間。ボッと何かが破裂噴射したかのような音がしてあっという間にドテッコツが水鉄砲で遠くの方へと吹っ飛ばされた。30メーターは吹っ飛んだだろうか。
水を主体に使うバルーンが作れるということは、水タイプのポケモンなら殆ど使える水鉄砲が使えるということ。予想通り水鉄砲はきちんと覚えているようだ。
しかし水圧が思ったより強い。
「アッ…アシマリ…!」
強くない!!?
アヤは心の中で力いっぱい叫んだ。
「うわぁー!ドテッコツ!?大丈夫か!?」と叫ぶ少年の声を脳裏に置いておいて、アシマリを見る。体が小さく軽いからか滞空時間も長い。
「(しかもあのバルーン、割れると弾くんだ…!)」
え?水のバルーン?何それ強くない…?しかも面白い。アヤは少しばかり不安が軽くなった。
ドテッコツが離れている間に少しでもこちらが有利になるようにフィールドメイクしなければ。あんなイカついポケモンにウチの可愛い子を餌食にさせるなんてとんでもない。
アヤは中々高い位置にいるアシマリへと叫んだ。分からないことはとりあえずガンガン聞いていくスタイルである。
「アシマリっー!あのバルーンって何個も出せるー!?」
瞬間。ぽぽぽぽぽぽぽぽっと大小様々な大きさのバルーンを即席で作り出したアシマリ。落下をものともせず、宙にふよふよ浮く近くのバルーンを一回転し踏み台にし、また飛んでは踏み台にする。優雅に空中戦を行おうとしていた。
そんなアシマリにアヤは唖然とした。
「(……あの子、見た目の割に。すっごくトリッキーだ。しかも技のコントロールがかなり上手い。絶妙で、技巧)」
アヤの指示を受けてからコンマ数秒で対応できるトリッキーさ。
思えば、アシマリと初めて出会ったあの研究所の水槽に居た時。
アシマリがハイパーボイスで水槽の硝子を破ったと同時に、自分の周りが何かで守られている事に気付いていた。あれがバリアやリフレクター、守る類の技だとしたら同時に2つの技を操った事になる。しかもアシマリ本人ではなく遠くに居たアヤを対象に技を張ったのだとしたら。
「(サンダース達よりも……ううん。もしかしたら一番コントロール技術が上手いシャワーズより頭一つ抜いてるかも知れない)」
しかも、何だろう。
戦う仕草がどことなく自分達に…シャワーズに似ている。アヤがコンテスト用のポケモンとして1からコーディネートしたような。普通のバトルでは全く必要のない体の捻りやジャンプの仕方。体幹の振り方。
……あれ?もしかして、真似してる?
そういえば自分の載った雑誌や、何故かここ数日過去に出場したコンテストの動画やグランドフェスティバルでの戦闘演技と言った動画を、楽しそうに見ていた…けれど。いやでも、真似すると言っても簡単に出来ることじゃないはずなのに。今まで何度も練習してきてやっとできるようになった事もたくさんあると言うのに。
「……か、神…?」
アヤがそう思うのも無理無かった。
「ゴルッ!ゴルゴルッ!!」
「ドテッコツ落ち着け!イライラするなよー!?……おっ…おねーさん!?まぐれ!?今のまぐれ!?」
少年のドテッコツがイラついたように地団駄を踏んでいる。
ポイーンと水のバルーンを使って跳ね続けるアシマリを見てゆるゆると、アヤは思う。なんで初めての対人戦なのにこんな上手く戦えているのか。それもこれも全てアシマリが優秀なせいである。どこまで上手く戦えるか、指示を出来るかわからないが。
たぶんやれると思った。
「(よし、仕留めよう)」
スン、とアヤは真顔になった。
トップコーディネーター、戦う。
水のバルーン。
これは面白い“レシピ”だった。
アヤはひとつ、また新たなカードを手に入れた。
サンダース達と合わせた新しい戦術やコーディネートもこの時点でいくつか思いついたし、シャワーズと演技させたらきっと。
綺麗で美しいものが作れて見れるのではないか。
そうであったら嬉しい。
アヤは心の中でクフクフ笑って、とても楽しそうだなぁと思うのであった。