act.63 イッシュ地方、初の対人戦






お昼過ぎ。ただ今の時刻13時を過ぎようとしている。



「目が合ったら!ポケモン勝負!そこのお姉さん一戦お願いしますッ!」

「………えっ。ッ自分!?」

「はい!宜しくお願いします!」



ライモンシティを出て16番道路に出たアヤ達はチュリネとモンメン探しの為に迷いの森へ向かっていた。
そこはつい最近レッドが図鑑調査の為一度立ち寄ったという。案内係が居ると心強いと言うが確かにその通りだった。レッドはマップを見なくてもズンズン進んで行くから。(あ、いや、そもそもそんなマップなんて見る人じゃなかった)

天候も良好。風も心地良い。旅に出ているトレーナー達からすると絶好の冒険日和である。もう少し先に行くと迷いの森の入口だ。そう言ったレッドの言葉を聞くと同時、その途中に制服を着た男の子と女の子が立っており仲良さそうに喋っていた。トレーナースクールの子達だろうか。前を通り過ぎようとしてレッドと通りかかった時、アヤとその少年の視線がバチーンと合ってしまった。

そう、バチーンと。

あ。と気付いた時にはもう既に遅く、少年はふんすっと鼻息を荒くしてアヤ目掛けて駆け寄ってきた。



「(う、わ)」



正直に言う。めっちゃ面倒臭そうな予感。

因みに女の子も後ろからトコトコ後をくっ付いて来ている。そして遠くからもうその少年は自分のボールへ手を伸ばし、大きな声で「バトルしようぜ!」と言うものだからアヤもレッドも思わず歩を止めるしかなかった。周りにチラホラと居るトレーナーも「自分のこと?」と思って振り向いてしまうくらいには大きな声だった。元気があって大変宜しい。



「ばっ…バトル…だよね…?え、ボク!?合ってる!?」

「合ってます合ってます!バトル……え?それ以外に何があるんですか?」

「ま、まあそうだよ…ね……それしかないよね」

「お姉さんポケモン持ってるし。トレーナーでしょ!是非ッ」

「(あっーーー…)」



アヤは冷や汗をかいた。

何故なら。何を隠そうアシマリとはバトルを一回もした事がないからだ。野生ともまだ一度も戦わせたことはない。アヤが腕に抱いたアシマリを見た少年は「あ!アシマリだ!俺知ってる!アローラ地方のポケモンだろ!?いーなー、俺も他の地方のポケモン欲しいなー」なんて元気に叫んでいる。

因みに。アヤは初めて仲間に迎え入れたポケモンは絶対に対人戦には持っていかない。対人戦で戦わせる前に必ず技の試し打ちや野生のポケモンとバトルさせてから、やっと対人戦に持っていく。何故かって?



「(人前で醜態を晒したくないからだよ!!)」



過去、初めて2匹目のポケモンであるムウマをゲットした時、初バトルとして対人戦に出してそりゃあボコボコにされた事があるのだ。その時はまだコンテストに出たこともなかったし、ただの駆け出しのトレーナーだったがあの負け具合は本当に恥ずかしかった。ムウマが覚えていない技を指示するし、その時の状況下で変わるような技の効果や威力を全く理解してなかったし、ムウマの身体能力を理解していないが故の技の空振りや回避指示のミスだったり。相手トレーナーから「あの、大丈夫?」だなんて心配されてしまうレベルだった。そして相手ポケモンからも手加減されてしまう始末。

まだあの頃イーブイだったサンダースは凄まじい顔でアヤを見ていた。ムウマは瞬きもせずに地に転がり、自身を穴が空くくらいガン見していた。

お願い。誰もボクを見ないでください……。

そう己の顔を両手で覆い隠してしまうくらい、アヤは差恥でいっぱいいっぱいで。無様で恥ずかしかった。
それに見ただろう。ゾロアをゲットした後の野生ポケモンとの戦闘を。あれより酷かったんだぞ。

それからと言うものアヤは初めて捕まえたポケモンや仲間にしたポケモンは絶対に、対人戦には出さない。必ず他所(野生)でトレーニングを積んでから初めて対人戦に持っていく。そう、絶対に。絶対にだ。



「(くっ……)」



本当だったら断りたい。アヤが今一人で居たならとっくにもうお断りをしている。

それが出来ない。する訳にはいかない。

出来ないのだ。何故かって?



「(レッドがいるからだよッ!!)」



何が悲しくてレッドの前で逃げるような情けない真似をしなければならないのか。さすがに恋人の前で…いや、恋人関係なしに誰か自分を知っている人の前で逃げるだなんてそんな情けない姿晒せない。それこそ醜態だ。

仮にも逃げてみろ。彼はきっと嫌味になるようなことは言わないとは思うが、内心では「その程度か」くらいは思うだろう。意気地無しだとも思われるかもしれない。最悪「お前は本当にトップコーディネーターなのか?誇りはないのか?」くらい言われそう。イヤ無理。そんなん言われたら泣く。

アヤは「でもレッドなら、ボクの気持ちを汲んで俺がバトルしようか?とか言ってくれたり……」なんて一松の望みを込めてレッドをチラ、と助けを求めるように視線を寄越す。が。



「(た、楽しんでるコイツらーーー!)」



レッドは面白そうにアヤ達を見ている。ちなみにピカチュウも。ここまで来て一切口出ししないという事は完全なる観戦に回る気である。
そしてこれから初バトルに半強制的に引き摺り出されようとしているアシマリは目をパチパチしながらアヤ達を見ている。ごめんねアシマリこんな不甲斐ない人間で。

ああ、ダメだ。逃げきれない。そう思った瞬間だった。けれど最後まで悪足掻きはしようと決めた。



「…あっ、えっとね。アシマリしかいないんだ。この前仲間にしたばっかで、まだ一回も戦ったことなくて…」


「え?バトルしたことないの?ってことはお姉さん、もしかしてトレーナーになりたて!?新人さんかぁー!」

「しんじっ…」

「全然いいです!寧ろトレーナーになりたてなら俺がバトルの仕方教えてあげるよ!俺、これでもクラスで2番目に強んだよっ!」



後ろから吹き出した音が聞こえる。

オイ、聞こえてるぞイケメン。笑うんじゃない。



「……ウン、じゃあ、お願いしようか……な………」

「やりぃー!!宜しく!おねーさん!!」

「(ど、どうしよ……)」



アヤは不安全開でアシマリを抱え直した。ぎゅっと抱き締められたアシマリは「?」と首を傾げながらアヤを見るが、何でそんなに不安そうなのかわからない。ごめん、やらどうしよう…など呟いているが。

もしかしてバトルは得意ではないのだろうか。でもアシマリが動画や写真で見たアヤは堂々としていて、ポケモンバトルが苦手、出来ないと言う訳ではなさそうなのに。ルールやコンビネーションを多彩に使用したコンテストバトルと言っても、一般的なポケモンバトルが土台にされているのだ。それを抜きにして戦えば、何ら変わりはなさそうに見えるのだが。そうではないのだろうか。

と思っても少し動画を見ただけで実際戦った事もコンテストに出たこともないアシマリが何か言えるような立場ではないのだが。

アシマリは自分のトレーナーが、娘が、超絶不安そうな顔をしているのを見て勇気づけるようにその腕を撫でた。






イッシュ地方、初の対人戦

実の所、アシマリは少しワクワクしていた。













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