act.61 焔家






あれだけ自分の好きな相手の普段見られないような姿を見て、興奮しない男はきっといないだろう。いるとしたら不能か病気か。
いたしてもレッドからしたら自分の手で乱した惚れた女の姿を見るのはそりゃもう眺めがいいのなんの。

下半身に煮立つような熱がかなり停滞していた。人間って限界まで熱を溜め込んで我慢するとこんなになるのか……と熱に浮かされながら沸騰した頭で思う。

昂った熱を死ぬ気で鎮めて。何回か出して発散させて。それでも鎮まらないものだから冷水シャワーを頭から被りまくっては、そしてドアの角に足の小指を強打させて(久々に悶絶する痛覚を思い出した)やっと収まったのだった。

最近ではずっとこれの繰り返しだった。

いい加減こちらもキツい。凄まじくキツいが、我慢我慢。何よりもレッドの目標達成の為と、それと兄の言いつけであるアヤの“健康診断”が終わるまで。
この健康診断が何なのか本当に謎だが、アヤの体に何かしらの負担がかかるなら尚のこと、己の欲望を満たす事を優先するよりもアヤ自身の事を最優先する事は絶対だった。

シャワーで冷えた体にふー、とレッドは一息着く。
部屋に戻ってシーツに埋もれた彼女の顔を確認して、あ。もう完璧に眠ったな、と思ったレッドは肌掛けを引っ張って来てそれをアヤに被せた。


レッドはベッドに腰掛けたたままパソコンを機動した。
USBメモリを突き刺し図鑑の進行状況を伝える為、作成したデータを纏めて送信する。こんな夜中だが、送る相手は見知った相手だから気にはならなかった。

すると調度ワタルから電話が来て、『お疲れ様。流石、凄いじゃないか。こんな短期間で埋まってないデータをよくもまあピンポイントで探せたね!しかもこのゾロア……今研究チームが騒いでるよ。写真のデータを解析したらヒスイ時代のゾロアじゃないかって。君に頼んで良かった、お手柄だよ』なんて言っていた。

そして最近のリーグの様子も、聞いていないのにワタルは勝手に喋り出した。



『リーグの方はね、最近では腕のある子達が各地方にポツポツいるらしくてね。未来を担う力の強いトレーナーが育つのは良いことだね』

「…そうか」

『図鑑のデータ収集は随分と稀少なデータが取れたから、もうイッシュ地方でのデータ集めはしなくて大丈夫だよ。アヤちゃんも一緒に連れてってるんだろ?彼女、元気にやってるかい?』

「ああ。元気すぎるほどだ。問題なくやってる」

『なら良かった。良ければ二人でそのまま帰っといでよ』

「……いや。もう少しこっちに残る」

『……おや。何か用事かい?』



レッドは言うか迷った。

自分が就いているセキエイリーグのバトルマスターなんて役職、ぶっちゃけ興味がない。

しかし、在籍するからにはリーグや、もう一方のバトルタワーの最高闘技師としての仕事をこなさなければならない訳で。それを新しくレッドの為に新たな役職を、バトルマスターの称号を作ってレッドに与えたのは、ワタルだった。
レッドがこうしてリーグに在籍しているのにも関わらず、結構こうして自由にのんびりできるのもワタルのお陰と言えばそういうことになる。


その称号はリーグの仕事の殆どを免除する、という破格待遇なもの。
それにはワタルの温情も兼ねてバトルタワーの仕事も免除されている。


ただし、条件付きで。


それは各地で申請されたポケモンが絡んだ凶悪犯罪や、ジムリーダーでさえ対処が困難なチャンピオンクラスのトレーナー達がやっと相手にできる凶暴化したポケモン達への鎮圧、違法化されたポケモン研究所の制圧など。
意外とこの世界ではポケモン達を使った珍妙な事件が腐る程ある。

その対処を、レッドに任せていた。



ワタルは昔、ロケット団を一人で壊滅させた少年がいると聞いてそりゃあ驚いたものだ。ジムリーダーやリーグトレーナーを複数構成して組織を壊滅させようと動いていたのに。しかも数時間で。下っ端達はおろか、幹部達からボスまでボコボコにして叩き上げて縛り付けて警察へ突き出していた。

その少年がレッドと言う名のまだ10歳程の歳若い若造だと知って、四天王達をほぼ無傷のまま倒して自分の元まで辿り着き、呆気なく倒された事に対して驚きを通り越して呆れてしまった。


まだ子供の癖になんて言う表情をしているのだと。


まるで機械のような少年だった。

ポケモン達への労りや絆はありありと分かった。けれどそれ以外は生きているんだか死んでいるんだかわからなかった。それ食事?って思える程の食事量。季節と全く合わない服装。会話が成立してるんだかしていないんだか分からない。
ポケモン以外への興味への欠如。大人に対しての警戒心。女児、女性への嫌悪感。
ポケモンへの知識欲と生体知識、バトル戦術。それだけで生きていると言っても過言では無いこの少年。

心の決定的なものが欠落した、異質な少年だった。

彼が新たなチャンピオンになってフラリとどこかに消えるのを阻止して。
しばらく彼の首根っこを掴んでリーグに留め過ごしていたが、ワタルはレッドと少しずつ関わる事にした。

最初は無言を貫き通していたレッドも、一緒に食事をしたり銭湯に入ったり買い物をしたり。バトルをしたり。ワタルはまだその時大人、ではなく青年に近かったから。レッドも多少は心を開いたのだろう。

その中でポツリ、ポツリ。話してくれることがあった。



「大人が、嫌いだ。特に女が。あまり良い思い出がない。喋るのも、あまり得意じゃない」



その言葉にああ、やっぱりこの子は他人と接するのが怖いのかも知れない。

そう思った。



「そうか、なら無理して喋らなくても良い。それより飯を食おう。今日は…そうだな。何か作ろうかな」

「……料理が、出来るのか」

「こう見えてもね」



作った食事を黙々と食べる中、レッドはある日突然「今日は味が薄いな」と言った。初めて食事に対しての感想だった。もしかしたら食事にも興味がなかったのかも知れない。けれど味覚に対して何か気付いたことがあると言うことは、食に対して少し興味を持ったということ。

それ食べ終わったらジョウト地方のジムの挑戦者数を割り出すから、手伝ってくれるかい?とワタルが伝えるとレッドは不意に手を止めた。返事がない。無表情は変わらなかったが、いつもより表情が硬いことに気付いた。

そこで、ふと、思い至った。



「レッド君、キミ…住んでいる家はカントーだったね。出身はどこだい?」



無言。



「………ジョウト地方かい?」



濡れ羽色の艶やかな黒髪に赤い鮮やかな瞳。

子供のくせして怖いくらいに整った顔。

洗礼された磨き抜かれたバトルセンス。

ポケモンと、会話しているような様子が多々あり。

才能の塊のような子供。



「もしかして、」



もしワタルが思っていることが当たっているとしたら。



「焔家の子かい?」



赤い瞳がキロ、と動きワタルを捉える。

彼の表情は、無。だった。

恐ろしい程何も、喜怒哀楽の欠片もなく。

ただの無。

コト、と首を傾けてレッドは言った。



「だったら?」



ビリ、とした殺気が肌に痛い。

恐らく返答次第で彼は牙を向く。そんな雰囲気だった。

本当にもう。血の気が多い子供だ。



「別に何ともしないよ。俺もあそこは嫌いだしね」

「は?」

「俺もそう。焔の分家だ。けど嫌いだから俺の実家ごと今や絶縁状態」

「…………」



だから安心しなよ。何もしやしない。

そう伝えるとレッドは眉間に皺を寄せながら、ぎこちないながらも徐々に食事を再開させた。



「(そうか。やはり、焔の家の子だったのか)」



自分の洞察力も我ながら恐れ入る。

焔の家で育ったのなら、こんな感じなのも納得だった。



「(焔家。ジョウト地方に家紋を構える名家)」



焔の神、ホウオウを祀り、舞で啓示や祝辞を伝える一族。

言わずもがなエンジュシティにその家はある。

今では武芸や舞踊にも秀でている。邪悪や災いを払う、要は神職を担う陰陽の一族だ。元々霊的な力が強く、神力を宿した人間が生まれやすい。

表から、一般から見たらさぞ穢れがなく、清廉で純真無垢に見えるだろう。



「(笑える。そんな、とんでもない)」



けれど、違うのだ。

そんなものは見てくれだけで。

あの家がどれだけ常識から外れて、おぞましくて奇妙な事をしているのか。

ワタルは知っている。



「(彼が“噂の天才”だとしたら。まずこの歳で焔家から外に出されるなんてまず有り得ない。それを可能にしているってことは…彼があまりにも強すぎて誰も手に負えないって事。…かな)」



おそらく、焔の家はレッドを種として飼い殺しにしたいに決まっているのだ。
なんたって貴重な遺伝子。外に出したくないに決まっている。それはそれは、“過保護”に育て上げられたのだろう。短いながらもレッドを見たらわかる。

彼は強い。

しかしまだ子供だ。

どうしたって大人の力には負ける。

レッドが完全な大人になって益々力を付けて手が付けられなくなってしまう前に、まだ子供の内に完全な“教育”をしてしまいたいだろう。あの家が何を考えているのかワタルには手に取るようにわかる。あの家なら多少強引な方法を使ってでも、家に連れ戻すことも厭わないだろう。



「……………君は、ポケモンが好きかい?」

「……突然なんだ」

「いいから。好きかい?」

「………好き、だ」



レッドはそう言って、隣に座るピカチュウを見て言った。

彼が生まれてすぐ、まだ赤ん坊だったレッドに“お祝い”として与えられたのがピチューのタマゴだった。あの家に居て、産まれてからずっと一緒だった。

レッドがあの家に居て苦しいことも嫌だったこともされてきた事、全てピカチュウは隣で見てきた。日々したくもない稽古をして関節が外れたり打撲で身体の皮膚の色が変わるのなんて日常茶飯事だった。色んな体液でドロドロになった体を無心で洗いながら、度々風呂場やトイレで嘔吐していたのも何度も見た。
口の中の感触が気持ち悪くて暫く食事を受け付けなかった時期もある。
折檻として、躾として地下牢に何ヶ月も放り込まれた事もあった。ストレスで内蔵が傷んで、苦痛を我慢して冷や汗を流しているのを見てきた。

そう、見てきたのだ。

それを見て、当時ピチューだった彼は打開策を幾度となく考えてきた。

自分のトレーナーを、家族を、友を。

この家から逃がす方法を。

それまでにレッドの精神が壊れないように必死に模索した。

レッドが辛そうな時は懸命に声をかけ続けたし、同年代の子供達がするような遊びもできるだけ真似て遊んできた。食事を摂る時も寝る時も、常に一緒だった。家の近くの茂みから時々野生のポケモンが現れては、他愛のない話をして一日を過ごす。そんな日々が続けばポケモン達はレッドを見て『今日は顔色が悪いな』と心配されたりもした。

そうだ。レッドにとってピカチュウは、ポケモンは唯一無二の友達で、本当の家族だった。



「好きだ。――何よりも」



それを聞いてワタルは「そうか」と一つ返事をする。


ポケモンバトルのセンスは今まで見てきた中で群を抜いてピカイチ。チャンピオンの自分よりも。知識欲も貪欲だ。磨けばもっと伸びるし、過酷な環境の中でその真価は更に発揮されるだろう。その才能を潰すにはかなり惜しい人材だった。
しかもポケモンと会話が出来る特殊能力持ち。そんなもん将来大いに役立つ能力に決まっている。

この世界には沢山の危険が潜んでいる、とワタルは思っている。

得体の知れないポケモンはまだまだ数え切れない程いるし、不可解な歴史も、命に関わるような危険なポケモン、言葉では説明ができない事象(この事象に対してはシロナの見解が関わっている)が沢山ある。
ワタルがセキエイリーグチャンピオンに就任してから、各地方で世界を脅かすようなポケモンが絡んだ事件が何件か発生していたのを知っている。今後も何があるか分からない。

ポケモンという生き物は未だに解明されていない事が多いのだ。時には人間に牙を向くことだって、世界を脅かすことさえ。

あるかも知れないのだから。

その時に備え抗える強いトレーナーを育て、生み出さなければいけないのだ。チャンピオンやジムリーダーだけではどうすることも出来ない状況が発生したとして、それを各々で守り対処できるような。

未来を担う子供達の中にこんな光った原石があるのだとしたら、それを潰してしまうのはなんともワタルには耐え難い。しかもあんなクソみたいな家に、だ。

それに、悪い子ではなさそうだ。

ポケモンが好きな人間に悪い奴はいない。

ワタルも完全なポケモン脳の一人であった。


どうにかして彼が大人になるまで、誰も手の届かない所へやれないものか。
新チャンピオンを守る名目でこのポケモンリーグが壁になることもできるが、一時凌ぎにもならないだろう。なんたってアイツらには常識が一切通じないし、道徳もないのだから。

何か他に手はないものか。と思いきや突如彗星の如く降ってきた名案。



「あ、めっちゃいい事思いついた」

「……?」

「レッド君、シロガネ山籠ってみない?」

「シロガネ山?」



我ながら名案!と考えつきレッドに早速提案してみる。

後々ユイやシロナやダイゴには「全然名案じゃねぇよサイヤ人。殺す気か。これだから焔の坊ちゃん共は人間じゃねぇ」「流石あの家の坊ちゃんの言うことは野蛮よね…蛮族よ蛮族」「人の心が分かってないよキミ。全くこれだから最近の金持ちのボンボンは…」と罵られることになるが。
いや、ユイだって妹に過去に同じような…イーブイ一匹とサバイバルナイフ1本だけで無人島に放り出したことがあったろう?シロナだって誰よりもこの中で野蛮な事するクセに何を言っているんだ。そして金持ちのボンボンはお前もだよダイゴ。

全く持って心外である。



「そこにしばらく身を隠しな」

「………逃げろって言うのか」

「そう言ってる。君はまだまだ子供だ。あの家がどれだけヤバいかってのは身に染みて分かってるだろう?」

「………」

「そう変に考える事じゃないよ。キミは今でも充分強いけれど、大人になったら更に強くなるだろう。精神的にも、肉体的にも。あの家に10年居て、それでも精神が潰されずに自分の意志を持って動けている。何よりの証拠だ。シロガネ山はどこよりも獰猛なポケモンが勢揃いしてるし簡単に人が入って行ける場所じゃない。それに毎日バトルし放題。………何よりも、人気の無い所でしばらく療養した方がいい。家の事だけじゃなくて、ロケット団を相手にしてだいぶ潰れかけているだろ。シロガネ山で療養っていうのもなんだけど。」



君は、人に対して少し疲れ過ぎているから。

何も無い自然と数多いる獰猛な野生ポケモン達の中で、無心になって好きな事をできる環境に身を起きなさい。


そう言ったワタルの言葉をレッドは考える。

人に関わる事は好きじゃない。
トレーナーとして旅に出れる10歳になった瞬間、すぐ様あのクソみたいな家から出て行った。勿論引き留めようと阻止してくる手を振り切り…いや、焼き払い、屋敷の一部分をピカチュウで消し炭にした訳だが。
身分を証明出来るものを、と思いトレーナーカードを作り、ある程度不自由なく過ごせるようになったら田舎街を選んでそこに家を借りた。そこにはポケモン研究所もありひょんな事からポケモン図鑑を預かって旅に出た訳だが。

ポケモンが好きだったから無心でバトルだけをして過ごした。

人と極力関わりたくはなかった。

野生のポケモンとバトルして、そこら辺のトレーナーとバトルして、ポケモンジムでバトルして、ロケット団とかいう意味不明な人間達とバトルして、リーグでバトルして。自分の意思で好きなことをして過ごしてきたけれど。

どうしたって人の気配は消えない。

視線を向けられるのも嫌だし、特に何も他意もなく喋りかけてくれる人間に対しても、少し億劫さを感じた。



“君は、人に対して少し疲れ過ぎているから。

何も無い自然と数多いる獰猛な野生ポケモン達の中で、無心になって好きな事をできる環境に身を起きなさい。”



「(……そうか。疲れて、るのか。休んでも、いいのか)」



初めてストン、と胸に落ちてきた言葉にレッドは案外抵抗もなくそれを納得して、受け入れた。

今まで気が休まらない日々を送ってきた。

動いてないと、やってられない。



「行ってみたい、」

「そうか。気をつけて行っておいで」



レッドは初めて“大人”に、やりたい事を意思表示した。

それに対して意志を尊重し、「いいよ、気をつけて」なんて言ってくれたのもワタルが初めてで。

そしてレッドは早速シロガネ山に向かったのだが。
それからというもの、当然ながら山の中は圏外の為連絡が取れない以前に一回もシロガネ山を下山していないらしい。もう気付いたら5年も過ぎていて「え?生きてるよね?」なんて焦ったが幽霊を見た!と言う山男の噂で「吹雪の中人影を見た、シロガネ山の山頂付近に雷鳴が何度も轟いた、雪山で亡霊がさ迷っている、こんなに悪天候だったのに生きている人間の気配がする」と噂されるようになった。宛らシロガネ山七不思議みたいな事になっていた。うん、大丈夫だ生きているようだ。



「そろそろ様子を見に行きたいなぁ」



ワタルはこの5年で、新しい制度をリーグに取り入れようと奮闘しており前々からリーグ委員会に申請し打診していた。それがもうすぐ…あと2〜3年で認可されようとしている。

バトルマスターという新称号だ。

彼の為に作ったようなこの称号。あの強さは既にどこの地方のチャンピオン達にも、リーグにも折り紙付きな訳で。称号内容とその仕事内容を伝えると前向きに検討されつつある。認可されれば、きっと彼に心強い後ろ盾ができるだろう。なんたってチャンピオンより上の立場だぞ。破格待遇だぞ。

その仕事分はきっちり後から働いて貰わねば。

けれどリーグを長期間離れる訳にはいかない。レッド捜索もあの山の中を探すのは相当時間もかかるし、困難を極めるだろう。

誰かシロガネ山に入れるような図太い神経と、時間を持て余すような人間はいないものか。



「あっいるわ」



突如また彗星の如く降ってきた名案。

こちらもつい最近手に入れた情報だ。これは確実ではないが、直接赴いて確かめに行ける距離。



「よし、そうと決まればウバメの森だな」



そんなこんなで、レッド自身の面倒を実はワタルは昔から良く焼いてくれていた。

レッドはバトルが好きなだけで、チャンピオンに勝ったからと言ってチャンピオンになりたい訳では無い。バトルが好きなだけでバトルタワーの最高闘技師になりたいわけではない。ポケモンが好きで旅をしたいのに、一つの場所に留まり続けなきゃいけないなんてそんな馬鹿なことがあってたまるか。

成長した今、家の奴らが来たところで全て肉体的な暴力を持って返り討ちにできるが、それもこれ全て、バトルマスターになってからというもの全てが綺麗さっぱりに懸念されていたことが取り払われた。殆ど自由な身で、時々来る救難要請や依頼に対応しつつ、決められた事をすれば良いだけ。家の人間達は今では殆ど関わって来なくなった。

訳も分からないままバトルマスターなんて称号を貰い、リーグ直属の管轄に就任したが。思うと、ワタルは善し悪し関係なしに、貴重な才能の塊を潰されたくはないと言う名目の為、レッドの為を思って全て何とかしようと思い、対応してくれていた。


今こうして思うとワタルには感謝しかない訳で。


レッドにとってワタルは、兄のような人だった。

レッドにとって“大人”の人間が初めて自分の意志を尊重し年相応とまではいかないが、子供のように扱ってくれた人。



『何か用事かい?』

「………少し、研究所を洗う」



言うか迷ったが、ワタルには自分の同行は把握しておいた方がいいだろう。
とレッドはそう思えるくらいにはワタルを信用していた。

少し考えた末、レッドは自分のこれからの予定を大まかに伝えるとワタルはふむ、と一人考える。



『(ユイからの案件か…アイツが今徹底的に調べて無くそうとしている研究施設って、たしか)』



危険度が高い、人体合成獣についての研究所だったな。

数ある違法な研究所の中一際異質で、到底普通の人間なら考えられないような実験を50年も前から繰り返して来た研究チーム。

その研究所の在処の情報を掴もうと必死こいて探しているが中々尻尾を掴めない。
年々トレーナーからポケモンを奪われたり、野生のポケモンを必要以上多く乱獲したりする事件や犯行が多くなる中、行方不明者や理由が分からない失踪者がそれに比例して増している。
まあその犯行全てがその研究所に関わっているとは思わないが、警察やレンジャー達が各々の行方を血眼になって探し続けていた。そして今やリーグとしても見過ごせなくなるほど悪質さを極めていた。



『……うん、わかった。適宜報告は欲しい』

「ああ、了解した」

『気を付けて行っておいで。頼んだよ』



そう言って通話は切れた。







焔家



あの家で500年に一度の逸材が産まれた!と聞いた。

そして数年前、風の噂で流れてきた噂を聞いた。

ポケモンについての知識、教養、武芸全てを叩き込まれて英才教育を施された天才。




「それが君、か」



そんな死にそうな、生気のない顔した少年がそうなのか。

と、柄にもなく彼は初めて顔を見た時そう思った。






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