act.60 開発と躾の手引き




ユイとの合流までのこの期間。


図鑑のデータ徴収でもしようかと思っていたが、案外それがもう殆どが完了している事に気がついた。この前のゾロアークで埋まったっぽい。
しかもゾロアとゾロアーク共々、謎の姿までデータで撮れたのだから涙を流しながら喜ぶだろう。依頼をしてきた相手にはもっと感謝して欲しいくらいだ。依頼料は嵩むぞ。

そんな訳でそこから早数日。他に何もすることがないならば、とレッドは今日とある店に足を運ぼうと思っていたがアヤが徐に図鑑をレッドの手から取り、このポケモンを一目見たいんだけど…と珍しく興奮気味に目を輝かせるものだから二つ返事で了承した。ああ、そういえばこの前なんか言ってたな、と。

それにソファに二人で仲良く座ってはいるがやはり以前よりかは物理的な距離と精神的な距離が物凄い近いようで。(パーソナルスペースってなんだっけ?とこの時ピカチュウは思った)

ピタリ、くっついている二人は無意識なのかそうじゃないのかわからないが、図鑑を手に取る為に手を伸ばしたアヤはレッドの腕を抱えるように絡めており一心不乱に図鑑を弄っていた。レッドはレッドで図鑑のデータをパソコンに移動させながらその調査報告書を作成している。合間にアヤの顔に手を伸ばして耳や顎を擽ったり、唇をなぞったり。指先で遊んだりしながら。

ピカチュウはもう朝から砂を吐く思いだった。(ジヘッドも何だかいたたまれなくなって、恥ずかしくなってボールに籠城を決め込んだようだ)

数日前からもうそのピンクオーラに殺られてお腹いっぱいだ。

恐らくコトの原因は、やはりと言うべきか結婚の言質を取った事と、そして一番の理由は性行為の半分までやっと片足を突っ込んだのが理由だろう。
っていうか片足突っ込んだのに毎回毎回最後まで至らないって主人の鉄の精神力も恐れ入った。

今や寝室には…ベッド上ではポケモン達は誰も眠らない事にしているし、寧ろ寝室に近寄ろうという者はいなかった。

だって気づいたらもう、ちちくり合ってるんだもの。
気づいたら貪られているのだ。ある時は上半身をいいようにまさぐられ、ある時は両膝を開かれて舐るように指と口で暴かれていた。

あまり今からしつこくすると嫌われるのでは?
と懸念したピカチュウが「今はしなくともいつかは最後までやるんでしょ?」と聞くと「当然、当たり前だろ。なんだ藪から棒に」とさも疑問とばかりに主人は首を傾げた。今からこんな感じだと後々アヤが行為に対して嫌になるんじゃないのか、そう聞くとレッドは少し考えた後「……いや、多分大丈夫だ」と何か確信があるかのようにうん、と一人頷いている。


レッド曰く、アヤは「快楽にとても従順」な人間だということ。


まず初歩的な口付けだけで最初ビビり散らかしていたアヤはそりゃあガチガチに強ばっていた。それはレッドが今まで見たことないくらいの硬直具合で、これは開発して躾をするのに難関を極めるだろうな……と思った程である。

そう。ここで失敗すればレッドが思い描くような未来のどエロい従順なアヤは手に入らない。今直面しているのは欲しい未来に向けた重要なミッションである。

さて。どうやって崩していこうか、と考えてまずは警戒と身体の強ばりを解くことに専念した。警戒されていては何をしても受け入れては貰えないだろう。
啄むようにして唇や頬、額にキスしながら頭を撫でて背中を擦る。まずはそれだけ。それだけを繰り返す。そして何日目かでやっと強ばりが解けて警戒が薄くなった。
恐らく羞恥心が無くなって口付けされる相手がいつもと変わらない自分で、いつもと同じ方法で唇を啄み、背中や頭を撫でていることに慣れたのだろう。



「アヤ、口を開けろ。吸うぞ」

「えっ?吸、う…?」

「ほら、あー」

「あっ、はぁい…っ…!?」



さて、次だと思い至ったらすぐに決行した。

少しづつ口内をマッサージするようにゆっくりゆっくり、舌を差し込んで撫で擦る。
暫くするとやはり苦しさの方が勝ってしまうらしく、胸を押されてすぐに中断し背中を軽く叩く。苦しくなる前に鼻で呼吸をするように、そう言いながらアヤをあやしていった。
明かりのある所では「ちょ…ちょっとごめん、嫌じゃないけど、ま、はずかし…」と嫌がられてしまったのでそれについては素直に要望を聞き入れた。嫌がることをして懸念されたら元も子もないからだ。

日々の中で少しずつ緩急をつけながら口内をマッサージしていればアヤの肩が震え出し、突如膝が折れて崩れそうになる。すぐ様抱き留めて椅子に座らせれば泣きそうな顔をしながら「?、?、っ?」とワケがわからないといった顔をしていた。大丈夫か、と優しく声をかけながら頬を撫でるが内心ではほくそ笑む。

警戒と強ばりを解くことを目標にして慣れさせることが目的だったが、口内に性感帯ができたことは大きな収穫だった。

それからというものアヤは戸惑いつつも、レッドからの口付けを受け入れ続けた訳だが。

アヤはレッドと口付けできるということは、レッドに向けた親愛や情愛、慈愛…全ていろんな好き、愛しいという感情をまとめてひっくるめて相手に伝えることができる手段だと思っていた。

一緒に居れて嬉しい、お互いに名前を呼び合えるのが嬉しい、互いに触れ合うことのできる距離が嬉しい、抱き締めて貰って嬉しい。撫でられて嬉しい。など。
レッドに口の中を撫でられることに対して、不安そうにこういうのは嫌か、と問われれば最初はビックリしたがアヤは少し考えて「嫌じゃない」と頭を横に振った。

話に聞いていたよりかは呼吸がし難いくらいでちょっと苦しいことをするだけ、程度にしか思わなかったのだ。

しかもディープキスはバードキスの上位相互みたいなものなのでは?お互いの口の中を吸い合うのは、レッドと密着するよりももっと深く感じれるような気がして嫌いではない。嬉しい。

だから素直に嬉しい。嫌じゃないよ、こういうふうに思ってるよ、とアヤは思ったことをちょっと恥ずかしかったが拙いながら素直に話すとレッドは静かに顔を覆って項垂れた。「…………そうか…」と何故か消え入りそうな声で言われたが。
アヤ、お前が綺麗な感情を向けているのと同時に俺は未来に向けてどエロく開発しようと思っているのに。

この目の前の男がこんな邪な思いを抱いているなんて、アヤにとって預かり知らぬことであった。


そして前と違って口内に性感帯が出来上がってしまってからは、そこから進展が予想以上に早かった。レッドからしたら本当に嬉しい誤算である。
アヤはレッドと口付けすることは嬉しい、と感じていたものがそれと同時に“気持ちが良い”と感じるようになってしまったのだ。レッドもそれが分かった上で徐々に口内を優しくマッサージするものから、少しずつ、少しずつ。



ーー貪るようなものに変えて行った。



「ッッーーー〜〜〜ッッ!!!」



肩を震わせて、レッドに縋る手に力が入ったり抜けたり、膝がガクガクに震えて崩れ落ちそうになるのをいつも支えてもらう。
背中をまるで赤ちゃんをあやすようにポンポンと優しく叩かれて呼吸を正す。酸欠みたいに頭がふわふわ、ボーッとする。落ち着いてきた頃にまたレッドから唇を合わせられ、舌を吸われ嬲られ続けた。

この頃にはアヤはもう正常には物事を判断出来ないでいた。

気持ちが良い。いつしか口の中を撫でられるのが気持ちよくなってしまった。ぐちゃぐちゃにされながら、背中の奥からビリビリした何かが少しずつ這い上がって来るのがわかった。それが限界まで迎えると急に頭が霞んだように白くなり、腰を何かに緩く貫かれたような、とにかく立っていられないくらいに足や手が震えた。

気持ち良い。やだ、どうしよう。

キスがこんなに気持ちがいいものだなんて欠片も思わなかったのだ。目の前の男は表情一つ崩さずに自分の背中や頭を労るように撫でては余裕そうだった。え?自分だけ?とも思わなくもなかった。本当はこんなになってる方が異常なの?

再び口を付けられてはすぐにビリビリした得体の知れないものが背中を這い上がって、またすぐに体は言うことを聞かなくなった。震える。腰や足がガクガクしてしまって思うように動かない。自分の体じゃなくなってしまったんじゃないかと思う程だった。気持ち良い、どうしよう、でも嫌いじゃない、好き、もっとして欲しい、気持ち良い、はしたない、こんな自分は知らない。今思ってることがレッドに全部バレたとして、はしたないって、気持ち悪いって、そう思われたらどうしよう。

どうしよう。

気色悪いって、気持ち悪い女だって。

そう言われたら、

どうしよう。

ボロ、



「アヤ?」



突如ボロボロ泣き出したアヤにレッドはギョッとしながらもしまった、と
思った。やりすぎたのかもしれない。

嫌悪感や少しも抵抗がなかったから調子に乗りすぎた、マズイ。

レッドにしては珍しく焦りに焦りまくり、すぐ様アヤを窘める姿勢にシフトチェンジした。キスなんぞしている場合ではない。
抱き締めて背中や頭をいつも通り擦り、ポンポンと一定のリズムで軽く叩き続ける。互いに頬をピトッとくっつけて軽くスリ、と頬擦りする。本当に宛ら赤ん坊の様であった。

それにしても突然泣き出すとはどうしたものか。この前は嫌いでは無いと言っていたのに。もしかしたら何か思うことがあるのかも知れない。言えずに我慢していたことがあるのかもしれない。早急に何とかせねば、と思った。



「どうした?」

「ごめ、」

「いや、いい。お前、本当は嫌なんじゃないのか?」

「ち、ちが……」



そう、違うのだ。

嫌いじゃない。寧ろその逆で。



「……違うのか。何か我慢してる事があるだろ。言えないことか?」

「う…」

「何かあるなら言ってくれ。こういうことは我慢してると後先に響く」

「……わない?」

「?」

「……気持ち悪いって、思わない?」



アヤの口から気持ち悪い、と聞いてレッドが一瞬固まった。

気持ち悪い。本心でそう思われていたならこれから軽いキスは出来るだろうが、深いキスはもう今後一切アヤと出来なくなる。レッドとしては精神的ダメージが大きくめちゃくちゃ心が痛かった。

ヒク、と口が引きつった。


ーーー気持ち悪い。その感情はレッドにも経験があり理解できる。


好きでもなんともない女と口付けするなんぞもう死んでもごめんだ。小さな頃、口内を貪る他人の舌の感触に凄まじい吐き気と嫌悪感を覚えたことがある。自身の口の中を有象無象に這い回ることのなんと気持ちの悪いことか。いや、実際に吐いた。

着飾って男を挑発するようなそんな浅ましい女は嫌いだ。

幼子相手に気持ち悪い。あられもない醜態を晒すな。その煩く汚い口を閉じろ。
無遠慮に体に這い回る手が気持ち悪くて、自分の体の上に乗り上げて好き勝手されるのが気持ち悪くて。ならばとこちらが主導権を握った方が幾許かマシだった。

そして家を出てそれからというもの、もうあんなことは死んでもするものかと思い生きては来たが人生とは何があるかわからないもので。

好きな女と、好きな相手とする口付けはこうも違うものだと知ってしまってからはもう止められなかった。

初めてアヤとしたキスは物凄い衝撃的だったことを覚えている。

嫌悪感なんてものは一つもなく、感じたのは優しく柔らかな体温。唇同士合わせただけでは味なんてするわけもないのに甘さを感じて。次に愛しさと幸福が体をじわじわ満たして行った。

幸せ、だった。

今まで感じたことがない安堵感。次々に身体中を満たす優しく甘い感覚に次第に溺れて、抜け出せなくなっていった。好き、愛しい、好き、愛しい、好き、愛しい。馬鹿みたいにそれしか考えられなくなった。


そんなこんなで取り憑かれたようにレッドはアヤにキスばかりしていたが、やはりどうしてもその淡く色付いた唇のその先を…口内を好き放題暴きたくなってしまうのは仕方がなかった。だって好きで好きで、愛しくて仕方がないからである。

アヤとこれからも口付けはしていきたい。

絶対に。

けれど、もうしたくないと言われてしまった時のことを考える。
そうなった時の対処法を今、レッドは死ぬ気で考えて打開策を必死で導き出しているのだが……それは杞憂に終わった。



「…俺と、口付けするのが気持ち悪い、……そういう事か?」

「え、違う違うっ、なんでそうなるのっ」



アヤは顔を青くしながら否定した。

まずい、言葉を間違えた。

気持ち悪いって思わない?なんてどっちとも言葉を解釈できるじゃないか。

焦ってレッドの服を掴み、ブンブンと頭を振る。



「…違うのか」

「ち、違うよ。全然違う。そんなこと一度も思ったことないよ。…そうじゃ、なくて……ボクが、」

「アヤが?」



じゃあなんだろう、とレッドは考える。

何か思う事があって、何かに気持ち悪く思っていることには間違いない。

なんだ、何に対してそんなに懸念している。

余計なことは考えさせないに限る。レッドは何を言われても対処できるよう、あらゆる不安事項を思い浮かべては正論と持論、結果論で持って全てを説き伏せ駆逐できるように身構えた。さあ来い、今後の未来の為に不安要素は根こそぎ消し去る。

ぁ、ぅ、と小さく唸りながら、アヤは消え入りそうな声で言った。



「き、きもち くて、」

「は」



一瞬何言ってるのかわからなかった。



「レッドがしてくれると、すごい、あの、きもちよく、て」

「……」

「ビリビリして、立ってられないくらいきもちよく、て」

「……」



気持ち良い。でも嫌いじゃない、好きだからもっとして欲しい。

それがレッドから与えられてるものだと尚更。ちょっと恥ずかしくて、でも嬉しい。




「レッドがしてくれること、きもちよくて、すき」



だからもっともっと、

して欲しいのだと。

はしたない、こんな自分は知らない。

今思ってることがレッドに全部バレたとして、はしたないって、気持ち悪いって。



「でも、それが気持ち悪いって、はしたないことだって」



そう思われたらどうしよう。

どうしようもなく淫らで、ふしだらな女だって思われたら。

嫌われたらどうしよう。



「……………」

「……ふ、……」



途切れ途切れにアヤは思ってることを全て伝えた。
本当はそんな浅ましく恐ろしいこと全てを伝えるつもりなんてなかったが、如何せん言葉が悪かった。「気持ち悪いって思わない?」なんて。
聞き取り方によっては最悪の捉え方をされるが、レッドはよりによって「自分との口付けが気持ち悪いと思われてる」とアヤの言葉を解釈したらしい。こんなに固まって口元が引きつったレッドを今まで見たことがなかった。

だからそりゃもう焦って。そうじゃない、違う。そういう意味じゃなくて、と言わなくていいことまで言うことにした。いや、言わざるを得なかった。

して、消え入りそうな声であんな、思ってたこと全てを伝えた訳だが。

早くもアヤは後悔しかしていなかった。


アヤはレッドにかなり…いや、だいぶ好かれているのでは、と最近になって自負し始めていた。

それは普段のレッドの行動や言葉でそう結論づけた。大事にされ過ぎている。過保護すぎなのでは?と思う程に。素直に嬉しかったし、レッドに恋人として丁寧過ぎる扱いをされることにアヤも満更ではなく、むず痒いながらもそれを享受していた。

だから、この気持ち悪く淫らな気持ちも、もしかしたらレッドなら受け入れて許してくれるかもしれない。

そう思っていたがやはり現実は思い通りにはいかなかった。

アヤが思ったことを伝えてもう数分は経つ。けれどもレッドは何も言わず
頭を掻き毟ったまま顔を覆い俯き、一言も喋らなくなってしまった。アヤが服を引っ張っても肩を揺すっても何も反応しなくなってしまったのだった。

やっぱり、言わなきゃ良かった。

そう思ってアヤは滲んだ涙をそのままに、青くなって俯いた。

まるで死刑宣告を待つ、そんな気持ちで。



「(……………)」



そしてこの男。



「(…はっーー………抱きてぇ……)」



内心とんでもなく大歓喜していた。

気持ち良い。
レッドがしてくれることが気持ち良い。
だからもっとして欲しい。

可愛すぎか。

好きな相手にこんなふうに言われるとは男冥利に尽きるというもの。



「(…一通りの経験があってよかった)」

レッドは初めてあのクズ共の中で生まれた自分の家に感謝した。

気持ち悪いなんて思わない。嫌うなんてありえない。はしたないなんて思わない。寧ろそのはしたなさは好ましい。レッド自身にさえ向けてくれれさえいれば……いや、自分にしか向かせる気は一切ないが、(もしその相手が自分じゃなければ何をしでかすか想像に容易い)そのはしたなさはレッドが最終目標とするアヤに必要不可欠なものだった。口の中に性感帯が出来たのは本当に良かった。開発の賜物だろう。しかしキス程度でこんなになるとは…。

それにしてもアヤは随分と素直になったものだ。

気持ち良い、もっとして欲しい。なんてそんな事も言えるのか。

もしかしたら日々深く口付けをしてから、自制や羞恥心も薄れたのかも知れない。

本当にいい傾向だった。順調すぎる。



「(もっと言わせるには、)」



可愛い。可愛い。可愛い。

愛しい。愛しい。愛しい。



「(可愛い、俺の、アヤ)」



どろり、どろり、愛に塗れて濃く濁った瞳。
口の中が唾液でべしゃべしゃだ。

ちら、とアヤを見ると溢れた涙を拭ってべそかいている。
薄ら赤く蒸気した頬がなんとも美味そうに見えて。



「(そんな顔で泣くな、犯すぞ)」



そうだ。遠くない内にその体は自分に全て暴かれて、散らされることになるだろう。

本当ならもう今すぐ犯しに掛かりたいが、生憎まだその時ではない。

何故なら準備が全然整っていないのだから。

アヤが初めてを迎える時は全身ドロドロにして快楽の底に沈めてやると決めている。自分とのセックスは痛くは無い、気持ちが良いものだと認識さえさせてしまえれば、あとはこっちのもの。それに破瓜の痛みを少しでも感じなくさせてやりたいといったレッドなりの優しさである。(アヤが生娘なことは一番初めの頃に質問攻めしたので抜かりは無い)



「アヤ、大丈夫だ」



好きと愛しさで暴れる情緒を鉄の精神で無理に押さえつけたレッドはやっと動き出した。

溢れる涙を払い、ぎゅっと暖かな体を抱き締める。はいはいよしよし、とアヤの背中を叩いて「はしたなくなんてない」と伝える。頭や耳にキスしながらレッドはさてと、と考える。

きっとここが、アヤの性癖の本質をねじ曲げることが出来る正念場と言えるだろう。

今しかない。ここさえ責め落とせれば、もう簡単だ。



「聞け」



あとは言葉を間違えないようにして、ゆっくりゆっくり。

刷り込む。



「気持ち悪くもはしたなくもなんてない、大丈夫だ」

「…ぅ、っ…」

「そもそも俺がお前にそんなこと思う筈がないだろう」

「…………っ、…」

「お前をどれだけ好きだと思ってるんだ」



少し体を離して両手でその顔を包む。蒼い瞳から滲む涙を目元に刷り込むようにしながら頬を撫でた。



「俺とこういうことするのは嫌いじゃないか」

「…っ、きらいじゃ、ない」

「俺もお前とこういうことができて、嬉しい」

「嬉しい、の」

「ああ。勿論」



本当は嬉しいなんてもんじゃない。

アヤが思っているよりももっともっと黒く、ドロドロした嬉しさの感情だが。

頭を撫でる。安心させるように、撫で続ける。



「俺とする口付けがお前にとって気持ちが良いものでよかった」

「…変じゃ、ない?」

「変じゃない。…腰が砕けるほど良く思ってくれて何よりだ」

「…そ、かぁ。変じゃ…ないんだ」



漸く涙が引っ込んだようだ。

不安はもう途切れたらしい。

けれど、まだ。まだだ。


よいしょ、とレッドはアヤを抱えてベッドに寝かせれば栗色の髪が綺麗に散らばる。

薄い唇に軽く口付けて蒼い瞳を見つめた。



「アヤ、我慢をするな」

「我慢?」

「そう。我慢しなくていい。お前が気持ち良くなることは良いことだ。何より俺が嬉しいし、余計なことは気にしなくて良い。おそらくお前が懸念してること殆どのことは俺が喜ぶことだから」

「う、うん…」

「それを唯一俺だけがお前に与えることのできる事実が、優越感に浸れる。他の奴とは絶対にするなよ」

「ゆうえつ…しっしないよ!誰とすんの!?」

「知らん。そもそも誰ともさせるつもりはない」



耳や瞼、額に口付けて、またその唇に吸い付いた。

張りのある薄皮を舐め上げて歯列をなぞればアヤは徐々に口を薄く開けた。そうするように教えたからだ。
ゆっくり口内を舐めて、狭い壁を押して、舌を絡めるのを繰り返せば小さく震え出す。口を離せばアヤは軽く肩呼吸をして、頬を薄ら赤くして一見眠そうに、ぼんやりとした顔をしていた。

まるで眠ってしまいそうだ。

スリスリと顎や耳を指で遊んでやればアヤは擽ったそうに身動ぎする。



「心地良さそうだな」

「うん…やっぱ、きもちよくて」

「それはよかった。アヤ、」



レッドの意図を汲み取ったアヤは何の疑問も警戒もなく、口を開けた。
ぬるり、とすぐに入ってくる湿り気を帯びた舌が自身の口内をゆるゆる動き出す。



「ふ、…ん、…んんっ…、ふぅっ…っっぁっ…ーー〜〜」



舌が吸われる。根元をグリグリと緩急を付けて嬲られる。

気持ち良かった。

先程の優しくぬるま湯に浸かったような心地良さはもうどこにもなかった。ただぐちゃぐちゃ口内を荒らされて、かき混ぜられて、吸われて、唾液を掬われて舐められて。



「っっふ、ん、むッ、ッッーー〜〜〜〜〜〜ッッ!!!」



ビリビリした快感が背中を押し上げて、容易く絶頂してしまった。

手や足が小刻みに震える。レッドの服を掴む手に力が入らない。彼は少し体を起こして離れて、震えて力の入らない手をゆるりと手に取りアヤの頭をそれはそれは愛しそうに撫でた。



「我慢しなくていい」

「っっ……、っふ、ふ……っ」

「気持ち良い、な」

「は、……ん、ふ、ぁい」

「お前、もしかして“ソレ”が何なのかわからなかったろう。性的絶頂だ。体の性感を高めれば殆どが誰だってそうなる。だから恥ずかしがる必要もない」

「……、き、きすしても、なるんだね…もっと、えっと、そういうコトを…深いことしなきゃならないって、おもってた……」

「……」



アヤの言うそういうコトとは、まあそういう事だろう。

オーガズムには色々種類がある。

勿論、口付けにもある。何せ心理学の世界には唇は性器のコピーだとも言われている程だ。

しかし、まあ。

唇に絶頂出来るほどの性感帯ができて、キスだけで絶頂できるような体を持つのも本当に稀だが。

それはアヤには言わないでおいた。


ちゅ、と再び啄むようなキスをすれば、アヤは目を閉じて再び受け入れた。


早くもぐちゃぐちゃにされて舌同士ぬるぬるに絡めて、どちらの唾液か分からないくらいに口内の中で戯れた。じゅる、と耳を塞ぎたくなるような音を遠くで聞きながら背中を甘い痺れが押し上げてきた。「っ、ふ、んっー…〜〜〜〜ッ!」と容易く登りつめて震えたアヤの背中を、レッドはあやすように口の中を弄りながら背中を擦り、ポンポン叩く。そう、それだけ。……それだけ?
いつもはこの甘い衝撃が体を打った後、レッドは必ず休憩として一旦中断していた。

そう。絶対中断していたのに。



「ッッ、っ、ーーーッ、〜〜〜〜〜ッ!?!」



彼はやめてはくれなかった。

早くも次の第二波が体を這い回った。手や足だけじゃなくて、肩や背中まで震え出す。気持ち良い、気持ち良い、気持ち良い。口内を容赦なく蹂躙する舌の感触がたまらない。彼のぬめついた舌を絡めるのが嬉しい。じゅ、じゅる、じゅる、とひたすらそんな音が頭の中に響いては消えて響いては消える。

頭が、おかしくなりそうだった。怖い。そんな単語が脳裏にチラついた。大きな波がやって来て、あっさりと体を飲み込んで行った。「ぁ、や、…ッふ、あ、んっ、や、ひっ……ッッーー〜〜」とそんな、今まで出したことのないような耳を塞ぎたくなる悲鳴に似た声を出したが、自分の声が遠くで聞こえる。怖い。自分が自分でなくなる。見失う。

やだ、これ以上はダメだ。

レッドの唇から逃げたくて頭を振ったが、それを許してはくれない。後頭部を持たれてガッチリ固定されてしまったからだ。「大丈夫、怖くない」とレッドは背中を叩いてあやす。

怖くない。…本当に?

舌の根元を擽るように舐められる。じゅっと舌を吸われて軽く飛んだ。いつの間にか優しくマッサージするように内壁をやわやわ舐め揉まれていて、心地よくて、優しい。砂糖菓子を低温で煮詰めたような海の中にいる感覚。けれどまたそこから急激に掬い上げられて、口内を容赦なく蹂躙し続けては海の中へ戻る。絶頂の度に頭を撫でられて背中をあやされて、「大丈夫、怖くない、素直になることは良いこと、恥ずかしいことじゃない、そしたらもっと気持ちよくなれる、お前が気持ちよさそうな顔を見てると俺も嬉しい、もっと素直になってもいい、誰も怒らないし何も言わせない、自分しか見てないから、そうなったら俺も嬉しい」と。

度々耳に唇を付けて言われ続けた。何度も、何度も。時間をかけて。

刷り込む。

刷り込む。

熱い呼吸が耳にかかって、ぞくぞくと脊髄を得体の知れない何かがまた這う。

舌が触れ合うのが気持ち良い。

キスするのが、こんなにも気持ちよくて幸せで満たされる。

溶ける。溶ける。脳がドロドロに溶ける。

ガクガク腰が震えて背中を突き抜ける。

大丈夫か、気持ち良いな、と優しく抱き込まれ愛しそうにあやされる。

本当だ、怖くない。

こわくない。

やさ、し ぃ。



「ーーーー、ーーーっー〜」



もう何が何だかわからなかった。

ただ、何をしても、何を思っても良いんだと言うこと。

嫌われない。はしたなくなんてない。

はしたなくても、レッドはそれを許してくれる。

はしたなくても、それを好きだと言ってくれる。

それに素直になれば、もっと気持ちよくしてくれる。

素直になればレッドが喜ぶ。

素直に受け止めればいい。

怖くてもレッドが大丈夫だと言うなら、きっと大丈夫。

それに彼がとてもとても、嬉しそうにするから。


この人は自分に惜しみのない愛情をずっと注ぎ続けてくれているけれど、それでも。もっと、もっと。彼からの愛情が欲しかった。どうすればもっとくれるのだろう。

どうねだればいいのだろう。



「アヤ。…アヤ、」

「……ぁ、……ぁぅ、ふ」

「素直になっていい。悪いことじゃない。もっと、もっと。欲張っても良い。それが俺は嬉しい。

ーーーさあ 強請れ」



何でもお前の望み通りにしてやる。

何でもお前の欲しがるものをあげる。



もう少しだ。

あと少し。

確実に責め落とせる。

根底を捻じ曲げろ。

理性の地盤を歪めろ。

落とせ、落とせ。

登って来られない程、深く、深く。


堕ちろ。



「気持ちいい、な?」



じゅっ、と舌を強く舐め上げて、唇を甘噛みする。



「…ぁっ……ん、きもち、い」



どロリ、どろり 、ドロリ



彼女は小さく、また「きもちい」と呟いた。



「レッド、レッド、もっと。もっ と、」



気持ちよくなるのは悪いことじゃない。
はしたなくない。はしたなくてもレッドは喜んでくれる。
気持ちよさそうにすれば嬉しそうにしてくれる。
素直になっていい。
欲しがっていい。
お強請りしてもいい。
そうすれば喜んでくれる。

アヤの思考回路の一部を甘くドロドロに煮詰まったもので流されて、次第に敷き詰められた。

震えて力の入らない両腕を気力で振り絞って、縋るようにレッドの首へ巻き付ける。己の首へと巻き付けられた腕に彼は満足そうに、笑った。巻き付いた腕は震えてはいるが、確かな意思の強さを持って拘束しているのがわかる。
長い蛇のように、鎖のようにレッドの首に絡んだのが視覚で視えた。



「(よし。落ちた)」



唇を飽きもなく合わせて、唾液を啜る。
口内を互いに舐りすぎたせいでもうどちらの唾液なのかはわからない。溢れた液体がアヤの口から零れ落ちて、それを追うように舐めとる。

正念場。ここで落とそうと判断したのはやはり正解だった。

今やアヤはレッドの口内に舌を伸ばし、彼の口内で歓迎され愛され遊ばれている。もっと欲しいと強請るように侵入してきてはレッドも嬉々として迎え入れて、散々舐って舐め上げて吸い倒した。声にならない声を上げて身体中が幾度にも渡りガクガク震えて、可哀想に。押さえつけるようにベッドに縫い付けてそれでも頭を撫でるのは忘れない。

先程には見られなかった恍惚した表情の中に、ドロリとした砂糖を煮詰めたような色の瞳にレッドは大変満足そうにして、ほくそ笑む。

トロリとした瞳で欲張って来て、縋って来る様に背筋がゾクゾクと震える。

もっと落ちて来て欲しい。

自分と同じドロドロの感情を抱いて、彼女からもそれが欲しい。


下着のクロッチ部分にアヤに気付かせない程度に軽く指を添わせれば、そこはもう布の表面からでもしっかりわかる程、湿っていた。


だが、そこはまだ暴けない。

順序が違う。まだ遠い。

キスの段階でここまで良いように仕上げたのだ。

こうなればもう徹底的に仕上げようとレッドは思った。



こうして、レッドは快楽に対して一切抵抗の無くなったアヤを育て上げ、手に入れた。そこからはもう、開発の早いこと。
キスを教えこんで時間をかけてデロデロにしてからしばらく経つ。この前の結婚の約束の言質を取ってからやっとまた一歩、進展した。

上半身を中心に責め立てれば最初は少し抵抗はあったものの、直ぐにアヤは従順になった。コンプレックスである胸を愛部するのは少し難易度が高いか…と思われたが、アヤが気になる事をクリアして問題解決すればそこまで難関ではなかった。

まず、一つめ。体のラインや胸の大きさ、形がくっきり見えるような明かりがある所ではやらない事。激しく嫌がられる。なので電気を薄暗くしてからか、窓から入る微かな月明かりを頼りに嬲ることにした。
はっきりその胸が見えない事には少し残念だが、夜目が効くレッドにはまああまり関係なかった。また慣れてきた頃にどうにかしよう、そう思えるくらいには。

そして二つめ。胸が小さい=子供体型を気にして、服も全て剥くことに対して激しい抵抗を覚えているらしい。脱がせようとしたら「待って!お願い待って!それだけは!それだけはッ…」と顔を真っ赤にさせて抵抗された。
アヤにとって衣類は自分の体型を隠す最後の砦という訳で。「わかった、全部脱がないから大丈夫だ」という言葉にアヤはホッと一息着いたのだった。その言葉通り全て脱がせなかったが、要は半裸に剥かれて両胸を好き放題嬲っている訳だが……。レッドからして見れば全裸になるより、半分服を剥かれている方が視覚的にとてもクるものがあった。勿論その事はアヤには言っていない。


そして。

アヤの兄と連絡してからは「性行為は都合上まだ禁止」という謎のルールを宛てがわれてしまったが。

理由を聞くとやはりよくわからなかった。
話の内容を一部掻い摘んだだけで、理解は出来なかったからだ。

まあレッドからしたらまだ段階的に最後までする気は欠片もない。
けれどこの前から性行為の片足まで突っ込んでしまっているが……。ユイの話を大きく噛み砕くと、ようは貫通させず腟内に精を注がなければ良いのだ。そう解釈した。


だから、ユイの依頼までの期間は、破瓜させず下半身を重点的に慣らそうかと思ったのだ。

レッドからしたら依頼をさっさと終わらせて、アヤの健康診断とやらを終わらせて、戻って来たら処女ごと全て貰って籍を入れる気満々だったのだから。

それまでに、アヤを“育成”して開発できれば。

そう、思っていたのに。








開発と躾の手引き




そう思っていたのに。

その依頼は全てを終わらせるのに、かなりの年月が経過することとなる。

その間に、まさかこのようなことになるだなんてこの時のレッドは知るはずもない。










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