act.59 ピカさんは天を仰いだ






ピカチュウは情緒が爆発しそうになっていた。

頭にはウルトラスペース。コスモが展開されていた。



『あなたと、私だけの秘密よ』



なんてやんわり微笑むこのアシマリ。

秘密。秘密だと言われた。

いや。



「(ムリ!!!???)」



早くもピカチュウは悩みを一つ、抱えた。

レッドに言った方がいいのかも知れない、と何回も思う。この事を考え出したのはもうかれこれ5時間くらい前からだ。寝室からはまだ二人とも出てこない。気配を探ると身動ぎ一つしていないから、きっと二人して眠っているのだろう。そろそろ起きてくる頃だ。

もう窓の外を見ると夕方になっていて、今日が終わろうとしていた。本当に今日丸一日体を休める日に使ったな、と思う。
それにしても先程アシマリが言っていた事を思い出してみると、本当に理解し難い内容であった。アシマリは今ボールに戻って眠っている。「少し休みますね」なんて言って静かにボールへ戻って行った。

彼女の言っていることは俄には信じ難い。

けれど嘘を言っているようには聞こえない。

あれから少しアシマリと話したが、途中から仲間になったアシマリがアヤの知りえない内容を知っていることも事実だった。

彼女は、おそらく本当にアヤとその兄の、母親なのだろう。

だとしたら本当に一度生前死んで、今世ではアシマリとして転生したという事になる。前世の記憶を保ったまま。……何のために?



「ピーーーーー〜〜〜……」



うーーーーーん。

ピカチュウは腕を組んで考えた。

主人に言いたい。けれど、アシマリとの約束を優先させたい気もする。
まあ秘密、と言えばレッドも他言することはないだろうが。

何でアシマリはこの事を自分に伝えたのかわからない。別に黙っていても今後に支障はないはずなのに。信用されているのか、ただ気が向いたのかは知らないが。

とりあえずアシマリはアヤにとって害ではないことがもう分かった。



「(あとひとつ、確認することあるんだよなぁ)」



早くアヤ起きてこないかな〜。
なんて考えて寝室の前で待っていたらガチャ、と本当にタイミングよく寝室の扉が開かれた。



「ふぁーー〜…よく寝たぁ〜〜…」

「ピッカ!」

「あ、おそようピカチュウ」



いや、それアンタだから、とピカチュウはツッコミを忘れない。

寝癖が少し付いた髪は仕方がないが、首や太ももの至る所に人工的に作られた赤い痕が結構目立つ。多分この子、気付いてないんだろうな。隠す気も全くないんだもの。

この二人。いや、主人が、だな。本当にこの5時間の間にどこまで何を致したのだろうか。自分としての予想はとっくにアヤの体を暴き、最後までしてしまったのだろうおめでとう主人。だいぶこれで外堀は埋まってきたね。既成事実もカンペキ……と思った……が。



「ピッ……?」

「?え、何?」

「ピカ?」



こんなことは無粋だと思った。けれど鼻が効くんだからしょうがない。

焔家に居た頃、“そういう匂い”をピカチュウは生まれてから幾度となく嗅いできた為、すぐに分かってしまった。



「…………ピッ……」



あの独特な生臭い匂いが、アヤから一切しなかった。

人間の精液の匂いはかなり独特だ。一度嗅いだら忘れない。匂いも強いから風呂にでも入らない限り絶対にわかるはずなのに。え、主人……しなかったの?アレで…?だって昨日からもう確実にヤるって顔してたじゃん…?あんだけ下半身勃起させておいて何が……。

あ、とこの時ピカチュウはとある可能性に思い至った。

主人、もしかして。不能にでもなってしまったのではないかと。

いや、でもそれはない。だって今まで一人で処理してたのをピカチュウは知ってる。アヤで度々興奮しては己を鎮めるために一人寂しく吐き出していたのに。

ってことは、本人を前にして不能……?



「ピッ、ピカ……」

「おい」



低い主人の声で我に返った。

いつの間にか寝室から出てきたレッドはアヤの背後に立っていて、アヤに覆い被さるように不機嫌そうにピカチュウを見つめていた。

ピカチュウはレッドに対して遠慮をしない。

バトル、戦略、育成法など、はァ?って思ったことは包み隠さず物申すし、レッドへの意見は遠回しに言わず率直に言うし、腹立ったことや馬鹿じゃないの?と思ったことも素直に言うし、気に入らないことがあればズバッと言う。悪態も勿論つく。

レッドのピカチュウはそんな性格だった。

過去に議論している所を見たリザードンやカメックス、フシギバナなんて目が白くなる程、レッドとピカチュウの空気が怖くて己の存在を消そうと限界まで空気になっていたくらいだ。

だから今回もピカチュウは遠慮せずにストレートに聞いた。



「ピカァ?」



主人、もしかして本人を前にして勃たなかったの?



「阿呆か」



はぁ、とレッドは眉間に皺を寄せて溜息をつく。

後ろからゆるゆるアヤの腹部に両手を回し、抱き寄せるとそのままジト目でピカチュウに言った。「痛いくらいガン勃ちだった。……理由がある」と。
ふぅーん、へぇーと頷いたピカチュウはよかったー、なんてあんま心配してなさそうな感じでそうだった、とアヤに聞きたいことを聞く事にする。

アヤへと訴えるように手を伸ばし、ピカピカ鳴いても勿論彼女は言葉を理解なんて出来るはずもなく。一生懸命伝えようと声をかけ続けるがやはりアヤは難しそうに首を傾げるだけであった。
反対にレッドは少し驚いたように目を見開いて、ピカチュウとアヤを交互に見ている。



「?どうしたの?」

「ピカピカ、ピカピ、ピカピーピカ、ピカ?」

「………ご、ごめんねピカチュウ。レッド、なんて言ってるか教えてくれる?」

「………アヤの母親と父親の名前を知りたいらしい」

「え?名前を?なんで?」



アヤはパチ、とその蒼い瞳を瞬く。
レッドではなくまさかピカチュウにそんなことを聞かれるとは思っていなかったからだ。確かにアヤの母の本当の名前は公表されてない。歌手としての芸名だけだ。父親なんて痕跡その物がないから、もっと存在が薄かった。




『ねぇ、そこらへん詳しく聞きたいんだけど』

『私の…名前ですか?』

『あとアヤの父親の名前』



アシマリはパチ、とその瞳を瞬く。

すると頬を薄く染めてゆるゆると口元が弧を描いた。

いつかを思い出しながら、目を閉じる。



『……とっても、私には勿体ない程の殿方でした』




これは最終確認だ。“本人であるか”どうかの。

アヤからそういえば両親の名前すら聞いた事がなかったから。



「お母さんはワカナ、お父さんはね、サクヤっていうの」



『ーーワカナ。あの人が、夫が。サクヤさんがその名前をくれたの』



ああ、こりゃもう信じざるを得ない。

どういうことなの、と。




ピカさんは天を仰いだ

素敵な名前でしょう。彼女はそう言ってまた微笑んだ。




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