act.54 合流は大晦日に





「ーーーは?」

『研究所を潰すのを手伝え。…いや、愚妹とこれから先も一緒に居るってんなら、嫌でも知って、理解してもらわねぇと』

「いや、アンタ…さっき何て、」

『二度も言わせんじゃねぇクソガキ』



研究所のコードネームはROSE=bisque doll

アヤとユイの母親を作った研究チーム?



「………何、だそれは。本当なのか?」

『嘘なんか今付いても何の得があんだよ。受けるのか、受けねぇのか。早くしろ』

「……わかっ、た。…引き受ける」

『オーケー。説明は……そうだな。大晦日の日にこっちでする。まずはシンオウ地方のテンガン山目指して来い。デケェ家立ってるからそこな、俺の拠点』

「……了解だ」



この数時間の内にとんでもないワードがポンポン出るわ出るわ。

レッドはズキズキと頭痛がし始めるのを尻目に今後の事を考える。



「アヤを一人にはしておけない。一緒に連れていくぞ」

『駄目に決まってんだろアホ』

「(…………このキチ兄……)」



流石のレッドもイラッとしたらしい。
こめかみに若干細い血管が皮膚に浮いている。



『…こっちも今戦争中なんだよ。お前の話を聞く限りじゃ、愚妹も一緒に来たら絶対にいつの間にか巻き込まれて気付いたら死んでたなんて言ったらかなわねぇ』

「(……まあ一理あるな)」



それを聞いてレッドは妙に納得してしまった。それなら仕方がないか…と。

しかも研究所を潰す。それがどれだけ危険な事かは、レッドも今まで研究所潰しをしてきたから理解しているつもりだ。この兄も頭が回る。何も考え無しに言っているつもりではないことも。

だがレッドが不在の時、アヤが一人になる。それだけは避けなければならない。また今回のようなことがあったら?知らない内に大怪我をしていたら?

気付いたら、既に死んでいたら?

そう考えるだけでも吐きそうだった。



『愚妹一人残すのが不安か』

「………ああ、不安要素はなるべく取り除いておきたい」

『………』



ユイは思った。

こいつ、本当に愚妹が大事なんだな、と。

人間の情緒と道徳、一切の常識が吹き飛んでいる焔の家の子息だとは思えない程だった。そんなレッドの姿勢を見て、思わず助けてやろうと思ってしまう程には。



『暇な奴らを何人か知ってる。そいつを愚妹のお守りにすりゃ問題ねぇだろ。だが念の為に、お前が帰るまでは旅には出ないように伝えておけ』

「暇なヤツら…?暇だけじゃあいざって時役に立たんだろ」

『安心しろ、腕は確かだ。愚妹も顔知ってるし丁度いいだろ』

「…………何から何まで、感謝する」

『…いや、そもそもな話だが。来いっつっても、愚妹は多分来ねぇ』



アヤは今でこそ普通に喋っているが、やはりまだどことなく兄であるユイと一線を引いている節がある。

トップコーディネーターになって姿を消してから、一切の連絡をしなかったのが何よりの証拠だ。恐らく、その時はアヤの中で一番困った時期で、誰かに話をして相談したり、休む所が必要だったはずだ。
普通ならたった一人の身内に助けを求めるはずだ。両親が亡くなり、それからは二人で生きて来た。それなのに一人で何も言わず、隠れるようにウバメの森へと身を寄せた。

自分に。助けをおいそれと求められない理由は一番、ユイ自身がわかっていた。



「……?」

『……』



きっとアヤは、自分からは特別用が無い限り兄に今後も関わろうとはしない。

ユイが強く言えばきっと自分の元へ来るだろう。前に凄みながらユウヤの所で健康診断受けに来い、と言った時は渋々ユイの元へ訪れていたが。
そして結果を見たユウヤが一瞬真顔になり「血糖値たっっっかいねー!こりゃ糖尿病予備軍確定だね」と怖いくらい笑顔で言ったユウヤに対して「しばらくお菓子抜きだから」と言われて絶望の表情を浮かべていた妹が懐かしい。

何だかんだそこからまたいつもの如くお互い言い争いをして喧嘩が始まり、レッド達に引き摺られるように家を後にした。

アヤの後ろ姿をユウヤは笑顔で見送り、バタン、と閉まった重い扉。
検診結果を再度確認したユウヤが深刻そうにして、その検診表をユイの元へ持って来た時は流石に嫌な事ばかり考えた。



頼らなくさせてしまった。

そうさせてしまったのは自分だからだ。



『………大晦日。今から約半年後。ああ、あとお前が離れている間は愚妹のポケモンを何体かあいつの手元に戻すからな。後日ポケモンセンターのボックスを使って送る。詳細はまたメールで。半年の期間で後の準備は自分でしろ。それと……』



ユイは一番、伝えなくてはいけない事をレッドに伝えた。

彼にとっても、アヤにとっても大切な事だったからだ。

それを聞いたレッドは「はァ?」みたいな顔をしてみるみるうちに顰めっ面になった。しかしそれは絶対守ってもらう。絶対に、だ。



『ーーーってことだ。間違ってもするんじゃねぇぞ』

「…………、………、」



無表情のクセしてこめかみがピクついてるぞ。

そんなに嫌か。そんなにしてぇのかコイツ。



『じゃあな、待ってるぜェ。焔の坊ちゃん』



そう言って、レッドはユイとの会話を終えるのであった。

時計を観ればもう1時を過ぎていた。






合流は大晦日に

(通信を切った後、マジか……とレッドは深く項垂れていた)





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