act.53 取引成立





『……い、』

「………」

『…………おい、』

「………」

『おいテメー、いい加減にしろ』

「、!すまない」



ガンッ、と画面の向こう側からユイが机を蹴り飛ばした音でレッドは我に返った。

海魅家と聞いて、随分と昔の事をそういえばこんなことあったな、と思い出してしまった。『随分とまあ長い物思いに耽ってたなァ。このクソ忙しい時間ねぇ中この俺を前にして』なんて画面先の男はブツブツ文句を言っているがレッドは口先だけ謝るも気にしないことにした。否、全く気にしてなかった。

気付いたらユイは酒を片手に飯を頬張っている。

あまりにもレッドが長く沈黙する為痺れを切らしたようだ。レッドから用事がある、時間を作ってくれと頼んだにも関わらず通信を切らず待ってくれているのだからなんだコイツ、良い奴か。とレッドは勝手に思う事にする。

それにしても。



「(………アヤが、海魅の子供だったとは)」



海魅家。

勿論知っている。自分の生家とも関わりがなかった訳じゃない。
寧ろ海魅家へ質の良い女を嫁に寄越せ、と随分と高圧的にものを言っていたような気もするし、聞けば聞くほど胸糞悪いからそこら辺は関わりもしなかった。

だがユイが態々この話をここでするということ。

レッド自身に「自分達は海魅の家の者」と馬鹿正直に話すという事は、この男はレッドの事を、自身の家のことを細かく調べられていると思ってもいいだろう。



『お前は、焔の家の者だろ』

「………そうだが」



やっぱりか、と思った。

海魅なら、焔の家がどれだけ異質であるかを知っている。

表向きに公開されている情報は縁起が良いとか神の御使いだとか。
悪い負のエネルギーだったり穢れや呪いを払うとか言われているがそうじゃない。
表面上は、外面だけは家柄も遣える人間もとても良かった。

良いことしか知らされていない。

しかしレッドは生まれてから10歳になるまで“大切に”あの家で育てられた。あそこがどんだけヤバくてクズの集まりなのかを知っているからこそ、自分のポケモンを持ててトレーナーとして旅立てるようになった瞬間、あの家の反対を押し切る形で捨てて出て行った。

もうレッドは生家に今後関わりたくはなかったし、勿論アヤにも金輪際関わらせるつもりも毛程もなかった。


自分の事を、知って欲しくはなかったのだ。



『お前が焔の家の坊ちゃんだって分かった時は、やっぱ縁は切れねぇもんだと思った』

「……」

『お前は愚妹をどうするつもりだ。嫁にしてあの家に連れて帰るつもりか』

「そんな恐ろしい事するはずないだろう」



思わず本心が出てしまった。



「あいつを嫁にして、俺の実家に連れて帰る?アヤなんか連れて行けるはずがないだろ気持ち悪い。………ましてや海魅家の女なんて知られたら、あのクズ共。こぞって大喜びだぞ」

『まあそうなるだろうな』

「ましてや本家ってことはアヤは息女だろ」

『まあそうだな』



嫁にするのは本当だ。これはもう決定事項。何より本人から言質をぶん取った。

他人から何を言われても、例えこの兄が猛烈に反対しても何がなんでも伴侶にするし逃がすつもりは毛ほどもない。例えアヤが逃げ出しても地の底でも地球の裏側でもどこにいても探し出して、とっ捕まえる。

…もしもの話だが。アヤが愛想を尽かして自分の元から逃げ出して、離れる。もしそんなことがあればもう自分が何をするかわかったもんじゃなかった。間違いなく発狂する。恐らく実家一つ軽々消し飛ばすくらいのことはする。
考えたくもないし想像もしたくない。逃げられるくらいなら最初から鍵付きの水槽か何かに閉じ込めてポケットに入れてずっと大切に閉まっておきたいくらいだった。



「………」



まあそんなことを思うくらいにはアヤとの結婚願望は山のように高いが。

だがレッドの、自分の実家になんぞ死んでも連れて行くつもりはない。



「連れて帰った矢先、何が起こるか目に見えてわかる。連れて帰る気もないし、もうあの家に戻るつもりもない」

『………それは、焔を捨てたって事でいいか』

「そのつもりで家を出た」

『…そうか』



捨てた、か。その様子だと本気らしいな。

そう言ってユイは今まで険しかった顔をやっとこさ緩め、ニッと口端を上げて悪い顔をした。お、とレッドはパチパチ瞬きをする。



『こっからは交渉だ』

「交渉?……俺はアンタに依頼をしているんだが」

『リオルの件は引き受けてやる』

「!」

『タマゴだが、確実にリオルが孵化するタマゴだ。ワケあって俺のルカリオが管理しててな。それをお前に』

「……感謝する」

『その代わり、研究所を潰すのを手伝え』

「……研究所?ポケモンのか?」

『聞け。研究所のコードネームは“ROSE=bisque doll”

ーーー潰すのは、俺達の母親を作った研究チームだ』


「ーーーー、は?」







取引成立



彼らは知らない。

話の一部内容を聞かれていた事を。

知った時はもう取り返しがつかない程、追い詰められていて。



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