act.50 兄が求めるもの






ユイは小さく「頼み、ねぇ」とその言葉を復唱した。



『それはお願いか?』

「………いや。依頼、だ」

『ほーん。依頼ねぇ』



お願いではない。無償で引き受けてくれるとは到底思えないしそもそもそんな厚かましいことを言える筈もない。交渉にしなかったのはこちらからユイにメリットになるようなものを知らないし、提供出来ないからだ。

だがユイが引き受ける引き受けないを別として、今からレッドが頼むことは面倒かつ、なかなか難しい案件だ。


ユイは、ふざけたことに暴走族を名乗ってはいるが、実質何でも屋みたいなことをして生計を立てている。


依頼内容は幅広く、人探し、運搬、情報提供、ポケモン捕獲討伐、犯罪対処…それはもう様々な依頼を金次第で対応し解決する。その依頼達成率はなんと脅威の95%と高確率で何とかするらしい。

人員もさることながら、ポケモンバトルが強いのも腕っ節も強いのも、料理できる奴、手先が器用な奴、子守りが得意な奴と色んな特技を持った連中が勢揃いしていた。とにかくどんな依頼が来てもオールマイティに対応できる為、殆どの案件が対応可能。これはもう一種のビジネスである。

依頼内容にもよるが人の道を踏み外さない程度には悪いこともしていたりしてなかったり。そして時にはポケモンリーグや警察なんかとも提携を組んでいるとんでも暴走族である。

暴走族だから時たまに喧嘩ももちろんする。
街中で喧嘩勃発しててもジュンサーは「まあユイ君達だからしょうがないわね。大怪我だけはしちゃ駄目よ。あ、やり過ぎても逮捕しますからね」なんて言うし街の八百屋さんなんて「オラァやれやれー!腰が入っとらんぞ!もっと気合い入れて殴らんかいッ!!」「キャッー!乱闘中よ!ユイさんこっち向いてー!」なんて応援してギャラリーが出来るくらいだ。この状況はおかしいのに誰も突っ込む奴らがいないのは何故なのか。

そして何よりもこの暴走族、顔が良いのが揃ってるからなのか軽いファンクラブもこっそりあるらしい。アヤがそれを知った時なんて「世も末だ…」なんて言っていた。各メンバーのブロマイドも勝手に作られて高額取引されているという。
もう一度言う。世も末だ。

そして組員の約8割がユイの小さな頃からの知り合いらしく、年齢も何故か10代〜50代と様々だ。あまりにも年齢層の幅がありすぎてなんの繋がりがあるのか流石のアヤもレッドも首を傾げた記憶がある。

残りの2割はただ単純に碧紫と言う名の暴走族に憧れて、頭を張るユイに対して「舎弟にしてくださいッ!!」と純粋な尊敬、憧れがある男共と「あんたの奴隷にでも何でもなりますッ!!とりあえず罵倒してくださいッ!!」と単純な変態気質な奴隷になりたい舎弟達だった。

とまぁ暴走族らしからぬ暴走族だが、実績は申し分ない。

内容が内容なだけに引き受けてくれるかは彼次第だが、頼んでみる価値はあった。



『いーぜ。一応聞いてやるよ、言ってみな』

「仲間にしたいポケモンがいる。譲ってほしい」

『はァ?』



素っ頓狂な声を上げた。

画面の向こう側のユイが口に咥えていた煙草が床にポロッと落ちた。



『…おメェ、仮にもバトルマスターなら自分の欲しいポケモンくらい自分で何とかしろよ』

「…駄目か」

『因みに誰だ』

「リオルだ」

『(……こいつ…よりによって手に入りにくいヤツを)』



自由に生活する野生とかではなく、できればトレーナー待ちのリオルがいたら譲ってくれると有難い。そうレッドは淡々と告げた。

ユイは少し姿勢を崩し暫し考えた。



『(リオル…ねぇ。まず野生で生息しているのを俺は見たことねェ。リオルやルカリオを所持してる連中も野生で捕獲したっつうのは聞いたこともねぇが)』



ユイの仲間のルカリオは、今は亡き父親から受け継いだポケモンだった。

そしてアヤとヒカリのルカリオは過去に両者ともゲンというトレーナーからタマゴから譲り受けた。シロナのルカリオも両親からタマゴを譲り受けたという。

その他にも、ユイが知っている限りで野生のリオルやルカリオを捕まえて仲間にしている人間をユイは知らない。根気よく探せば勿論野生でいるのだろうが彼らは滅多に人の前に姿を表すことはしない為、世間では珍しいポケモンに入る。

恐らく、レッドもその事を承知の上で自分に依頼として話を持ってきている事も何となく理解した。だがしかし。



『理由を聞かせろ』



ユイは疑問しかなかった。

ポケモン使いにおいて最強。そんな奴がポケモン絡みで他人に助けを求めるのか。

レッド自身のことは勿論知っている。知名度もさることながら、一般的に公表されている情報や“知らされていない情報”までこと細かく、自分が納得いくまで調べた。

それは自分の妹がいっちょ前に恋人なんか作って、容易く懐に入れて連れてきたからだ。他人を簡単には信じるな、常に疑え。そう言い聞かせてアヤの面倒を見てきたのに。ある時この液晶画面に映ってる無表情な男を「そういえば!」とわざわざ自分の元に連れてきた時、その時の愚妹の顔はなんたるか。

どっぷり男に惚れ込んだ顔をしやがって。

まだまだオムツの取れてない乳臭いクソガキなクセに、女の顔なんぞしやがって。


初対面で初めて会ったこの男に、思いっきり嫌そうな顔をしたのは覚えている。


何せこの顔は有名だ。間違いなければ齢10の小僧が僅か一晩でカントー地方の犯罪組織を壊滅させ、そしてドラゴン使いの幼馴染を最年少で破った小僧なのでは。子供が大人のすることに首を突っ込むなぞ後先が知れている。とんでもねぇヤツを連れてきやがって。

レッドも多少不快を露わにして眉間に皺を寄せていたが、被っていた帽子を取り軽く頭を下げて会釈したのには少し肝を抜かれた。“…初めまして、妹さんとお付き合いさせて頂いてます”だなんて今思うとこいつ流暢な敬語なんて喋ってやがる…と鳥肌が立ったものだ。(アヤはしっかり目をひん剥いて言葉を無くしていたが)

そして注意深く見れば所々の所作…椅子に座ったり食事をしたりなどの所作が洗礼されており綺麗だった。それを見てなんだコイツ、見た目の割にしっかり教養が行き届いているな、と。

しかし無表情なまま表情が全く動かないもんだから、何を考えているのかまぁ分からない男だった。何も興味ありませんみたいな顔をしている癖にアヤへ向ける目と来たら何て気持ちの悪いことか。ドス黒い愛に塗れた色んな感情が渦巻いている目だった。底の知れない執着心、独占欲。それを見たユイも流石に口端をヒクつかせた。

こんな、どこの馬の骨か分からん赤の他人の男と宜しくするつもりはなかった。

即こいつの身元を確認した。そうしたら出るわ出るわ。
世間的に出ている一般情報も、出ていない情報も。

だから自分達にあまり関わって欲しくなかった。

特に妹には。



「…………」

『言えねぇ内容か』

「……波動の力を借りたい」

『まあ、そうだろうな。いきなりリオル欲しいって言う奴らの大体が波動の力目当てだろうな。で?』

「アヤの為だ」

『あ?』

「…………、」



レッドは一呼吸おいて実は、と古代の城であったことを話し始めた。

ゾロアのこと、お互い別行動を取り別れた先で事件に巻き込まれたこと。そして何よりそこで死にかけ、唯一の連絡手段が肝心な時に壊れて全く役に立たなかったこと。これから先、また何があるかわからない。自分が傍にいれば問題ないが、離れる時もあるだろう。もしアヤの傍を離れている時に再び危険が迫ったとして、それを確実にいち早くに知れる術が欲しい。

ポケモンの中で波動というエネルギーを使役し、自由自在に扱えるのはリオルやルカリオという種族だけだった。波動というのは俗に生物が放つ精神エネルギーで、彼らはそれを使い他者の感情を読んだり、危険を察知したり自身の攻撃に転加する。

そして波動は人間の研究段階で、まだまだあらゆる事に適応できる可能性があるようだ。

レッドは初めてアヤのルカリオを見た時そりゃあ驚いた。

エスパータイプでもないのに波動を使って会話したり、他者が今どのような精神状況にありその居場所を感知できたり、身体の中に悪いものがある、と言い数時間後に食当たりしたアヤの体調をコントロールしたりなど。

なんとまあ物凄い便利な能力だったのだ。

こんなことが出来るポケモンもいるのか、と初めて目にした時は純粋に感動したし流石波動使いと言われているだけあるポケモンだった。

本音を言えばリオルやルカリオはレッドも前々から仲間にできたら連れていきたい、とは思っていた。遠くにいても対象者が波動でどこにいるかや、感情をキャッチして今どのような状況なのかもわかる。
しかもどこまで出来るのかはわからないが体調を波動の力で調整もできる。レッドが今でも一人で行動していたら全く目に付かなかっただろうが、アヤと共に行動しているからこそ居場所確認やコンディションチェック、それが透視化して行える。

レッドにとってこれ以上ない程の能力だった。



「俺がアヤの傍にいない時、状況を確認できる手段が欲しい。その為に、彼らの力を借りたい」

『……理由は分かった』



ユイが彼が妹に関わって欲しくないにも関わらず、それでも強制的に引き剥がしたり、別れろだのなんだの言わないのには理由があった。



「アヤが一人になる時は必ずピカチュウを付けるようにしてる。何かあっても必ず対処できるからだ」

『……』

「だが、今回のようなどうにもならない理由もある。アヤが勝手なことをしないようにずっと近くに縛っておけばいい話なんだが、流石にそんなことをする…気は……………………俺でもない」

『お前今迷ったな。めちゃくちゃ迷ったな』



最後のセリフで台無しだが、そういうことだ。

この男は自分の相棒、パートナーとも呼ばれるポケモンを一時でも自分から手放す事ができる男だ。

パートナーポケモンは言わば自分の右腕みたいなものだ。手持ちの誰よりも一番共に過ごした時間が長く意思疎通も取りやすい。そして一番の強さを誇る。
このご時世危険な旅路も多い。その中で自分の身を守るための武器にもなり盾にもなる。危険な場所へ赴くなら絶対に外せない存在なはず。

そんなパートナーをあの小娘へ一時と言えど預け、自分ではない他者を守れという。


それはピカチュウがいなくても自分へと降りかかる脅威を必ず退ける自信と強さの実績があり、何があってもアヤに傷一つ付けるまいとした姿勢。

レッドという人間はアヤ専用の鉄の壁である。



『(……あいつを危険から退けるには本当に申し分ねェ)』



それはユイが、喉から手が出る程探していたあの愚妹をあらゆる脅威から守ってくれる存在、だった。






兄が求めるもの

(レッドという男は、ユイが必要としているあらゆる脅威を捩じ伏せることが出来る、力という必要なものを全て兼ね揃えた男だ。けれど、それだけでは駄目だ。それだけでは足りない)





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