act.46 婚約という呪い





「なんで…なんで消してくれないの…」

「むしろ何で消す必要が?」

「昔だよ!?ボクの昔の姿なんて目も当てられないんだって!」

「安心しろ、昔も充分可愛いじゃないか」

「いやいやいや可愛い可愛くない関係なくてっ…」



可愛いなんてそんなバカな。ウソやろ…?なんてアヤは思う。

アレらが可愛い?そう思うのならレッドの目は本当にどっかおかしいのではないか。



「入場の際に何も無い所で転けそうになったりドヤ顔でふんぞり返って座ってたり、トレーナーカードとポイントカード間違えたり、洋服後ろ前に着てたりポケモンのボール間違えて投げたり……可愛いじゃないか。典型的な初心者あるあるだな。まあ…少しおっちょこちょいな部分があったのも否めないが。今でもそうだもんな」

「ア"ッーーー!やめて!ちょっ傷口を抉らないでよッー!」

「お前も昔はそんなミスもしてたんだな」

「ダメだ…もう死のう…」

「おい勝手に死ぬな。何でそんなに嫌がる?格好悪くて俺に見られたくないとか思ってるならその心配が無駄な事だぞ」

「ぅぐうっっ"……」



ダメだ話が噛み合わない。

昔のダサすぎる失敗や芋ったい自分が大嫌いだった。

叶うなら昔に戻って矯正してやりたいと思う程に。まあ今では昔ほど酷くは無い……と自負しているが、それでもやはり自分の顔なんて大量に見たくはない。
そう。アヤは自分の顔が沢山写っている本なんて見たくないのだ。何が悲しくてお金を出してまで自分の顔を拝まねばならないのか。レッドはいい。だって顔面最強だから。そんな贅沢なお顔を沢山写真に撮ったとして喜ぶ人間はこの世界に腐る程いるだろう。まずは自分を筆頭に、あとは無類のレッドファンだろう。特にレッドに関するものをコレクターしたお姉様方。

自分の顔が沢山写った写真なんて気持ちが悪いだけだ。しかも雑誌だとドアップとか変な姿勢になってたり変な顔してたりすることが多い。

もっと、もっとマシな写真写りしたやつなかったの?と聞きたいレベルだ。そんなのが何枚も何枚も何枚も……冗談じゃない。そう。嘔吐く。だがしかしレッドの御膳で嘔吐するなどという醜態は死んでも避けたい。



「今も昔も、お前は可愛いよ」



いや本当に、レッドの目ってどうなってるんだろう。自分に対して変なフィルター補正がかかり過ぎているのでは…?とアヤは死んだような気持ちで思った。


レッドからしたら、アヤは何をしても可愛く目に映るもんだから仕方がない。惚れた欲目なのか何なのか、それは日に日に増す一方なのである。
彼はアヤの事ならなんだって知りたいし、それは昔のメディアのデータを拾い上げて情報収集するくらいにはどっぷりと昔のアヤにも執着心があった。

自分が彼女の事で知り得ないなんてことが、彼にはきっと我慢が出来ないのだろう。

とんでもない執着心である。



「それより早く食え。冷める」

「うう"うう"ぅ……うわーーん……美味しいぃぃ……」

「良かったな」



アヤは泣きながらレッドに連れられて一緒に入った食事処で注文したエビフライにフォークを突き立てた。ザクッと子気味良い音がする。
そしてそんなことは何処吹く風と言ったような表情で目の前で天ぷら蕎麦税込1200円を啜っているレッド。上に乗った天ぷらが美味しそうです。そういえばレッドって洋食より和食の方が好きなのかなぁ。良く食べるものを見ていると和食の方が多くて、その中でも最近蕎麦や丼物が多い気がする。

なんて思いながら再度さっきの画像を消す方法は…とアヤが死に物狂いでお伺いを立てたが無慈悲に「何度言われようとムリなもんはムリ」と即却下され受け付けてはくれなかった。あれ、なんか凄く厳しい。なぜ?なにゆえ?泣く。
ついでに「すみません、これも追加で」とレッドが店員を呼び止めて杏仁豆腐を追加注文して、「これも食え」と言わんばかりに運ばれてきた杏仁豆腐やらプリンやらをアヤの前へ置いた。いそいそ口に運び「おいしいです……」とグズグズ鼻を啜りながら食べ続けているアヤを見て、レッドも大変満足そうな表情であった。嘘、厳しくなんてなかった。普通に優しかった。

途中からシャッターを切るような音が聞こえてきた気がしたがもう割合する。盗撮というかもう堂々と撮られた。これはもうやめて、と言っても聞き入れてくれそうにない。


「ありがとうございましたー!またのお越しをお待ちしております」

「んぇ?え?あの、お会計…?」

「それでしたらご一緒されていたお連れ様から既に頂いておりますよ」

「ちょっ……!」



食事代は何故かアヤがトイレに席を外している間に全て払われており、店をそのまま出るレッドに慌ててついて行った。いつもそうだ。レッドと一緒に行動している限り、アヤの食事代や宿代、それに日用品の全てをレッドは率先して支払っている。自分の分は自分でちゃんと払う、と伝えていても何処吹く風。
そんなこんなでポケモンセンターの宿に20時過ぎには戻ってきたアヤ達だったが、室内に入ったアヤにレッドは手に持った紙袋を渡した。



「?…これは?」

「お前のポケフォン。壊れただろ、ポケギア」

「え!?買ったの!?」

「さっき言っただろ。…聞いてなかったのか?」

「あっ確かそんなこと言ってたような言ってなかったような…あ!いや!ちょっと払う払う払う!安いもんじゃないでしょこれ!?だってこれ…最新機種!?数千数万程度で買える物じゃないんだしっ…」

「いらん」

「さ、さすがにタダで頂く訳には……」

「……お前は俺がこんなもの1個2個買ったくらいで金に困るとでも?」

「やっ……思って……ません……」



脳裏に浮かんだ最後に見たレッドの通帳の残高。

そこには度抜けた0の数。レッドは物欲はほぼ無いに等しく必要最低限な生活品やポケモン用品しか買っていないので日々のファイトマネーや本職で得たお金は溜まる一方なそうな。



「……あれ、ボク……いつの間にかレッドのヒモ状態に……?こ、これってもしかして、や、養われてる……?」

「何を今更…死ぬまで養うつもりだが」

「マッ!?死ぬまで!?かっ…顔のいい人は何言っても許されると思ってる!」

「不満なのか。一体何が不満だ」



若干ムスッとしたそのお顔はちょっと気分を害された顔だった。

慌てて不満はないけど何から何までお世話されるのはちょっと…と言うとレッドは益々意味がわからない、と言った感じで眉間にシワを寄せた。



「養われることが嫌なのかお前は。なぜ?」

「なぜ…って!?なぜ…!?え、なぜ!?自分のことはもう自分である程度できるんだよ…!」



この世界の子供達は10歳から自分のポケモンを持てるようになり、そして旅に出ることが許されているのだ。もちろん禁止事項(酒を飲んだり車を運転したり)などは出来ないが、トレーナーカードを発行できたり宿を取ったり、ポケモンバトルでのファイトマネー…所謂金品の駆け引きができる。アルバイトでお金を稼いだりもできる。

アヤももちろんそうだ。10歳になって自分のポケモンを持つようになって、トレーナーカードを兄に発行して貰ったのを最後にもう知らんと言わんばかりに突然放り出されて一人で過ごしてきたのだ。必要なものも自分のファイトマネーで、コンテストの賞金などで買ってきたしこれからだってそうするつもりだ。



「金のことなら心配しなくていい。心配するだけ無駄だ」

「いや、でも…」

「俺がしたくてしてる。言ってるだろ、養うって」

「………あの、何だか、プロポーズされてるみたいなんですが…」

「は?」



レッドは赤い目を少し見開いて驚く。

たまに見る表情だがさっきのCDショップでも同じような顔を見た。少し間を置いて瞬きを繰り返した彼は徐々に不機嫌そうな表情になる。



「されてるみたいじゃなくて、ずっとしてるつもりだったんだが」

「ファ!?」

「寧ろもうお前は了承済みかと」

「了承!?い、いつ!?したっけ!?」

「…俺が旦那は、不満か」

「えっいや不満なんて微塵もっ…」



不機嫌と不満が混ざったような表情。けれどその中に少しの不安があるような、そんな顔をしていた。

確かに前々からこれからの将来について仄めかすような事をレッドは度々口にしていたけれど、アヤに直接結婚してくれと言われたことはない。だから返事も当然ながらしたこともない。そもそも出会って付き合いこそ3年とそこそこ長いが、恋人として一緒に過ごした期間はそんな長くはないのだ。今回のような「養う」発言や「嫁」扱いされたことはあるものの、結婚までに到れる仲なのか。アヤも出来ることなら末永く宜しくしたい。
レッドとこれからも一緒にいることは、隣にレッドが居てくれるという事はもう常備装備のような。そのようなものだ。ずっと隣に居てくれるんだろうなぁ、となぜだか当たり前のように考えてしまっているが、そうか。結婚してしまいさえすれば本当にずっと一緒にいられるのか、なんて考えてアヤは口を噤んでしまった。



「、」



本当に、それでいいのだろうか。

レッドの隣にはもっと相応しい人がいるのではないか。

だってバトルマスターだぞ。泣く子も黙るたぶん人類で最強の男だぞ。バトルタワーの最高当技師で高給取り容姿端麗、高身長、顔面偏差値最強のハイスペック。頭も良い。誰もが見ても優良物件。

そんな人の隣にずっと居てもいいのだろうか。



「………ずっと。隣に居ても、いいのかな」



そしてまたパチ、と瞬きをした彼は深くため息をついた。



「…お前なぁ。逆に聞くが他の女が俺の隣にいてもいいのか」

「ちょっとダメそうです泣く…」

「……まあ、お前以外の女になんて元々興味がないからな。それにお前以外誰がいるんだ」



少し俯いて、自信なさげなアヤの手を彼は取った。

レッドよりも幾分か一回り小さな手を握り、被ったままの深めのフードを頭から落とす。出てきた栗色の髪を梳くように頭を撫でながらレッドははっきり告げた。



「これから先も、一緒に居てくれるんだろう?」

「ボクで、いいの…え、本当に言ってる?」

「お前がいいんだ」



はー…、とレッドはため息一つ着く。アヤの首筋に顔を埋めては眉間にグッと皺が寄る。細い肩を抱き締めて少し項垂れる。

なんでこんなに疑深いんだ。



「嫁になってくれ。不自由は当然させない」

「…!う、ん」

「そうだな…アヤ、もうすぐ誕生日だったな?18になれば結婚がすぐにでも可能だが………この旅が終わって一段落した頃に籍でも入れるか。この調子なら案外データ集めも早く終わるだろうしな」

「は、い…!(な、何だか…物凄いスピードで色んな事が決まっていく…!)」



と。アヤはレッドとの結婚の約束をした。

それは将来も離れずに貴方の隣で、貴方と共に一緒に生きていきますよ、という約束。アヤは自分自身でレッドとの婚約を納得し、アヤ自らの口で自分の人生をあげると。

己の一生を預けてもいいと、自身と結婚したいとそう意思表示を示し「はい」と言った。


そう、言ったのだ。



「(………ふ、は。)」



レッドは自身の口端がゆるゆる上がっていくのを感じた。



「(よし)」



なんともまあ歪んだ笑みだった。



「(言質は、取った)」



背中に回る腕を感じながら彼は笑った。

これは契りだ。ある一種の愛のある呪いみたいなもの。破ったらタダでは済ますまい。

あとは形に残るものを残して…そうだ。指輪がいいだろう。左手の薬指に嵌めてさえすれば首輪と同等の価値がある。男避けもできるし一石二鳥。いや、そもそも指輪を付けさせるのが遅すぎたのかもしれない。もう少し早くにアヤに付けさせておくんだったな、とレッドは後悔した。近い内に早速買いに行かなければ。

これから先何があろうと離れるつもりも別れるつもりも、逃がすつもりもない。だからレッドとしてはもう婚約しているつもりであったが、そうか。


良かった。

今確認しておいて。


アヤの首筋に鼻を、口を擦り付ける。彼女の匂いを肺いっぱいに吸い込み、舌先で軽く肌を舐める。



「(婚姻は、契だ)」



きっと家の連中は煩いだろうが、関係ないしそんなもの自分が黙らせれば何の問題もない。そもそも、もう縁を切っていると同じようなもの。


あと少し。

あと少し。


アヤが完全に自分の手に落ちてくるまで。

早く全てを手に入れたい。

手にしなければ。

なるべく急いで、確実に。

そして何よりもその甘そうで柔らかな身体をじっくりと時間をかけて、ドロドロに暴いてしまいたい。

ドロドロと、ギラギラ光るその目は獰猛な肉食獣のソレと同じように鈍く光っていた。





ピカチュウは思った。

だいぶこじらせてんなぁ…と。

アシマリは戦いた。

かつて自分の愛した人よりだいぶこじらせているかも知れない…と。








婚約という呪い

自分で自分に更に枷になるような呪いをかけたようなもので。レッドはその様子を見て愛しそうに、薄暗く、黒々しく笑った。





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