act.45 盗撮





しばらくCDショップのポートレートをアヤとレッド、二人して見上げた後、ふと窓の外を見上げればもう夕暮れ時であった。

時計は18時を過ぎておりそろそろ夕飯を済ませてポケモンセンターへ戻るか、とレッドは思考していた。今日の目的はまず必要な物の買い出しと、あと一つ。レッドとしてはもう一つの用事の方が重要だった。朝にとある人物にメールを飛ばして、今日の夜に電話をする事を伝えているからアポ無し連絡ではない。
拒否の連絡はなく“23時過ぎなら”と簡潔な連絡が返ってきたのに対してレッドは小さく安堵した。

何故ならその相手から嫌われていると思っていたからだ。まあ嫌われていようが関係ないが。

店を出る前にレッドはもう一度、アヤの“母”であるという人物である顔を興味深そうに見上げる。

彼が他人に、しかも女に興味を抱くというのはそれこそ空から槍が降ってくるレベルの衝撃だとレッドを知る人物達は言うが、それもこれもただアヤの親族だからと言う理由だけだ。


確かに、美しい顔立ちをしていた。


近年稀に見る秀麗な顔立ちだが、その中に人間離れしたかのような無機物さを感じる。人間なのか人形なのか、作り物のような。これまで発売されたCDのジャケットの写真を一冊のアルバムとしてまとめたものをレッドは手に取り、一枚ずつ捲り上げていく。どれもこれもアヤと似ているようで似ていない、かけ離れているその表情にレッドは居心地を悪くした。流れている歌も、これがアヤの母の声なのだろうが妙に耳馴染みがよく、そして聴く者の敵意や戦意を削ぐような静かな声。妙な圧力がある歌声だった。



「(世界の歌姫…か)」



なるほど。

確かにこんな声を持っているんじゃそう呼ばれてもおかしくは無いのかもしれない。

暫くしてアヤの母のポートレートから視線を外したレッドは店を出ようとアヤの手を引く。



「あ、行くの?」

「ああ、もうここには用はない。時間も時間だからこのまま飯食いに行くぞ」

「はーい……って、あれ?アシマリ?何してんの?」

「マリィ」



抱っこしているアシマリが腕の中から抜け出したことには気付いていた。
少し先にある積み上がった雑誌の上に飛び移り、何か熱心に見ているなぁと思ってはいたが、その雑誌を改めて見てみると自分の顔がページいっぱいに写っていて。
アヤは早速目を逸らしたくなった。その写真はアヤが初めてコンテストに出場した時期の写真である。

芋ったいあの頃のお洒落のおの字もない自分なんて誰にも見せたくない。ダサいから見ないでくれ。因みになんでそんなもん見てるんですか。



「ちょ…アシマリ?」



小さな青い体を抱き上げると一緒に自分の雑誌もくっついてきた。クレーンゲーム?何してんの?と声をかけるがアシマリは意地でも雑誌を離さない。もしやと思い恐る恐るといった感じで「ほ、欲しいの?」と聞けばコクコクと頷かれた。

何でよりによってその雑誌なの、と口端がヒクついたがアヤが何かを言う前にレッドがその雑誌を手に取って何故かスマートにお会計していた。え?何で?何してんの?
代金を支払った紙袋に入ったそれをアシマリに「ほら」とレッドは渡すとそりゃあもうアシマリは目を輝かせて喜んだ。ぱぁっと光が弾けるくらいに喜んでいた。
可愛いんだけどちょっと待ってよ!?「マリマリ!」と元気よく鳴けば「どういたしまして」と返答したからきっとお礼を言ったんだね偉いねぇ〜なんて思うけどそうじゃない。



「な…何してんの…?」

「?欲しそうだったから買っただけだが」

「いや、よりにもよってボクが多く載ってる雑誌なんて買わなくてもいいじゃん!?何が悲しくて自分の顔が沢山写ってる本なんて買わにゃならんのさ!?」

「お前が写ってる雑誌だから買ったんだろ」

「いやっ…だからってこの雑誌はダメって…!自分の昔の写真ほんっと芋ったくてダサくて消してしまいたいんだって…!」

「この頃のお前はまだポケモン初心者だろ?イイじゃないか」

「だからその頃の自分を誰にも…!特にレッドには見て欲しくないんだってェェ…」

「……アヤ、お前。まさかとは思うが」

「な、なに」

「昔のお前を、俺が全く知らないと思ってるのか」

「え?………って、れ?レッドそれどうしたの?」

「買った」



真顔ではぁ、とため息一つ。レッドはポケットに手を突っ込みアヤが見た事ないもの…否、見た事はあるがレッドが使っているのを過去一度だって見たことないポケフォン……最新型通信携帯を取り出した。え?今まで使ってた赤いポケギアは?と聞くと「使えんからお前の分と一緒についでに機種変した」と。
どうやらレッドのデパートでの用事はこのポケフォンを買いに行っていたようだ。旧モデルのボタン式のポケギアよりかなり薄いポケフォンという新モデルは、鞄に入れた時に全くかさばらないんじゃないか?と思う程薄い。因みにここにロトムというポケモンが入ると、先程CDショップで出会った女性のスマホロトムになるらしい。言葉一つで相手に電話をかけたりメールを打ったりアラームをかけたりとそんな便利なことが出来るという。化学の進歩って凄い。

そんなポケフォンをレッドは恰も使い慣れた様子で操作を始めた。



「お前は昔の自分が嫌いなんだな」

「そ、そりゃあ…」



昔の自分はそりゃもう酷かった。

人の目を気にしていなかった時は身なりなんて気にしていなかったし。駆け出しのコーディネーターの時なんて、コンテストに出場する30分前に起きて寝坊しては顔だけ洗ってそのまま出場したなんて事もある。変な奇声も上げて変なポーズもとってるし変顔なんて数え切れない。コンテストはポケモンを輝かせる競技だ。だからコーディネーター本人が着飾るなんてそんな冗談…なんて思っていた頃が懐かしい。

今でこそ、その美しいポケモンの隣に見合うような、相応しい佇まいも必要なんだと思い改めて早数年。そしてレッドと出会って更に思い改めて今に至るが。
昔の自分を思い返したら激しく殴りたくなる。「今からでも遅くない!もっとマシな髪型と衣装でコンテストに出ろ!!お願いだから!!」と叫びたくなるのだ。そんな過去の自分を、恐らく自分が知る中で一番レッドに見られたくないし知られたくもなかった。お目汚しが過ぎる。見られたら生きた心地しない。見られた瞬間にそこから飛び降りて死のう。

なんてアヤの脳内を激しい後悔と懺悔の波が襲いかかる。



「あると思ってるのか」

「?」

「俺が調べてない…なんて思ってるのか。メディア上に出ているお前のことで知らない、なんて事ある筈がないだろう。この俺が」

「え…そ、それってどういう」



指先で画面を滑り「ほら」とレッドはその液晶を見せた。

そこには、自分の……アヤの大量の写真が有象無象にデータとして存在していた。

初めてメディアに載った写真やら練習風景、コンテストやグランドフェスティバルの動画、コンテストに優勝してインタビューに答えている写真、サインする姿、悔しがってる姿、喜んでいる姿、興奮して飛び跳ねる姿……などなど。
アヤは唖然としながらレッドのポケフォンの画面に指を添わせ、下にスクロールすると更に衝撃的な画像が出てきた。遠くから撮られた立ち姿、サンダースやピカチュウ達と戯れる姿、食べ物を頬張る姿、何かに熱中している姿、横顔、寝顔、際どい姿勢……など。

明らかな盗撮であった。

しかも写真の内蔵されている数字が大変な事になっている。アヤは腹の底から叫んだ。



「消シナサイッ!!!」

「嫌に決まってるだろアホか」

「アホ!!?盗撮してる人にアホなんて言われたかない!犯罪です犯罪!」

「自分の女の写真を撮ったくらいで犯罪になる訳あるか」



アヤが消そうと手を伸ばすとレッドは何食わぬ顔でポケフォンをポケットにしまったのだった。「嫌ァーーッお願い消してェェー!!」と青く叫びながらレッドに縋り付き、ポケットに入ったポケフォンを奪取しようにも身長も手の長さもレッドにリーチがある為敵わない。

あーハイハイとアヤを軽くいなしながらレッドはするりと抱きとめ、そのまま店の外へとズルズルと引き摺って行くのであった。





盗撮

そのデータはどれも彼の宝物というか、生きる為の糧となっている




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