act.39 変装
「アヤ、そろそろ起きろ。出かけるぞ」
「ファ!?」
肩を揺すられて急激に意識が覚醒した。目の前には顔面偏差値100パーセントのレッドと、ピカチュウと、ジヘッドとアシマリだ。ちょっとヤダ、皆してボクを見下ろさないで。なんて思いながら備え付けの壁がけ時計に目をやると昼間の12時を余裕に越えていて飛び起きた。
「わっー!!ごめん!ほんとごめん!!」
「大丈夫だからゆっくり支度しろ。昨日寝るのが元々遅かったんだ。しょうがないだろ」
「あ、うん」
顔を洗って身支度を整える。
ある程度外に出る準備が出来るとアヤは昨日コンビニで買ったおにぎりを軽食にする。因みにアヤは何も入ってない塩握りが好みだ。シンプルが一番である。ポケモン3匹も朝ごはんを食べているが何故かアシマリだけはリンゴをかじっていた。ゾロアは…と姿を探しそうになったところでそういえばもういないんだった、と我に返ったアヤは食べる手を止めてしまった。
「(……そうだ。昨日家族と帰ったんだった…)」
それをぼんやり思い出して、あまり実感がない。でもここにいない事は事実で。
のろのろと残った米を口に詰め込んでいる様子をチラチラ見ながら、レッドもゆったりコーヒーを入れたマグカップに口を付けてポケモンセンターから借りたノートパソコンを何やら弄っている。
「お待たせ!いつでも行けるよ!」
「そうか。これ上から着てフードも被ってマスクしろ」
「え?」
おにぎりの袋をゴミ箱に入れ、準備万端!と立ち上がるとレッドからマスクと、見慣れないパーカーを渡される。アヤには明らかにオーバーサイズであり、太腿くらいまである。それなのにこれを着てマスクしてフードを被ったら完全に怪しいヤツだ。変装するの??
え?何で?と思っているとレッドは弄っていたノートパソコンをアヤに見えるように向きを変えた。
「あっ……あっーー……まあ、そうなるよね」
そこには注目のニュース情報、と液晶に映し出され、その中に「古代の城大破!再建設はいつになるのか。暴走するポケモン達。中にはポケモン同士を掛け合わせる実験を繰り返し、地下室には研究施設が……」などニュースの切り出しになっていた。そして下にスクロールするとあの現場の写真が複数とそこに居たであろうトレーナーが戦闘中であるモノズと、そしてレッドを激写したであろう1枚が載っている。
「バトルマスター、イッシュ地方に降臨する」「イッシュ地方で伝説となるのか」「イッシュの地に来た目的は如何に。あらたな伝説の幕開け」「バトルマスター、無双する」などなど中々どこから突っ込んだらいいのか分からない記事達。いや、何もする気はないです。
まあ、確かに今回の規模を考えるとニュースにならなきゃおかしいわ…とアヤは思った。そしてポケッターやツイートなどでは「ライモンシティ付近に宿泊中!?」「バトルマスターに会いたい」「バトルしたい」「そういえばこの前バトルマスターに似てる人と道路ですれ違ったけど…え、本人?」「写真撮りたい」「一目見ただけで自分もしばらく伝説残せそう」「あの目でカスって言われたい」「ピカチュウの電撃を受けたい」と騒ぎ立てているファン達。
お祭り騒ぎである。
チラ、とレッドを見ると無表情だがどこかうんざりした顔。
まあそりゃそうだよなぁ…あんな騒ぎになって、しかも観光客多かったし。その中に今や世界的に有名人になったレッドが突然姿を表して無双と来たもんだ。アヤは引き攣った笑みで頷いた。大変だなぁ、と。それにしてもレッドがバトルマスターになってバトルタワーの最高闘技師になった瞬間からファンが倍増している。それはもう老若男女問わず。子供もそうだが特に中高年のトレーナーや若いお姉様方、エリート達、そしてオネェさん達にとても人気が多くファンを獲得し続けている。因みに子供達から絶大な人気を独り占めするのはガラルの…名前を忘れたがチャンピオンの人だ。この前ポケモンセンターのテレビの張り付いていた人達が『行くぞ!ーーチャンピオンタイムだ!!』「「うぉおおおおチャンピオンタイムだァァァ!!!」」と叫んでいたのを思い出した。
中でも子供トレーナーは鼻息を粗くして興奮していた。
ぶっちゃけて言うとレッドのファンは怖い。熱狂者が多いから。そしてそんなファンがあまり好きではないレッドはいつしか「……静かにバトルがしたい。頭が痛い」頼むから静かにしてくれ、と迷惑そうに呟いていたそうな。
恐らくこのネットニュースは今や世間では大注目であり、ツイートやニュースを見た人々がライモンシティに続々と集まり続けているのは間違いなかった。
「あれ?でもボクはそんなに必要なくない?」
「お前それ本気で言ってるのか」
「いや、確かにテレビとかメディアには出たことあるけど、レッド程じゃないし…」
はー…と深いため息をつかれた。
「確かに俺程じゃないが、お前も立派に顔が割れてるだろ。寧ろ今まで変装しなくてよく囲まれなかったなと思うくらいだ」
「んー…グランドフェスはシンオウの大きな大会だしねぇ…」
「今や各地方でコンテスト会場が爆発的に急増して人気になってるのはお前だって知ってるだろ。お前の顔はGFの看板みたいなものだぞ。……今回俺が暴れたせいでヘイトが俺に集まっている。お前にも迷惑かけるかも知れないから変装はしてくれ」
「わ、わかりました……」
昔サンダースと一緒に好奇の目で見られてプライバシーを侵害された気持ちの悪さは今でも覚えている。不快だ。それにまだ世間にはレッドとこうして旅をしている事すら知らないのだ。
今や絶大な人名と人気がある彼と四六時中一緒にいる事を知られたらまた良い意味でも悪い意味でも騒がれるだろう。寧ろ昔より酷いかもしれない、と想像してアヤは青くなって俯いた。
オーバーサイズのパーカーを羽織ってフードを被りマスクをする。
鏡を見ればこれならまじまじ見られない限り気付く人はほぼいないんじゃないか。うん、大丈夫そうだ。
そしてそんなアヤの姿を見ていたアシマリはやはりニコニコしているが、そういえば…と思い出した。
「そういえばアシマリ、どこか行きたいところはある?」
「?」
「研究所からせっかく出られたんだし、好きな所に行った方がいいよ?ちゃんと最後まで責任持って送り届けるよ。やっぱりアローラ地方のポケモンだからアローラに逃がした方がいいのかなぁ…あ、それかポケモン保護施設の方が安心かなぁ」
「マ!?」
「「………………」」
アヤの言っている意味が最初分からなかったアシマリは頭上に「?」が飛んでいたが、次第に意味が分かるとガンッッと殴られたような顔をしてアヤを凝視した。え?置いていくの?逃がすつもりなのこの子?信じられない……。と言った顔をしていた。あれだけアヤにへばりくっついていたのに、一緒に連れて行ってアピールをしたのに、自分のポケモンにするつもりはないの?信じられない、なんて鈍い子に育ったのだろう…。
それはレッドやピカチュウも同じ苦い顔をしており「マジか…普通だったらボール入りだろ…」とアシマリと同じ顔をしている。
アシマリはまたしてもアヤの足に小さくて短い手をいっぱいに伸ばしてホールドした。宛ら木に抱きつくナマケロのようだった。
「ええ…ちょ、どうしたのアシマリ…」
「お前…早くボールに入れろ」
「え?ゲット?何で?」
「どう見てもお前から離れたくない様子だぞ。おそらく逃がしてもずっとくっついてくると思うぞ」
「え!?ゲットしてもいいんですか!?」
「だから早くボールに入れてやれ」
え!?いいの!?と疑うような目をアシマリに向けるとコクコクと何度も頷かれる。ここで逃がされたりでもしたらたとえ地の底地球の裏側にいても追いかける。絶対に。
やったー!うぁぁ嬉しいッ!ありがとうございます!と敬語になってしまう程嬉しいのか、早速鞄を開けてボールを取り出そうとしたが中を漁ってアヤは手を止めた。
「ご、ごめん。古代の城で鞄ひっくり返した時ボール置いてきちゃったかも…」
「「「……………」」」
「たぶん転がってどっかに……他の持ち物は大丈夫っぽいけど、ボールの回収忘れちゃった…」
「……ボールも含めて買い物に行くぞ」
「ハイ」
一人と二匹からの視線が生暖かい。
そんな目で見ないで欲しい。だって仕方ないじゃん…?
そして。
「かッッ………カッコイイッッ!!!何それ!?」
「変装だが」
「そりゃ見りゃ分かるよ!?エッ…ダレ…?カッコよ……顔面つおい…卑怯…」
「…すぐには俺だとバレなさそうってことは分かった」
まあ、そうじゃなきゃ変装した意味ないけどな。と呟くレッドは自分を鏡で見ながら小さく肩を落とす。
そう、アヤの変装が必要ならレッドも身分を隠すような事をしなければならなかった為同じように変装したがそのクオリティが凄まじい。
レッドという人物の印象を一から塗りつぶした感じに全身リフォームしていた。宛らヴィジュアル系バンドのお兄さんだ。え?もしかしてバンドやってます?
髪を軽くワックスで遊ばせて適当なサングラスを添えて鍔の長いキャスケット帽を被って完成だ。
「はっ………はわわわ…」
え?天才なの?
ごめんとりあえず顔面が強すぎて死んじゃいそう。神は二物を与えずとか言うけど三物も四物も与えてんじゃんと言うアヤは戦いた。いつものレッドなら直視はできるようになってはいるがコレはダメ。直視は目に毒。画面越しや遠くからなら目の保養。
元々顔の作りや顔面のパーツは完璧に近い人間がこういう風にお洒落をしたり着飾ったりするとこういうことになるのだ。それに普段何もしない人に限って本気で装備するとこうなる。
あまりに見慣れない輝いてすら見える姿に、これが有名人や大スターが発する後光なのか…とアヤは思ったところで腕を強めに引かれた。はわはわ口をパクパクしているとそのご尊顔が本当に目の前にあって。
そのまま口をレッドの口で塞がれた。いや、呑まれた。軽く舌で舌を撫でられ歯列をなぞって唇を舐められて呆気なく離れて行った。え、何した?
「お前は本当に俺の顔が好きだな」
「……………」
「…アヤ?」
「卑怯だと思いますッッ!!!!」
「バカな事言ってないでさっさと行くぞ」
「あ、ハイ」
顔が熱くなったりすん…と真顔に戻ったり忙しい。
そんなアヤを見て「まぁ…」とアシマリは驚いた顔をしており「あれ通常運転だから。俺達いても関係ないから早く慣れた方がいいよ」とピカチュウが言う。そんなピカチュウは何故か尻尾と耳に大きなリボンが付いているが何故だか誰も触れない。それはそれでむかついて、「何で誰も触れないんだよ俺ピカチュウだよ?世界的に人気なマスコットポケモンだよ?」と文句を言っている。
プンスコ怒っているピカチュウにレッドと呼ばれている一見無表情で無頓着そうなその青年。
けれど出会った時から彼らを観察して見ていたから分かる。
二人はアヤを大切にしてくれている。
「…………マリィ」
そう、あなたも大切な人にあえたのね。
アシマリはそんなアヤを見て、満足そうに微笑んだ。
変装
神様は人によっては三物も四物も与える