act.37 本来の姿さえ知らず
真夜中の時刻。
人通りもそんななさそうなライモンシティの入口から少し逸れたところにアヤ達は来ていた。
アヤ達ともうだいぶ離れた草むらの奥でゾロアークと、そしてゾロア自身が使っていたモンスターボールを首に結んだゾロアが遠ざかっていく。彼が最後のして欲しいことを、許して欲しいことをアヤにダメ元で伝えたが彼女は二つ返事でボールを差し出したのだ。
人のポケモンであった事の証を欲しがるポケモンは多い。
何かの理由で自分のトレーナーを亡くしたポケモン達はその持ち主の遺品を生涯大事にするポケモンが殆どらしい。ゾロアもその内の一匹となった。
真夜中の薄暗い視界の中、もう遠くなったゾロアが不意に立ち止まった。何となく、不自然な立ち止まり方をしたことがわかった。振り向いて「ごめん、」と一言呟いたのがわかって一瞬手を伸ばそうと反応しかけたが、ふと手を伸ばすのを彼女はやめる。
ゾロアの隣を歩くゾロアークがアヤ達に頭を下げたのを最後に、ポツポツと淡く紫色に発光する炎が現れ、遠くの方でぼんやり揺らめいている。その不思議な色の炎を眺めていると、不意にレッドがはっとしたように肩を揺らした。素早くポケモン図鑑を開きゾロアークに向けている。
「…………?」
今更どうしたのだろうかと思っていると、もう遠すぎて小さくなったゾロアークの姿がイリュージョンとはまた違う、紫の炎が燃え広がり姿を変えた。
その姿は今までの黒い毛並みとは真逆の、真っ白の毛並みを携えているが姿はゾロアークだと何となく認識できる。元々色違いの個体だったのか、イリュージョンで姿を外的から守るために変えていたのだろうかと思案する間もなく、今度はゾロアの姿も紫に包まれて姿を変えた。
「え」
黒い毛並みは真っ白へと変わり、長い毛先は赤く揺らめいている。
そうか。あれは、二匹は多分色違いなどではなく、元々そういう姿だったのだろう。
黒い姿しか図鑑でしか見てなかったから、白い姿はもしかしたらとても珍しいのかも知れない。
「………なんだ」
指先に力が入る。じんわり握り拳を作り、ギュッと握る。アヤが小さく、羽虫を噛み潰したかのように呟いたのをレッドは聞いた。
「君は結局、最後まで本当のことを話してくれなかったんだね」
あんなにごめんと、泣いていたのに。
「(嫌われるのが怖いって言ってたのに、)」
あの子は。自分の本来の姿さえ、教えてはくれなかった。
結局、信用なんてされていなかったのかもしれない。
淡く燃え広がった炎は次第に夜の空気に融けて、2匹の姿もいずれ見えなくなった。
本来の姿さえも知らず
(数ヶ月間の本当に短い間だった。けれど自分はあの子の何を見てきたのだろう)