act.36 どんな言葉をかけたら良かったのか




「…ごめ、ん。俺、元居た所にかえる、よ」

「そ、っか」



なんて、そんな予感はしていた。

あれからアヤとゾロア共々、散々わんわんと声を出して泣き啜る限りを尽くし、両者声を枯らしていた。お互いガラガラの声で話し合い、ゾロアはアヤ達と出会う前と、今までの心中を拙いながらも少しづつ話し始めるのであった。

落ち着いて話を聞ける頃にはアヤももうゾロアの人間に化けた姿に慣れたのだろう。相槌を時々うちながら「そうなんだ、大変だったね」など話を挟みながら聞いていた。因みにゾロアを追い込んだ張本人のレッドは一応耳を傾けながらコーヒーを呑気にドリップしている。ゾロアの真意を知れたし、泣いて謝るくらいだから心底反省したのだろうと口を挟む気はもう一切ないらしい。
今回の件はもう過ぎてしまった事。アヤも無事だったことからこれ以上レッドからは何も言うつもりもない。

だけども。

しかしもうゾロアを同行させる気は一切、彼にはなかった。

例えアヤがごねても泣いても許す気は更々なかったし、何よりも自分が心底大事にしている人間が殺されかけたのだからそれは至極当然と言えば当然で。ゾロアのそれが善性もなくただの悪意の塊だったのであればきっと、レッドは(主にピカチュウが)ゾロアを粛清し半殺しにしていた。それくらい、彼にとって許し難い行為だった。

警戒心を全面に出していたせいでゾロアの救難を受ける事が出来なかったのはまあこちらにも非があるけれど、それとこれとは関係なく、ただ意気地がなく勇気がなかったゾロアの責任だった。危ない橋を渡りたくない上に自分の保身に走ってしまった、彼の一歩踏み出す勇気がなかったせい。元々何かを成し遂げる上で何かが犠牲になるのは当たり前なのに、それを良しとしなかったゾロアの我が身可愛さ故の浅はかな判断だった。自分の願いが、希望通りになることはほぼないかも知れない。けれど今回は大きな切り札が近くにいたのに交渉すらしなかった。


それがただ嫌われたくないという理由だけで。


本当に命をかけて助けを乞うなら、それを捨てるべきだったのにも関わらず。

よりにもよって自分を引きずり出す為に、アヤを餌にして駆け引きを行っていた事実にレッドは心底嫌気が差していた。これが人間相手なら確実に殺していたに違いない。

彼はそんな生半可な気持ちでアヤの手持ちとなって欲しくはなかったのだ。

ゾロアもそれはわかっているのだろう。ここにはもう居場所はなく、ゾロア自身もアヤを殺しかけた後ろめたさと罪悪感でこれ以上一緒に居る事は出来ないと感じているようだった。

だから、これ以上はもう何も言うつもりはないし責める気もない。

初めて人間に信頼を寄せ、トレーナーとして、パートナーとして好意を抱いた相手から惜しみ別れなければいけない辛さはポケモンにとって何よりも辛いという。
それはきっと隣のゾロアークを見れば一目瞭然か。彼は未だに遥か昔に死んだ自分のトレーナーだった者の影を忘れられずに、その存在しない影を追い続けている。心に大きな傷を残したままなのだ。それはゾロアークが生きている限り続くだろう。
…アヤは、ゾロアにとって一緒に居た時間こそ短いが、少なくとも心を寄せた初めての人間である。もう一生手持ちに加わることもなければ、自分達が目的以外にイッシュ地方に留まる理由も持ち合わせていない。用が済めばすぐに自分の故郷へ帰る予定だ。

きっともう会うことはないだろう。



「(一生悔い改めて後悔すればいい。)」



ゾロアにとってこれ以上とない罰になるだろう。

彼は興味をなくしたようにゾロアから視線を外し、センターから借りたパソコンを開いて操作し始めた。
そんな主人の姿を見てピカチュウは『ポケモンにはほんっと甘いよねー』などと言いながらジト目で見ながら愚痴を吐いているが無視されている。



「ほんとに…ごめん、ごめんなさ、い」

「うん、分かったから。もういいよ、……泣かないで」



先程からゾロアは謝罪の言葉しか繰り返さなくなった。アヤはもういいよと制止もしているが本人は聞き入れるつもりはないようだった。
いくら謝っても足りない。謝って泣き疲れたのか人型を保っていたイリュージョンも解けた。小さな獣の姿に戻ったゾロアは項垂れていてそれでも震えて泣いている。
震えて泣いているのは、もうここには居られないという思いと、もう会うことすら叶わないという理由だろうか。

アヤもそれをわかっていながら、慰める言葉をかけることができない。
気にしないで、大丈夫だから、もう終わった事だから。なんてそんなのは一切意味が無いし、それを言葉にしてはいけないことを理解している。
むしろそんなことを言えばレッドは「大丈夫じゃない、気にしないわけないだろ」と不快を露にするだろう。

ただ小さな体を撫でるしか出来なかった。




どんな言葉をかけたら良かったのか

(きっと何を言っても薄っぺらく感じるだろう)




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