act.32 言えなかったこと





無事にゲットされたまではいい。

だがやはり青年、レッドとピカチュウの視線はとても痛かった。めちゃめちゃに怪しまれている。

少女…アヤには可愛い可愛いと愛でられているのに何でだ。

本当に、注意深く観察しないとわからないくらい、上手く警戒を隠されているがふとした時に鋭い視線を投げかけられる事があるのだ。恐らく何を企んでいるのか、アヤに危害があるのかを探っている。ゾロアはアヤに危害なんて加える気はないし、寧ろ用があるのはレッド本人である。



『(………目的を、言ってみるか…?信じられないけど彼なら、俺の言葉分かるっぽいしなぁ…)』



そう。ゾロアは信じられないものを目にしたのだ。人間が手持ちのピカチュウを初め、野生のポケモンの声を拾い上げて言葉を解している。人間が、ポケモンの言葉がわかるなんてそんなバカな話あってたまるか。…なんて思ったが、普通にレッドとピカチュウは会話しているし、俺にも普通に話しかけてくる。

助けて欲しい、なんて言ってみるか?だが所詮は人間だぞ。無償で、自身に何も得の得ない依頼を引き受けるのか。



『(………)』



そんなもの、無理に決まっているではないか。

この数日間、彼らと共に過ごしてわかった。彼は、アヤが好きで好きで仕方がない。

きっと可能ならば閉じ込めて人の目に届かないような場所に大事に、大切に保管しておきたい。そんな重たい感情を持っていることに、気配や感情に敏感なゾロアは気づいた。そしてもうひとつ気が付いたが、レッドは基本人間が嫌いで、ポケモンには手厚い。けれど、警戒されているなら話は別だ。折角懐に潜り込むことが出来たのに、目的を知った彼がどのような行動に出るかわからない。恐らくアヤの手持ちから外されて逃がされるだろう。…それだけは避けたい。

どうにかして彼を古代の城まで……家族の、ゾロアークの元まで導かなければ。



『(どんな方法でも良い。アヤを使って、レッドを古代の城へ行かせる。レッドさえ城に入ってしまえば目的は達成できる。多分彼は、酷いことをされているポケモンを見て放ってはおけない)』



ーーああ、俺、凄くイヤな奴だ。



『(ここまで上手くいったんだ。この機会を逃せばきっともう、助け出せない。)』




俺にもっと力があれば、こんな卑怯な真似はしなかったのに。



ーーーこの時、もっと素直に縋っていれば良かった。


彼の事をもっと良く考えれば、こんな卑怯な事をするより最善な方法があったはずなのに。

レッドは一見無感情に見えるが、ポケモンには限りなく優しい。

秘密を打ち明けて、家族を助けて欲しいって、そう頼めば良かったのだ。

アヤも身内には限りなく甘い。ゾロアの目的を知れば助けてあげてよ、とレッドの背を押していただろう。

そしたら、きっと助けてくれたかも知れない。


後悔したのは、アヤが意外にも自分にとって初めて好きになった人間だと知ってしまった時。

何でこんな所まで引っ張って来てしまったんだろう。漠然とそう思った。




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「ゾロア〜起きて、朝だよ。朝ごはん何食べるー?」


「…ロアー」



アヤ達と過ごしてから数週間が過ぎて、何となくこの人間二人はこんな性格なんだなぁと分かってきた頃。
ゾロアは彼らと寝食を共に過ごしてきた。飯なんて個々に食べたい時に食べればいいのに、人間は基本的にまとまって食事をする習性らしい。今もアヤは自分で食べるであろうパンと、ポケモン用のフーズを手にゾロアを寝床から起こしている。

欠伸をして眠い目をギュっと力を入れてから開けば、もう窓から差し掛かる日差しは夜を越えて朝を迎えていた。「もう9時だよ」という声を聞きながらゾロアは辺りを見回せば、いつもいるはずの青年とピカチュウの姿がない。きっといつものフィールドワークというやつだろう。そういえば数日前からレッドがポケモン図鑑と資料を見比べながら「…生息地はここじゃないのか…?」とボヤいていたような気もして、少年が何をしているのか気になったゾロアは1度だけアヤと一緒に彼の様子を観察したがこれまた奇妙なものを見てしまった。

ポケモンの姿が写された写真というものを片手に、野生のポケモンをとっ捕まえて情報収集していたのである。しかしどの野生も「知らないわ」「知らないね」「ここじゃ見たこともないよ」という答えと共に、彼は表情ひとつも変えることなく頷いて木の実を折半していた。この人何でもアリなのかよ。
そしてアヤはそんなやり取りは慣れてしまっているのか何も言わない。寧ろ「あーダメだったかぁー」なんて呑気な事を言っていた。



「……………」



用意してくれたフーズを食べる。自然に実っている木の実は勿論美味しいが、人間が手がけた食べ物も不味くはない。

アヤは基本的部屋の外に行く時は必ず自分と一緒に行動する。それがトレーナーとポケモンの在り方なんだと言われたらそれまでだが、「一緒に行こう」とゾロアを残された部屋に一匹にはしなかった。

アヤにはつい最近まで一緒に過ごしてきたポケモン達がいたようだが、同行拒否されたらしい。ポケモン達と上手くいっていなかったのかとも思ったのだが、そうでもないらしい。それとなくピカチュウに理由を尋ねてみると彼は笑って『お願いしやすいんでしょ。大体のお願いならアヤは聞いてくれるし、勿論大切には思っているけどたまにはトレーナーから離れて違う所で休みたかったんじゃない?言いたいこと言える仲って実は、トレーナーとポケモンってそう多くはないんだよね』と彼は缶ジュースを抱えて言った。



『今まではあいつら、心配なのかどうしても離れられない理由があったんだろうけど、うちの主人が一緒に着いてるなら無理して今回の旅に着いていくことないって思ったんでしょ。……あ、もしかしてキミ、アヤがロクデナシの人間だと思ってる?時々話が通じなかったり奇行に走ることもあるけど悪い子じゃないよ』

『へ…へぇー』



悪い人間ではない。

そんなこと、もう分かっているくせに。

まだ一緒に過ごしてそう時間も経ってはいない。けどこの人間二人と過ごすのは嫌ではなかった。命の奪い合いでははく人間が定めた娯楽目的のポケモンバトルは楽しかったし、それに新しくモノズが仲間になって少し賑やかになったこのパーティーは、安心出来る場所へと日を追う事に姿を変えていった。

自分を抱き上げる腕は、とても優しかった。

深夜の寝静まった部屋でゾロアはアヤの顔の横で丸くなって眠るのがいつもの定位置になっていた。体は動かさずにゾロアはゆっくりと目を開く。カーテンも閉められているし電気も消灯してしまっているから視界は悪いが、夜目がきくゾロアにははっきりとアヤの顔が見える。彼女は穏やかに眠っていて、それを確認して息を深く吐く。

嘘を着くことが、苦しくなってきた。

アヤは、好きだ。

家族とはまた違った大切な感情だった。

自分が思い描いていた人間とはだいぶ違っていたし、トレーナーを持つとはこういう気持ちなのかと。

もし、本当の目的を知ってしまったなら、この子はなんて思うのだろう。騙された、利用されたとそう思うのだろうか。



「信じられない。嘘ついてまで仲間になりたかったの」



自分の目的を達成するために仲間になって、懐いたフリをしてきた。

それを知った彼女はたぶん、傷付くだろう。



「勝手にすればいい」



傷ついて、嫌な顔をして、冷たく吐き捨てるように言うだろう。

今まで笑って優しく撫でてくれた手がすり抜けるのを感じた。

一度だって向けられたことがない顔で、冷たい視線を自分に向けるのだろうかと考えたら怖くなった。



『(自分だって二人を騙してたくせに。嫌われるのが怖いなんて。なんて自分勝手な、)』



今更、言えなかったのだ。







言えなかったこと

(自分が二人を騙して利用してるくせに、いざ自分が嫌われそうになると怖い。なんてガキくさいことをしたのだろう)




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