act.31 本当のこと
ゾロアは、人間がそんなに好きではなかった。
まだ幸せに満ち足りていた頃、沢山いた家族達と毎日を楽しく過ごしていた。
森の中には食料には困らない程の木の実があり、生活していくだけなら文句のひとつもない。あれだけ人間に対して警戒が強かった自分の種族達も時代が進むにつれて、人間に友好的になっていく。
たまに近くに住んでいた人間の子供が時々遊びに来て、まだ幼体のゾロア達と日が暮れるまで遊んで、そして家族達の元に帰る。
仲良くなった他のゾロアが人一倍人間の子ととても仲良くなって「この子と一緒なら大丈夫だ」と、一緒に生きていくんだと意気込み家族から去っていく。
家族の元から出ていく者に対して敵対心もなく、なんなら「元気でね、頑張ってね」なんて喝を入れられて送り出される。
中の良い兄弟や、良くしてくれていた大人のゾロアーク達も未練なんてないといったように家族の中からいなくなっていく。
なんて薄情な。それを他の家族に話したら、「そういう訳では無い」と。
「確かに我々の考えは珍しいものかも知れないが、我らの集落の先祖は元々金剛団のポケモンだったんだよ」と教えられた。
『金剛団って?』
『まだシンオウ地方がヒスイの地と言われている頃だったか。そこの集落のポケモンの事さ』
『…ふーん…』
『人事じゃないぞ。お前さんのその毛並みの色もヒスイの名残りだ。いいか、良い人間も勿論いるがそうじゃないのもいる。今じゃ珍しいどころの騒ぎじゃないんだから、人前に出る時はこの時代に合わせろ』
その金剛団とやらのポケモンとして過ごしたゾロアークは2体いて、主人が寿命で死ぬとその残された子供のポケモンとしてお互いに支え合いながら生きてきた。
そして長い長い年月を人間と過ごしながら、他のポケモンと混じり合いながら子供を増やして、家族を増やして、いつしか人の手を離れて、それでも大変な時は人もポケモンもお互いを助け合いながら生きてきた。
だから我々のこの集落のゾロアやゾロアーク達は人が好きで、積極的に関わろうとしているんだよ。悪い人間も勿論沢山いるが、それと同じようにいい人間も沢山いるんだ。彼らに関わると色んなものを経験できる。野生ではきっと体験出来なかった事も沢山見れるし、感じれる。俺の主人ももうとっくの昔に死んじまったけど、良い人間だったよ。…何で今はここにいるのかって?
人間の寿命はな、恐ろしく短い。
俺達が予想しているより短い。それが病気にかかってるなら更に短いんだぜ?
別れが、怖くて辛いんだよ。俺はもう彼らの最期を見るのはごめんだから。
だから人間とはもう一緒に過ごさないんだ。
死んじまった時はそれはもう哀しくて、辛くて、俺も一緒に逝けたらなぁって思ったんだよ。
でもなぁ、それをあいつの子供は許してくれなかったんだ。今まで一緒にいたのに、死んじまったから話もできねぇし顔も見ることもできないんだぜ?
辛くて辛くて、ポケモンバトルでボコボコにされる時よりも数倍、凄く凄く痛いんだよ。心が。まだボコボコにされた方がマシって感じ。
ボコボコにされてあいつが戻ってくるなら何度でも、いくらでもボコボコにされてやるのにな。
だからもう俺にはトレーナーは要らないんだ。
ゾロアはそんなゾロアークの顔を見て、結局人間をあまり好きになれずに過ごしてきた。
『逃げろ!』
そんなある時、残された最後の家族の一匹であるゾロアークがよく分からない人間に捕まって連れていかれた。
彼はゾロアの親でもあり兄弟でもあり互いに助け合って生きてきたのに。
まだ力もなかったゾロアは言われるがまま逃げるしかなかった。
ゾロアークを連れて行った人間は今まで出会ったどんな人間よりも、冷たくて乱暴で危険きまわりない。やっぱり、人間なんてろくなもんじゃないじゃないか。
怒りが募る。人間にも、弱い自分にも、何も出来なくて嫌になってくる。
ゾロアークを連れて行った場所は古代の城だ。決死の思いで尾行して突き止めた場所だ。普段は人間の観光地として賑わいのある場所だから、この下に研究所があることすらも知られていないのだ。
自分一人では助け出すことは不可能に近い。他の仲間達に頼ろうにも、既に人間と共に旅立ってしまった後だから行方もわからない。強者の野生ポケモンと手を組もうにも、こちらから交換条件を出せない。何せ差し出せるものがないからだ。寧ろデメリットしかない。良い方法がないまま、ゾロアは古代の城を後にした。
そして暫くして、森の野生ポケモン達から風の噂で「死ぬほど恐ろしく強いポケモントレーナーが最近ここいらで猛威を奮っているらしい」と聞きつける。
「…………ロゥア」
ーーーこれだ、と思った。
人間は嫌いだ。だけれどもう手段は選んでいられない。
自分がその人間の手持ちに加われば、その仲間達をどうにかして古代の城へ向かわせれば上手くいけば一網打尽にできるかもしれない。
「その人間は鮮やかな赤い瞳にとんでもないピカチュウを連れている」と。
ゾロアは早速その人間を探してみることにしたが、案外発見は早かった。それはその人間がバトルをすれば大きな痕跡を残すからだ。ピカチュウの電力がしばらく残っているのだ。恐らく力が強大過ぎてすぐには静電気などの痕跡は消せない。
幸い場所はここからとても近かった。
バトルの痕跡を辿れば、すぐに発見できた……が。
『(ーーーあれ?あいつ、ほんとうに人間なの?)』
草むらの中から気配を殺してその人間を観察した結果、噂の人間はどうにも人間とは思えないくらい、人間味がなかった。感情が欠落しているような冷たさを感じる。
今まで見てきた人間の中で感じたこともない変な気配もするし、一番不気味だった。
ポケモンじゃないただの人間なのに、立っているだけで威圧感が凄い。自分よりも遥かに大きくて得体の知れないものがいるような感じだ。
そして人間もヤバいがその肩に乗ってるピカチュウもまぁヤバい。見るだけで戦闘能力が計り知れない。
ひとまず、噂は本当だったということだ。
だがしかし問題はここからだった。
『(アレの仲間になる…?いや、ムリ…)』
ゾロアは早くも自分があの人間の仲間になるという算段を諦める。
恐らく自分なんか必要とされないだろう。
そこら辺のトレーナーが無謀にも勝負を挑み、開始から数秒で相手を戦闘不能にしているピカチュウを見てゾロアは震えた。これは相手が弱ければ弱いほどトラウマになるだろう。ゾロア自身も最悪戦って仲間入りしようと考えたがその考えは一蹴りした。
なら素直に協力を頼むか…いや、人間に素直に頼み込むなんて冗談じゃない。そもそも言葉は通じないだろうし、それこそ野生ポケモンと同じように相手にとってメリットがない。だけども強さは一級品だ。どうにかして懐に入り込む事が出来ないものか…。
「お疲れ様ー!さっすが、一瞬で終わったねぇ…」
「ピッカ!」
「ここら辺はまだ駆け出しのトレーナーが多いからだろ。充分に鍛えられてる訳じゃないから、ピカチュウの攻撃に耐えられないだけだろう」
「まぁ…ピカチュウと比べたら、そりゃあね…(ほとんどのトレーナーを体当たりか電気ショック一発で沈めてたもんね…)」
「ピカー!ピーピカ」
「うん、凄いねー!カッコイイよピカチュウさーん」
「チャァ」
「………おい、あまり甘やかすな」
「レッドだってサイコソーダで甘やかしてるのでは…」
「これは褒美と労りだ」
「甘やかすのとどう違うの……?」
噂の人間はどうやら一人だけではないらしい。ポケモンバトルの連戦が終わると観戦者の中から一人の少女が近寄り声をかけた。どうやら連れがいるようだ。
これまた少女は無表情の少年と比べて随分明るい性格をしているようだ。疲れなんて全くなさそうな連勝したピカチュウが少女に駆け寄り両手を伸ばし、それを見た少女は笑ってピカチュウを抱き上げる。少女に頬と頭を撫でくり回されているピカチュウに、トレーナーである少年はバッグから何かを取り出して(それが後から缶ジュースである事を知った)それを手渡している。
『(名前は、レッドって言うのか)』
少女が少年をそう呼んだことから名前は分かったが、問題の仲間になる策が全く浮かばない。何か、良い案は無いものか、と思ったところでゾロアはふと、見た。
少年というより、彼はもう青年に近い。先程よりも目元を和らげて冷たい雰囲気が和らいでいることに気付いた。
重たい威圧感もなくなっている。なんだ?とゾロアが思ったが、よく見たら青年の視線がずっと少女に向けられている。
『(なんだ、思ったよりも簡単そうだな)』
彼は少女に大層ご執心らしい。
その赤い瞳に色んな…気持ち悪い程の色んな重たい感情が宿っているのを感じたゾロアは、仲間入りは案外上手くいきそうだ、とほくそ笑んだ。手持ちになるのはあの青年ではなく、少女の手持ちになろうとゾロアは思案した。そちらの方が難しくなさそうだ。寧ろ少女の手持ちになることが出来れば、少女を通して彼を簡単に操れるかもしれない。あとは少女がトレーナーであればいいのだが……いや、トレーナーでなくても、自分のポケモンを欲しがっていれば好都合だ。
しかしその不安は杞憂に済んだ。
彼と少女の後を数日間尾行してわかったこと。
『(…………あの子、自分のポケモンを持ってないのか)』
少女はアヤと言うらしい。
彼、レッドとは歳はきっと近いだろう。彼は奇妙なことにピカチュウ一匹しか手持ちに加えていなかった。おそらく他のポケモンもいるだろうが、何故一匹しか連れていないのかはわからない。
そしてそんな彼女は、彼とピカチュウをここ数日間羨ましそうに何度も見ている。彼女はポケモンを持ってはいなかった。そしてきっと自分のポケモンが欲しいのだろうと観察していてわかり、ゾロアは口角を上げる。なんて自分にとって都合いい人間なのかと。
あとは、できれば彼が少しの間少女から離れてくれればいい。
野生のポケモンが彼らの前に出てくる事がないから(人間とピカチュウの威圧が恐ろしくて草むらからそもそも出てこないことに気付いた)わからないが、野生ポケモンが飛び出してくればピカチュウが問答無用で攻撃してくるかもしれない。そうなれば自分に勝機などひとつもないので彼らが離れれば問題ない。その間に少女のボールに収まれば作戦は成功である。
なんて思っていたら初めて彼が少女の傍から離れる事があった。
『(天は俺の味方をしている…!2人が帰ってくる前にどうにかしてボールに…!)』
恐らく気がせいていたのだろう。
彼が離れたその後の事をあまり考えていなかった事を思い出した。どうやってボールを出してもらおうだとか、いきなり近付いて少女に警戒されればゲットされるのも叶わない。慌ててる内に何故だかゾロアの特性イリュージョンで少年の姿を映し出し、草むらから出てしまった。
こうなればもう勢いで、この姿のままだったら警戒もされないだろうし話しかけて荷物を探れば……。と、考えてる内に少女の視線がこちらを向いた。お互い暫く無言になり、ゾロアが意を決して声をかけようとしたが目の色を変えた少女の飛び蹴りが直撃してイリュージョンが解けてしまった。
まだ俺、何もしてないんだけど。
なんて日だと思いたい。
細くて華奢な見た目をしている割にはなんて力だ。数メートル吹っ飛んだがそんなに痛くはなかったからこれ幸いとして。
少年の姿をしたポケモンだと知った少女は焦り、「え!?ごめんっ……ポケモン!?大丈夫!?」と狼狽えている。そして死んだフリをとりあえず続けている内に少女は慌てて鞄を漁り出した。傷薬を探しているのかもしれないが、別にポケモンの受けた傷ではないから薬なんて使っても効果はない。彼女が何かを探している内に鞄の中のものがボロボロと零れてきて、目当てのものが視界に入りのそりと起き上がった。
少女は「は、」と何か小さく呟いていた気がするけど、ゾロアは自分には絶対に縁がないと思っていたモンスターボールの開閉口に鼻を押し当てた。
本当のこと
(そうだ。彼にとってその人間二人は実に都合の良い存在だったのだ)