act.28 正体不明のポケモン





一方その頃。




「ふんぬっーーー!!!!」



バキィッッ!!とけたたましい音を立て、なんとアヤがとある部屋へと通じる扉のドアノブごと破壊した。やっべーー!なんて心の中で叫びながらまあ今は非常時だしモーマンタイだね!!と適当になかったことにする。
ピカチュウはそんなアヤを少し後ろから笑って眺めており「逞しいなぁー俺より逞しいんじゃない?」なんて思われていることは知る由もない。

あの後、アヤ達はダストダスの放った高密度の毒ガスから逃げに逃げ、廊下に偶然設置された排気口のレバーを作動させた。勢いよく毒ガスが排気されていく
中、ピカチュウはこれは好機と遠く離れたダストダスに向かって波動弾並のスピードで放たれた轟速エレキボールをダストダスに直撃させたのだった。体力が化け物並みに強化されたダストダスは辛うじて戦闘不能にならず動いていたが、これまた轟速で放たれたエレキネットで行動不能にしてしまった。このピカチュウ、何をしても規格外すぎる。とてつもなく恐ろしい速さだった。



「ゾロアどこに行ったんだろう…足も折れてたからそうそう移動なんて出来ないはずなのに…」

「ピカ、ピカピカ」



一人と一匹で研究所の中を練り歩く。
この古代の城を拠点としたポケモン研究所は、案外そう広くはなさそうなのでゾロアを見つけるのには時間はかからなさそうだ。とりあえず骨は折れていて大怪我は負っているので早く連れ戻してポケモンセンターに急行したかった。
それにゾロアを見つけたら、古代の城に何の用があったのか聞かなくてはならない。

あの時、城が半壊してゾロアが埋まった時は本当に生きた心地がしなかった。もしかしたら死んでいたかも知れなかった。話を聞く前に説教が先だと思いながら。

アヤが壊したドアノブの部屋一つ抜けて、更に奥にはガラス張りで出来た研究室が見えた。自動扉で開いたそこを躊躇なく進み辺り一面をぐるりと見渡した。まだここらのラボはポケモン達に破壊されていない綺麗な状態である。



「水槽……水ポケモン専用ラボってとこかな」



一面ガラス張りの中、水ポケモン達の姿が複数確認出来た。全て眠っているようだった。真っ青なブルーライトで薄ら光が当たる水槽はまるで水族館のようだが、如何せんここは非人道的なポケモン研究施設である。娯楽とはまた正反対なので囚われているなら早めに解放しないとポケモン達も危うい。

今このガラスを壊したら大量の水が溢れてきて危険な為、破壊する事は出来ないが何か排水出来るボタンはないかとアヤは探し出す。ピカチュウも肩に乗ってアヤの手元や機械を見るがそればかりは文明の利器にはさすがのピカチュウもサッパリである。


コンッ、コンコン、コン、コンッ、



「ピ?ピカ、ピカ?」

「……ピカチュウ?」



その時微かにコンコン、と何かを叩く音をピカチュウは拾った。

黄色い細長い耳がピクピクと動き、音の発生源を探る。キョロキョロ周囲を探り出したピカチュウにアヤも一緒になってなんだなんだと当たりを見渡し始めた。ピカチュウが警戒している訳ではないから、敵では無さそうだと思いながら。

音の発生源を辿り、ガラス張りを抜けた先に小さな部屋があった。
本来なら何重にも鍵が掛けられていたであろう扉は全て解除され、容易くその部屋へ入る事が出来たのだった。

綺麗に解除されている扉に疑問を感じつつも、そこには複数のコードに繋がれた壁一面の大きな水槽が一つ設置され、コンコン、と何かを叩く音はその水槽を叩く音だった。言わずもがなそこには水ポケモンが捕獲されていたが…。



「………?イッシュ地方のポケモン…?それか別地方の子かな。見たことないや」



青い小さな体にピンク色の鼻先。カントーやジョウト、シンオウ地方では見かけた事がなかった為、アヤの知る地方では生息していないポケモンなのは確かだった。
アヤが水槽に気付き、恐る恐る近くに寄った為、その水槽の中にいるポケモンから顔が見える距離まで近付いた。平べったい青い小さな手で水槽を叩くのをやめてアヤを穴が空くほど凝視している。うんともスンとも言わないそのポケモンにピカチュウは訝しげに見ていたが、どうやら敵意は無さそうである。

一体なんなんだとピカチュウは唸るがその青い小さなポケモンはピカチュウに目もくれなかった。

水槽のポケモンはしばらくアヤの“顔”を凝視してから、そして徐々に呆然とした表情を浮かべーーー突如泣き顔へと破顔した。



「えっ、えっ!?」

「ピィカ……?」

「いや何もしてないよっ!!?えっ!?」



青いポケモンはわんわん泣き出したのだった。
水が張った水槽の中の為、声は聞こえないがきっと金切り声で叫んでいるに違いない。水槽の前でアヤはたじろいだ。ギャン泣きするこのポケモンにはアヤは一切面識も見たこともないのだ。ピカチュウに何かしたのでは…?とあらぬ疑いの目をかけられて全力で否定する。

そのポケモンの表情は、悲しさの表情が勝っている気がするが、何か他にもあるような…。



「(安堵………嬉し………え、なに?)」



何となく、何となくだ。泣いている理由は全く分からないが、その姿を見ていたら漠然と悲しさの中に安心と嬉しさのような感情が流れてきた。

何なのだろう。ポケモンの特性のシンクロに近いものなのかもしれない。見た目は水ポケモンだがもしかしたらエスパータイプも兼ね合わせているのかも…。

アヤは部屋の周囲をぐるっと見渡した。見た感じこのポケモンだけ大きなガラス張りの水槽の部屋とは隔離されているような感じだ。もしかしたら見た目にそぐわないがとてつもなく危険なのか、特別に研究されている個体なのかも知れない。水槽から出してやりたいが出した瞬間にどうなるか分からない。そしてこの手の培養液や水に浸かっている研究個体は下手に手を出さない方が良いと記憶の片隅にユウヤが呟いていたのを思い出した。今はゾロアを先に回収するのが先だ。その後はジュンサー達が研究所のポケモン達を保護するだろう。

この部屋は後にして先に目的を果たしてしまおう、と思ったところでドタドタと複数の足音が近付いてきた。



「おい小娘!こんな所で何やってる!!」

「いきなりポケモン達が暴れ始めたかと思ったら…でもここのラボは大丈夫なようですね」

「…?不思議ね。他の捉えたポケモン達はゲージや捕獲装置が壊されているのに、ここはまだ無傷なのね」



何か嫌な予感が…と思えばその原因は直ぐに現れた。煩くなった入口を見ればばっちりここの施設の研究所です、と言わんばかりの複数人の白衣を着た大人達が息を荒くして立っていた。
それぞれが着ている白衣が汚れていたり所々切れたりしているのを見て、きっとポケモン達が脱走した際に抵抗して反撃されたり攻撃されたりしたのだろう。手首に包帯を巻いた女研究員がアヤを刺すような視線で睨み付けた。



「…お嬢ちゃん?子供はこんな所に来ちゃダメでしょう。危ないじゃな《ーーッ♪ーー〜ッッ♪!ーーーーッッッ♪♪☆♪☆☆♪♪》……っーーーー!!??」

「なッ…に!?」

「ーーッ!?」



突如部屋中に超高音波が響き渡る。アヤは咄嗟に耳を塞ぎ、そしてあのピカチュウでさえも眉間に皺を寄せて長い耳を折り畳んでいる。
大気が震えて水槽も高周波でビリビリと震えている。
これは、水槽から…あの青いポケモンが発生源だった。



「(ハイパーボイスか…!)」



これがハイパーボイスなら凄まじい威力だ。小さな電球がパンッと割れたところで水槽にも大きく亀裂が入ったのをアヤは確認した。ギョッとしてこの場を急ぎ離れる為走り出そうとしたが、既に遅く。



「うっ…おおおおおっーー!!」

「ヒィっっーーーー!!」



バリーンッッと水槽が大破する音と共に大量の水が押し寄せてきた。研究員達は悲鳴を上げながら水に流され、しかも一つ手前の部屋の水ポケモンが収容されていた水槽部屋も壊れたらしい。水槽から出て眠りから覚めたポケモン達がこれまた暴れているのか研究員の悲鳴が聞こえる。そして追いかけ回されて直ぐにラボから撤退したらしい。
アヤも水に飲まれて多少は流されたが、何故だか青いポケモンが居る入口付近までしか流されていない。ピカチュウもアヤの肩にしがみついて流されるのを阻止したようだが、フルフルと体の水気を落としたピカチュウはふと、アヤの周囲に薄い膜のようなものが張ってある事に気付く。……これはポケモンの“守る”だ。自分は守るなんて使えないし、一体誰が…と思案するがその犯人は直ぐに分かった。



「ゴホッゴホッ…た、助かった…一体全体何が起こって…」

「マリ」

「!?ビックリしたッ!?あっ外に出れたの?良かったね…!」

「マリリ!マリ」

「それにしてもさっきのハイパーボイスは凄まじかったね…あの破壊力は今まで見たことないよ…結果的にあの人達と戦わなくて済んだし助かったよ。ありがとうね」

「マッ…マリ!マリ!」

「………、?……ピィカ…?」



床に座り込むアヤの目の前に、先程の青いポケモンが下からアヤの顔を覗き込んでいた。恐らく人間に友好的なポケモンなのだろう。敵意がないことを確認したアヤは軽くお礼を言って立ち上がれば、そのポケモンも慌てて短い足を使って後を追いかけて来る。
何かを訴えるような声に振り返って足を止めれば、アヤの足にギュッとへばり付き号泣し始めてしまった。



「マリリ、マリ、マリリッ……!」

「ピ、ピカ……」

「え、えぇ…?さっきからどうしたの…外に出たいのかな…」

「ピ、…」



ピカチュウもこの青いポケモンは敵意はないことは理解したが、どうにも腑に落ちない事と、理解出来ないことがあった。

「アヤ」と、名前で呼ばなかったか?

ピカチュウはここの部屋に来た時点で一度もアヤの名前を呼んでいないし、名前を名乗ってもないのに。

ふと、思い出した。

まだ数分前の水槽の中に居た時、こいつは水の中で声は出せはしなかったもののアヤの顔を見て、何かを呟いていた。短く、口角数を思い返せばそれは名前だったのかもしれない。だとすればもしかしたら、アヤは忘れているだけで昔会ったことがあるのかも知れない、とピカチュウは結論付けた。



「うーん…じゃあ一緒に外まで…いや、ポケモンセンターまで後で一緒に行こうか。キミもずっとここに…水槽に入れられてたんでしょ?体に異変があったら大変だもんね」




ずぶ濡れになった服からは水が滴っており、着物のようなデザインをした長い袖はとても重い。出来るだけ絞って水気を出すと幾分かマシになったがそれでもまだ重い。ふう、と一息着いて未だに泣き続ける青いポケモンを抱え上げ、アヤは濡れた前髪を払う。しかし全身ずぶ濡れになったのには間違いなくこの後レッドからお咎めを受けるのは免れなさそうだ。

一つ良かったとすれば今の地方は基本的暖かいし、今日は暑いくらいだ。髪くらいなら少ししたら乾くだろう。その点に関しては良かった、と思えるのだった。





正体不明のポケモン

(その子は、アヤの顔を見て嬉しそうに、 それでいて悲しそうに、笑った)




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