act.27 バトルマスター




バキっ、ゴキッ、と嫌な音が響くのを感じながらモノズはミネズミやニャルマーと言った比較的体が小さくてまだ進化前の野生のポケモン達を背後から一撃で沈めていく。未だに城の中からワラワラと凶暴化状態のポケモン達が出てくる中、周囲のトレーナー達は数の多さに為す術なく苦戦を強いられているがレッドは涼しい顔をして戦い続けるモノズを観察していた。



「(やはり…短い期間だろうがNの所で視覚補助のトレーニングを積んで来たのは良かったな。きちんと戦闘を行う上で活きている)」



スピーダーで強化した素早さは進化前のポケモン達には多少勝っており、しかも戦って傷を負った真後ろから奇襲をかけて一撃で沈めている為攻撃を貰わない。

因みにNから譲り受けたモノズをその日の内に身体ステータスをざっと確認したレッドは、特攻より物理攻撃の方が数値が高いと知り指示しているのは全て「ダメおし」だけだ。
しかもこのモノズ、気配に敏感で第六感も優れているのか直感力や回避力も桁違いだった。レッドが細かく指示を出したり立ち位置を調整するような計算をしなくていい。これは嬉しい誤算である。

その直感力で底上げされた気合いだめで急所が狙いやすくなった上、既に他のトレーナー達と戦い傷を負ったポケモン達には「ダメおし」の2倍の威力で攻撃される野生のポケモン達は呆気なく蹴散らされている。そんなこんなでレッドが広場に着いてから大体の幼体であるポケモン達は戦闘不能になり、その分モノズの経験値がメキメキ上がって行った。

突如正面から飛んできたエルフーンの猛打の葉っぱカッターをモノズはギョッとして構える。難なくレッドの指示で龍の息吹で相殺し逃げ道を作り、ついでに死角を作るのも忘れない。モノズの吠えるで一瞬エルフーンが怯んだ隙に頭突きからのダメおしで背後の炎ポケモンと乱闘中であるトレーナーの元に吹っ飛ばし、火炎放射の中に放り込んだ。そしてその一撃でダウンした。(※レッドは基本的な戦闘スタイルは一撃必殺か即殺、秒殺が好ましいと思っていると知っておいて欲しい)

するとまたメキメキとモノズが成長し、ふるふると身体を震わせた。



「!“奮い立てる”か」



モノズからも「今ならもっと強い力で噛み付く事が出来るようになった」とレッドに伝えるとこれは丁度良い、とレッドは頷いて思った。
モノズを呼び戻したレッドは首に下げた黒いメガネを預かり、今度はバッグから拘りハチマキを出した。それをモノズの首に軽く結わう。

普段レッドはバトル中は道具をあまり使ったり持たせる事はしないが、今日初めて道具をこんなに使っている事に気付いた。今日限りだと思いたい。
ポケモンバトルでこんな事をされたら確実に相手は白目を向く(実際に過去に最強の鋼使いDAIGOと過去にバイビーボンジュールが口癖だった黒歴史を持った幼馴染が涙目になっていた)無慈悲な指示をモノズへ出した。



「モノズ、限界まで積め」



そうして一方的な蹂躙が始まる。

レッドが指さしたのはタブンネが束になって複数のトレーナー達と乱闘してる場だ。
タブンネ達はトレーナー達がギリギリまで体力を削って貰うのを待つことにしてその間に「奮い立てる」で攻撃と特攻値を限界まで積み上げ始める。ふるふると武者震いのように震え続けるその姿はアヤが見たら「可愛い!!プルプル可愛い!!」と叫んでいただろうが、如何せんこれからすることは全く可愛くも何ともない狩りだった。

そろそろスピーダーの効果が切れる頃だった、とレッドは再びスピーダーをモノズへ使用すると同時にモノズは駆け出した。

背後から奇襲を受けた全てのタブンネを凶悪なダメおしで一発KOしたモノズに大量の経験値が身体に流れ、細胞が急速に活性化する。そしてそのタブンネの中に一際大きな姿の違うタブンネに似たポケモン(後にそれがメガタブンネだと知った)もゴリ押しのダメおしで呆気なく沈める。可愛い見た目とは裏腹にフックと上段蹴りで突っ込んできたメガタブンネも凶器と化したダメおし3発で吹っ飛びKO。メキメキと急成長する体の変化にモノズはソワソワと落ち着かない。もしかしたら、もしかしたら、と期待する。

そしてアバゴーラとワルビアル、イワパレスも沈めた所でモノズの体が眩く光出した。ゆっくりと身体の造りが変わり、光が収まった頃には頭が2つに別れた。あっという間にジヘッドになったモノズはフリーズした。



「よくやった」

「ドララ、ララ…!」

「!本当か?」



いつの間にか傍に来ていたレッドが少し大きくなった背中をポン、と労わるように叩く。進化した事実が信じられなくて同じ意志を持ったもうひとつの自分の頭を“凝視”
した。そう、見えるのだ。景色が、うっすらと見える!2つのうち一つの頭部…要は新しく出来た頭部から視覚出来るようになったのだ。視野は片目だけだが、それでも、それでも!

進化したジヘッドは興奮してレッドに前足を一生懸命上げて訴える。目が見える、と。色ってこういう事をいうのか。空はこんななのか。景色ってこんなにめ綺麗なのか、自分の両手は、顔はこんな形をしているんだ。新しい主人は、こんな顔をしているのか。鮮やかな色を持った人だった。

感極まって号泣するモノズにレッドはあやす。泣いている暇は無いと。



「まだやれるか?」

「ドララ!」



もう恐れたりする必要はない。当たり前の物を持っていないことに悲観することも無い。

ジヘッドはまだ残っている暴れ続けるポケモン達へ突っ込んで行った。





**********************
****************
********



「…………は?」



ベテラントレーナー達は広場で唖然と立ち尽くしていた。
今や古代の城から這い出てきたおかしくなった野生のポケモン達は、気を失って床に大量に転がっている。
戦っていた場所は既に静寂としているが、瓦礫救助を行っている場所からはまだまだ落ち着くには時間がかかりそうだ。

いや、それよりも。



「何でセキエイリーグの…バトルマスターが…!?」

「やっぱりあれ、バトルマスターだったよな…?」

「何でこんな所に!?」



昔、ワタル率いるセキエイリーグの四天王達を最年少で突破した少年がいた事は全世界で有名だ。カントー地方出身で、しかもその頃一般市民に猛威を奮っていたロケット団という犯罪組織を、当時まだまだ子供だった彼が一人で殆ど壊滅させたらしいと。

数十分でチャンピオンを破った彼は瞬く間に消えてしまい、一時期世間から消えて時の人となったのだが…。

そんな今の彼は、ある時突然メディアに現れて各地方の全てのチャンピオンを初見で、しかも最短スピードで倒してしまうという偉業をやってのけた。
それはあまりにも強すぎる為、チャンピオンと言う枠に入れることすら当時は本部から異論の声が上がり、そんな彼の為だけに作られた称号であり階級。

全チャンピオンの頂点“バトルマスター”という称号を付けられたのはそう遠くない話である。
そんな彼はまた恐ろしいスピードでバトルタワーの最高闘技師に君臨し、素手で岩を破壊できるし生身でも強いし何よりあのシロガネ山に数年籠ることができる超人らしいと。もう生ける伝説と世界共通で恐れられている。

そんな伝説はいつの間にかひょっこりこの騒ぎの中現れて(発見した時は目を疑った)、明らかにまだ育っていないモノズ一匹で大混乱と化した戦場を一方的に鎮圧した。
え、モノズ一体でそんなことできるの?と疑問に思うレベルだった。そもそも彼の手持ちにはモノズなんていなかった筈だ。エリートトレーナーや、リーグ挑戦を目指すトレーナーは各地方の四天王やチャンピオンのステータスを充分に確認、解析している。それはレッドも該当しているのだが。



「(いや待て…もしかして、さっきの異常に強いピカチュウって…)」



あの強さのピカチュウは野生にはまず見かけたことも無いし、他のトレーナーと戦ったピカチュウもあんな破格な個体は見たこともなかった。
巨体をあっという間に戦闘不能にしたピカチュウはあの後気付けば姿が見えなくなってしまったが、十中八九彼のポケモンで間違いはないだろう。

あれがチャンピオン級のレベルなのか。ベテラントレーナーの男は乾いた笑いで生唾を呑む。



「あれ……勝てるヤツいるのか……?」



レッドと進化したジヘッドは、自分達があんなにも苦戦した暴れるポケモン達を容易く次々に撃破し、半壊した古代の城の中に颯爽と入っていった。

男の呟きは周囲のバトルマスターがいた!と興奮して騒ぐトレーナー達の声に掻き消されたが、彼の戦いを直に見れたのはきっと幸運だ。モニターやテレビ越しに見るのとではやはり大きく違うからだ。彼が何故ここにいたのかは分からないが、非常に自分は運が良かった。きっとこの中にもリーグを目指すトレーナーがいるなら、自分と同じ気持ちだろう。

手持ちのゼブライカも頭をゴスゴスと擦り付けて鼻息荒くしている。



「やっぱ…すっげー…!バトルマスター…!カッケー…!」



汗をびっしりとかいた掌を握る男の声はやはり周囲の声に飲まれて行った。





バトルマスター

(戦う、という点について彼は天才だった)




- ナノ -