act.26 強くあれ
その頃、レッドは迷いの森でポケモンの調査をしていた。
まだ図鑑に登録されていないポケモンがあと一体。軽くその個体の特性や危険性があるのかないのかなどを調べ、分布を登録し記録を送信するだけの簡単な仕事だ。後の詳しい調査は博士や調査隊などが行う。
「(…………俺がするような仕事か?)」
いや、どう考えても自分がするような仕事ではない。駆け出しのポケモントレーナーでも出来ることを何故自分がしなければならないのかと思いつつも、ポケモンの事を知り尽くしたいレッドとしては嫌ではないがまぁ腑に落ちなかった。
「ドラ、ドララ、」
「?お前、ここに来たことがあるのか」
「ドラ!ドラ、ララ」
「……まだ両親が息災の時か」
「ドララ、ラララゥ…」
「…………そうか」
ボールから出して連れ歩いていたモノズを足元に森の中を進んでいく。
調査を進めながらレッドはモノズと会話をしてコミュニケーションをとる事にした。
数日前からひょんなことから仲間になったモノズは、最近だと少しずつピカチュウと良く喋っているのを目にする。性格的に控えめなモノズは初め自分から誰かに話しかけるような性格ではなかったが、ピカチュウはあれでいてなかなか世話焼きで話好きだ。他人には興味がないが身内となれば気になったことがあれば臆することなく踏み込むし自分の話もする。
因みにレッドと違い会話の距離の置き方や挟み方…要はコミュ力が高いのだ。
よく観察しているし気持ちにも敏感だ。レッド自身ピカチュウのこのコミュニケーション力には大分助けられてもいる。そんなピカチュウにモノズも少しずつだが打ち解けているように見える。それならばとても良い傾向だろう。
モノズの両親はもう既にこの世にいないらしい。
激しい生存競走に負け、負傷し飢えたまま仲間や敵に喰われたとの事だ。モノズの進化先をレッドは調べた事があるが、サザンドラは確かに獰猛なポケモンではありそうだ。
恐らく仲間内でも弱肉強食の格差があり、強さこそが正義。弱った者から捕食されて生きる糧にされていくのだろうか。
その獰猛かつ厳しい群れの中で、両親はおらず尚且つ盲目という致命的なハンデを負っているモノズは何故群れを追い出されただけに留まったのか。レッドは一瞬不思議に思ったが、モノズの普段の様子を観察してすぐに答えに行き着いた。
このモノズ、視力以外の五感がズバ抜けているのかまるで盲目ではないかのように接してくる。躓いたり変な方向に歩いたり手探りで移動したりすることがまるでないのだ。群れのリーダーはそれを知らなくて惨めに野垂れ死にさせたかったのか、それとも将来強者になるのを分かっていた上で捕食されないように群れから追い出したのか、その真意は確認出来そうにはないがサザンドラの種族は頭が良いらしく恐らく後者だろう。
レッドは興味深そうに観察するとふむ、と頬杖を打つ。
「お前、磨けば化けるぞ」
「ドラ?」
「もっと自信を持て。目が見えなくてもお前はピカチュウ達と何ら変わりはない」
「、ドララ、」
「それにお前はドラゴンの血も混じっているだろ。ドラゴンポケモンは遥か昔に伝説のポケモン達から生み出されたとされる聖なる生き物だと、そう言われているらしい。邪悪を退ける力を持つとか」
「ララゥ…」
「………強く誇り高くあれ」
これまでモノズは短いながらも生きてきた中で、自分達ポケモンと呼ばれる獣達の言葉を理解する特殊な人間がいることを知った。
一人は前の新緑のような髪を持った主人。
盲目のモノズを産み落とした両親は家族らしいことを一つもモノズに与えないまま、過酷な生存競争の中あえなく命を散らした。まだ親の加護が必要な内に、幼いながら故郷と群れを追い出され死を覚悟していた時期に、Nに保護された。悪い人間達に会うことも無く、運良く自分を大切にしてくれる人間に拾って貰えて良かったと、今でもそれは感謝している。こうして自分は今も生きているのだから。
『モノズ。こっちへおいで、腹が減ったろう』
頭を撫でてくれた手は、自分に与えられた優しさと温かさは初めてのもので、新緑の主人はとても優しかった。
目が見えないモノズにとって全ての言葉を理解してくれる人間と、その優しい仲間達の庇護下で過ごす時間は自分の生まれ故郷よりも酷く居心地が良かった。
ただそれも、最初の内は。
家族のような温かさが欲しかったのだ。無償で与えてくれる優しさが嬉しかった。
でも、それだけだった。
モノズなりに考え、役に立とうと戦闘へ出させて欲しいとお願いしたのだが、バトルには結局一度も出させて貰えなかった。
Nは「まだキミは幼い。ここら辺の野生ポケモンはレベルも高い子達も多いからね。…戦闘経験も充分に積めていない内はバトルは許可出来ないよ。それにキミは目が見えない。バトルに出るなら視力以外の五感を鍛える訓練を積まなければ」と至極当然に指摘されてしまったのだ。Nの言っている事は正しい。
でも自分だって、皆の為に、Nの為に、背中を預けて信頼し合えるような絆が欲しかったのだ。彼らは見返りもなく優しくしてくれるけれど、その輪の中には何故か入れない気がしたのだ。バトルには出させて貰えない代わりに、彼らに視力以外の感覚を養う訓練を付けて貰っていた時ゼクロムは何も他意なく言った。
『我らと主人は小さき頃よりの縁。人間の感情は今でも分からない事が多いが、きっとこの感情が他者を大切に思う心なのだろう。お前もいつか、理解する時が来る』
この言葉を理解して、ああ、自分は本当の家族には、その大切な輪の中には入れないのだろうな、と漠然と思ってしまったのだった。
モノズの小さな心境の変化にはNは勿論、彼の仲間達も勿論気が付いていた。彼らは皆平等で接していたが、やはり生まれて間もないモノズへの接し方はまだまだ弱くて守ってやらねばならない存在止まりで。モノズは他者の手を借りなければ到底生きては行けない庇護対象で、彼らの小さな、新しくできた大切な子供であった。
そしてモノズはN達と過ごし、ーーー数日と経たない内に、“勝手に”独りになった。
もしも目が見えていたら。何か違ったのだろうか。すぐにでもバトルに出させて貰えたのか、それともまだサザンドラの群れの中で過ごしていただろうか。目が見えていたら、本当の家族達の顔を見れていたのかもしれない。
たった数ヶ月の間だが、モノズはN達の背中ばかりを見てきた。共に戦って励ましあって、怒りあって、沢山の思いを共有するN達。
本当の意味で自分を一人ぼっちにしない仲間が、家族が欲しい。でも一人でここから出ていく勇気がもうない。結局はもっとああして欲しい、こうして欲しいという欲求が高まったワガママなのだ。温かさを知ってしまったから、自分から手放す事が出来ないくせに沢山の平等な愛情が欲しいなんて、言えなかった。
「ドラ、ドラ……」
寂しい。
さみしい。
「ララ、ラゥ……ッ…」
ーーー淋しい。
光の刺さない目から、体毛で隠れてしまっているが大粒の水分が溢れ出し、顔と体毛を濡らした。ボロボロと溢れ続ける涙を短い前足で一生懸命払うが意味が無いくらいに涙腺が決壊してしまっていた。
今まで心の中で泣いていたモノズの背後から人間特有の暖かな掌でその柔らかく尖った体毛を包み込んだ。
「卑屈になるな」
「ドララ、ルゥ…ッ…」
「バトルに出たいなら出ろ。嫌になるくらい出してやる」
「ドララ、ララ……」
「目が見えなくてちゃんと戦えるのか不安か。サポートしてやる、何の為のトレーナーだと思ってるんだお前は」
「ド…ドラ、ドラ……ドラ…」
「前を向け、泣くな。大丈夫だから」
いつの間にか隣に立っていた気配は正面で視線を合わせるように屈んでいた。頭を撫でボロボロ溢れる涙を払う。
二人目の主人は、黒髪に鮮やかな赤紅…洋紅色の瞳を持った人間だった。
驚いた事にこの人間も獣達の言葉を解するらしい。あの新緑の髪を持った人とは正反対であまりにも無表情な人だったけれど、こんなにも優しい人だった。
Nの手から離れ、初めてレッド達と一夜を過ごした時、彼のポケモンであろうピカチュウが話をかけてきたのだ。彼は意外にもお喋りだった。
まずは自分の事を根掘り葉掘り聞かれ、そして数日と経たない内に少し打ち解けて自分からピカチュウに声をかけたりして彼らの様々な事を教えて貰った。
自分の主人のレッドという青年は別地方のチャンピオンらしい。Nに大雑把に聞いたくらいであまり詳しくは分からないがポケモンを競わせて戦う所のようなものらしく、またそれと同じようなバトルタワーという施設でも一番強くて凄い人らしい。
もう一人いる人間の少女は青年の連れであり生涯の伴侶(一方的な決定事項)らしい。このピカチュウとも数日間接してみて分かったのは主人とまた正反対の性格をしており、良く喋り喜怒哀楽がはっきりしていた。彼らは今調査の一環でこの地方を軽く旅をしているのだと。
モノズはもう不安だった。一目見ただけで自分以外が仲睦まじい様子に諦めの感情が過ぎ去った。……けれど、そんな薄暗い感情は程なくどこかへ消え去った。
ちゃんと、一緒だったのだ。
元々レッドとアヤの手持ちの数が少ないのも極まってモノズも気付けばいつの間にか自然に溶け込んでいた。
遺跡の方へと向かうアヤと『じゃあ、主人のこと頼んだよモノズ』と別れ際にピカチュウに頼まれた言葉には一瞬理解が追い付かなくて詰まってしまったが、慌てて頷いたのがつい先程の話だ。
初めて、何かを頼まれた。今まで誰かから何かを頼まれた事なんてない。
ガキのクセして、目が見えなくて何ができる、と遠回しに言われているようだったのに。誰かに頼まれるとは、こんな感情なのか。主人の隣に立つ事ができるというのは、こんな感情なのか。心の底から、手の中がじんわりと温まるこの感覚は初めてだった。
ーーー嬉しかった。
主人を守れるだろうか。ピカチュウと共に戦えるだろうか。まだ見た事もない彼の仲間達に受け入れられるだろうか。強くなれば、…もっと頼られるだろうか。
ひっくひっく、と嗚咽混じりに涙で濡れる顔と毛並みを気にしないレッドの手が掻き混ぜるように撫でる。よっこら、とレッドが立ち上がりポケモン図鑑を手にした時、その音は轟いた。
「行くぞ、さっさと調査して…」
ーーードドンッ……!!
バサバサバサッ!
「!」
「!ドラ…?」
地鳴りのような音が微かに聞こえた。
僅かに響く音と振動に迷いの森一帯のポケモン達が騒ぎ始める。鳥ポケモンや羽の生えた虫ポケモンが一斉に空へと飛び立って行く。
レッドとモノズは訝しげに周囲を確認するが特に目に付く異変は確認できなく、互いに首を傾げる。モノズはピタリと直立し硬くなった体毛が逆立ったまま周囲を警戒し続けるが不穏な気配は見当たらない。
しばらくお互い動かずに気配を探っていたが、不意に自然のものでは無いような落雷の音が森一面に響き渡った。
ビシャーーンッッ……!!、…ーーッ…、
「…………!」
と、雷の音が何処か遠くの方で聞こえた。
レッドがはっとして空を仰ぎ見て、ポケギアを素早く確認する。小さな通信機器を耳に押し当てた彼が珍しく小さく息を飲む音はモノズには聞こえなかった。
モノズの涙も引っ込むくらいの音で、雷が何処かに落ちたような轟音だ。モノズの体感では天気が悪くなるような気温ではない。どこかのポケモン勝負で発した技だろうか、と思案したところでいきなりモノズは抱えられてレッドはこれまでの道を逆走を始めた。
「ドッドラ!?」
「モノズ、戦う準備をしておけ」
「ド、」
「早速だが力を借りたい」
「ドラ、ラララゥ…ッ」
状況の把握が出来てないモノズを脇に抱えたまま道路を走り抜け、軽い段差は飛び越える。あっという間にライモンシティへ戻ると街の人々は不穏な雰囲気に呑まれていた。
「さっき街の外で凄い音がしたわよね?何なのかしら」
「古代の城の方面かな?なんだか…騒がしいな…」
「怪我人よ!どんどん街に運ばれて来る!」
「怪我したのはポケモン……だけじゃなくて人もか!?」
「災害か何かあったか?でもあそこら辺は土砂崩れも何も心配ない土地だぞ…」
「ねえ、私達も行った方がいいんじゃない?」
「野生のポケモンが暴れてるとかじゃないのか?ここら辺はそんなに強くない野生ポケモンしかいないし、今出て行ったトレーナー達で充分じゃないのか…?」
「そうだな、……たぶん大丈夫だろ」
なんて言葉が聞こえるが、レッドは早くも苛立ち舌打ちが隠せなかった。街に次々に運ばれて来る怪我人や傷を負ったポケモン達含め、緊急を要することは見れば分かるだろうが、と思ったのだ。
結局は他人任せなのはどこに行っても変わらないな、と。
ライモンシティをすぐに走り抜けて正面ゲートを飛び越える。
すれ違う人やポケモン達の声を聞いてレッドはある程度を把握した。
城が崩れた事、正体不明のポケモンが暴れて手が付けられなかった事、他にも目的不明の種族様々なポケモン達が人を目掛けて攻撃している事。ざっと必要である情報だけ頭の中で整理すると、これから行われるバトルではない一方的な“戦闘”になりうる事を想像してレッドは考える。
恐らく、モノズだけでは場の鎮圧は難しいだろう。
まずレベルが低過ぎる。まだ対人戦に出していいかも疑わしいレベルだ。Nにモノズを譲り受けてから一通りの身体データはチェックしたが、まあ全体的に見ても厳しい数値だった。
「(ーーまぁ、今から大量に経験値を積ませることになるが)」
頭上を飛び続ける飛行ポケモン達を視界に入れる。
どのポケモンの背中にも負傷した人間やポケモンを乗せており、地上でもすれ違うポケモン達は空を飛ぶポケモンと同様、背中に人やポケモンを乗せていた。…それは一見、もう助からないだろうと思われる重体も含めてだ。全身血に濡れていいたり、足や腕がひしゃげていたり。
そして血だらけのトレーナーが泣きながらライモンシティへと走っていくのをすれ違いざま見やった。
これのどこが、大丈夫だ。
ポケモンセンターに送り返されてきた数を頭に入れると、古代の城で暴れているポケモン達は恐らくはそこら辺のトレーナーのポケモン達と同等か、それ以上の力を持った個体か。そして思っているよりも数が多いと予想してもいいだろう。
レッドは脇に抱えたモノズを肩に上げてしがみつかせる。足を止めないままバッグの中を弄った。今は昔と比べてあまり道具を使うことは無くなったが、こういう非常時(非常時自体が珍しい)に何かと揃っていると便利だ。
「モノズ、これを首から下げてろ。…本来道具はあまり頼りたくなかったんだが」
「ドラッ…」
レッドがいくつか道具を厳選して数個、取りやすい位置にセットする。
その中から一つまた取り出し、紐を通してモノズの首に括り付けた。
「恐らくだが、今から連戦になる。戦うヤツはほぼお前より強いだろう」
「ドッ!ドララッ…ラララゥ…」
「……アヤが巻き込まれた。さっきの雷鳴が聞こえただろう?あれはピカチュウの信号だ。アイツがいるから大丈夫だとは思うが。…もしかしたら怪我をしてるかもしれない」
「ラ、」
「俺にとって、大切な人間なんだ。……助けたい。」
「ラゥ…ドラ、」
「本当ならもっと経験を積んでからトレーナーバトルに出す予定だった。お前にとって初めての戦いが、恐らく馬鹿な考えを持った人間が引き起こした事故の処理で…申し訳ない」
モノズの首から下げられたのは黒い眼鏡だ。何の材質で出来ているのか分からないが、何か不思議な力を感じる。
眼鏡と共鳴しているのかモノズの中にある一部分がじんわり温かい。いつも感じない力を感じる。ーーーこれは、一体何なのだろう?
次第に聞こえてくる喧騒と慌ただしく人間とポケモン達が行き交う現場を遠目で確認し、レッドの駆けていた足が止まった。
「ド、ドラ…ドラ、」
「…………、…!」
辿り着いた古代の城では先程レッドが上空から確認した風景と打って変わり、荒れ果てていた。観光地として人を集めていたそれが半壊しており見るも無惨な姿に成り果てていたが、全て壊れた訳ではなさそうだ。まだ修繕出来るだろう。それよりも予想通りというか、野生のポケモンとの乱闘が凄まじい。
瓦礫に埋もれて挟まれた人間の悲鳴とポケモンに襲われる悲鳴、ポケモン達の威嚇と咆哮で広場はパニックになっている。レッドは瓦礫に埋もれる人々を見てまさか、と一瞬青冷めたが、すぐ近くの地面に焦げた後が点々と不自然に半壊した城の中に続いているのを見て胸を撫で下ろした。
良かった、とりあえずは生き埋めにはなっていなさそうだ、と安堵して。
「……モノズ」
肩に乗った存在が小さく先程から震えているのはレッドは分かっていた。
震える柔らかな毛並みをひと撫でする。
恐らく、現状を把握して闘うのが怖くなったのだろう。普通のポケモンバトルではない。野生のポケモン達がトレーナーのポケモンであろう足の筋を噛み切られて悲痛の叫び声を上げている。鱗を剥がされている。羽を毟られている。すぐに目の前ではバトルとは似つかわしくない血なまぐさいこの光景は、モノズは視力が無いながらも群れの中に居た頃、何度も“見ていた”のだ。容赦の無い生存競争、弱肉強食。弱いものから捕食されて居なくなっていく。生命の奪い合いだ。
それが、怖い。
モノズは両親が仲間に、多種の種族に食われて腹の中に呆気なく収まっていく様を、まだ生まれてまもない頃に傍で聴き取っている。見れない事がいい事だったのか分からない。ただ音で、匂いで、両親の肉と骨を噛み砕き捕食されていく様をとても近くで聞いていた。恐ろしかった。
怖い、自分もいつかこんな呆気なく死ぬのだ、と。
「怖いか」
「ド、ドラ」
「怖くていい。野生の中なら生命の奪い合いは当たり前だ」
「ドラ……」
「お前達をボールの中に入れる事は、お前達の人生を丸潰しする事と同時に、強制的に生存競争の輪から外す事になる。この中に一度でも入れば壊されない限り、ボールの所有者からは逃げられない。お前達は捕獲者である主人を選べない。これは…そういう物だ。こんなもの、誰が考えついて作ったんだろうな」
だからせめて捕獲する側の人間は、できるだけ善良な人間である事がいいとレッドは常々思っているのだが、様々な考えと意思があるとそうはいかない。虐待する人間もいれば犯罪の片棒を担がせる人間もいる。非人道的な研究に使う者もいる。
レッドは周囲を見渡して遠くの方で倒れる複数体のポケモンの身体を持つ巨体と、それと正気を忘れて暴れているポケモン達をあらかた見渡してきっと研究され尽したポケモン達だろうと予想した。
つくづく思う。自分達人間は我儘で、傲慢知己で、恥知らずで。謝罪もなく感謝もなくされて当然だと思い込み見た目で判断し平気で裏切る。された側の痛みを知らない。
ーーーー全く、嫌になってくる。
レッドはモノズのボールをじっと見て、静かに、だが力強く言葉を発した。
「俺はお前のトレーナーだ。お前はもう俺の友であり家族であり、仲間だ。俺の庇護下でもある。易々と死なせてたまるか」
「ド」
「俺を守ろうなんて思うな。本当ならトレーナーがお前達を守らなければならないんだ。…それでも、俺に着いて来てくれるなら。少しでも俺と歩んでくれる気があるならーーー、」
「少しだけ力を借してくれるか」
「…………!ドラッ!」
指先がモノズの頬を掠める。
怖いけれど、きっと大丈夫だ。この人の期待に応えてみたい。モノズはそう思って、力強く頷いた。
肩から飛び降りて地面をしっかり踏みしめるモノズに、明らかな闘志が宿ったのを感じてレッドはニィ、と、笑う。
「……よし、モノズ。よく聞け。アヤとピカチュウの後を追う。暴れてる奴らとお前とじゃまずレベルの差がありすぎてこちらから攻撃しても痛くも痒くもない上に、一撃でも喰らえばお前は致命傷を追う事を頭に入れておけ」
「ドラ!」
「まずは経験値をできるだけ積んでレベルを上げる。常に気合いだめを張った状態を心掛けろ。新しく覚えた技は俺の指示関係なしにすぐに出してくれ。攻撃の手数が増えるならすぐに確認しておきたい」
頷き言われてすぐにモノズは気合いだめを貼る。バッグからスピーダーを取り出したレッドは手早くモノズへ起動させた。
「絶対囲まれるなよ。まず攻撃するのはなるべく一体一で戦っていて、消耗の激しいポケモンを後ろから一撃で仕留めていく。無理はしなくていい。少しでも不利だと思ったら一旦引け。よし……ーーー行け」
かくして、レッド(歴戦の猛者)とモノズ(バトル未経験者)の一方的な蹂躙が幕を開けた。
強くあれ
(心に炎を灯せ)