act.25 黄色い悪魔




突如地響きと共に崩れた城を前に呆然とした。

悲鳴と泣き叫ぶ声で辺りは騒然となり、集団パニックを引き起こす。




「………は、え、っはァッッ!!??」

「ピカ!ピカピカ!チュウッ!」

「城が半壊したぞ!!」

「危ないから離れろ!」

「近づいちゃダメ!いつまた崩れるかわからないわ!ポケモンをしまって離れた方がいい!」

「中の人達は!!?」



周囲の様々な叫び声。一気にこの場は混乱と化した。



「ゾ、ゾロア!!」



しまった、巻き込まれて生き埋めに…!!

砂埃が凄い。我先にと逃げて行く人もいれば助け出そうといち早く動き出そうとしている人は疎らだ。最悪な視界の中瓦礫の山をどうにかしなければ、と一歩踏み出そうとしてハッと気付いた。まだ地響きが続いている。地震ではない。これは、大きなポケモンが歩く音に似ている。
まだ城として形が残っているのは古代人の技術の賜物だろうか。入口が瓦礫の山で埋まっているが、それが突如轟音と共に吹き飛び“何か大きな物体”が姿を表した。



「な、何あれ…」

「オイ!何だアレは!?ポケモンか!?」

「し、知らねぇ!!別地方のポケモンか…!?お、おいっこっち来るぞ!」
「ヒッ……だ、誰か警察を呼んで!」

「あんなの警察が何とかできるの!?」

「呼ばないよりマシだろう!!」



人々の悲鳴と怒声が飛び合う。

二次災害が起きる前に逃げ出す人もいれば、瓦礫に埋まった人達を助け出そうと動き出す人達もいる。瓦礫の中やその周辺には自分の子供、親、ポケモン、トレーナーとそれぞれが必死で助け出そうとしているのが見て取れ、大勢生き埋めになっていると予想できる。

しかしその半数以上が得体の知れない生物を恐れ、動けずにいた。

ポケモントレーナーだろうか。図鑑を各自開きながら正体を突き止めようとするが至る所から招待不明と電子音声が聞こえる。誰もこの巨体が何のポケモンなのか分からなかった。

そのポケモンらしき巨体をアヤは呆然と見上げた。カビゴンより少し大きな体は、歪にも見える。三本の足で不安定に歩きながら目的地があるのかないのか、地響きを立てながら進んでいる。シュルシュル、と蔦が歪な巨体から現れ、トレーナー達に向けて一斉に放たれた。



「ギャロップ!行って!」

「シビルドン!」

「ワルビル!気をつけろ!」

「攻撃だムーランド!」



トレーナー達は各々のポケモンを展開し討伐の方向へ動き出す。

危険だと判断されたのだろう。可能なら捕獲。最悪、討伐だ。



「お兄ちゃんっ!お兄ちゃんッッ!!しっかりして!!返事してよォっ!」

「今の内に、私達は瓦礫を…!タブンネ、瓦礫をどうにかしないと!」

「ウォーグル、フライゴン、子供達を背中に乗せて病院へ飛んでくれ!他に怪我人はいるか!?重症度の高い人は飛行ポケモンに乗せてライモンシティへ!!急げっ!」


「子供が…!子供が中に…!!誰か…誰か、」

「うぇぇぇええっっ……お母さーんっ……うぁぁぁぁあ……っっ」

「ピジョット、チルタリス、この子達をポケモンセンターに運べるだけ運んで。ジョーイさんが複数人いる場合は何人かここに欲しい。呼んでこれる?」

「カイリキー、ゴーリキー、大きな瓦礫から頼む!他にも馬力があるポケモン持ってる人が居たら手をかしてくれ!」

「止血できるポケモンを持ってる奴はいるか!?」



大惨事だった。

なんて事だ。この光景を見て愕然とする。

さっきまでただ古代の城を見に来ただけだったのに、なんでいきなりこんな。アヤも修羅場という修羅場は幾つか潜ってきたが、今回のはまた一段と重い。

その巨体から繰り出される攻撃は一撃一撃が威力が高い。複数のトレーナーを相手にしてビクともしていないようだった。高速にしなる蔦は、つるのムチだろう。地面を抉り木をなぎ倒した。
その威力は各地方のチャンピオン達が扱うようなポケモンの威力だ。耐久も桁違いだった。生半可な攻撃は殆ど受け付けていない。寧ろダメージが入っていないように見える。

アヤは瓦礫を退かしながらその巨体を見る。

あのポケモンは一体何なのだろう。

ビュンビュンとしなる蔦、そして。突然巨体が真ん中からふたつに割れた。いや、割れたと言うより巨大な口が出てきたのだ。
ゴボゴボと気泡と水音が弾け飛び、強烈な水圧を吐き出しギャロップとシビルドンを巻き込んで木に叩き付けられた。



「水の波動……ち、違うっハイドロポンプ!?」

「あいつ、草タイプじゃないのか!?」

「気をつけろ!また何かして来るぞ!」
「ギャロップ!大丈夫!?」

「クッソ…!戻れシビルドン!…中途半端な技だとダメだ。高威力の技をぶつけなければダメージそのものが入らない…!」

「…………あれ。ちょっと、みんな待って。なんか、………え…」

「捕獲は出来ないのか?」

「ね、ねぇっ……」

「いや、あれだけ暴れてるんじゃボールに入ったとしても捕獲はほぼ無理だろ!?寧ろ投げたボールが壊されるだけだ」



一撃で戦闘不能に追いやられたポケモン達を見て一同一瞬唖然としたものの、トレーナー達は慌てて次のポケモンを繰り出した。

そして巨体のその大きな口からは今度は光を吸収し、特大のソーラービームを放ったのだ。発射時間も恐ろしく早い。地面を抉りながら放たれたソーラービームは、複数のポケモンに直撃し呆気なく戦闘不能に追いやられてしまった。
このトレーナー達が未熟という訳では無い。この謎の巨体が異質過ぎるのだ。

アヤは瓦礫を退かしゾロアを探し続けながら巨体を観察する。
複数のタイプを併せ持つその生き物は一体何なのだろう。何故古代の城から出てきた?もしかして城を拠点とする伝説ポケモンの類いなのだろうか?だったとして、何故今更になって城を半壊させて人間達に襲いかかるのかがわからない。何か気に触った事でもあったのだろうか。

それに、よく見ればどこかで見たような姿をしている気も……。



「…………?、ーーー!!」



ソレが“何か”を理解した途端、猛烈な吐き気が襲ってきた。

ポケモンだ。ポケモンなのだが。

集合体、だ。一つの個体に複数の個体の身体の一部を無理やり繋がれているような。見れば見るほど歪で、気付いてしまえば見覚えのある身体の一部達が蠢いているのがわかった。そんな事をする連中なんて怪しい組織の連中だと相場は決まっている。
やはりどこに行ってもその様な非人道的な事をする人間は後を絶たないのだと知った。

周りを見渡すと、表情が蒼白な者、巨体を見て固まっている者、ポケモン図鑑と巨体を交互に見ながら思案している者達が見て取れた。
どうやらこの巨体が“何なのか”気付き始めている人も少なくはない。
吐き気を意地で飲み込んでアヤは埋もれたゾロアの捜索に戻る。他のトレーナー達が相手をしている間に何とか、何とか見つけ出さなければ。

“ソレ”は大きな体をブルブルと揺らしながら跳ね上がる。ズシンッッという着地の地鳴りと共にその巨体を中心として、勢い良く濃密なガスが吹き荒れた。そして体を左右勢い良く振るうと液体が辺り一面に散らばり、トレーナー達はハッとして鼻と口を覆った。

ポケモン達も慌てて距離を取るが逃げ場が、ない。



「(なにっ…!?毒ガス!?それと…溶解液?毒毒か何か…!?)」



アヤ達周囲にも毒ガスが流れ込み、開いた両目がピリピリと染みる。

袖で鼻と口を覆うが果たして意味があるのかわからない。
こんなの吸い続けていたら人間なんて数分も持たないだろう。殺傷能力があるのか、神経系を狂わせるだけの毒なのかも未知の物だ。すぐに吹き飛ばしか何かで毒を散らさなければ…。

アヤは今まで共に旅してきた仲間達が傍に居ないことを初めて後悔した。カイリューがいれば、ルカリオがいれば、シャワーズがいれば、ウインディがいれば、ムウマージがいれば、サンダースがいれば。
あの時みんなしていい笑顔で(中には面倒臭そうな顔をした奴もいたが)「着いていきません、レッドもいるんでしょ?行ってらっしゃいお土産期待してる」なんて言葉がわからないのに大体アイツらが何言ってるのかわかったアヤは体毛を千切ってやろうかと思ったくらいだ。(体毛がないヤツには耳か髭を引っこ抜いてやろうと思っていた)
ルカリオが『アヤ、イッシュ地方なら名産物はヒウンアイスだ。クール便で送ってくれ』なんてカイリューと共にイッシュ地方のパンフレットを開き物乞いしてきた時は流石に足を踵で踏んだ。カイリューに至っては触覚を引っこ抜いてやった。


そんな数ヶ月前の事を今の状況で思い出してしまうくらい、パニックになりかけていたところに突然、アヤの視界に黄色の閃光が突き抜けた。



「な、何だ!?」



閃光は物凄い勢いで巨体にぶつかり、あれだけうんともすんとも言わなかった質量と重量のある塊を軽く数十メートル吹っ飛ばした。



「えっ…!?ピ、ピカチュウっ!?」

「ピーカ」



軽々着地したピカチュウは巨体の前に立ちはだかった。いや、立ちはだかるというか、ただ立っているだけという感じだ。あの巨体より遥かに小さな体なのに、全身から余裕のオーラが滲み出ている。
咄嗟に瓦礫救出組の中の一人がバタフリーとアゲハントを出し、吹き飛ばしを命じればあっという間に毒ガスが散り散りに散布していった。

土を抉りながらピカチュウに吹っ飛ばされた巨体は、のそのそと非常に億劫な動作で起き上がる。



ーーそこから、瞬く間に戦闘が終わった。

巨体は蔦を何本にも張り巡らせ、轟速のムチを振り回して四方八方からピカチュウに襲いかかった。ピカチュウは何ともない顔をしている。軽いフットワークで極少ない動きで全てを避け、アイアンテールで強化し、鋭利と化した尻尾で蔦を一刀両断した。
それを見て一瞬動きが止まった巨体は葉っぱカッターと花びらを吹き荒らして正面から切り刻もうとするがこれもリフレクターで難なく弾かれる。
突然のハイドロポンプは電光石火で容易く突破された。正面に迫ったピカチュウの足元にベノムトラップを設置し高密度のヘドロウェーブで飲み込もうとするが、アイアンテールで強化した尻尾で地面諸共抉って土の壁で身を守り、巨体を上空に打ち上げる。
ピンポン玉のように軽く飛んだ巨体は空に上がってきたピカチュウに強烈なアイアンテールを叩き込まれ地に激突し、落とされた10万ボルトで焼け焦げになり全く動かなくなった。

数十秒間のあっという間の出来事だった。



「す、すげ……」

「な、何だあのピカチュウ……」



喧騒とした場は一瞬でシン、と静まり返り瓦礫を撤去する人々も手を止め、口を開けてアヤでさえも唖然とピカチュウを見ていた。

一般トレーナーのポケモンの強さと、チャンピオンのポケモンの強さは改めて見ると天と地の差があった。中でもレッドは各地方のチャンピオン達より頭一つ抜きん出て異質の才能と強さを誇っている。



余談だがレッドの在籍するリーグはポケモンリーグの中でも最難関と言われるカントー地方とジョウト地方を結ぶセキエイ高原…別名各地方をまとめるポケモンリーグの本部である。

因みに最難関と言わ絞める理由。それは特別なルールを用いられている為だ。
2つの地方のジムバッヂ16個全てを入手しなければ挑めないリーグであり、四天王に1回負ける事に所有しているジムバッヂが2つ剥奪され、チャンピオンに1回負けると5つ剥奪される。全てのバッヂが無くなれば挑戦終了。要はジムバッヂはチップの役割を果たしているのだ。
大多数の挑戦者は初見での突破はほぼ不可能と言われ、チャンピオンのワタルに辿り着く前にバッヂを消費してしまい挑戦が困難となる者が殆どである。

そしてチャンピオンに勝つと殿堂入りとなる。
しかしセキエイリーグでは更なる上位階級である“バトルマスター”に挑戦出来る資格を得るが、1回でも負けると無慈悲にバッヂは全て剥奪される鬼畜ルール。
因みに全てのバッヂが無くなればまた16ヶ所のジムに再挑戦しなければならない。

そんな数多のトレーナーを泣かせて来た鬼畜が過ぎるのを鬼のセキエイリーグとも言うが、そのチャンピオンとして在籍しているワタルの更なる上、今や各地方のリーグチャンピオンの頂点、玉座を半ばワタルは無理矢理レッドに握らせバトルマスターとしてレッドは籍を置いていた。(本人はめちゃくちゃ嫌そうにしているしリーグの仕事も8割以上をワタルに押し付けている)

そして各地方のチャンピオン達は挑戦者に稀に何度か敗れているが、未だにレッドは無敗を貫き通している。そもそも本人はトレーナーになってから、過去一度も負けたことがない怪物だ。バトル時間も最短である。



アヤはそんな彼のピカチュウを見て一瞬だが言葉が出なかった。だって性能がおかしすぎる。

分かってはいた。分かってはいたがやはり桁違いの強さを誇っている。

その肩書きだけでも物凄いが、とてつもない人物だと誰もが理解する、が!

そもそもピカチュウってここまで強くなる個体なの?と問いたいレベルだ。
そもそもな話、先程の初手である電光石火は、ただの電光石火であるはずなのにまるでボルテッカーの威力。アイアンテールは打撃技であって切断技ではない。リフレクターはダメージを半減出来るが「守る」などの効果はない。何故10万ボルトが雷と同じような威力を放つのか全くアヤは理解出来ないでいた。

伝説に育てられたポケモンはみんな核兵器並の強さに仕立てあげられるし、しかもバトルタワーの最高闘技師である彼はいきなり配布されたポケモンでも問題も無しにそつなく勝利する。ただの生まれ持っての天才である。

彼は色んな意味で世間では生ける伝説と讃えられていた。

そんな伝説の男の、相棒であるポケモンなんて彼らは思ってもいないだろう。

ピカチュウは巨体が起き上がってこないか尻尾で叩いたり揺すったりして反応を確かめていた。



「お、おい!瓦礫から何人か見つけたぞ!何人かこっちに来てくれ!」

「誰か!こっちの瓦礫を退かすの手伝って!ゾロアが下敷きになってるの!」

「っ!その子ボクのポケモンです!」



近くにいたゴーリキーが急いで瓦礫撤去を手伝ってくれた。
周囲のトレーナー達の手を借りながら大きな石の塊をゴーリキーが退かす。瓦礫と瓦礫の間に小さな空間が出来ていたのか、小さな身体のゾロアはその場に挟まっていた。
ゴーリキーが極力振動を与えないようにそっと抱き上げ、アヤに手渡され助け出されたゾロアは見るからに弱りきっており、前足が骨折しているのか複雑な方向に曲がっている。



「ゾロア…!」

「ピカ!チュウ!?」

「う、うん…足の骨が折れてる…。気絶してるだけ…ちゃんと、生きてる…けど頭を打ってるかわからないから、早くポケモンセンターに…!」

「お姉ちゃん!ここはいいから早くポケモンセンターに行って!」

「っ、ありがとう…!」



10歳くらいの子だろうか。女の子はアヤにそう声をかけて救助に戻った。
腕が震える。走り出そうとした足は縺れて上手く動かなくて、それでも一歩駆け出そうとしたら再び動揺と焦りを含んだような悲鳴がすぐ近くで上がった。




「うわっ何だコイツッ…!?痛ってぇ!」

「今度は何!?」

「な、何が起こったんだ…?」



男性トレーナーの手に突然鋭い痛みが走り、彼は咄嗟に手を抑えた。
痛みの声を上げた男性へ一斉に視線が集中する。その視線の先には手と腕に鋭い針が突き刺さっていた。



「なっん…!?腕が、ビリビリ、してきたっ…」

「は、針…!?毒針だったらマズイ、ポケモン用でも効き目があるかはわからないけど、誰か毒消しは持ってる!?私今さっきここに来る前に毒消し使っちゃってないのよ…!」

「毒消しならまだあったはず…ちょっと待っててくれ。それよりもあのポケモンはなんだ?」

「え?…あれ、は…アリアドス…?なんでイッシュ地方に…?いや、城の中からまだ出て来て…!さっきから何なんだいったい…!?しかも人を積極的に狙ってやがるッ!レパルダス!追い払えるか!?」



半壊した古代の城はまだまだ形を保っている。その中から種類も様々なポケモンが数十匹這い出てきた。巨体が大人しくなり各々が油断した隙に再び場は混乱の渦へ戻されてしまった。
人間目掛けて襲いかかるポケモン達をトレーナー達は必死に自分達のポケモンで抵抗しているが、それもいつまで持つかわからない。先程の巨体の強さもそうだが、新しく城から這い出てきたポケモン達もまるでドーピングしているかのように各個体が異常に強い。そして明らかな敵意と殺意がある。充血した目をギョロギョロ動かしているポケモン達は到底正気があるようには思えない。

アヤはやはりポケモンの出処は古代の城だと確信するが、それよりも気になることが1つあった。



「(なんだっけ……なんだっけ……なんか、むかし、おなじようなことがあったような、きがす る)」



「ギャロップッッ!!ダメっそれ以上は……駄目よ!ボールに戻りなさい!ダメだってば!!下がって!!」

「ーーーーーギャッッ」

「っーいやぁァァッ!!ギャロップッ!ギャロップッッ!!」


「( な んだ っけ )」



そうだ。ボクがまだ、ちいさなときに。


ブチブチ、と嫌な音を当てて皮膚が喰い千切られる音が騒音に混じって消えていった。

自分のトレーナーに危害が加わらないよう、邁進相違でミルホッグとの間に割り込んだ瞬間だった。ビチャビチャ、と血液を床に撒き散らしながらギャロップが床に倒れ伏した。首の頸動脈付近を喰われたらしい。喰い千切った肉片を…ミルホッグが一心不乱に咀嚼している。異様な光景だった。周囲のトレーナー達が状況を飲み込めていないかのように一瞬停止していた。ギャロップのトレーナーが泣き乱しながら縋り付き、血で汚れるのを構わないかのように止血をしているのを見て時間が一気に流れ出した。その時間は、僅か数秒の出来事だった。

凝固剤をッ!早く!!

重症を負ったギャロップに血液凝固剤を使用しているトレーナーを見てアヤは呼吸を浅く、一定のリズムで整える。凝固剤はポケモンバトルの時に不慮の事故などで万が一に大量に出血してしまった時に使われるものだ。ポケモンを連れている者なら必ず所持している。

重症を負ったギャロップのトレーナーは戦線を離脱した。



「なんなんだよっ…コイツら…!!?正気じゃねぇよ!」

「正気じゃねぇのはもう見りゃわかる!目がもうイッちまってるしな…!」

「うおっ!?いっ…ってぇなオイ!!」

「ドリュ!!リュッ!リュッー!」

「いっつー…!なんつうアゴしてんだあのデルビルっ…!腕喰い千切るつもりかよ!サンキューなドリュウズ…!…心配すんな、ちょっと噛まれただけだよ」

「にしても応援はまだか!?たぶん警察だけ呼んでもどうにもならんぞ!!野良ポケモンだが強すぎる!ジムリーダークラスじゃなきゃどうにも出来ない!今からでもライモンのカミツレさんをっ…」

「応援はっ…無理だ!さっきから電話が繋がらねぇんだよ!」

「は!?」

「電磁波なのか…!?これもこいつらポケモンの仕業なのかわからねぇが」



アヤはその言葉にハッとして自分のポケギアを見る。あまりにも突然過ぎて電話すら出来ない状態だったのだ。



「………!」



確かに、電話が使えない。何故か圏外になっている。

もしかしたら巨体が原因なのか、この古代の城から変な電波が出てるのか、この凶暴化した野生ポケモンの中の個体のせいなのかは分からない。

トレーナー達は各々チームを組みながら複数体を相手にしているが、時間の問題だろう。早く場の沈静化が出来る力のあるトレーナーを連れて来なければならない。レッドがいれば……とは思うがこの場の惨状を知るのはきっとレッドには時間がかかるだろう。
今のアヤには戦えるポケモンがいないのでどうにもする事が出来ない。ピカチュウはいるが何故か先程からお願いしても観戦ばかりで闘おうとはしない。寧ろ早くこの場を離脱しろと言わんばかりにアヤの服をグイグイ引っ張っている。浅い呼吸を繰り返す。

今は、ゾロアをポケモンセンターに連れていくことが大切ーーー。



「ーーーえ、ちょっ!?ゾロア!?」



突如抱き上げていたゾロアが腕の中から勢い良く飛び出し、崩れた城の中へと一目散に走り出した。
足が折れてるとは思えない動きだった。反射的に追いかけ始めるアヤの後をピカチュウもすぐに追いかけていく。



「ちょっとゾロア!どうしたの止まって!!」

「ピカァー!!」

「(足折れてるのに走るなんて何考えてんのッッ!!!)」



戦うポケモン達の群れの中を走行するゾロアの後を追い、邪魔な凶暴ポケモン達をピカチュウは一撃で沈めていく。


「……ピィカ」


前を走るゾロアを見るピカチュウは表情を歪め舌打ちする。

別にピカチュウからしたらこの距離はすぐに追いつく距離だし何でもない。だが、優先するのはゾロアではないのだ。何か危険が迫った時、ピカチュウは迷わずアヤを助ける。主人の許可があるまで絶対に彼女から離れることはないだろう。それにゾロア自ら騒動の中へ走り出しアヤを危険に晒している。助ける義理も道理もない。

ーーーピカチュウはここで、ゾロアを切り捨てる事にした。


やはり、主人と前々から話していた事がどうやら的中したらしい。



『ーーー何を考えてるのかわからない。友好的に示しているが…腹の中ではどうだかな。あいつだろう?しばらく俺達の跡くっついて回ってたのは』

『ピカピカ』

『そうか。…お前と話してたからだろうな。俺がお前たちと会話ができる人間だといち早く理解したんだろう。俺が一人だと全く俺には近寄っては来ないよ』

『ピカ』

『何か、あるだろうな。ピカチュウ、もし俺がその場にいなかったなら。不測の事態……は無いことに越したことはないんだが。ゾロアが原因で危険だとわかっているのに、それでもアヤを危険な場所に理由もなく故意的に巻き込もうとしたら…その時はアヤを優先的に守ってくれ。最悪ゾロアの安全は二の次でも構わない。頼めるか?』




「ピィイーカァア」



何生ぬるい事言ってんのご主人。そんな奴切り捨てるに決まってんでしょ。

きっと何もメリットもないんだからさ。

せっかく主人に出来た大切な人間を、危険に晒すような馬鹿な真似する訳ないでしょ。



ピカチュウは笑った。

レッドのピカチュウは、実に思考回路が自分のトレーナーに酷似していた。レッドは他人に興味がなく本当は人間嫌い。害ある者なら全て力ずくでねじ伏せてきた。ポケモンには限りなく優しいが、ピカチュウはその逆。同族には限りなく冷酷の限りを尽くしている。自分や主人達にとって危険や邪魔だと思ったら容赦なく潰す。
しかし人間に対しては主人や自分達にとって少しでも利益があると、プラスになる限りは友好的に接する。

今まで何回か双方の意見の食い違いで喧嘩っぽくなったこともある。

子狐1匹、しかも会って日も浅い。良からぬ隠し事もしていてアヤの事そっちのけで危険に首を突っ込む。いなくなって何になるというのだろう。

アヤの事だ。同族達へ慈しむ心と、分け隔てなく対等であろうとする善良な人間の一人である彼女には、サンダース達のように心から好きになって慕ってくれるポケモンは必ずこの先何匹も現れるだろうに。

アヤ目掛けて飛んできた鉄壁で防御力を底上げしたパルシェンを尻尾で軽く空へと弾き返す。

因みにはっきり言うとピカチュウはこの場にいるアヤ以外のトレーナー達は別にどうだっていい存在である。泣いてようが怪我しようが構わない所存。

アヤに危害が及ばなければ、何だって構わないのだ。

トドメに細く縛った電気ショックを一発、光線のように空高くパルシェンと共に打ち上げれば容易くKOしてしまった。



「チャァ」



上空に打ち上がった己の電気を見てピカチュウはヨシ、と頷く。
この場の騒ぎで周りにも…ライモンシティまでそろそろ騒動は気付いているとは思うが、きっと耳が良い主人の事だ。自分の主人も間もなく駆け付けるだろう。



「…ピー」



……いや、確かにいつもならすぐに駆け付けるが、今の主人には最近仲間になったモノズが一体のみ。ここに早く辿り着いてもこの乱戦の中を掻い潜って城の中まで来れるのか……否、恐らく光の速さで到着するだろうな。だって主人だもの。
モノズ一体だろうが関係ない。ポケモン一匹いれば主人には事足りる。バトルタワーで初めて共闘するポケモン達を使役して今まで負け無しの敗北を知らない人間だ。

最悪生身でもどういう訳か主人は強すぎるのであまり心配はしていない。

ピカチュウは無駄な心配と余計に考えることを放棄した。意味が無い。



「ゾロア!あんな怪我して一体どこに…」

「ピカピカ、ピカ!」

「え?あ、………あー、そういう…?」



ゾロアが向かった先は城の中だが、アヤと共に崩れた城の中に滑り込めば随分と分かりやすく地下階段が眼前に広がっていた。きっとここから巨体が突き破って出てきたせいなのか、地下への入口が露出している。
この先からツンとした薬品の臭いがプンプンする。もうこのパターンは嫌な予想しかしない。どうせこの階段を降りれば研究所だか何かじゃないのか。
ピカチュウはこれまで経験した思い出を振り返りながら思った。この手の階段はろくな思い出がない。これまで主人や仲間達と共に、数多に渡り道理に反した施設を潰し続けて来たのでよく分かる。

隣のアヤも何となく分かっているらしい。げっそりした顔をして「うわー…出たよ…さっきの巨体といい凶暴化したポケモンといい発生源は絶対こん中だよ……レッドに危ないことするなって言われたけどでも今は緊急事態だし……この下絶対施設関連だよ…」と肩を落として諦めている。

アヤは見た目よりも思った以上の修羅場と場数を潜っている事に最近ピカチュウは気付いた。ちょっと非道理な事が起きても騒がない。度胸と肝が座っているのだ。人間で若いのに立派だ。まあ自分の主人のが立派だが。

なんてアヤへ少し良い評価をしているピカチュウも肩を落とした。今回、危険回避というか、少なからず止めきれなかった自分にも少しはお咎めを受けるんだろうなぁと。何の為にお前が傍に着いてるんだと。ご最もですご主人。でも怪我だけはさせないと死んでも誓うよとピカチュウは思った。

行こう、とピカチュウと共にアヤが階段を駆け足で降りればそこは案外明るく、一面白いタイルで覆われた通路だった。壁のあちこちに変なコードが取り付けられ、無理に引っ張って切れた痕がありバチバチと火花が散っている。

アヤが辺り一面をぐるりと見渡し、ふーーっと深く息を吐く。



「うげぇ……」



アヤが唸るのも無理はない。弱ったポケモン、檻に入れられたポケモン、もう既に亡骸になったものが通路のあちこちに転がっていた。

アヤはやはりいつの日か、いつだったか、遠い昔のどこかの記憶でこういうのを見たことがある気がして顔を歪めた。身体の一部とかあるかも…と覚悟はしていたがそれは見当たらなかった。

ピカチュウはゾロアの匂いを辿り先へと進んで行くが、途中飛び出してきた研究員の男をアヤは容赦なく頭部に回し蹴りをぶち込み、そのまま鉢合わせた女研究員の襟を掴み壁へ向かって投げ飛ばした。



「良い大人が何してんだって感じだよねー!ハゲ散らかせや銭ゲバ共」

「ピ……ピカピカ……」



そうだった……この子、案外一人でも逞しく生きて行ける子だったや……。

ピカチュウはペッと研究員2人に唾を吐き捨て中指を立てるアヤを見て彼女そっくりの兄を背後に見た。
確実に日に日に口が悪くなっているのは彼女の兄の存在のおかげだろうか。恐らく最高潮に機嫌が悪い時の主人より口が悪くなっていると思う。



「それにしてもゾロアはここに何の用があったんだろうね…もしかして友達とか家族がここにいるとか……」

「ピカピ……」

「…………ありえない話じゃ、ないかぁ…」



暫く歩いたが研究所内は広くはない作りだ。小規模の研究所なのだろう。
古代の城に合わせてひっそりと地下が作られたのか単純な造りをしているから助かった。ゾロアはこの城へ異常な執着を持っていたと思う。前足が折れているにも関わらず意地でもここに入ったということは、きっとそういうことなのだろう。

と、その時、また地面を揺らすドシドシとした足音が奥から聞こえてきた。またそのポケモンには今度こそ見覚えがあった。同時にピカチュウは思った。あ、ヤバいと直感が働く。とりあえずここから逃げなければ死ぬ、と本能が働いた。



「あっ……え、ヤバいダストダーーーーーッッ…!?」

「ピピピっ!ピーカチュ!」



ズドーーン!とアヤの視界に閃光が走った。

ピカチュウが電光石火で弾き飛ばしたのだ。そしてすぐにピカチュウはアヤの袖を引っ張って走るように促した。ピカチュウの意図を直ぐにわかったアヤはダストダスの横を走り抜け別の通路に逃げる。出来れば通気口がある所か上へ続く階段かどちらかに逃げたい。

弾き飛ばされたダストダスは起き上がることもせず、 身動ぎも一切せずに大量に毒ガスを吹き巻いた。



「(こんな狭い通路で毒ガスなんてっーーー!!!)」



死ねと言っているようなものなのでは!?

と言うよりここの通路に至る所に転がっているまだ辛うじて生きているポケモン達がマズイ。そこら辺で気絶してるであろう研究員達も人間がこんなの吸ったら本当に死んでしまう。ピカチュウ1匹ならまだどうにでもなっていたと思うがアヤ達も居る上、こんな狭い場所では流石のピカチュウも電気を使う技は放てないのか潔く撤退する。

アイアンテールで何とか出来るかな、と考えたが流石に毒ガスはどうにも出来ない。ピカチュウはこれまた潔く諦めることにした。

とりあえず毒ガスが届かない所に逃げるしかなかったアヤ達は、安全な場所まで避難する事になった。







黄色い悪魔

(全てにおいて破格の性能を誇る)



- ナノ -