act.24 古代の城崩壊




「じゃあ、直ぐに戻る。遅くなりそうならまた連絡する」

「あっ!レッド、宿を取ったらさっき空の上から見た遺跡に行きたいんだけど…ダメかな」

「…古代の城か?だったら俺が帰ってきた後でもいいだろう?」

「ちょっとだけ!写真だけ!シロナさんに送ってあげたいんだ。写真だけ撮ったらすぐに戻ってくるよ」



ライモンシティに到着した二人はここまで運んできてくれたケンホロウに運賃代金を支払い、お互いに正面ゲートで軽く打ち合わせをする。

近代的なこのライモンシティはとにかく大きく、広大な都市だ。
カントーにもジョウトにもシンオウにもここまで大きな都市はなく、街とテーマパークが一つに合体したような作りになっている。
流石のレッドも周囲の建物をぐるりと見渡し、「凄いな」と一言漏らした。ピカチュウもレッドの足元で楽しそうに周りを見渡しているし、好きな食べ物の店を見つけては目を輝かせている。
アヤも早く見て回りたいな、と思うが街の探索はレッド達と一緒に回った方が絶対楽しいので後で引きずってでも一緒に来てもらう事にする。(人混みが嫌いな彼はきっと眉間に盛大な皺を寄せるだろう)



「(……この辺なら、アヤ一人で行動させて大丈夫か…?)」



出来ることならアヤ一人で行動をして欲しくはない。

アヤは自覚していないが、彼女は相当なトラブルを引き寄せるという全く要らないスキルを持っている。一人で旅をしていた時もそうだが、レッドと旅をしていると本当に何があるのかわからない。寧ろ今までよく命に関わるような怪我もなく旅していたな、と思う程だ。

このライモンシティは言わずもがな人の出入りも激しい。
ライモンには正面ゲートとホドモエシティに続くゲート、そしてブラックシティとホワイトフォレストに続く3つのゲートがある。人通りが多く、人の目も多い。観光客も多いだろう。レッドは暫く考え、「わかった」と頷いた。



「ピカチュウ、頼む」

「ピカピ!」

「え?」

「え、じゃない。万が一、だ。ピカチュウと一緒なら大抵のトラブルもなかった事になるしな」

「あ、うん…ソウデスネ」



以前レッド不在時に突っかかってきたロケット団に対して、ピカチュウはほんの一瞬の内に相手を黒コゲにして尻尾で崖から突き落とした事があったのを思い出した。



「いいか、大丈夫だとは思うが、何かあったら必ず連絡しろ。首を突っ込む前に連絡報告相談だ」

「レッドはボクの上司なの」

「お前は俺の嫁だろ」

「嫁ッッ!!??」



恋人から何故か急激に嫁にグレードアップした殺し文句をレッドはさらりと突き付け、颯爽と背を向け歩き出してしまった。

あっという間に人混みに溶けて消えていったレッドにアヤは衝撃的なワードを頭で繰り返しフラフラとしながらポケモンセンターに辿り着いた。足元を歩くピカチュウは「大丈夫?」と何でもないかのようにケロリとした表情でアヤの顔を覗き込みピカピカ笑っている。とりあえず可愛い。



「(嫁、かぁ…レッドと付き合う事に精一杯でそんなこと全く考えなかったや…)」



ううん、とアヤは考える。

そもそも誰かと結婚するんだろうな、なんてこれまで一度も考えた事はなかったし。
というか結婚相手を自分の兄に紹介するようなもんならあの横暴は何をしでかすか…。
考えただけで身震いした。というかそもそも自分よりユイ兄の方が生涯結婚なんてする気なくない?ワタルさんは何だか孤高の存在感を醸し出してるボッチのマントだし、ダイゴさんは石と結婚しそうだし。二人は結婚から恐ろしくかけ離れている。ここまで結婚という単語に似合わない人達はいない。ああでもシロナさんは将来自分の家庭を持ってそう。素敵なお姉さんだし直ぐにお相手も見つかるだろうけど残りの男どもは………なんて失礼な事を考えていたアヤは受け付けのジョーイに頼んで宿の予約を取った。

渡されたカードキーを持って部屋に一度余計な荷物を置き、古代の城まで行く支度をする。



「……ゾロア?」

「ロア、ロロ」

「え、なに?どうしたの」

「……ピカ?ピカチュチュ?」

「………」

「……もしかして体調悪い?どこか痛いところある?」



ゾロアは部屋の入口から一切動かず、ドアの向こう側をじっと見ている。口数もいつもより明らかに少なく、やっぱりさっきから様子がおかしくて、近くに寄ると案外強い力で袖を咥えて引っ張られた。
グイグイと引っ張り袖が破けそうだ。ピカチュウがゾロアに声をかけ背中を擦る。その仕草を見て、もしかして体調が悪いのかと聞くと違うらしく、ゾロアは違うとふるふると首を振った。

そういえばケンホロウに乗っていた時から地上をじっと見ていたから、もしかしたら道中気になる物があったのかもしれない。

部屋の扉を開けてポケモンセンターの廊下を歩く。ロビーを抜けてセンターから出るとゾロアは率先して正面ゲートへ向けて早足で歩き出した。



「えっ、ちょっと、ゾロア!」

「ピカピカ…」



ピカチュウと慌てて後を追うとあっという間に正面ゲートを通り過ぎ、古代の城までやってきた。案外徒歩でもそんなに遠くない位置にあるのか。助かった。

少し上がった息を整えてゾロアを探すと直ぐに発見できた。黒い毛玉は古代の城の周りをチョロチョロ歩き回って、次第に立ち止まる。

まだ昼間の時刻もあってか城を見学する観光客も多い。



「うわぁ…大っきいねぇ…」

「ピカピー…」

「これ写真だけじゃなくて少しだけ見学してもいいよね。ここまで来るのに時間もかからなかったし」

「ピッカ!…………?」

「ゾロア!行くよー!……ゾロア?」



城の周りを彷徨いていたゾロアは何を思ったのか城の城壁を引っ掻き始めた。アヤは眉を顰める。あれは戯れる時の引っ掻き方じゃない、結構本気でガリガリ爪を立てている。どうしたのだろうか。ゾロアを回収しようと城の壁に向かって歩き出す。

そして足元のピカチュウの耳がピンッと立ち上がり、警戒態勢になったのをアヤは見逃した。



「(ーーーあそこに、何かある?)」



その時、ズン、という地響きがした。



「は」



ピカチュウから服の袖を力強く後ろに引かれたのと同時だった。



「キャァァアアアアッッッ!!!!」



ガラガラガラッッとけたたましい音を立てて、前触れもなく城は半壊した。





古代の城崩壊

(あと少し崩れるのが遅ければ、もしかして一緒に埋まっていたかも知れない)



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