act.22 日に日に欲にまみれている




「うううっ…」



アヤは沈んでいた意識が急激に浮上していくのがわかった。
腹と胸を圧迫するような、息苦しくなりつつある締め付けにより無理矢理瞼をこじ開ける。瞼を開けた先には何もなかったが、背中が暖かくて何よりも身体を囲い込むように、胴体をアヤではない両腕がガッチリとホールドされていた。誰が…なんて考えなくてもわかる。



「うっ…ちょっとレッド…苦しいって。もう少し腕の力抜いて…あ、圧死しちゃう…」



腕を解こうにもビクともしない。まあ岩一つ軽々と粉砕出来る腕力を持つレッドをどうこう出来るわけがないのはとうの昔に知っている。
アヤは背後にいるレッドを振り返りながらやれやれとため息を着いた。睫毛長いし顔は相変わらず整ってるし腕力は岩を粉砕するしポケモンリーグ総ナメした最強のポケモン使いだし神は二物を与えないって嘘ばっかりである。不公平だとアヤはしみじみ思う。アヤの後頭部に顔を埋めて珍しくレッドは爆睡中だが、こうなったら起きるまでテコでも動かない。
暫く腕を叩いてみたり名前を呼んだりとしてみたが、やはり起きる様子はない。早々に諦めてそのまま二度寝を決め込もうとしたが、スリ、とアヤの後頭部でレッドがモゾモゾ動いている。それでも拘束する腕の力は抜けなかったが。

うーん、だがしかし。



「(んーー〜やっぱり眠ってる時のレッドって…可愛いー!!!)」



普段のレッドは無表情で…いや、昔より表情は柔らかくなって分かりやすくもなったが、それでも無表情が多い。表情筋機能してる?表情筋生きてる?と疑うレベルだ。レッドと親しい人達なら「随分と人間らしい顔つきになった」としみじみ思うだろうが、彼を知らない他人だったなら鉄仮面だの無表情だの感情がないのでは?なんて心無い事を思う人達もいることだろう。
そんなレッドが眠る時は唯一、年相応の青年のあどけない表情が拝めるのだ。そりゃ初めてお目にかかれた時はガン見したし写真も取りましたとも。あれは宝です。



「えへへ…可愛いーもうほんと好き」



こうして無防備に甘えてくれるのは宛ら犬…いや虎…いや怪獣…。
レッドの頭を起こさないように撫でる。サラサラだ。自分よりキューティクルだし一体全体どうなってんだと思いながら今度こそアヤは二度寝を決め込んだ。

暫くしてアヤの寝息が静かな室内に響き渡る頃、背後のレッドはパチリと目を開いた。はぁーー、と深い息を着きながら顔を覆った。



「………しんど」



可愛いってなんだ。過去一度もそんな事誰からも言われた事はないしそもそも可愛いのはお前だ。しんどい。特に下半身が。無意識に絡め取られる生足が艶めかしくて本当にしんどい。

レッドは生まれてから一度も他人に興味を持った事も執着したことがない。いや、興味を持つ事も執着する事も、諦めて……やめてしまった。
彼が興味があるものはポケモンという存在と、そしてその1人で生きる中で絶対的に必要だった生き抜く力一つだけだった。それは彼の生きてきた中の環境によるものだが、しかしアヤと出会いレッドの世界は360度それはひっくり返った。
自分でも時々訳が分からないくらいアヤに執着し、生優しくもないドロリとした愛と言うには些か黒くて重すぎる情愛が常にレッドの中に渦巻いている。
彼女の未だ知らない事全てを暴きたいし教え込みもしたい。そんな事をいつしかグリーンに話したら顔面蒼白になってドン引きされた。「頼むから犯罪だけは犯してくれるなよ。絶対に同意の元か言質を取れよいやマジで」と青筋を立てながら力説されたのはいつだったか。だがしかし生理的に嫌がられる事や失望されることは決してする訳にはいかない。力ずくで縛り付けておく事には意味は無いとレッドは考えている。どうすれば全てを手に出来るのか。レッドは普段バトルに使用される複雑な計算式を叩き出す脳をフル稼働しながらいつも考えている。

見返りのない愛情をくれる。ダメな事はしっかりダメだと叱ってくれる。この顔面だけを見て接している訳では無い。何より、普通出来ないこと不可能な事を出来てしまう自分を異質な物だと、気持ち悪がられない。嫌悪したりしない。

そこまで考えてレッドはふぅ、と一息着く。

穏やかな寝息が聞こえる。

弛緩仕切った身体を再び力を入れて抱き締めれば折れてしまいそうだ。もう少し、もう少しだけ我慢が必要だけれど、時折レッドはイタズラはしている。
頭部に埋めた顔を擦り付け、唇を項に滑らせた。首筋から匂いを吸い込めば優しい匂いがしたが、それだけでは満足は出来なかった。拘束している両腕を緩めて腹部や太腿を撫で上げてやわやわも揉んでみると腹部はふかふかして柔らかい。基本的に男の方が肉体は頑丈かつ筋肉の付きやすい構造をしているが、女の腹はみんなこうなのか、それともアヤの腹だけこんなぷにぷになのか分からないが他の腹なぞさぞかしどうでも良かった。それに太腿はとても靱やかで無駄な肉が着いていない美しい脚をしていた。いつしか「胸より脚の方が自信がありますッッッ!!!」と聞いてもいないのに宣言してきたが、胸より確かに…とは全く思わなくもないがレッドの惚れた欲目抜きにしても確かに素晴らしい脚線美である。ほう、とあのレッドでさえも関心するくらいだ。「どう!?鍛えに鍛え抜いたボクの美脚は!コーディネーターたるもの、ポケモンだけじゃなくてポケモンにも恥じないよう己のプロポーションでさえも完璧に美しく磨いてこそうんぬんかんぬん」「悪くない、寧ろ良い。流石だな」「でしょ!」なんてアヤは調子に乗って得意気になってはいるが、レッドはガン見しながら舐め回すように下心丸出しで品定めされているなんて思ってもいなかっただろう。



「っ…っ…」



内腿を撫で続けられ、いよいよアヤの眉間に皺が寄った。擽ったいのか身動ぎが多くなった。内腿から臀部にかけてスルスルと撫であげ、軽く臀を捏ねあげればピクピクと震えるのが可愛い。柔らかくて気持ちが良い。とても手に馴染む。ずっと撫で回していたいと無表情の仮面の下で随分下品なことを考えていた。
内腿をなぞり鼠径を指先でスリスリと撫でて反応を楽しんでいれば「…っ、あ、ぅ、ぅぅ」と小さく声が漏れるといよいよ止まらなくなってきて、もう少し大胆に悪戯でもしてやろうかと火がついてしまった。
気付いたらスカートが腹の上まで捲れ上がって下着が丸見えになってしまったが、それも目の保養として目にじっくり焼き付けておくとする。因みにアヤの下着なら何回も盗み見しているのでこれが初では無い。レッドが部屋に居ないと思ったのか公開生着替えを始めた時なんかは後ろからバッチリ見ていたし、熟睡中や寝起きなんてスカートが爆発してモロパンだった時もある。今思えば写真に納めておけば良かったかもしれないなんて変態じみた発想まで辿り着くのはもう仕方が無い。だって好きなんだもの。
にしても今日の下着は淡い水色の花柄紐パンだった。可愛い。アヤにとても似合った色合いだと思うし流石抜群のセンスの塊。下着にも抜け目ない。とにかく可愛い、とても可愛いがこれはダメだ。紐を引っ張って取りたい衝動にかけられる。それをしたら絶対に最後まで事に及んでしまう。



「ふっ……んゃ…ぅ…ふ、ふふ」



ふに、ふに。
気付いたら囁かな両胸を両手で弄り回していた。まず胸の形を確かめるように輪郭をなぞって柔らかさを確かめるように何度も押す。何度も何度も。
レッドは思った。確かにアヤは自分の胸の小ささにかなりのコンプレックスを抱えているが……それほど気にする事なのだろか?大きさは確かに小さいのかもしれないが、かなり柔らかい。触っていて楽しいし気持ちも良い。服の上からこれでは直に触ろうものならどんな感触が……と思考している最中にも胸を揉み込む手は止まらない。「いやー女の子は柔らかくていいのよ!ずっと触ってたい柔らかさだぜ。癒しだよ癒し」とグリーンが上機嫌に語っていたのを思い出しなるほど、とレッドは一人納得した。確かに、なるほど。これは良い。かなり良い。癒しだ。ふにふに、もにもにと揉んでいる両手の指先に神経を全集中させ、レッドは腕の中の少女を見やる。「あっそういえば知ってる?小さな胸は揉めば大きくなるんだって。どこにそんな科学的根拠があるか分からないけど、あながち間違いじゃないんだよ。バストを大きくさせるには乳腺を発達させて女性ホルモンを多く分泌しやすくしてあげるってことなんだけど、バストマッサージでバストアップ効果が認められるんだって。でもただ触ってたり揉んだりするだけじゃダメなんだろうけど…」なんてモニター越しでそんな教えを授けたユウヤに少しばかり感謝した。



「んっ…ぅ、ふ、…ふ…、」

「揉めば大きくなる……か…」



それならばこうして毎晩揉み続ければいいのでは?

アヤの望みは叶って自分の欲求を少しばかり満たせてお互い良いとこ取り。win-winだ。
だがしかしこんなの毎晩続けられるかといったら否。己が耐えられそうにない。暫く触られ続けたアヤは背中や腰がピクピク震えて可哀想なくらい熱が篭っており、全身火照った身体は実に美味しそうに見えた。宛ら腹を空かせた獣並に唾液が溢れてくる。
優しく手の中の柔らかさに力を加えて形を変えるように揉み込む。レッドは今一度深く呼吸しゆっくりと吐き出した。



「……はーーっ…しんどい……」



レッドは名残惜しそうに手を離した。両手で愛しい身体の持ち主を強く抱きしめて、項に口付けた。今はもう傍になくてはならない匂いを肺いっぱいにゆっくり吸い込む。
身体が熱い。というか下半身がしんどい。これは後で一人で処理せねばならないが、果たして己の大切な人と身体を重ねる日は遠いのか近いのかレッドは計り知れずにいた。
出来れば初めは痛い思いなんてさせるのは死んでもNGだ。
何となくだが、アヤの場合は初めが肝心な気がしなくもない。快楽に素直になり甘受さえさせればきっと自分から寄ってくるだろう。逆に初めが痛みしか伴わない行為なら、アヤのことだ。拒みはしないが痛みに怖がってかなり消極的になるだろう。



「どうせならグズグズにしてやりたいしな…」



などとこの男、欲を孕んだ目でとんでもないことを思案していた。




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「ん、ん、んーー………?ファッ!?」



浅い意識の中で微睡んでいたアヤは芳ばしい匂いに釣られて覚醒した。
バッと飛び起きてキョロキョロと部屋中を見渡す。何だか、何だかよく分からないが、凄くイケナイ夢を見ていた気がする。レッドに身体中を弄られるとんでも夢である。別にレッドから触られることは全然問題なんてないのだが、普段、あまり自分でもじっくり触ったりましてや他人に触らせる事なんてない場所をそらもうじっくり触られた夢だ。え、ちょ、ヤダ。とアヤは呆然と考える。もしかして欲求不満なのだろうか。夢には普段の自分の奥底に隠れた願望が夢に出やすいと聞くが、いやそんなまさか。でもちょっと気持ち良かったかも…なんて考えて猛烈にブンブンと頭を振った。



「アヤ?」

「へ!?」

「おはよう、どうした」

「あ、え、えっと」



レッドがキッチンから珈琲を入れたマグカップを持ってリビングに入ってきた。あ、この芳ばしい匂い、珈琲だったのかーなんて考えながらも「あ」だの「う」だの意味の無い単語しか出ない口がパクパクしている。
珈琲片手に雑誌や報告書を机に置いたレッドは首を傾げている。



「今日はライモンシティに用事がある。用があるのはライモンシティから少し外れた場所だが…あと1時間くらいで用意して……アヤ?」

「え、あ、はい!準備します!」

「…?」


何で敬語?とレッドは首を傾げるとマグカップを置いてピカチュウ達に朝ご飯を用意し始めた。
あ、はい。おはようございます。今日も美しい顔です目の保養です。とアヤはバクバクと煩い心臓の音を宥めながら拝む。そそくさとベッドから抜け出して熱く火照った顔を洗いに洗面所まで向かった。



「(は、恥ずかしい…まともに顔なんて見れる訳ないじゃない。え、えっちな夢なんて見るもんじゃない…!!)」



消えろ邪念。はしたない浅ましい女だと思われるのなんて言語道断。自分は清廉潔白でいなければならないのだ。何だかレッドはそういう欲に濡れた人間らしい感情を向けられる事に関しては嫌悪している気がする。きっとレッドは一途さとポケモンへ親身になって向き合える人間性を持つ者が好ましいと思える傾向がある。そんな人間にあんな、あんなえっちな夢見てたなんて悟られる訳にはいかない。あのシロガネ山の山頂のような、冷ややかな絶対零度を灯した目で蔑まれる。そんな目で見られたらきっと生きてはいけない。すぐにそこのベランダから飛び降ります。
…なんてアヤはそんな推理を始めるが、肝心のレッドは真逆の事をいつも考えていることについて知らない。その思いはアヤが思っている以上に邪かつ情欲に濡れてドロドロに煮詰まった感情を既に24時間向けられているが、上手く隠されている。



「(で、でもちょっとだけ…ほんとにちょっとだけ気持ち良かった…かも)」



自分でももちろん触ったことはあるが、他人から触られる感覚はだいぶ違っていた。マッサージと同じなのだろうか。暖かくて大きな手の平に包まれて優しく触られるのは以外にも心地が良いのかもしれない。それに、夢でも自分の好きな人が触れてくれることは嬉しかった。大事にされている事が分かる。いつしか夢じゃなくて、現実でも同じことが起きればいいのに。
洗面台で顔をバシャバシャ洗い両頬をピシャリと叩く。雑念を追い払った。






日に日に欲にまみれている

(日に日に強くなる欲)







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