act.21 兄とコトの事情




新しい服を早速今日から着る事になったが、その条件は下に短パンか何かを履く事が条件だった。

アヤとしては別に自分の下着がチラチラ見えようと気にしないし減るもんじゃないが(けれど他意があって見られるのとでは嫌悪感は勿論ある)、やはりレッドからしてはそういう訳にもいかないらしい。


外に出る時はちゃんとアヤがいそいそと短パンを履き込むのを視界に入れてから外出をする。まあ下に短パンを履いていた方が気にする事なく動ける為、アヤも文句も何も言わなかったのだが。

いや、というか衣装が変わる度にフリフリ度が増しているのは気のせいか?



『……………少し丈が短ぇ気がするのは、俺の気のせいか?』

「……気のせいじゃないですかオニイサマ」



新しい服が欲しい、と頼んでそれをわざわざ作ってくれた事には感謝している。だからアヤは直ぐにパソコンのケーブル回線を繋ぎ、兄に報告をと我ながら素早い連絡だと思った。

直ぐに回線は繋がり、映像画面の向こうにはまずドクターユウヤがニコと笑って顔を出した。新しい包帯をクルクルと指先で踊らせながら、律儀にも回線を繋げる準備をしてくれていたらしい。「うん、可愛いじゃない!似合ってるよー。ユイの奴、顔に似合わず良い仕事するよね本当。ホント顔に似合わず」、と彼はユイが仕立てた服を着たアヤに笑う。

…気のせいか、毎度毎度ユウヤを見る度にユイの扱いというか、態度が悪い方向に傾いていっているのは気のせいだろうか。否、気のせい…であって欲しい。
「あのバ…ユイ呼んで来るから待っててね」と素敵スマイルをアヤに向け出て行ったユウヤ。(ねえ、今バカって言おうとしましたかお兄さん)それから数分しない内にユイの足音らしいドスドスとした音が聞こえ、向かい画面のソファーに堂々と腰を落とした兄。

……今まで寝ていたのか、かなり不機嫌そうに眉間に皺が寄っている。アヤと同じ色の目も据わっていて、若干怖い。



『………騎亜は行ったか』

「え、あ、うん。今さっき受け取ったからまだそっちに帰らないと思うけど…あ、ユイ兄ありがとう!」
『勘違いすんな、貸しは10倍だ。金払え』

「ええええええ!?」



騎亜。きっと、いや、プテラの事だろう。「思ったより早ぇな」と呟いた兄は、予想以上の働きをしたプテラを分かりにくくも評価しているようだ。

それにしても請求?え、妹から金踏んだくるの?とアヤは早速、兄の言葉とは思えないような発言に食いかかる。そんな画面越しに騒ぐアヤを無視して、どこから取り出したのかタバコを一本片手に火を付けた。パキンッ、と耳に良い音を響かせたジッポがユイの手に握られている。(タバコって何が美味しいのか永遠に謎だと思う)

寝起きのため所々跳ねた髪をガシガシとかきむしったユイは、足を組み直して邪魔な前髪を払う。

ある意味麻薬と言われても同然のそれに口を付け、フー、と吐き出した白い煙がゆらゆらと宙を昇る。そして改めて妹の顔を視界に入れたユイは直ぐに視線を外した。視線の先は、少し外れた首もと。「サイズは問題ねぇな」と言う彼はアヤの体型をまるっと理解したような言い方だ。

……胸元をカバーするように作られた服を見据え、ユイは小馬鹿にしたような嘲笑を浮かべているような気がするのは、とりあえず気のせいだと言うことにしよう。

因みにこの服、今気付いたが胸元からピュッと出ている紐を絞れば、開いた肩幅を縮める事が出来るらしい。ちょっとハイテク。そして「少し画面から離れて立て」と兄から命令され、疑問に思いながら立ち上がったアヤは素直に言う通りにした。

が。何故かユイの眉間の皺が三倍増しに。



『チッ、丈が短すぎたか』

「え?そんな事ないよ」

『そんな事あんだよ。おい、下にタイツ履け』

「ヤダよ。蒸れるもん。いいじゃん生足で!すこぶる爽快だよ」

『あ゛ァ?テメェの汚ぇ生足なんざ視界に入れたらそれこそ周りの奴らの目が腐り落ちるんだよ!それを阻止する為にもお前はタイツを履けタイツを!あと短パン上から履いとけ!』

「スカートの下にタイツ履いて尚且つ短パン履く女だなんて聞いた事ないよ!!どんだけ武装!?」



ごもっともである。何だその装備は。どんだけ厳重なのそれともセンスが些か残念なのか。せめてどっちかだろ、と頭の片隅で思った。
ピクピクとアヤの目尻がひきつり、脂汗をかきながら画面の兄を睨み付ける。対する彼も眉間に皺を寄せたまま、画面の中の妹を睨み付けていた。



「――――ブッ!」

『あ?』



突然アヤのくぐもった声がユイ側のスピーカーから響いた。睨み合っていた視線はお互い外れ、ユイの方眉がクッと吊り上がる。…画面には黒い毛玉がアヤの頭を押し潰していた。じゃれているのか、自分の体毛をアヤの頭に擦り付け、しがみつきながら鳴きまくっている。茶髪は既にグシャグシャだ。

というより、その黒い毛玉に見覚えがユイにはあった。



『……おいアヤ、そいつァ』

「ロアー」

「ちょっ…何ゾロア!さっき遊んだでしょ!今世にも恐い相手と大事な話しして……ちょっとォオオオ!!?何髪の毛食べてんの!!え、お腹空いてんの君!?」

「モシャモシャモシャ」

「あ゛ぁぁぁぁヤメロォオオオオオオ!!」



…どうやら、思っていた通りのポケモンらしい。しかしユイは実際に見るのは初めてだ。

妹の髪にかぶりつくゾロアを見て、なるほどと内心頷く。中々意地悪そうな顔している。…心細さに折れてイッシュで新しいポケモンを捕獲したようだ。

物珍し気に眉を寄せながら観察していると、今度はまた別の黒い物体がゾロアに飛んできた。ガツンッ!と頭と頭がぶつかる音がスピーカーを通して響き、二匹は喧嘩してるのかゴロゴロと床で暴れる音が聞こえてくる。…そのポケモンも本の中で見たことのあるポケモンだったが、確か生息数は低い筈だ。

どこで捕まえたのかは知らないが、よく見付けたなと思う。見たところアヤのポケモンでは、ないらしい。



「………っあ!ユイ兄!ゾロア!新しい子!」



黙ったままのユイを思い出したアヤはハッとして画面に向き直り、ゾロアの首根っこを持って兄に見えるように掲げる。

ぞんざいな扱いだな、と充分に他人をぞんざいに扱う自分を棚に上げるユイは「こっちレッド宅のモノズ君だよ」と脇に手を入れてモノズを紹介する妹の言葉を聞きながらへぇ、とぶっきらぼうに返事をする。



「……ユイ兄、サンダース達は元気?」

『あ?安心しろ、お前の手元に居た時より遥かに開放的だ』

「(………あいつら……)」



そんなにボクは君達の扱いが酷かったか?と文句を言いたくなるが、まあ元気そうで何よりだ。ユイも思ったよりかは邪険に……してないと思う。いや願いたい。サンダース達は各暴走族の人達と散らばって仕事の手伝いをしていたり、各自自由に過ごしているらしかった。一時期環境がガラリと代わった為に今のこの状況を楽しんでいるのだろう。まあ楽しいなら何よりである。

じゃあもうそろそろ良いかな、ともう一度ユイに服の礼を言ったアヤに、彼はぶっきらぼうに「あぁ」と呟いた。

…金は取らないらしい。どうやら今回限りは冗談、だったみたいだ。そして通信を切ろうとした矢先、画面の向こうに何やらメモを持ったカイが現れる。メモ用紙に視線を落としながらユイに近付いたカイは、通信中のアヤに気が付くとやんわり笑顔を作り、ヒラヒラと手を振った。それに吊られ頭を下げたアヤはふと思う。

ここの暴走族の人達、皆良い人だよね、と。例えば八百屋さんにいるちょっと人相悪い兄ちゃん達みたいに。

メモを受け取ったユイはチラと内容を見た後、眉間にあった皺が更に増えた。…きっと仕事の依頼だろう。そういえばこのユイが率いる一味は個人営業みたいな事もしているそうな。どんな仕事内容が流れて来るかは、一切知らないが。



『……チッ……おい、回線切るぞ』

「あ、うん」

『それとくれぐれもあの小僧と一線を越えないように。………越えた瞬間、オメェ、わかってんだろうな……』

「ハイニイサン」



俺はまだ欠片も認めん。

そう強烈な目力で訴える兄。…いや、最近頻繁にレッドから身の危険を感じるが、まあ無理にするつもりは、彼にはない…らしい。何を、と聞かれるとそんな言葉はアヤの口から裂けても言えないが。(この時点でかなり不安だ)
……だが、まあ長年一緒に居る内には自然とそういう関係には、なるだろう。未だレッドと“そういう事”をすると考えるとなると、何か恐怖心のようなものが沸いてくる。

アヤだって、もう何も知らない年齢ではないのだ。知識があることにはあるがしたいともやろうとも思わない。っていうか赤ちゃんを作る以外にする意味があるのか。

そんな事をユイに言うと彼は軽く目を見開き、珍しくクツクツと笑った。何が楽しいんだか知らないが、愉快そうに笑っている。挙げ句「そのまま年老いて死んで行け」とまで言われてしまった。よくわからない。

そして今度こそ回線を切ろうとしたが、切られる前に画面の中の兄が「カイ、このバカからの依頼料80万ふんだくっとけ」と悪魔のような顔で言う己の兄を見て、アヤはギョッと戦慄したそうな。



ユイ兄、一体どういう仕事してるんですか。



兄とコトの事情

(一線を越える、と言うことは軽く死を意味する)



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