act.20 揉めば大きくなる




「ただいまー!みんなアイス買っ………、」

「いいか、骨の欠片も残すことなく灰にしろ」

「ロア?」

「ドラ」

「とりあえずあいつに近付いてくる男は皆ろくな人間じゃない。俺以外排除だ」



貴方なに吹き込んでるんですか、と声にならない言葉が空気を切った。




* * * * * * * * * *




アヤがアイスが入った袋と、今さっきプテラから受け取ったユイからの荷物を抱えてセンターの宿に戻った矢先に見た光景。それはレッドが二匹を目の前に座らせて善からぬ事を吹き込んでいる姿だった。

どうやらアヤに興味本意で近付いて来る男達を対象に「抹消しろ」と言うレッドの目は至って本気。因みにこれは今やカントー地方のオーキド研究所に預けられているリザードン達にも、吹き込まれていることだった。

それを今新人のゾロアとモノズにもご丁寧にインプット中。いや、何故レッドの手持ちのモノズだけならまだしも、自分のゾロアにまで吹き込んでいるんだこの人。とアヤはどこか遠くの意識の底で思う。

そしてドアの前で半場呆然と見ていたアヤに気付いたレッドは、今まで禍々しく光らせていた赤い瞳を多少目元を和らげて「おかえり」とアヤに言葉を発する。

…いや、アヤからしてみればそのギャップみたいな表情の変化はキュンとしてしまうものだが、何か満足してはいけない気がするのは気のせいでは…ないはず。既にアイスをかじっているピカチュウは自分の主人を見て小さく息をついた。

それにハッと我に返ったアヤは「何恐ろしいこと吹き込んでんのォォォ」と叫ぶも目の前の男はさも当たり前と言う顔で息をつく。

…どうやらあのNのお陰らしい。彼と出会ってから何故だか警戒心が強くなってしまったみたいである。

ガサガサとアイスの入った袋に頭を突っ込んで漁るゾロアに気付いたアヤは、その中からバニラのアイスを2個出してゾロアとモノズに差し出した。そのアイスにゾロアは直ぐに食らい付いたのだが、対するモノズはというとかなり遠慮しているのか匂いも嗅がない。
だがしかし興味はあるようだ。アヤはモノズの額を小突くとアイスを口に遠慮なく突っ込んだ。その冷たさに吃驚したらしく後ろに飛び退いたが、口に広がる甘さに次第とフガフガと鼻を鳴らしながら頬張る姿にアヤは笑う。

それが、数分前の話。



「………」

「………」

「絶対に、駄目だ。許さん」

「何でぇえええ!?」

「丈が短すぎる」



レッドの眉間にいつもの数倍の皺が寄っているのは見間違いではないだろう。ギラ、と睨み付けるように見据えればビビったアヤはズルズルと後ろに後退する。

理由は、アヤの身に纏っているものにあった。青くいつもよりヒラヒラしているそれはまあ、通気性が良くて涼しいの一言に尽きる。あの長い期間着ていた黒い服は確かに動きやすいものだったが、シンオウ地方の寒さから凌ぐ為に生地が厚めのものだった。

だから向こうでは暖かかったものがこちらでは物凄く熱い。溶ける。

そんな理由で新しい服が欲しいと兄に頼んだのは随分前の事。だがしかし「服が欲しい、だァ?ふざけんなそんなに熱いなら裸でいろ」と予想通りの言葉を言われ、腹が立ったアヤはその通りにしようとしたら何故だが投げ飛ばされた記憶が鮮明に残っている。「テメェは馬鹿か。そうか馬鹿なのか。もう一回脳震盪起こして頭リセットして来やがれ!!」と非道な事も言われた。

我ながらなんて酷い兄なんだ。
そんな事があってとりあえずは期待なんてしてなかったが、まさかこんな早くに服を用意してくれるとは思わなかった。そう、あのプテラが運んできた紙袋の中身は新しい服が入っていたのだ。

普段のものと形状は変わらないが、青がベースとなっていて白いヒラヒラした袖が付いている。全体的に軽く仕上がったそれは確かに通気性抜群の服だろう。服の刺繍も本当に、これやり過ぎだろくらいに完成度が高い。ユイ兄凄い。だなんてアヤは思う。

紙袋の中から嬉々と服を取り出したアヤに、レッドは首を傾げたが彼女が手に持ったそれを見て「着替えてこい」と心無しかとても興味深く見やるからアヤも頷いて着替える事にした…が。着替え終わり「体が羽のようだ!」とはしゃぎ新しい服を身に付けてレッドの前に姿を現した瞬間、レッドの眉間に皺が寄った。

まさかの反応に理由もわからなく固まったアヤに、対するレッドも「脱げ」とセクハラに近い発言をして本気で脱がせようと立ち上がる始末。

本気でビビったアヤはゾロアを盾にしながら本気で後退りする。

ユイがイッシュ地方に合わせて仕立て上げた生地は薄く、軽い為かかなり通気性は良いだろう。ベースになっている青い色も淡い水色のヒラヒラした袖も、とてもアヤにマッチしている。

しかもアヤは胸がお世辞とも大きいとは言えない為(否、無い)体のラインは潰れるように作られているところを見ると、流石兄だと言えよう。…いや、もしかしたらそういう用途ではないのかも知れないが。よくアヤの特徴を捉えて似合うようにデザインできたな、と高評価するべき点は沢山あるだろう。しかし。



「丈が短すぎる」



そう。スカートの丈が短いのだ。

いや、短いといっても今までの服の長さとほぼ変わらないのだが、そう見えてしまうのは恐らく現在アヤが素足だからだろう。本人「超涼しい」とか言っているが。



「……お前、それ屈んだら見えるぞ」

「別に見えたって構わ」

「捲ってやろうか」

「うん、ごめん。本当ごめんなさい」

「…別に俺が見ても構わないだろ。いつも着替えの時見てるのと変わらないが」

「いやいや大分変わるからね!意識の違いって言うか………え、ちょ、待って。いつも見てるの?見てるって?え?え!?」



難しい顔をしながら素足をガン見したままのレッドに、アヤは真っ青になって叫ぶ。

アヤの着替え。下着。裸。自分の身体はもう、なんて言うか末期である。胸なんかあって無いようなものだ。遥か昔にどこか違う栄養やエネルギーとして発散したに違いない。しかも色気なんて当の昔に…そう、例えば。アウストラロピテクスが存在していた遥か昔の時代から自分の色気なんて粉々に散っていたに違いない。胸の大きさは今世紀最大のミステリーである。

そんな自分でもムラムラもなんもしない身体を(下着越しに)恋人に見られていたなんて!

何故か何の前触れもなく憂鬱な表情で自分の胸をペタペタと触り出したアヤに、レッドは少なからずギョッとする。いや、揉む、というか“有るのか無いのか”を確認する触り方だが。しかしレッドからしてみれば何だか、グッと来るような仕草だった事は言うまでもなく。



「…………」

「平均女性の胸のサイズはDだと言うじゃないか。だがしかしご覧なさいボクはAなのだよ。いやもしかしたらAもないよね。うん、ないよね。何故ボクの胸がこれしかないのか、それは今世紀最大のミステリに値する」

「(………俺は服の丈の話をしていた筈なんだが)」



今まで服の話をしていた筈だ。丈が短いと話をしていたのに、何故アヤはここで胸(コンプレックス)の話をするのかレッドには理解できない。(ただ単に気づけないだけ)

しかもかなり落ち込んでしまったのは見ていて一目瞭然なので、また知らない間に墓穴を掘ってしまったのか、とレッドは軽く眉間に皺を寄せた。



「ボクもシロナさんやメリッサさんくらい欲しい。ないすぼでぃが良い。出るとこ出て欲しいいや出ろ!」

「……………」



ヤバい。アヤの元々少ないネジが数本吹っ飛んだようだ。にしてもアヤの大人らしい身体…。それはそれで興奮するかも知れないが、別にアヤは今のままで良い。今のままが丁度良い。それでこそアヤ。いや、無い方が好きとかなんじゃなく。

レッドはそこまで飛んでいた思考を戻し、話をとりあえず戻す事にした。



「……とりあえず、その服の下には短パンかスパッツか、今まで通りタイツか何かを履くように」

「……………蒸れるからヤだ」

「…………」



胸の事で相当ダメージ食らったらしい。俺、一体何を言ったんだ、とレッドは軽く頭を押さえたが、とりあえずまた機嫌直しをしなければ先に進まない。



「……………」

「……………」



ふに、やらむに、なんて効果音のするような感触はなかった、が。とりあえずは柔らかいから良かったじゃないか、とレッドは他人行儀に思う。

感触を確かめるように青い布の上から触れ、僅かに揉むとそのままソファに押した。ボスッと盛大に沈み、当のアヤ本人は訳がわからないような顔をしていた。



「……、…え…、な、え、」

「でかくしてやろうか?」

「は、」

「でかくするにはどこかの医者の、しかも女顔の男の誰かが揉むのが一番とか言ってたな。…そんなに気にしてるなら、揉んでやるが。俺が、丁寧に、じっくり時間かけて、」

「も………!!」



揉めば大きくなる

(レッドの前じゃ胸の話はしないようにしよう)(っていうかそんなお医者さんボクが知る中で一人しかいねええええええ)





- ナノ -