act.19 送り主兄
「キェエエエエエッッ!!」
「わあああああああッ!!?」
「ぴかぁああッッ!!」
今時「キェエエエエエ」なんて言う奴がいたのか、と言うのがアヤの率直な感想である。
早速と言っていいくらいにゾロアは新しく仲間入りしたモノズへと突っ込んで行き、勢いのままモノズと一緒に転がったのは一時間程前の話だ。
ゾロアは楽し気にキャイキャイとじゃれているがモノズからすればたまったもんじゃないだろう。盲目な上にまだ警戒心が山のように高いモノズに突進。それは彼に強い刺激を与えたものとして暴れまくり、またそんなモノズにゾロアの遊びもヒートアップしていくばかりだ。
ゴロゴロと二匹で転がりまくるそれを、レッドは無言で観察していたがふと隣に居た存在が動くのを感じた。いつもの黒い服を揺らして立ち上がったアヤに、レッドは何処に行くのかと行き先を問う。
そんな彼に向かって「アイス買ってくる」、とまた唐突に行動を起こそうとするアヤにレッドも当然と言わんばかりに立ち上がるそれを制した。
すぐそこだから、とアヤの言い分に納得いかないレッドだったが、渋々腰を下ろした彼は代わりにピカチュウをけしかけて来たのだ。軽いボディーガードみたいなものだろう。
指名されたピカチュウは嬉々とレッドの肩からアヤの肩に飛び乗り、「ちゃあ」と一声鳴いた。どうやら久々なアヤとの散歩が嬉しいらしい。…実のところアヤに着いて行けば、みんなとは一つ分多く食べ物を買ってくれる。
というのがまあアヤとの散歩の特権なんだが。ピカチュウは今回それが狙いだ。しかもアイス。因みにピカチュウの好物の一つである。今日はバニラにしようかチョコレートにしようかまたはストロベリーか…そんなウキウキと尻尾を振るピカチュウにレッドは不思議そうに首を傾げ、アヤは理由が分かっている為に軽い苦笑いで財布を持ったのだった。
しかし借りた宿の扉を開いた際、「あの緑の不審者と同じような虫けらが近付いてきたら即抹消しろ」、とレッドが肩越しにピカチュウに吹き込んでいるのを聞き、アヤは頭を抱える事になる。
しかもそんな言い分にピカチュウ自身「任せろ」と言わんばかりに片手を主人に挙げた。また頭痛くなった。
「えーレッドはシンプル過ぎるバニラでしょ。ゾロアとモノズ君にはチョコレートで良いかな?ピカチュウさん良いかな?」
「ぴっぴか」
「じゃあチョコレートで。…ボクはチューペットタイプのやつが…、……」
「…………」
「いや止めよう。今日はチョコミントにしようはい決定!」
ピカチュウは既にバニラとストロベリーのアイスを抱えている。
アイスボックスの上に乗るピカチュウはヒヤリとするガラスが気持ち良いのか、ペタペタと尻尾を着けたり離したりと中のアイスの山を眺めていた。今度未知なるスイカバー食べようかな、と考えて。
対するアヤは取り敢えず目につくアイスを一通り手に取ってカゴの中に。ゾロアとモノズは好みがわからないから適当に無難なものを割り当て、レッドはぶっちゃけて言うとバニラしか食べない。バニラしか食べないなんて、なんて可哀想な人なんだとフツフツと思うがまあそういう人も居るだろう。
アヤはチューペットタイプのラクトアイス(チョコ味)にしようかと手を伸ばしたが、何を思ったのか突然戸惑い隣のチョコミントへと手を伸ばした。ピカチュウもその理由も分かっている。
そう、確か随分前にチューペットタイプのアイスをアヤがテレビを見ながら加えていた時。レッドが机の向こうからじっとガン見した上に「それエロイ」とか何とか言われたのだ。
アヤにして見ればかなり不本意である。
思い出して少し不機嫌になったアヤはチョコミントの他にバリバリ君(ソーダ味)を手に取り会計に向かった。
そして、その帰り道の出来事だ。
まさか街中で「キェエエエエエ」なんて言われたのは。しかも頭上から。普通にビビったアヤに、ピカチュウも吃驚したのか僅かに静電気が頬を掠める。どうやら人間ではないのは明らかで、改めて頭上を見上げたら何とまあイッシュでは中々お目にかかれないプテラが飛行していた。
「…………って、え。あれって…」
あのキェエエエエエとか現在進行形で雄叫びを挙げているプテラ。勿論アヤ達だけじゃなく、当然周りの人達も吃驚している。
どう見ても穏やかの“お”の字もない、狂暴だと分かるそのプテラにピカチュウは既に戦闘体制だ。きっとあちらさんが何か行動を起こせば即雷が唸るだろう。
アヤはそんなピカチュウを尻目に、そのプテラを恐る恐る扇ぎ見た。………が。何かこのプテラ、妙に何処かで見た覚えがある気がして。この普通のプテラよりかなり狂暴そうな風貌。不機嫌そうな顔。そして決定的な証拠を見付けてしまう。
足首に付いた鎖付きの枷…いや言い方を変えるとアンクレット。それに見覚えがあった。
「………………。…いやいや、ちょっと待てちょっと待て」
これ、ユイ兄のプテラじゃない?
なんて思ったが直ぐに脳裏から消し去る。たかが見覚えあるだけで決め付けるのは…いったい世の中に枷付けたプテラなんて何匹居ると思ってんだ!と、かなり無茶ぶりに都合の良い言い訳を考えるがそんなプテラはそうそう居ないだろう。
そしてそんな考え事を悶々と繰り返す中、ボトッと何かが落ちてきた。無造作に封がされた青い包みである。
「……………」
紙袋には“愚妹”と書かれていた。
ああ、うん、そう。兄か。ユイ兄か。自分をそう呼んだりするのはあの兄しかいない。そう決定付けたアヤは無言で紙袋を拾う。見た目のわりにはとても軽かった。…って事は、やはり。
「……君、バ…ユイ兄のプテラ君?」
「シャー」
どうやらそうらしい。しかし何でまた?シンオウからイッシュまで飛んで来るなんてまた過大な労力だ。荷物があるならポケモン郵便の業者の人に頼めばいいのに、と思う。
ピカチュウが興味深そうに紙袋をじっと眺めているのを尻目に、プテラはもう用無しと言わんばかりに大きく翼を羽ばたいて空高く上がった。「か、帰り道気を付けて!」と咄嗟に叫ぶアヤの言葉は聞いているんだか聞いていないんだか。とりあえず、彼はユイにパシられた可哀想な子のようだった。
そして空に羽ばたく後ろ姿を見送った後、アヤは改めて紙袋に視線を落とす。
「…………何だろこれ」
「ぴかぁ?」
とりあえず、アイス溶けるから早く帰ろう。
送り主兄
(兄はポケモンにまで鬼畜だった)