act.16 探し人
黒印ポケモン
神話に登場するポケモン。尻尾の中に電気を作り出す巨大な発電機を持つ。全身を雷雲に隠してイッシュ地方の空を飛ぶ。
644 ゼクロム
「う…わ…」
「…デカイな」
夜になった。今現在夢の跡地に来ている。人は居ない。
広場を囲む木々がザワザワと風に揺れ、三人の髪がユラユラと風に乗せて揺れる。
そしてその目の前に煌々と佇むのはイッシュの神話のポケモンと呼ばれるらしい、ゼクロムと言うポケモン。純粋と言うに相応しい黒色がそのボディに焼き付いている。その黒はどこまでも真っ黒で、周囲の闇に溶け込みそうなほど黒い。ただただ凜としていて、黒いポケモンだった。
そんなポケモンを綺麗でカッコイイ、というのがアヤの第一印象である。
「伝説のポケモンなんて初めて見た…」
そう。彼は神話のポケモンである。故に伝説のポケモンに分類されるであろう貴重なポケモンだ。願わくは伝説のポケモンを偶然でもいいから一目見てみたいと僅かに願望があったアヤは、目の前の光景に口が塞がらなかった。
まさか眼前で拝めるとは誰が予想するのか。偶然後ろ姿を見た、僅かな時間飛んでいる姿を見た、目撃したのは一瞬だけで直ぐに走り去って行った、は数多く聞いた事はある。
だがしかしこんな至近距離な上に眼前で拝めるなんて最高じゃないかありがとう神様!とアヤはゼクロムが神様でもないのに無意味に手を合わせて拝み始める。
「まさか生きてる内に伝説さんを拝める日が来るなんてアヤは感激です…!ぜ、ぜぜぜぜ是非友達に…!あ!ど、土下座して頼んだ方が良いかな!」
「あ、いや、土下座までしなくても良いんじゃないかな。ゼクロムそんな性格じゃないから」
「頼むから土下座はやめろアヤ」
今にも本気で土下座をしようとするアヤをレッドは首根っこを掴んで止めさせる。自分の唯一大切な人間がガチに土下座なんてするところを本能的に見たくはなかったのだろう。
ゼクロムは只じっと佇んでいた。どういうつもりだと今やマスターであるNに視線を送るも、彼らは悪い人間じゃないから大丈夫だ、と言う様にNは小さく笑う。
とりあえず納得したらしいゼクロムはじっとアヤ達を観察し、「触っても良いですか!」と恐る恐る意気込むアヤにまぁ触るくらいなら、と頷く代わりに瞳を閉じた。ピカチュウもゾロアも珍しい種族のポケモンに興味があるのか、興味深くゼクロムの周りを彷徨き始める。そして伝説ポケモンの手にソフトタッチするだけで悲鳴(嬉声)を上げるアヤはどう見ても変な人間だ。世間一般的に言うイタイ子である。
「――――じゃあ、宜しく頼めるかい?」
「…了承した」
ポケモン図鑑を開き、ゼクロムのデータを取り込む動作を確認したNはそうレッドに告げる。
――レッドが出した条件。
それは「その中に居るポケモンのデータを図鑑に録らせろ」と言う条件だった。
流石に“その中”に居るポケモンを一瞬で理解したNは眉を潜めながら理由は何だ、と言う質問をした。それは情報を悪質に扱われる危険性があると少なからず踏んだからである。
そしてレッドから大まかな理由を聞いたNは然程危険性は無いと判断し、彼の条件を飲んだ。かくして彼らの交換条件は速やかに成立したのだが。
何故、自分がこのポケモンを連れている事を知っていたのかNは多大に気になった。
「……ところで何で僕が伝説のポケモンを、ゼクロムを連れてると分かった?」
「…特殊な生態系をしているポケモンは気配でわかる」
「……参ったね、」
君は僕より階段が一歩高い場所に居るらしい。
はっきり言うとNは、自分以上にポケモン達の事を理解出来る人間はこの世には存在しないだろうと今まで思っていた。けれども今、目の前に自分と同等かそれともそれ以上の人間が存在している事にNは驚きよりも嬉しさを感じている。
それはもっと彼らを理解して欲しいという願いと、今まで同じ地に、彼の隣に立てる人間が居なかったからだ。Nは初めて親近感に近いものをあの日の“彼女”と同じように、レッドに感じていた。
もっと彼女のような人間が増えればいいのに、と日々呟いていた時代が懐かしく思える。
「約束は守る」
「…ありがとう。ね、あともう一ついいかな?」
「………。…調子に乗るなよ」
「いや、違う違う!また引き取って欲しいとかじゃなくて。アヤも聞いて欲しい」
「、っえ!?ボ、ボク?」
「…おい、巻き込むな」
「え、いや、ちょっ…あのレッド…」
「…まぁ、とりあえず聞いてよ?最初に言ったじゃないか。頼みは二つあるって」
ゼクロムと握手(ただ勝手に指を両手で握っていただけ)していたアヤはNに突然呼ばれた事に跳ねるように振り返った。まだ頼みがあるのか、と眉間に皺を刻むレッドはアヤまで巻き込もうとしているNに再び殺気が漏れ始める。
ギラと光った血のような赤い瞳にアヤは心の中で悲鳴を上げた。何故ならレッドの殺気を浴びるなんて、直接猛毒を身体に注入されているような毒々しさがあるのだ。アヤに向けられたものじゃなくても滲み出るソレはたまったもんじゃない。
今にも蹴りか拳が飛びそうになるレッドを力のある限り抑える中、アヤはそう言えば、とハタと思う。確かにNは最初に頼み事は二つあると言っていた。
「な、何ですか?」
「この子、」
「…………女の子?」
ピラ、とNは一枚の写真を前に出した。
その写真には一人の少女が写し出されていた。ポニーテールに結い上げられた長い栗色の髪はアヤより少し色素が濃いめで、また栗色の瞳。軽装に帽子を被ったその少女はいかに活発な性格である事が伺える。
「探してるんだ、この子」
Nの声色が、隠った。
「…………?」
「…僕にとって、とても大切な子なんだ。旅の途中、彼女を見掛けたらお手数だけど連絡を入れて欲しい」
「(…………………)」
「………え、えっと。か、彼女さん、とか?」
「そんなんじゃあ、ないよ」
「……………面倒だな。…さっさと番号よこせ」
「レッ……!!?」
「助かるよ、」
レッドが、あのレッドが易々と引き受けた。ポケモンを引き受ける話よりも遥かに早い判断で。アヤはギョッとする。
何故、レッドが易々と引き受けたのかはアヤには分からない。少女の写真を見て眉間に皺を寄せたままの彼を凝視する。
「名は?」
「ああ、そうだったね。名前も教えといた方がいいか」
彼がどう思ったのかは知らないが、何か影響するところがあったのだろうか。
Nは写真に再び視線を戻した。
「彼女の名は、ホワイト」
僕のたった一人の、理解者だよ。
そう呟いた彼は、酷く酷く、愛おしそうな。
探し人
(レッドには、わかる事が一つあった)