act.13 イニシャルN
「え、それってイニシャルですか?」
「や、違う違う。それ僕の名前」
「じゃあイニシャルじゃないですか名前教えてくださいよそれに何ナチュラルに向かいに座ってドリンクバー注文してるんですか!」
「だからイニシャルじゃないって!失礼だな君は!」
彼ね、男の子だよ。
と突然、何の余興もなく口を挟んできたこの明らかに怪しい青年。当然だがボクはこんな人知りません。
帽子の下の長い緑の髪が何か奇抜だ。
とりあえずパッと見何かデンジさんみたいな匂いを感じたのは気のせいだと思いたい。そして彼は電波なのかは知らないが、とりあえず頭のどこかネジが数本吹っ飛んでいる人だった。じっと知らない人間を観察するゾロアを、緑の人はふと笑って黒い毛並みを撫でる。「へえ、そうかい」とまた独り言のように呟いた。
名前は、“N”と言うらしい。
N。それが彼の名前。…そう、名前。イニシャルを聞いているのではなく名前を聞いているのだが。これじゃあますます怪しさ全開の人じゃないか。Nって何だ犯人の当て字か?
して向かいに座ってカルピスを啜るその怪しい人物。あれ、この人話聞いてる?常識って何だっけ?
「あ、これ美味しいね。ねぇゾロア?」
「…ロア?」
「ちょっとぉおおお!!何激しく初対面の癖に一言二言交わしただけで相席!?意味分かんないんですけど!?それボクのドリンク!それボクのカルピスウウウッ!!」
「初対面じゃないよ、今話したじゃない」
「話って何!?「彼、男の子だよ」「僕の名前はNって言うんだ」としか話してないよねボク一言も喋ってないよ誰だあんたぁああああ」
「だから名前はNだって。それに君だって喋ってるじゃないか」
「黙って!Nって!?どこからどう見てもイニシャルでしょどこで犯罪やらかしたんだ悪いこと言わないから警察行こう!名前は何!?ノブアキ?ノブナガ?それともノリオ!?まだ間に合いますボクも一緒に行ってあげるから!あげるから!」
「君失礼な人だな!だからNって言ってるだろ何回言えば分かるんだ!初対面にその態度はないだろ!」
「あんたに言われたかないよ!!?」
そして頭に戻る。
* * * * * * * * * *
「…改めて、僕はN。ヨロシク」
「…アヤです。ヨロシク、ヌエさん」
「は?」
「Nだと犯罪者っぽいから逆で呼ばせて貰いますヌエさん」
「(何 か 腹 立 つ な。)…ま、強ち間違っちゃいないけどね)」
不思議な事にたった今初対面で、奇抜過ぎるこの人を何故か向かいの席に座らせて会話を交わしている。何だよこれ絶対あり得ないよ普通じゃないし。
だって初対面でいきなりコレだよ?絶対おかしいよどうなってんのコレ。何が悲しくて初対面なのに相席でドリンクバーを一緒に啜らにゃならんのか。まず絶対あり得ないよこの状態が。
そしてNだなんて世紀の大犯罪者染みた名前を公衆の面前で「Nさん!」だなんて呼ぶことが嫌すぎてヌエさんに改良した。Nを逆から読んだだけだけど。目の前の緑の彼は納得いかないような、けれどふぅん、と言った表情で流した。
N。それが本当に彼の名前なのかは実に疑わしいが、まあそれは片隅に置いておくとしよう。そして改めて彼の容姿を観察すれば、ほっそりとした体型は少し痩せすぎているようにも思える。髪は癖っ毛がある長い緑の毛色に、翡翠色の瞳。そう、この人は目立つ。目に優しい緑とあってか目に痛くない程度に目立つ。
にしても何故こんな今会ったばかりの初対面に、ゾロアの性別が分かるのだろう。やっぱりゾロアと言う種族は分かりやすい姿形をしているのだろうか。そしてその答えが、
「…僕、ポケモンの声がわかるから」
「え、なんだそうなんですか?へぇー」
「……へぇ、って!?それだけ!?」
「ええ!?それだけって!?他に何を言って欲しいと!?」
「い、いや…「そんな馬鹿な」とか「気持ち悪い」とか…」
「ああ、それなら何ていうか…連れに同じような人がいるんで」
「そ、そうなの?」
「まぁ、微妙と言えば微妙なんですけど」
そう、別に人間がポケモンと喋れる事に関してボクからして見れば驚く要素がない。
普通ならあり得ないのだろうが、実際身近な回りの人達がポケモンと喋っているのを見てしまっているからだ。例えば、レッドとか。
前から異様にポケモン達とコンタクト取っているな、と思えば「だいたい何言ってるか分かる」、と彼は言った。流石に最初は驚いたけれど。
それが気になってユウヤさんにちょろっと聞いた事がある。どうやら小さな時からポケモンとの接点が過剰にあると、まれにそういう声を聞く能力が備わる例があるらしい。それを“P-ドルトアビリティ能力”だと、あの人は言っていたような。
「で?」
「え?」
「ボクに何か用があって話かけて来たんでしょう?そりゃあいきなり見ず知らずの相手にいきなりドリンク相席なんて考えられないし」
「………案外、勘が良いんだね」
とりあえず常識ではありえないし、話をかけること態難しいだろう。必然的に何か用があるのか、それとも何か企んでいるのか。
彼は小さく笑う。
「ゾロアの“声”を聞いていたら分かるよ。君はまあ悪い人間じゃなさそうだし、野生のポケモンから聞いた話しでは外部地方から最近来たみたいだね?」
「うはぁ…凄いですね。ポケモンと話せるとそこまで分かるんですか?…そうですよーボク、ジョウトとシンオウならある程度わかりますけど」
「その外部地方の情報が欲しくて君に声をかけたんだよ。人を、探してるんだ。二人ね」
「人?迷子ですか?」
「いや、違うんだ。まずこの写真の女の子。それと、ピカチュウを連れた青年を探してる」
「(………ピカチュウ?)」
「青年の方は野生のポケモンから流れて来た噂だから、はっきりはしないんだけど…何でも赤い瞳をしているらしい」
「…………………………」
「二人の目撃情報でも、贅沢を言えば特定できるその青年の名前を知っていたら教えて欲しい。知らないかな?」
「………………………」
「……………アヤ?」
「…………………あ、えっと、もしかして、その人ってひょっとしなくても」
それ、レッドじゃない?
イニシャルN
(そして背後から殺気を感じた)