act.126 1月1日






昼間から夕方は外を軽く練り歩き、ライモンシティの大晦日の雰囲気はそれはもうお祭り騒ぎだった。深夜に向けて屋台や出店の用意を今から始めている所もあれば、スーパーで買った品々をビニール袋にいっぱいに詰めて手に持って子供を連れたお母さんお父さんが大変そうに歩いている。この時期は各々、決まって忙しい。
夏の七夕祭りと同じような活気さ……いや、それ以上かもしれない。昼間でこれだから、夜になると更に活発化するだろう。

そんな人々と街の雰囲気を他人事のように見ていたレッドはやはり何が楽しいのかわからなかった。年を越すだけの行事だ。何をそんな楽しむ要素があるのか。レッドは小さくため息を着いて腰掛けたベンチの隣をチラと尻目に見る。アヤがそこらで買った唐揚げをホクホク咀嚼していた。ピカチュウに分け与えて、次に自分の口へと突っ込んできた肉の塊を噛み砕いてから、イッシュ地方の年越しとはこんな感じなのかと道行く人々を眺めるだけ眺めて。彼女の手を引いて席を立った。



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「お帰りなさいませ、こちらポケモンセンターです」



ポケモンセンターに帰ってきたレッドはジョーイから手持ちのポケモンとアヤのポケモン達全てを受け取り「長い間お世話になりました」なんて言葉を交わしている。



「こちら、レッドさんとアヤさんのポケモン達です。ご確認くださいませ」

「ありがとうございます」



ライモンシティのジョーイは少しだけ、2人の個人的な情報と内情を知っている。

このポケモンセンターの宿泊施設にはリーグ管轄の人間が一人、長期滞在している。
そして彼の後をくっつくように一人の女の子がこっそりと同室に身を置いている。トレーナーとコーディネーターという謎の組み合わせだが、彼女はトップコーディネーターのはず。職業柄、ジョーイ達はある程度の各地域の人材を把握している。

レッド、なんて。トレーナーをやっていればまず知らない人間はいない。

アヤも悪評と好評が比例し合っている為か色んな意味で有名だ。

そしてこの二人は、彼らは非常に親密な仲だということ。

一目見ただけでそういう仲だとは分かった。

けれど不躾な余計な詮索はしない。

それにアヤが熱を出した時や、ゾロアの時から治療にずっと専念して助けてくれていた人である。ジョーイ自身もトレーナー達に格差をつけて仕事をしているつもりは勿論無いが、それでも長期のセンターの利用で顔見知りにもなるし二人への関わりと感心は一層深かった。最早お得意様というか、常連客のような扱いである。

まあこれといって目立って贔屓していた訳ではない。人目がつかないように宿泊部屋を奥室にしてくれたり、ポケモンを預かっている時放送で名前を呼ぶところをこっそり個々に対応してくれたり、トレーニングルームを早朝の時間だけ特別に貸切にしてくれたりと。……これが贔屓じゃないのだとしたらなんだと言いたいが、かなり気を遣ってくれていた。

アヤとレッドも長期滞在により面識も信頼もそれなりにある。

レッドもかなりここのジョーイには世話になった自覚もあるのだ。アヤなんて重症だったオシャマリやチュリネを助けてもらっただけでなく、風呂で溺れて以来、フロントにいる時は必ず挨拶をするようにもしていたし。

そんなジョーイだからか、二人から信用されていることもあり少しだけこれからの二人の予定を把握している。

それを個人的に教えて貰えているジョーイとしては、それは誇りだ。

信頼され、信用されている証拠だから。

とっくに日が暮れた頃にやってきた変装した男の姿を見て、「あ、レッドくん」と心の中で気付いたジョーイは「こんばんは、お疲れ様です。回復ですか?引き取りですか?」と極一般的なマニュアルの挨拶をした。「“全て”引取りで」と伝えたレッドの思考を汲み取ったジョーイは二人分のポケモンをレッドに全て返した。

センターの受付でレッドに手持ちのポケモンとアヤのポケモンを全て返したジョーイはマニュアル通り、「またのご利用をお待ちしております。おやすみなさいませ」と返すと珍しくレッドから話しかけられた。



「……長い間、ありがとうございました」

「え?」

「今日の夜中、自分だけイッシュを出ます」

「それは、まあ。彼女は、」

「ここに残ります」



レッドはリーグ管轄の人間だ。

何をしているのかは知らないが、彼にしか出来ない事があるのは何となく把握している。今でも長期間ポケモンセンターに籠城しているその理由は調査の一環として、と言うことはわかっているからまた彼は仕事の一つとしてまた他へ足を伸ばすことになるのだろうか。



「しばらく残していく連れが心配ですが……少しだけ、気を遣ってやってくれると助かります」



そう言ったレッドにジョーイは少し驚いたように目を見開き、そしてそれをすぐに笑顔で隠したジョーイは「畏まりました。お任せください、行ってらっしゃいませ」と返す。軽く会釈して自室に戻っていくレッドの後ろ姿を見送ってジョーイはゆるゆる笑みを浮かべたのであった。




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23:00



そんなこんなであっという間に時間は過ぎて、夜になってしまった。

もう深夜だと言うのにポケモンセンターの外……窓から見えるライモンシティ全体は未だにイルミネーションが光り、賑やかだった。というより昼間より人も多く賑わっている。新年の迎え入れと年越しカウントダウンであっちもこっちも大賑わいである。年末年始だからかライモン遊園地も朝方まで解放しているらしい。観覧車が回りながら派手に点灯しているしジェットコースターも人を乗せて絶叫を奏でている。
レッドがいつしかアレを見て「機械の乗り物よりポケモンに乗って飛行した方が格段に楽しいと思うが……」とボヤいていたのを聞いてアヤは無言で首を振った。ポケモンに乗って飛行、というのは。リザードンのことを言っているのだろうか。そうなのだとしたらリザードンのジェット飛行は断じて娯楽ではない。戦闘機である。

そういえばレッドとテーマパーク行ったことなかった。すぐそこにあるのにこの半年間何してたんだろう自分のバカ。

そんなことをしみじみ思う中、アヤとレッドは窓の外を見ながら宿泊施設で大人しく過ごしている。



「元気ないな」

「だってもうすぐ行っちゃうでしょ……」

「なるべく早く帰って来れるようには努力する」

「うん……」



帰ってきてから軽く荷造り……と言っても大荷物ではない。小さなバッグに収納できる分の荷物を入れて軽く確認しただけだ。因みにすぐ帰って来る(予定)だろうが着替え一式を宅配で後から届くようにはした。

もうすぐ日付が変わる。

日付が変われば新しい年になり、真夜中からレッドは颯爽とシンオウ地方に向かうだろう。

ずるずるとアヤは夕飯代わりの蕎麦を啜り、そして軽く用意したお節をもぐもぐ咀嚼する。心做しか少し拗ねたアヤを見ながらレッドも黙々と蕎麦を啜った。

アヤが朝から何だか元気が無く、夕方に近付くに連れて見るからに気落ちしていることは分かっていたが。こればかりは仕方ない。本当なら離れたくないし、離れるなら連れていきたいけれどもそうする訳にはいかない。

レッドからしたら行かない選択肢がない依頼だったからだ。



「それにしてもお前はさっきから伊達巻と栗金団とし食べないな」

「お節の中身って人によっては好き嫌い激しいよね…」

「まあ確かに」



アヤが先程から食べるお節の種類は黒豆や伊達巻と栗金団ばかり食べている。あとは酢の物。
まあ、確かにお節料理の種類は多いが人によっては好き嫌いがはっきりしている食材が多いだろう。かく言う自分も、この食材が格別に好き、というものがない。毎年実家で食べていたものはほんの数口手をつけて全て残していたから。

寧ろ蕎麦だけはしっかり食べていた。

レッドは、ぶっちゃけ手の込んだものよりシンプルな料理が好き。ということが最近何となくアヤが気づいて、かく言うレッドも「そういえばそうかも」と自覚して知った。

蕎麦とお節は量を少なくしたから案外ペロッと間食して、そしてアヤは冷蔵庫からケーキを引っ張り出してきてレッドの前に置いた。

かなり小さめのケーキだ。



「?」

「あんまり甘いの好きじゃないでしょ?食べれるけど、そんな好んで食べないこと。ちゃんと知ってるよ」



そのケーキ、そんなに甘くないよ。

アヤはそう言って。



「誕生日おめでとう」



レッドは目を瞬いた。

ああ、そういえば。

ふと時計を見るとちょうど、数分前に0時を回っていた。本当に、とことん自分は自分の誕生日には無頓着らしい。それにレッドは甘い物は好きか嫌いかで言ったらそんなに好きではなく、食べれるけど好んで自分から食べない。そんな食癖だ。

アヤには言ったことはなかったが、きちんと観察されてわかっている。

ちゃんと、自分のことをアヤなりに観察されている事が彼は少し嬉しかった。

そして鞄からアヤは小さな箱を取り出してレッドに不安げに手渡した。そう、不安げに。何だ?と思いながら彼はそれを受け取って、まじまじと見る。箱はなかなかしっかりしていて、かなり軽い。



「……?これは」

「誕生日だから、プレゼントをね。何かあげたかったんだけど」



レッドはまたしても目を瞬いて、その箱とアヤを交互に見た。

まさかアヤが何かを用意しているなんて。貰えるとは思ってなかった。というより用意する暇なんてあったのか。

ただ、こうしてなんでもアヤから何かものを贈られるという行為自体がとても嬉しい。好きな人から何か物を貰う…というのはこんな感覚なのかと思って。



「開けてもいいのか」

「もちろん。……あっ、でもね。あの……ひいたらごめ、ん」

「?」



ひくとは?

自分がアヤの誕生日に婚約指輪をぶち込んだようなプレゼントの内容なのだろうか。あれはアレでかなり重いことはレッドはきちんと自覚している。めちゃくちゃ重い誕生日プレゼントだと思いながら、アレ以外の選択肢はなかった。

因みにピカチュウは笑いながら『あはは、ヤバ重ー』とか言っていたがまあそうなのだ。重い。アヤにドン引きされるかもしれないと思いながらもプレゼントしたがアヤも大概ぶっ飛んでてイカれているのかそれはそれは嬉しそうにしていたから、結果オーライだったのだが。

それでも、アヤから何か貰えるなら何だって嬉しいことには変わりは無い。自分のためを思って、きっと何がいいのか。自分のことを考えながら選んでくれているなら何だって嬉しいに決まっている。

アヤは自分に何を選んでくれたのだろうか、とらしくもなくワクワクして、その箱を開けた。



「、」



ソレをみて、さすがに言葉を失った。

一目見て重たい呪いが込められているのが分かったから。

誰の呪いかなんて考えなくてもわかる。

蒼色の、小さな二対のピアスだった。



「お前、これは」



いや、それよりも。このピアス。……この石。見覚えがある。

レッドは手の中にあるピアスとアヤの顔…正確にはその髪に差してある蒼色のヘアピンを交互に見た。

いつからだったか、わりと最近だった気がする。二本差していたヘアピンが一本になっていたことは気づいていた。無くしたのかと思ったりもしたけれどアヤが特段慌ててもないし、嘆いてもいなかった。アヤの性格なら本当に大切で無くしてしまったものなら泣きべそをかきながら、あるいは大騒ぎで、あるいは挙動不審になって探しそうなもの。

いつも身に付けていたヘアピンがアヤにとって大切なものであろうことは、態々聞かなくても予想できた。

アヤのヘアピンはよく見ると表面は蒼い石でコーティングされている。不思議な輝きを放つその石はただの石ではなく、何か護石や守り石に近い力を秘めていることを彼は勘づいていた。まあ、アヤがそれを知っているのかと言ったら難しいところだが。

けれどアヤが時々そのヘアピンを大事そうに磨いてケアしているのを見たことがあるから、大切なものなのだろう。
いつからか一本しか髪に差さなくなったことに気づいていながらも、アヤ本人は大して変化がなかったからレッド自身も特に気にしてはいなかった。そして、そのヘアピンの石とアヤが身につけているピアスも同じ種類の石だと言うこと。

何度も見てきたからわかる。

このプレゼントされたピアスが、アヤのヘアピンの石を再利用されたものだと。



「ヘアピンの石から加工したのか」

「み、見ただけでわかるのっ?よく気付いたね…さすがレッド」



アヤがゴソゴソと石が取られたヘアピンを取り出してそれを見せる。

綺麗に削ぎ取られたヘアピンはもう髪に差すには不格好だ。お世辞とも可愛いとも綺麗とも言えない。完全に見た目は死んだ。

彼女はそのヘアピンだったものを机の上に置いてしみじみと言った。



「ボクのお守りみたいなものなの」

「……お前、そんなものを人にあげていいのか」

「二本あるからいいの。その内の一本をレッドにあげる」

「大切なものなんだろ?大事にしてたんじゃなかったのか」

「うん。大事なものだよ。お母さんから貰ったんだ」

「……おっ…まえ…」



いや、それ。

絶対人にあげちゃいけないものだろ。

さすがに受け取れない。

ようは母親の形見だ。

そりゃ大切に決まっている。そんなものをレッドが「さすがに受け取れない」と渋っているのを見たアヤはゆるゆると微笑み首を振った。レッドの手を両手でぎゅっと握って。



「貰って?ボクのお守りみたいなものなの。それにほら、危ない仕事がレッドは多いみたいだし。ユイ兄に頼まれた仕事もそうなんでしょ?大切な人に……いつかレッドに、って思ってたの。レッドに持ってて貰いたいんだ」

「…………本当に良いのか」

「うん!その為にピアスに加工してもらったんだよ」



さすがにヘアピンじゃレッドは付けられないでしょ、と言われて遠慮がちに小さく頷く。……誕生日に大それたものを貰ってしまった。が、かなり嬉しいものだ。母親の形見でも、アヤが大切にしていたもの。今まで肌身離さず身に付けていたものを貰えるのは、かなり嬉しい。そこら辺のものをパッと買って渡されるより嬉しい。………いや、それだと語弊がある。そこら辺のものでもアヤがくれたものなら嬉しいが、ずっと身に付けていたものや持っていたものを貰った方が愛着もあるだろうし、ものの思い入れや入れ組み方がちがう。



「(それに)」



蒼黒い靄が見える。

小さなピアスに込められた願いの塊。

ずっと肌身離さず付けていたせいか、知らず知らずの内に特段強い思いが込められたのだろう。

……おそらく自分への想いが込められた、上質な呪い。

普段アヤが深層心理でどんなことを思っているのかは、そこまではわからない。言い難い事や黙秘することも当然あると思うし、まあそれでも理解しようとする努力やアヤに不満や不安な思った事があったら遠慮なく発言出来るようにと促してきたが。それでも口に出来ないこともあるだろう。自分だって同じだ。

自分の体内へ貫通させたらどんな影響があるのか、実質どうなるか分からない。アヤが日に日に自分への執着が強くなってきているのを見て。この小さな装飾品へと込められたアヤの思念は相当重いものだと予想して。

そんな黒く染まった思いに心臓を掴まれるのだとしたら、さぞかし心地が良いのだろうな。

そう思って。レッドはゆるゆる、笑みを作る。



「ありがとう。……大事にする」

「うん。どういたしまして」



嬉しそうなレッドを見てアヤもほっとしたようだ。よかった、ひかれなくて。そう思って胸を撫で下ろした。



「何の石かは分からないけど、たぶん宝石の一種だと思うんだけど……」

「そうなのか。…どんなものでも嬉しい。早速新しいピアスホール開けなきゃな」

「あるよ!ピアッサー!」

「………用意がいいな…」

「こんなこともあろうかと一緒に用意しました」



二対の蒼い小さなピアスは5mmもなく、恐らく3mm玉くらいだろうか。そんなに大きくないから使い用途があり、組み合わせもし易い。しかし自分の耳は既に両耳にワンホールずつしか空いていない為新しく付けるところがない。今付けているピアスは……諸事情により残念ながら外せない。

アヤがまたどこからか紙袋で包装されたピアッサーを取り出しそれをレッドに手渡した。おまけでくれるらしい。ふむ、と考えたレッドはここにピアッサーがあるなら話は早い。と言わんばかりに紙袋からピアッサーを取り出し、袋を切った。



「レッドの耳、ピアスホールこれ以上空いてなさそうだったから…」

「丁度いい、開けてくれ」

「今!!?えっボクやるの?!」



むき出しのピアッサー二つをはい、と手渡されたアヤは勢いで受け取ってしまう。レッドは開けてもらう気満々なのか態々髪を払って耳を露出するようにアヤに向けた。綺麗な横顔がいつもよりオープンに晒されており目の保養ですありがとうございます。だがしかし。
人の耳を貫通するなんて今までしたことが……いや、自分の耳は勿論自分でピアス開けたいなと思って、割と早い時期から穴を開けたけれど。他人の耳にピアッサーなんてやったことがない。ようはホチキスでガシャンってやらなければならないのだ。

ムリ。

怖い。

それにレッドの耳?いやもっとムリ。ピアス付けて欲しいと思ってプレゼントはしたけれど、自分から彼の体に傷を付けようなんて……針で貫通させるなんてそんなことしたいとは思ってなかった。ピアスはして欲しいけど自分の手自ら傷を付けたくは無い。言ってることと思ってることがかなり矛盾してるけれど、無理だ。怖すぎる。

アヤは固まってその両手にあるピアッサーを凝視した。

レッドはそんなアヤに目もくれないでどこに付けようか、なんてポケフォンでピアスホールの位置を確認している。「開けるなら左の軟骨に二連が良いな…」なんて鬼みたいな事を言っている。軟骨?軟骨開けるんですか?流石に自分は軟骨は難易度が高すぎて自分の耳には開けられませんさすがレッド。アヤが青い顔をして何か言いたげな表情を察した彼は「大丈夫だから、気にせず風穴ブチ空けてくれ」なんて言って頭を撫でられた。いちいち言い方が怖すぎる。

鏡でホールの予定位置をペンで印を付けたレッドは「よし、頼む」なんて言っている。ダメだ何を言っても自分に開けさせる気満々である。アヤはピアッサーにピアスをセットしてから保冷剤で泣く泣くレッドの耳を冷やし、なるべく痛くないように配慮を行うが「別に冷やさなくてもいい」なんて言うもんだから「駄目です。ちゃんと冷やしますそれは駄目です」と機械的に言った。

そしてキンキンに冷やした耳へ腹を括りながらピアッサーを当てる。案外そんなに力を入れていないにも関わらずバチンッ!と思ったより勢いよく……音を立てピアッサーが人の肉を貫通する生々しい様を肌で感じ、直視したアヤは終始顔色を悪くしながら固まった。ポロ、と手から何かが……使用済みのピアッサーが落ちる。レッドの耳には新しく、たった今貫通させた深々と刺さった蒼い小さなピアスが刺さっていた。

人の耳たぶはなんと柔らかいことか。

「ひぇ」とアヤは死にそうな思いで考える。

でも、そうだよね。レッドに新しくピアスを贈るという事。それは「これを付けて欲しい」というアヤの願いによりレッド自らの手で、自分の意思とは関係なく自分の耳に傷を入れると言うこと。
今その両耳を飾っている赤い石を態々取ってプレゼントした方のピアスを付けて欲しいなんてそんな厚かましくも図々しいことは全く思っていない。だから、いつかレッドが気が向いた時。それかちょっと我儘を言えば新しいピアスホールを作って、赤いピアスと一緒に常時身に付けておいてくれれば嬉しいな……なんて思っていたけど。


そうだ。

自分の我儘で新しくピアスを付けさせようとすれば自分の意思じゃないのに耳に穴を開けるという……傷を付けることをさせてしまっている。



「(あ、あれ……今更ながら、ピアスじゃないものに加工すれば良かった…)」



しかも「お守り」というていで、アヤがずっと大切にしていたものをレッドにあげたいと思って加工されたものだ。態々身につけられるものをアヤから貰ったのに、それをずっと鞄の中にしまいっぱなしということはまずないだろう。この男はアヤに限りなく甘い男である。

今更になってなんてものをプレゼントしたのだろう……とアヤは自己嫌悪に浸った。それならネックレスとかブレスレットとか。肌を傷つけるものではなく、身につけるものにすればよかった。なんでわざわざピアスにしてしまったのか。後悔した。



「な、なんかごめん…」

「は?」

「い…いや…わざわざ新しく耳に傷を入れるようなことを……」

「元々ピアスはしてたし、小さな穴なんぞ増えたところで変わりはないが……。それにそんなに痛みは感じない。ほら、あと一つ開けてくれ」



2個目のピアッサーをアヤに容赦なく渡した。もうこの一回で充分なのに。そう思いながらアヤはレッドの耳の軟骨を射抜くのだった。

綺麗に仮止めされたピアスはレッドの耳輪付近…ヘリックスの位置へ二連、ホールを開けた。新しく蒼い小さな宝石が耳に鎮座しているのを鏡で映し見て「なかなか綺麗に開けられたな」そう思ったレッドはふむ、と呟いて満足気に頷いている。

二連でも小ぶりだからスッキリして見える。

そんな彼を見てから、アヤはほっとするように溜息をついた。



「あっ」

「今度はなんだ」



年も新しくなったし。



「あけましておめでとう。今年も……よろしくね」



はた、と彼は目を瞬いて。



「……ああ、宜しく頼む」



レッドはそう言って、穏やかに笑った。







1月1日



(耳を貫通した瞬間、頭からつま先まで何かに覆われた気配がした。耳の奥でくすくすと、彼女が笑うような)

(そんな声を聞いた、気がした)











ばかだなぁ、ほんとうに




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