act.124 回る







「……?」



先程からリザードンの動きが少し鈍い。

今までは不調を感じさせない飛び方をしていたのに。空を滑空する彼の違和感にすぐさま気付いてレッドは中止して降りて来るように伝えた。

ふと見れば休憩中のカビゴンやエーフィも明後日の方向を見ており、「ピカ」と肩に乗ったピカチュウに頬を突つかれてその方向を見ると何故かアヤが全身ずぶ濡れになっていた。



「…何、してんだあいつ」



ひく、と口元が引き攣る。おい、この前風邪引いて寝込んだんだのを忘れたのか。今何月だと思ってるんだ馬鹿。とよく見るとアヤだけじゃなくて、ポケモン達も濡れ鼠状態になっている。何をどうしたらそんな風になるのか想像つかない。今さっきまで普通にしてただろうが。本当に行動を予測できない女だ。

『今風邪引いたらヤバいんじゃない?』と言うピカチュウに内心賛同しつつ、今タオルや着替えなんて持ってないしあの状態のアヤを寒い廊下を歩かせて部屋まで連れていくのか……とレッドは表情険しくした。

また風邪引いてあんな高熱出すとか今されたら洒落にならんぞ……と思うレッドはとりあえず自分の着ていた上着を脱ごうとしたその時だった。アヤが軽くジャンプしたら軽い熱気が吹き荒れて元通りになった。

…………自分の知らない内に奇術師にでもなったのだろうか。

服や髪の水気を払うように服を叩くとふわりと髪が靡いて。
しかしよく見るとウインディがアヤの仕草に合わせて技を使用しているだけだった。

ああ、違った。奇術師じゃなくてコーディネーターだった、なんてそんな馬鹿なことも思って。

そしてシャワーズが骨格を無くしたように、軟体動物のように滑らかにアヤの身体を這い回るのを見たレッドは内心かなり吃驚していた。彼の知っているシャワーズの動きではなかったからだ。



「(コーディネーターに育てられたシャワーズは、こんな風に育つのか…)」



蛇のように巻きついているシャワーズを見て思う。

ピカチュウ曰く『えっキッモ』と例えられたその動き。

こんな動きも出来たのか、それは過去の映像では見たことがなかったから自分は知らない。と率直に思う反面レッドは楽しみでならなかった。映像で見たことがないということはまだメディアに出ていないということ。まだ世間に露見されておらず、皆が知らないということ。

表舞台でアヤがまだ一度もした事の無い動きを、ポケモン達とここで見せてくれるかもしれない。それにトップコーディネーターである彼女の演技は貴重だろう。それを自分達だけが独り占めして見れるかもしれない。

それにアヤが「オラァ!今からやるぞォ!」と言った雰囲気であるからだ。そんなアヤを前にサンダースやウインディ達がゾロゾロと位置取りを始めて、ルカリオやカイリューは少し離れた場所で腰を下ろしていた。手にオシャマリとチュリネを抱えていることから何でいきなりこんなことになったのか。何となく話の経緯が見えて、恐らくアヤと自分達はなんぞやということを二匹にそれぞれの自己紹介も兼ねて見せるつもりだうか。

最後に見た演技は去年を最後にこれっきり。これはもう見るっきゃない。

レッドは観戦する気満々だった。ポケットからポケフォンを取り出し録画機能をONにしてすぐ側に控えたカメックスに持たせた。足元に寄ってきたエーフィに人差し指を立てて口元に付ければ、一瞬考えたエーフィがお座りの姿勢になって。周囲のポケモン達も同じように静かになる。相変わらず賢い奴らだ。


そしてサンダースの体毛の色が変わって、同時にパチパチと光のエフェクトのようなものも発生している。それもサンダースの体毛変化の見た目に拘って故意に作られた効果の一部だろう。さすが拘り抜いているだけある。

『準備出来たよー』なんて間の抜けたそれぞれのポケモン達の声を合図にアヤの演技が始まった。



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彼女の演技は、言うなれば独擅場だ。

アヤがステージに立ち“演技”に入った瞬間その場の雰囲気が大きく一転する。アヤが発する独特の空気がポケモン達とその周囲一帯を支配するのだ。

アヤは独創力が人一倍、強いらしい。

何かを考えて想像して、創造して、それを体現して表現する力が極めて得意。

数多のコーディネーターの中で、彼女はそれが頭一つ抜きん出て秀でていた。

ポケモンの発する音、彼女の発する音…それこそ呼吸音、靴の音、布が擦れる音、土を蹴る音の一つ一つに意味があるような、見ている側からしても何かを考えさせられるようなそんな演技だ。アヤが作り出すステージの世界観は言葉で言い表せないものが多い。そして全ての演技を段階的に見てストーリー性が、あるように見えた。
目で見て楽しめて、「凄い」「綺麗」「素晴らしい」と人を笑顔にできるその裏で、何かを伝えたいものであることはわかってはいたが、それが何なのか。

その演技のテーマは何なのか。

何を思って、何を考えて、何を表現して、何を伝えたくて彼女は演技しているのか。

それを今までの動画の中の彼女や、直接アヤに聞いてもいつも曖昧に笑うだけだった。「そんな大それたこと想像しながらやってないんだけどな」と。
…アヤも無意識なのだろうか。それか本当に何も考えていないのか。



「(………これは、また)」



凄いな。とレッドは一目見てそう思った。


今、目の前で行われている演技はまたしてもアヤの独擅場だ。

人が変わったように雰囲気が変わってその場の空気を支配するようにポケモン達を操っている。間違いなくアヤがポケモン達を手足のように動かしリードを取る姿は演技の中心とも言えるのに、まるでその存在を感じさせないかのように無機質そのものだった。

昔練習したのかは分からないが、それにしても事前に打ち合わせしたような時間は差程なかった。

仄暗い色彩に照らされ舞うように流水を操り、舞うように跳ね、舞うように鬼火と戯れる。一頻り戯れると鬼火は消えて、また新たな鬼火が戯れて水流と共に流れて消えていく。

ふと、思った。

それがまるで、死者を慰めるような、あるべき所に戻そうとするような。



「(―――哀しい)」



そう思って、想像してしまえばレッドはそうとしか思えなくなった。

思えば今までのアヤの演技は水と氷が主体なものが多く、その次に炎が多い。そして全体をサポートするためにゴーストタイプである技で補正をし、あとは見栄えを良くする為なのか分からないが、色彩や照明の役割をサンダースが担っているが。

水と炎。

二つの性質は真逆であって最も近い。

神のおきて。 二つの性質を持って違うものを発生するという法則だ。

組み合わせとしてはそのまま。霊的なものでは水で寄せ付け、火で祓う。

二つとも五行や四大元素に入っている。それに水は氷属性も兼ねている。



「(アヤは自分の実家が何なのか全く分かってないみたいだが……)」



水と炎。

ルギアとホウオウ。

ルギアとホウオウは昔から切っても切れない縁がある。

海魅と焔。その啓示を受けたそれぞれの家紋。

無意識でそれを体現しているのなら。

本当に血筋というものは怖いものだ。


だがしかし、なんだろう。



「(―――哀しい)」



その中に、哀しさと寂しさがあるような気がした。

それと、違和感。



『旦那ァ』

「!……お前か、どうした」



そういえば姿が先程から見えないな、と思っていたら耳元からムウマージが姿を現した。アヤのポケモンだ。ゲゲゲゲ、と特徴的に笑うこのムウマージ。肩に乗ったピカチュウも『こっわ』とか何とか言っている。

アヤも手を焼くのか一癖も二癖もある様子だった。



「行かなくていいのか。お前も」

『わっちですかィ?わっちは、いいんでさぁ。それよりも、旦那ァ』



ユラユラ揺らめく紫色の布が視界にチラつく。



『アヤは、この旅で何回死んだでありんすか?』



耳を疑うような台詞に、レッドだけでなくピカチュウも、そのレッドの周りにいるポケモン達も目を見開いた。



「…、」

『濃い。濃いねェ。相変わらず濃いねェ。いつまで経っても、いつまで経っても。濃いねェあの子は』

「………どういう、」

『何か変わるかと思ったけど、結局ダメかィ』



ほんとうに救いようがないねェ。

ゲゲゲゲ、とその特徴ある声で笑うムウマージの目が何を考えているのか、全く分からなかった。

視界の端にチラチラとアヤが跳ねる。足元のエレキフィールドの色が変わって、鬼火がくすんで発光して、ユラユラと揺らめいている。



『アヤだけじゃない。どいつもこいつも濃いねェ。新しいあの二匹も、そして……

―――旦那も』



ムウマージは自分のトレーナーであるアヤと、そのポケモン達と、アヤが迎えた新しい二匹。

そして、最後にレッドを見て笑った。

彼は眉を寄せてムウマージを見る。

はっきり言って不快だったからだ。レッドのポケモン達も徐々に顔を歪めてムウマージの様子を伺うように見ていた。彼らのその目には、明らかな敵意があった。

前から何を考えているのか、感情が読めないポケモンではあったがここまでわからん性格をしている奴だっただろうか?それにしても自分のトレーナーの事を死んだなんて言うのはどうかしている。ピカチュウもそれについては同意見だったから『ちょっとアンタさ、』と軽く説教でもしてやろうかと思ったのだ。

思った、けど。



『因果の鎖が、本当に濃いねェ。どいつもこいつも』

「は、」

『旦那には見えてんだろィ』



ムウマージの目線の先にはアヤが居て、そのムウマージの目には真っ黒の鎖に頭から足先までグルグルに絡まった重そうなアヤが今も舞うように演技している。

ムウマージにはそれがただ。

滑稽に、無様に藻掻いているようにしか見えない。



『あれはね、ムリでありんす。普通の呪いじゃない。いくら焔家のアンタでも、特別浄化能力が高いホウオウの祝福を持ってるアンタでもあれは解呪できない』

「………何か、知ってるのか」

『…………、』



くす。



『く す』



くすくす


『けひっ』



―――それはなんとも。



くす、くす、けひ、けひ、ひ、ひ、



『ケヒヒッ』


―――醜悪で、醜怪な笑みで。



ひひ、けひ、けひ、くす  くす、



―――まるで悪霊や怨霊そのもののような。



『くすくす、くすくすくす』



くすくすくす



「………ふざけないで教えてくれ」

『ふざけてないでさァ。まぁ、アンタはアヤより、自分を先にどうにかしんしたら?呪いが呪いをどうにかするなんて聞いた事ないでありんす』

「は?」

『けひ、ひひ、呆れた。呆れたねェ。………お前さんは自分が呪われていることに、未だに気付いていないのかィ?』



その一言はレッドだけじゃなく、ピカチュウまでも唖然とする。

呪われてる?自分が?

呪うことはあっても自分が他人から呪いを受けるなんて、そんなことあるはずがない。ホウオウの加護を受けているせいで汚いものや悪意の念を全て跳ね返す性質があるのだ。その加護は強力で、自分が近寄るだけでそこら辺にいる地縛霊は逃げ出し、触れるだけであらゆる邪悪なものが消し飛ぶ。言わば自分の存在そのものが浄化玉みたいなものだ。

だから、アヤのあの呪いをどうにかできないことにはかなり驚いたのだが。

いや、それよりも。そんな自分が呪われてるとはいったいどういう事か。そんな気配、1度だってなかったのに。



『旦那もアヤも、“昔”から相変わらずだねェ』

「………?」

『お前さんの呪いはね、今まで死んだ“アヤ”が与えたものさね』



呼吸を忘れた。

考える事を一瞬放棄して、レッドは徐々に頭の中にある情報を整理しては止まってしまう。情報量が多すぎて、そして数々の仮説に辿り着くがそんな馬鹿な、と俄に信じきれなくて。



『あの子はねェ。しつこいよォ。意地汚くて、醜くて、奇っ怪で、醜悪で、気持ち悪くて、そして汚い。根性も廃れてて性根もとことん腐ってる。現にほら、オマエさんに今でもまとわりついて、迷惑かけてずっーーと離さない』



ひひ、くすくす。



『ダンナぁ。ゴーストタイプって、いったい何だと思う?』



げひ、ひひひ、けひっ、けひっ、

ムウマージは笑う。



『わっちはねェ。アヤともう、永いことずーーっと。ずーっと一緒にいるでありんす。もう自分が何年生きたのか数えるのをやめしんした。……いや、もう死んでるんだから生きてる、ってぇ表現はオカシイかねェ。ゴーストタイプのポケモンに、死はありやせん。ポケモンと言われる種族の中で、わっち達は極めて特殊なんでさ。あるのは消滅か、成仏か。

わっち、決めてるでありんす。だからわっちが消える時は、アヤが本当に幸せになった時でありんす。それがわっちの、“今世”の心残り』



ムウマージの目には、レッドの頭から指先、足先のつま先まで隙間なく黒く、毒々しい重たい鎖がぐるぐるになって縛って、いくつもの白い骨のような腕が巻きついていた。

まるでどこにも行かないで、側にいて、逃がさない、と言うように。

その鎖と腕は一見、蛇のようにも見えて。

ムウマージはにんまり、笑って。



『旦那ァ。今までアヤに疑問を抱いたことは、不思議に思ったことはないでありんすか?自分の今までの境遇を思い返してみなんし。それに、なんで自分は焔に生まれたのか。なんでまたこんな所に生まれたのかって』



笑って。



『旦那ァ。アンタのそのアヤに対する思いは、本当に旦那自身の恋慕ですかィ?意味もわからなくただ、どこから産まれてくるか分からない“衝動”を履き違えて恋慕していませんかィ?

本当に、旦那はアヤが好き?』



くすくすくす、

けひっ、ヒヒヒヒヒ、

ひひ、ひひ



『旦那ァ。これから“お使い”がありんしょう。それ終わって、全部終わったら。わっちの知ること、ぜーんぶ教えてあげやしょう。気になるでしょう、知りたいでしょう。隅から隅までずずーーーいと。教えてあげやしょう』



アヤがどんな因果を背負ってるのか。

旦那がどんな因果を背負っているのか。

アンタ達を縛ってる因果の鎖は何なのか。

それを全部、わっちが知り得る限り教えてあげる。



『もしかしたら、その呪いもなんとかなるかもねェ。


―――そこまで辿り着けるか、わからないけれど』



ムウマージは、そう言って笑った。







回る




こいつに、いつ自分は焔の家の生まれであると言ったのか

ホウオウの祝福を持っていることなんて誰一人にも教えていないのに

アヤには愚か、家族の誰にも。



(ムウマージの発言から、恐らく生前の自分達の生き様を知っている。確かに、今までそれとなくアヤに疑問に思っていた事が、自分にはあった)










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