act.122 優勝者の演技





「あっ!ゴンさ〜〜ん!!元気だった??」

「ごぉん」



ボールの外へと出されたカビゴンはのびーっと身体を引っ張りその大きな体を伸ばした。カビゴンの他にもリザードン、カメックス、フシギバナ、エーフィが次々にボールから出されると皆一様にレッドに頭を垂れた。レッドは自分のポケモン達の顔を改めて見て頷いて「元気そうで良かった」と言うとピカチュウもピカピカ言いながら仲間との再会を喜んでいるのか尻尾で各々バシバシと叩きながら挨拶している。(カメックスだけ涙目になっていた)



「新しい仲間だ。色々教えてやってくれ」



サザンドラをボールから出したレッドはそう言うとその輪の中に放った。

ボールの中から出されたサザンドラは酷く緊張しており、あの頼もしい大きな身体が今では縮こまって小さくなってしまっているのにアヤは首を傾げる。何でだろう……と考える前に、あ。と思いつく。そういえばNの所を離脱した理由を思い出したのだ。簡単に言うと馴染めなかったのだ。しかもその時は言うなれば戦力外だったからバトルにも出させて貰えなかったと。



「(でももう、レッドの所なら大丈夫そうだけど…)」



あの時とは状況が違う。進化して新しい頭部が出来てから目も半分見えるみたいだし、戦闘能力も………言わずもがなである。レッドもそんなサザンドラの様子を見て、その背中を叩く。大丈夫だから。お前が心配することは何もない。そう元気づけるようにサザンドラの背中を押すとリザードンが近寄って来た。何を言っているのか分からないが、二匹とも会話をしており、サザンドラが一番リラックスして話せるピカチュウもその中に入り時々ピカピカと喋っている。流石だ。きっとフォローしているのだろう。

こうして見ると、レッドのポケモン達は本当に静かで。自分達のポケモンは何なのだろう、煩すぎないか?とも思えてくる。

因みにアヤはレッドのポケモン達の中でもピカチュウを抜きにするとカビゴンとは一番仲が良い。………と勝手に思っている。勝手にゴンさんなんてあだ名をつけて呼んでしまっているが、特段レッドから嫌そうな顔をされないしカビゴン本人からも不快そうな感じはしないからゴンさん、なんてアヤは馴れ馴れしく呼んでいる。
アヤはカビゴンに手を振るとそれに気付いたカビゴンも嬉しそうに両手を振ってアヤの元までノシノシと歩き、ぎゅむっと抱き締めてくる。ぽよぽよのお腹が気持ちがいい。腹ポテ最高である。



「あれ?ゴンさん、なんかちょっと小さくなった…?」

「ごぉん?」

「んー…き、気のせいかな…」



むに、と身体中にかかる圧は気持ちがいい。

大きなクッションに抱き着いているようだ。人をダメにするクッションなるものがこの世に存在するらしいが、いわば人をダメにするカビゴンとはこのことである。カビゴンは進んで自分からアヤのクッションになっているが、流れるようにクッションになったのを見て普段からレッドも同じようにクッションにして背中を預けているに違いなかった。確かにこんな上質なモチモチ具合、普通のクッション買うよりカビゴンをクッション代わりにした方が……なんて考えてアヤは失礼だと思って頭を振り払った。

レッドのカビゴンはかなり気性が穏やかだ。

普通のカビゴンなら“食”に対して尋常じゃないほどの執着があるはずなのに……大食いである筈なのに、この子は自分の食べ物を他人に分け与える程、自分が食べるより先に他のポケモン達に食べさせる程。思い遣りにも徹している。戦いより他の小さなポケモンと遊んでいたり一緒に昼寝をしていたい、という傾向の平和な性格の持ち主。

レッド曰く何をしても基本的怒らず許してくれるらしい。優しさの塊。(しかしピカチュウ曰く“俺達の中で一番おっかなくてヤバい”と言われていることをアヤは知らない)

だからこんなカビゴンを見ていると、アヤは常々思うのだ。



「(今の優しい平和の塊のゴンさんを見ると、戦ってる時のゴンさんはどうにも違う個体のカビゴンだと……思っちゃう、よねぇ……)」



今までのレッドのバトルが記録された動画を見たことがある。

レッドがアヤの昔のコンテストやパフォーマンスの動画を貪って見るように、勿論アヤだってレッドの昔のバトルの動画を調べて見たことがある。

戦闘時のカビゴンはかなり荒々しい。

あの平和なカビゴンはどこへ行ったのだろう…と思う程、宛ら暴れる姿は破壊神のようで。メガトンパンチやメガトンキックで相手をメタメタに攻撃しているのだ。
本当にノーマルタイプだよね?と思ってしまうほどその動きはガチガチの格闘タイプに近い。10万馬力やギガインパクト、破壊光線、ヘビーボンバー、ボディプレスなどの破壊力のある技で肉弾戦でフィールドを破壊し尽くす姿には流石のアヤも青くなって震えた。破壊するだけではない。このカビゴンは能力強化系の補助技も使えて、自分の防御を底上げすることもできる。体力の回復だってカビゴンだから眠ってしまえば問題ない。攻防どちらも優れたポケモンなのだ。

よくもこんなヤバいカビゴンに育て上げたな……と思ってしまうが、その育ての親がレッドなのだから仕方がない。そう、仕方がない。

でもそんなカビゴンは何故かアヤに良く懐いていて、よく抱きしめたり抱っこされたり肩に乗せてくれたり……何だか人形のように大切にされているのだ。いや本当に何でか分からないが。そして久々に見る他のレッドのポケモン達にもアヤは挨拶をするとリザードンやカメックス、フシギバナは軽く会釈だけされた。彼らは基本ドライである。

そして一番問題なのは。



「エーフィは……あの、なんか、相変わらずボク、嫌われてますね…」

「最初から嫌われてるよなお前。おいエーフィ、挨拶くらいしなさい」

「フィ、」



エーフィはアヤを視界に入れることすら嫌なのか、ボールから出てもアヤを一向に見ようとしない。近寄ろうとすれば逃げられるし、エーフィは今もレッドにピッタリくっ付いて壁にするように隠れてしまっている。



「(ボク、何かしたのかなぁ……)」



レッドのエーフィは、レッドに初めて会った年の2年前にアヤが譲ったポケモンだった。イーブイの時に保護をした訳だが、何故かアヤはその時から嫌われている。触れようとすれば噛みつかれようとするし近寄ろうとすれば逃げられる。これは自分では保護するのが難しいなぁ……と諦めかけてどうしようかと思っていた時。何故かレッドに懐いた。そして今ではエーフィに進化して……あの様子である。

自分はエーフィに何かしただろうか。もしかしたらエーフィにとって気に障ったり、許せないことを無意識の内にしてしまっている………のかも知れない。レッドに理由を聞いてもレッドですら分からないらしく首を傾げるのだ。もうお手上げ状態だった。

とりあえずこれ以上嫌われるのはさすがに嫌なので、あまり関わらないようにしてあげよう……というのが精一杯の配慮で。全く解決にもならないこの配慮はいつか本当にどうにかして嫌う理由を聞かなければ……とアヤは思った。



「今日は一日ここで調整するから、先に部屋に戻ってて構わないぞ。ずっとここに居ても暇だろう?………ああでも、一人でどこにも行くなよ」

「い、行かないって!疲れたら先に戻るね」

「そうか」



今日はポケモンセンターのトレーニングルームは一日、貸し切りだという。

恐らくレッドだから、だ。しかしリーグ関係者の頼みはやはり断れないものなのだろうか。ライモンシティのジョーイはレッドに対して何かと手厚い。これからひと仕事ある、と言えばジョーイは快く貸し切りにしてくれた。本当に有難い。

レッドは今日一日と、そして明日からユイと合流する1月1日まで。

一日数時間の調整に入る。

レッドとアヤは互いのポケモン達を出して挨拶を程々にすると、アヤはレッドのトレーニングの邪魔をしないように自分のポケモン達を端に寄らせた。バトルマスターの調整だ。これは見ておきたい。チャンピオンやジムトレーナーを目指す一般トレーナーなら、チャンピオンクラスのトレーナーのトレーニングは是非一度は拝んでおきたいものだろう。

それを目の前で見れるのは、かなり運が良いのでは。アヤはそう思って。




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結果として。

調整、と言っても今回の目的はバトルではない。

研究所を制圧するという名目があるので普通の調整ではないらしい。大まかな動きを確認するのみの調整。今どこまで動けるのかの確認だ。リザードンが先程から宙を翼を折ってひたすら滑空している。ぐるぐるぐるぐる。それだけだ。
20分ほどそれを見て次のポケモンへ。カメックスは水ポケモンだが、研究所では水中戦は殆どないだろう。陸上での動きを見ているのか、雨乞いや高速スピンなどの動作チェック、フシギバナは日本晴れやグラスフィールドなどの耐久時間をチェックしている。
エーフィもカビゴンも、同様だった。朝の陽射し、トリックルームや光の壁と言った技の耐久時間。転がる、守る、通せんぼうと言った発動時間を見るためにローテーションしながらそれぞれのポケモンを回している。

レッドはそれをじっと見ているだけ。



「(ずっとそれだけを繰り返してる……これがレッドの調整のやり方かぁ…)」



とアヤは呑気に思っているけれど。

レッドが“公式的なバトルに向けての調整“の仕方と、全く関係の無い“ただの一方的な蹂躙を行うだけの戦闘の調整”をアヤははき違えてのほほんと見ていた。

1時間以上も同じ動きを見ていると流石のアヤも飽きてしまったのか、トレーニングルームの端に設置されたベンチから「よっこらせ」と立ち上がり、隅っこの方で遊んでいる自分のポケモン達の方へ近寄った。

因みにサンダースは大人しくアヤの隣に居て、ムウマージは頭の上にずっと乗っている。そろそろ肩が凝り始めた頃だった。結構重いんだよキミ……と思いながら。



「シャワーズ……さっきから何してんの…?」


水遊びでもしてるんだろうか。噴水のように撒き散らしながらカイリューやウインディが被害を受けてびしょびしょになってしまっている。ルカリオはオシャマリとチュリネを抱っこしながら少し離れた所からそれを見て爆笑しているがまあ〜〜カオスだった。(因みにウインディは『コロス……このウーパールーパー…丸焼きにしてコロス……』と呪詛の言葉を囁いているが勿論アヤは聞こえていないし。その言葉を聞いたチュリネが震え上がっていた)



「フー」

「?なぁに?」



シャワーズがアヤの足元に擦り寄って来て、頬ずりをすると肩にスルスルと登ってきた。相変わらず音も何も立てないそのヌルヌルしたようなその柔軟性は流石である。肩に登ると軟体っぽい生物の動きに変わったシャワーズはアヤの体を這い回る。「ああ、」と思ったアヤは右腕を伸ばせば今度はシャワーズが右手に尻尾を絡ませて蛇のように巻き付いて来た。待ってあんた昔より軟体動物に磨きがかかってない?蛇かよ…。

アヤが右腕に巻きついたシャワーズを空高く投げ飛ばすと途端にシャワーズは弾けて、水が散らばるように散っていった。シャワーズは元々水の遺伝子の塊みたいなポケモンだ。普通の個体なら精々、水中の中で水に溶けて見えにくくなる程度だがアヤのシャワーズは。

体の中の遺伝子を極限まで分解し、コントロール出来るように訓練して躾けた。

雨が降ったようにパシャパシャと自分の体とそれを見ていたアヤのポケモン達がずぶ濡れになるが、濡れ鼠と化したウインディが苛立ちで唸る。熱気を纏わせた炎の渦がアヤを中心にして踊るように炎を立てた。そしてそれに対してまた苛立ったシャワーズが対抗するように炎の渦を覆い渦潮を発生させる。対抗するように火と水がアヤの周りをグルグルと泳ぐ。

ちょっとやめてよ生ぬるい風が来て嫌なんだけど……。

それよりも寒い。

今は真冬だ。外では雪も降っているのに。ぶる、と肩を震わせたアヤは流石に怒った。



「ちょ…ちょっとやめてよ…!ボクを挟んで喧嘩しないでもらっていい!?他所でやっててば!さっむ…ウインディ、」

「、!ワォン!」

「は?」



いや嬉しがってないで乾かしてください。

この前風邪引いて高熱で寝込んだのに。それなのにまた風邪なんて引いたらレッドになんて言われるか分からない。ウインディに指を立ててクルクル払うような仕草をすれば何故かウインディが嬉しそうに返事した。おい、何で嬉しそうなの。



「もぉ〜…炎の渦、」



今し方水を被ったアヤやポケモン達の足元に炎の渦が現れた。ずぶ濡れだった髪や衣類、それに濡れたポケモン達が熱気で乾いていく。服の水気を飛ばすように軽くジャンプすると、ウインディがタイミングを見計らったように炎の渦の熱気で飛ばし服の水分を蒸発させた。ぶわ、と熱風が髪についた水気を纏めて持っていく。

きちんと乾いたかどうかアヤは服の袖や頭皮を触って乱れた髪を手櫛で整える。よし、ちゃんと乾いてる。



「ちょっと……シャワーズ?なに?遊びたいなら他に…」



炎の渦が払われるとまたしてもシャワーズがアヤの体にまとわりついてクスクス笑っているのだ。ハンっと挑発して笑うようにウインディにガンを飛ばせばウインディはガチガチと牙を鳴らした。おい待てその顔はヤメロ怖すぎる。

え?何?さっきからなんなの。遊びたいの?なんなの?



『おお、いいぞもっとやれ』

「そこ!呑気に見ない!見てるんだったらなんとかしてよ…!」

『そう言うなよ。いいなぁ、俺はタイプ的にバトルステージ専門だからな。体幹を魅せる武道の型が主だから、アヤとはグラウディングは難しいからな。したくてもできない』

「ルー!」

『ああ、お前もアヤとのグラウディングは難しかったな。ヘコむよな』

「ル……」



またシャワーズがスルスル体を這い回る。腕を伸ばすとまた腕に巻き付き、軽く投げる。足を後ろに伸ばすと投げられたシャワーズが足先に巻き付き背中を這い上がる。そのまままた伸ばしたままの腕に這ってまた投げ飛ばし………なに?演技みたいなことをさせる。

ルカリオは呑気に『久々だな、良いじゃないか。少し遊んでやれば。新入りもいるんだ』なんて言っているし、その隣にはカイリューが既に座り込んで嬉しそうに手を叩いて煽っていて。もう観戦する気満々だった。キミら……もう一年以上も何もしてないのに軽くパフォーマンスしろってこと……?結構鬼みたいなことを言うね…。なんて思って。

ルカリオに抱えられたオシャマリとチュリネは、目をキラキラパチパチしながらアヤ達を見ている。オシャマリは動画で確か自分の過去の演技を見ていたからコーディネーターという職種の人間が何をするか知ってはいるんだろうけど、恐らくチュリネは知らないだろう。現に今のシャワーズやウインディと合わせた自分の動きを見てちょっと驚いたように目を瞬かせている。

チュリネは、ポケモンは戦えないと人間にとって意味が無いと思っている。

でもそうじゃないんだと教えてあげたい。

ポケモンと人間には様々な在り方があると、教えたい。



「サンダース、青くなって?」

「ブイ?」

「ライトの役割宜しく」

「……ブイ、」

「ライトカラーはアクアブルーで発色してね。メインはシャワーズで。3匹とも、Allegro、テンポ120で」



仕方ねぇな、と言わんばかりの顔をしたサンダースがのっそりと立ち上がった。大きく伸びをした後、バチッ、とサンダースの体毛が鮮やかに蒼く変わっていく。

アヤから少し離れ、磁力を操作する為に耳と全身の毛を逆立てた。

元々の黄色に発色するよりシャワーズの水に合わせて青白く発光させた方が渋みがあって綺麗だと思うから、電気の色を変える。

そして今回のメインはシャワーズだと言われて少し不貞腐れたようにウインディはサンダースとは反対側に位置して座った。ポケモン達の準備が出来たアヤはサンダルを脱いで「持ってて」とカイリューに持たせる。そのサンダル高いんだからね。レッドが無駄に高いサンダル買っちゃうから迂闊に汚せない。サンダルを持たされたカイリューはなんの事か分からないが首を傾げながら大きな手でそれを素直に預かる。



「範囲は5メートルのサークル内で」



サンダースとウインディの間に入ったアヤは右腕を伸ばせばシャワーズがぐるりとその腕に巻き付いた。



「エレキフィールド」



パチパチッ、と音がした。

アヤを中心としてその足元から円形5メートルの範囲でサンダースのエレキフィールドが展開された。でも普通のエレキフィールドではなくて、アクアブルーに染まったそのフィールドはまるで海の中を模したようなエフェクトで鈍く光る。あまり鋭く光るのを抑え、時々青色に鈍く発光するように磁力を操作する為にサンダースは集中する。

アヤが軽くジャンプしたのを合図して、シャワーズが先程とは打って変わったようにアヤの身体の上を水のように這って滑り回り始める。不規則に伸ばされる腕や足、背中を順番にグルグル回ってタイミングと勢いを付けて。



「シャワーズ、水化で駆け抜けて。アクアリング」



身体を水に分解したシャワーズは水流に変化した。アヤの身体の周りを勢い良く水流が這い踊り、アクアリングをその上に纏ったシャワーズは更に発光したエフェクトを付けてアヤを青白く照らす。



「サークル圏内を水浸しに、キープ」



びしゃ、パシャ、と足元が水浸しになる。水流コントロールで丁度サンダースのエレキフィールド内に収まるようにして出来上がったそれは水上のイメージをして作った小さな舞台となった。足首まで揺れる水がエレキフィールドに反射してゆらゆらと光る。アヤのイメージした60%ほどの仕上がりに完成したそれを見て「まずまずかな」と心の中で評価点をつけて。

伸ばした手の先に絡まった水流のシャワーズを、アヤは自分の頭上の真上に投げる。



「5ルーツ、ボクを中心に水上に水の波動。鬼火で照らして。鬼火カラーはウィスタリア」



アヤの頭上に投げられた水流のシャワーズはそのまま5つに水の波動を割ってまるで鳥籠のような形状に。一瞬で鳥籠は消えてしまったがエレキフィールドのサークル内に叩きつけた水の波動は飛沫が飛んで鈍く光る。鈍く蒼色に光るエレキフィールドとシャワーズの水流が怪しく揺らぎ、水上の波紋が怪しく揺れた。
ついでにアヤ自身も青白く照らされて頬を水滴が垂れる。そこに新しくウインディに鬼火を指示して。ウインディが小さな鬼火を作り出し、アヤの周囲に小さな鬼火玉がポツポツと浮かび上がった。

サンダースはそれを確認して次に磁力を操作して鬼火の色を反射し、色を変える。

アヤは腕を伸ばしながら一回転するとその後を着いてくるように水流のシャワーズが後を追って、アヤの手先に巻きついた。反対側の腕を伸ばすと勢い良く移動し、また投げて宙を水流と飛沫が舞う。アヤがジャンプして水浸しになった床を蹴りあげれば、サンダースがタイミングを合わせてエレキフィールドの色を変える。「インジゴ」と指示された色は更に鈍く暗い色合いに変化した。

アヤは時折一回転、二回転しシャワーズを遊ばせる。

流水のシャワーズはそれをひたすら追いかけ、腕や足に絡まりまた身体の上を這い回った。



「鬼火旋回」

「Allegretto、テンポ100」

「炎の渦でサークルを外周して。シャワーズ、ダウン」



アヤの体動が遅くなる。

それと同時にアヤの周囲を走っていたシャワーズがアヤの指さす方向に床を円形に滑り始める。床を走り始めたシャワーズを確認したアヤはその飛沫を追うように、指さす方向にシャワーズを誘導させながら回り出した。

鬼火変更と新たな技を指示されたウインディはギュッと口を窄めてエレキフィールドの周りを炎の渦で焼いて踊らせる。アヤの周囲を今にも消えそうな鬼火が旋回している。彼女が軽く床を飛沫と一緒に軽く蹴りあげればシャワーズも軽く跳ねた。



「徐々にテンポを落とすよ。Largo、テンポ50。シャワーズ、ターン」



更にアヤとシャワーズの動きが遅くなる。

アヤの回転が終わるとシャワーズが腕に巻き付きながら戻ってきた。そのまままた身体中を走り始める。



「Finish、カウントダウンスタート。みんな、そしたら一斉に消えるよ。5、4、3、2、1……」



左腕に巻き付いて流水のまま留まったシャワーズを頭上に高く投げた。



「0」



アヤが水浸しになった床を蹴ってジャンプし、床に着地した合図でサンダースのエレキフィールドが消え、鬼火が消え、シャワーズが、弾けた。

サァァァ……と細かい雨になって、演技は終了した。

あれだけ煩かったトレーニングルームがシン……と。たっぷりの静寂が間を包み、アヤがそろり、と観戦していたルカリオ達を見て。



「…………どう!?」

『ブラボーだアヤ!!時々お前達全員少しズレてて面白かったぞ!特にシャワーズは調子に乗ってイキっててズレまくってたな!ウインディも対抗して更にズレてたけどまあ少々見苦しかったぞ!』

「フッ!?」

「ガウ!?」

「あーまあ確かに所々先走ってシャワーズの動きには合わせるのが大変だったけどね。……一年以上何もしてなかったんだもん…ズレてる点の補正なんてしてる暇なくて…」

『それはこの二匹の性格の問題だしな。しかし一年以上のブランクがあっても悪くはなかったぞ。指示も聞き取りやすくてアヤがだいたい何をしたいのか分かりやすかったからな。流石だぞアヤ』

「フッーー!!」

「ガウガウ!!」

『ん?お前がやってみろって?俺はアヤとのグラウディングは相性が悪いからな!それはムリだ!!』



ハッハッハ!と豪快に笑うルカリオに抱えられたオシャマリは溢れんばかりの笑顔でパチパチと両手を叩いている。『凄いわ、アヤもみんなも』とご満悦な様子だ。動画で見るアヤの演技は勿論綺麗だったが、こうして肉眼で間近で見るのとでは全く違った。作り上げる世界観と迫力と熱量と、肉眼で捉える光の捉え方、音の捉え方が全く別次元だった。
オシャマリは今まで同じ水タイプだからと動画で得たシャワーズの動きを見様見真似で真似ていたけれど、……成程。このコントロールの良さ、身体の使い方は凄い。

アヤがコンテストやグランドフェスティバルに初出場して、全ての点数を尽く大きく塗り替えたという伝説を持っているらしいが。そうか。これが原因か、と思って。シャワーズでこんな感じなら、他のアヤの仲間達もそれぞれの得意分野でこんな感じだろう。

しかも、今演技したコレはたぶん何も打ち合わせされていない。

もしかして過去に同じようなことをして練習したのかもしれないが、アヤが即席で今出来そうな演技を想像して組み立てた。それを再現して必要最低限の指示とテンポだけでポケモン達をイメージ通り操る………など。

普通ならできそうにないことをポンポンやってのけている訳である。

この娘は。



『(アヤ………ほんとう、立派になって……)』



生きてて良かった。(いや1回死んでるけど)

思わずホロりとしてしまうオシャマリだった。






優勝者の演技


(オシャマリも演技についてとても、楽しそうだな、いいなぁ、と興味が出てきてしまったわけです)


離れた所でアヤ達をしっかり見ていたレッドとそのポケモン達は拍手喝采だった。









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