act.115 睡魔
べろっ
「ギャァァァァァァ」
「おま……その叫び声はどうかと思うぞ……」
「だっ、だっていきなり舐めるのは良くないですよね!!?」
「いつもの事だろ」
「今さっきまで運動して全身汗だくなんだよ!?汚いんですジブンッ!それはダメだよ汚い!」
「お前は別に汚くないだろ」
ポケモンセンターの宿舎に戻って早々大騒ぎだった。
「衛生的な問題なのー!!」
なんて言いながらアヤは死にそうな顔でレッドに猛抗議していた。
ゲームセンターで暴れに暴れたアヤ達(暴れたのはアヤだけだったが器物破損者はレッドだ)は夕方になって宿舎に戻ってきた訳だが、一直線に風呂に入ろうとしたアヤをとっ捕まえて首筋をべロリと舐め上げたのである。
しょっぱい、と思いながらまあ当たり前か、とレッドは思った。
そりゃあれだけ発汗してたらしょっぱいだろう。それにしてもアヤがあそこまで汗だくになっているのをレッドは初めて見たのである。人って大量に発汗すると髪も風呂に入ったようにずぶ濡れになるんだな、と思いながら珍しそうにアヤをゲームセンターに居た時から眺め倒していたのだが。
まあその視線が実はずっと終始、邪なもので。
酸欠になって喘ぐ姿や上気して赤く染まった頬、汗だくになって体力の限界で震える姿がどうにもあっちの方を想像してしまいレッドの思考が段々とおかしな方向に傾いて行くのは時間の問題である。
「(…………悪くない)」
全身しっとり汗で滲んだその体を隅々まで舐め回したい気にもなったがその無表情の下ではアヤが知ったら発狂するようなことを妄想しているが言わなければバレる訳もなく。とりあえず外だし、とレッドはアヤを休憩させることにして。まあ、今夜楽しみにしておこう、なんて思って宿舎に戻ってきたわけである。
プンスコ怒るアヤは着替えを持ってバタバタと入浴場に戻ってしまったが、レッドはふと空腹感を感じつつも入浴を済ませたら今日はポケモンセンターのバイキングで夕食を食べにアヤを連れていこう、そう思った。
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「ほら」
「あっ、わーいありがとうー」
二人入浴を済ませ、センターのバイキングで食事を終わらせたアヤ達は既に部屋へと戻ってきていた。
因みにバイキングではクリスマスメニューというだけあっていつもより食事が豪華だった気がする。骨付きのチキンはあるしケーキだっていつもより手が込んでいた。アヤはせっかくゲームセンターで消費したカロリーをここで戻すのは嫌だなぁ…なんて思いつつも食欲には勝てなくて好物のコーンクリームスープを飽きること無くおかわりして飲んでいる。それでもう3杯目くらいだ。
アヤが度々席を離れて追加して持ってくるものが毎回殆ど同じもので、それを見たレッドは呆れたように「他にも種類あるんだから違うもの飲めばいいだろ」と言ってもアヤは首を振った。アヤは案外好き嫌いがハッキリしている。とりあえず辛いものや苦いものは絶対口にしないしトマトは絶対食べない。否、嫌い。対するレッドは好き嫌いが殆どない。出されたものは全て食べるしこう見えてバランスよく食事を摂る。その中でも洋食より和食を好んでいる訳だが。
アヤが食事をするのをレッドは眺め倒して……違った。アヤが美味しそうに食事している姿を見るだけで自分はお腹いっぱいなのだ。満足です。
そして食事もそこそこにして、部屋に帰ってきた訳だが。
「火傷するなよ」
「うん、大丈夫」
レッドは“いつもの”ハーブティーをアヤが寝る前に用意して、そのカップをアヤに渡した。
そのハーブティーはおそらく半年くらい前からアヤが必ず寝る前に飲まされている飲み物だ。薄くピンク色に色付くお湯の色は仄かにベリー系の匂いが……しなくも無い。嗅いだことのない匂いだ。植物の匂いはある程度アヤは嗅ぎ慣れてはいるけれど、あまり嗅いだことの無い匂い。初めの頃は何のお茶だろう?と思ってレッドに聞いたことがあるが、「体の緊張や疲れを取る効果がある。………特に“眠っている間は”」と何か変な間があった気がしたが特には気にしなかった。
味はほんのり甘くて、とても飲みやすいお茶だった。
いつも通りアヤがそのカップの中を飲み干したのを確認して、もう寝る支度をするとレッドからのお触りがあったりなかったりする訳だが。
「アヤ」
ちょいちょいとベッドに腰掛けるレッドが操作していたポケフォンをサイドボードに置くとアヤに手招きをする。
その目が何かを企んでいるような。少し熱を篭っているような気がして。ああ、今日はお触りされる日だ。なんて思って。空になったカップを机の上に置いて、少しばかりの期待に徐々に早打つ心臓を抑えてそろそろとレッドに近寄ると腕と腰に手を取られて抱き寄せられた。ギュッと抱きしめられて首筋に顔を埋められて、思いっきり自分の体臭を嗅がれて(それだけは本当にやめて欲しいと訴えたら却下されたけれど)。
顔や頭中を愛でるように撫でられて雨のように降ってくる口付けを受けて、途中から口の中に潜ってくる舌を歓迎しながら上半身に這い回る手がくすぐったくて……いや、数回本気で擽られて本気で笑って暴れてしまったが。いずれにしろひいひい言って。
そして。
「っ………、っ……ね、む…」
「眠そうだな」
「……、ねむぃ…で…す」
意識が今にも途切れそうな中、アヤは目を擦った。
そうだ。最近…いや、もっと前から。レッドと“こういうこと”をして戯れていると必ず眠くなるのだ。いつからだろう、と考えてもうだいぶ前からだったなぁなんて考えて。前すぎてそんな詳しくは覚えてない。そう…大まかに言うと、夏頃。たぶんチュリネが仲間になった辺りだろうか。
自分の上半身をまさぐる手がこそばゆい。お腹や胸周り、脇の下を擽るように愛撫して。レッドは小一時間自分の体を子供のように飽きること無くただ抱きしめては撫でてを繰り返している。もしかして今日は、それだけかな?下は、触ってはくれないのだろうか、とも思って。ペロ、と唇を舐められて頬に口付けされる。だいたいいつも軽くお触りしてそれだけで心地よくなっているアヤは今日も、少し触られただけでヘロヘロになってしまって眠くなっている。
レッドはアヤが眠くなると無理には“続けようとしない”。
必ず手を止めて「寝なさい」と睡眠を促してくる。今回もその例に乗っ取り、睡魔に勝てなさそうなアヤを見て「良い、そのまま寝ろ」と。いくらレッド自身が熱に燻っていようとそう言ってくるのだ。おそらく、自分への気遣いだろうとアヤはそう思って。でも昨日と今日はせっかくの年に1度のクリスマスのイベントだったし、簡単に眠ってしまうのも勿体なく感じた。もう少しだけ起きていたい。
それに。
もうすぐ彼はいなくなってしまう。
年が明ければ、自分とは別行動になってしまう。
いつ帰ってくるのかはわからない。用事が済めば帰ってくるだろうけど、何日、とは言われてないしレッド自身も把握していない。
とりあえず早く終わらせて帰ってくる、としかレッドから聞かされていない。
このまま眠ってしまえば明日の朝になってしまう。
だからもう少しだけレッドと戯れていたいのに。
「………や。もう少し起きてる…もう少し、」
「や。って…かわ………いいから寝ろ。大丈夫だ、………今回は“すぐ起きる”」
「…………、……」
「おやすみ、アヤ」
瞼を手で覆われてしまえば眠ってしまうことは呆気ない。
異常ともとれる強烈な睡魔に抗うこともできずに、アヤの意識は緩やかに呑まれて行った。
「…………それに。今回は試したいこともあるし、な」
眠ってしまったアヤの顔をじっくり眺めた後、レッドはその頬を愛おしげに撫でるのであった。
睡魔
最近のお前は、夢なのか現実なのか分からなくて区別がついていないだろう。