act.114 12月25日






12月25日。


クリスマスとは案外呆気ないもので。本当に一瞬で終わってしまう。
アヤはあまりクリスマスというものにそんな重点をおいていなくて、せいぜいいつも雰囲気だけ楽しんで終わる。だいたい毎年そんなものだ。

でも何となく食事はいつもより別のものが食べたくて、まあケーキやら肉やら食べたりしてそろそろ新調しようかなぁと思っていたバッグや小物など……ちょっとした消耗品を買い換えるくらいだ。レッドは………言わずもがな特に変わりなさそうに過ごしている。「せっかく25日だし外プラプラしに行こうよ!」と腕引っ張って言うアヤに首を傾げたレッドは「いや昨日もプラプラしただろ」なんて呆気からんとして言った。



「昨日はイブ!前夜祭みたいなものだから今日もクリスマスなのです」

「……何がどう違うんだそれは…」

「……?い、イーブイが…進化する直後のお祭り騒ぎみたいな…」

「いやわからん」

「だよねぇ」



ぶっちゃけクリスマスの違いなんて良く分からない。どっちが大きいのか重要なのかなんてあまり興味はないけど、25日が確かメイン?だからみんな24日に聖夜祭を迎えるに当たり活発的にお祭り騒ぎしている…気がするだけだ。
とりあえず24日と25日は冬季のお祭り騒ぎができる日!みたいな感じに思っている。ケーキも食べれるし街の雰囲気も大きく変わる。色んな形状のクリスマスツリーとか綺麗なオーナメントが飽きるまで拝み倒せるから、感性を磨いたり己のインスピレーションをビシビシ感じるには絶好の日。

友達同士集まってプレゼントを交換したりパーティーしたり、クリスマス会とかにそういうのにはあまり興味はない。

ないが。クリスマスの雰囲気は好きだった。昼間と夜で感じるものが違う。聖夜とか言う思い込みもあるだろうが、静かに街ゆく人々を眺めて佇んでいたい。しかし昨日は割りと早めに帰ってきてしまったのもあって不完全燃焼というか。今日は暗くなるまでお散歩したいのだ。



「うーん」



クリスマスとイブって、果たしてどんな意味があったのやら。何がどういう理由でクリスマスという行事が出来たのだったか。
唸ってポケフォンを取り出して調べ出すアヤ見て、レッドは軽く溜息を着いた。クローゼットから二人分のコートを取り出したレッドはアヤの頭を小突く。「早く支度しておいで」と目で合図されれば嬉々として、楽しそうに支度を始めるそんな彼女の様子を見て「まあ良いか」と思ってしまう程には大層アヤにはとことん甘くなったなと自己評価を付ける。

クリスマスなんて全く興味が無い。

いつもの日常とそんな大差ない。

本当なら何も大した用事が無いのに街に行きたくはない。それならポケモンバトルをして娯楽を追求していた方が格段にマシだと思うからである。もっと言えば寝ていた方が遥かに有意義。けどアヤが楽しそうで一緒に過ごせるなら、と思ってしまう程には考えをねじ曲げられていた。一緒に隣に居て顔を眺めて話している方が有意義で最も大切な時間だからだ。それにアヤが好きな物なら自分も便乗するのも良いだろう。

アヤ曰く。昨日日中にデパートに行っただけでは満足出来なかったらしい。じゃあ今日は何のために行くのだろう、と僅かな疑問を持ちながらレッドはアヤに引っ張られて外へと引きずり出された訳だが。

街の様子は昨日と何ら変わりはないように見える。レッドは時々辺りを見渡して「そういえば……」と口を開いた。



「サンタってどこぞやのオヤジなんだ」

「え?」



各お店の販売員であるサンタクロースのコスプレをしたおじさんやお兄さん、お姉様を見てレッドは首を傾げる。



「前から気になってたんだが……」

「気になってたんだね…」



あのレッドでも世間というか、娯楽に興味の一切がなさそうだがサンタクロースという存在は何となく気になっていたそうな。



「レッドは家でクリスマスというか、そういうのした事ないの?24日とか、25日にみんなで集まったりとか、家族でイベントを過ごしたりとか。何か貰ったりとか…」

「家ではなかったな。洋風に纏わるものをあまり良しとしなかったから」

「ど、どういう家…?そ、そうなんだ…?」



アヤは物珍しげに首を捻って、レッドは少し考えるように顎に手を置いた。ただ、年末年始や正月の行事はたぶんどこよりもド派手にやる。と言って。アヤはレッドが実家の話を少しでも話してくれるのが初めてで、ちょっと嬉しくなった。今まで自分の家について話してくれたことがなかったから。

お正月の行事が大きいってことは、レッドには沢山親戚とかいるのかな、とかそう思いながら。そうか。じゃあレッドも、クリスマスについてはそんなに重点的に思ってなくて、ぶっちゃけどうでも良く思っているのかも。アヤはそう解釈して、自分の知るクリスマスとサンタさんについて大まかに語った。



「サンタさんはクリスマスイブの夜中にオドシシの引くソリにどこからか乗ってやってきて」

「…………」

「人様の家に勝手に不法侵入をしつつよい子にプレゼントを配ってくれる白ひげ、赤い服のおじいさん、というのが一般的なイメージ…」

「それだけ聞く限りだと果てしなく怪しい不審者だと思うけどな…」

「ま、まあ……そうだけどね…あ!でも今はデリバードも一緒にプレゼント配るんだよ!」

「デリバードもサンタの一種なのか」

「いや、サンタではないかも」

「助手みたいなもんか」

「そんな感じかなぁ…」



そんなことを言いながら二人して難しい顔をしてしまった。

何となく道のベンチに座ってそんなどうでもいいことを考える。次第に「クシュ、」とくしゃみをするアヤを見てとりあえず風邪引く前に建物の中に移動するか……とレッドはアヤの手を引き立ち上がらせるが「あ」と声を上げてアヤは思い出したように言った。



「レッド、この後時間ある?」





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「折角だし、ちょっと遊ぼう!」

「…………」

「「「…………」」」



アヤは今、レッドを連れてゲームセンターに来ていた。

目の前には数々のレトロゲーム台にボックスゲーム機、卓球台、バドミントンテニスコート、バッティングコートなどなどetc……数多くのゲームが並んでいる。流石ライモンシティである。世界一を誇る遊びの街。なんでもある。

レッドは珍しそうに周りのものを見渡しているが、興味があるのないのかは表情からは読み取れない。ポケモン達もよくいきなりこんな所来たなぁ…とアヤの行動力には流石というか、驚かされている。

手始めに何からやろうかなぁ…と思ってアヤは周囲を吟味していると、肩を叩かれた。なんとレッドが、あのレッドが。ほんの少し困ったような顔をしている。



「?」

「アヤ…これは、何をすれば…」

「?楽しんで!」

「…??」



ゲームセンターという場所があるのは分かっていた。勿論分かっているとも。しかし、一度もこんな所に入ったこともなければ楽しみ方なんて分からない。そういえば昔、カントー地方でロケット団のアジトに乗り込むためにコインゲームをした事があるが全く楽しさを見いだせなかった。アレは結局なんなんだ。

困ったレッドを引っ張ってアヤはとりあえず手始めに、パンチングマシーンの所へ一直線へ向かった。レッドにどうしてもやって欲しかったものである。

超人のパンチとはいかなる威力を持つものなのか。

グローブをレッドに手渡し、そしてアヤも「よいしょ」とグローブを嵌めだした。その顔と体型に似合わないグローブをアヤが装着したのを見てレッドはぎょっとした。ぎょっとしている間にもアヤは素振りをブンブン振って、「今にもブン殴ります」と言わんばかりに準備している。

そしてお金を入れて。



「おい、アヤ待」

「ヨイショッーー!!!!」



ドカッ!と音を立ててパンチボールが倒れた。

《132kg》



「んー〜こんなもんかー…」

「……………」

「はい、次レッドね!パンチの威力をgで表示してくれるものだよ!案外友達同士で競い合ったりする遊びもあるみたいね」

「………俺もやるのか……」

「伝説のパンチの威力…知りたい…」



次はレッドの番ね、と言いながらグローブを外すアヤを見てオシャマリは心を無にしながら思った。ほんとうに逞しくなって……と。

レッドのパンチの威力を知りたいらしい。というかレッドがこういうゲームをする姿が想像出来なくて、一度は見てみたいと思ったのは内緒。アヤはワクワク、目を輝かせて見ている。

ようは殴打の威力を測定できる、と。それが面白いのだろうか。まあ数値が出るなら目で見て楽しむのが一般的なんだろうな、と思って。アヤの期待に満ちた眼差しを受けながらレッドはグローブを嵌めることにする。というかグローブ嵌めることに意味があるのだろうか。こんなグローブをクッションにしたら本当の威力は測れない気がする。

アヤに期待されるのは悪くない。

それにそんなに期待してるならまあ、やってやらなくも無い。

っていうか殴るだけ。それだけならお易い御用である。

そうして、レッドはアヤから受け取ったグローブを軽く利き腕に装着する。自分の反対側の掌に軽く何回か押し当てながら、軽いモーションでパンチボールを殴打した。ズガンッ!という鈍い音を立てて倒れたマシンが表示した数字。


《458kg》


である。レッドは果たしてその数値が低いのか高いのかはよく分からない。標準は何kgだろうか。アヤの数値とは比較はできない。女と男だと力の差がありすぎるからだ。一般男性の平均値はいくつだ。

そしてそんな軽く殴った男をアヤはまじまじと見て何やら難しそうな顔をしている。



「いやちょっと…ちょっと待って貰っていい…?」

「なんだ」

「レッド、それ…本気で殴った…?」

「いや、適当だ」

「て、てきとう…?」



無表情のまま涼しい顔で表示される数値を見ているレッドに、アヤはいよいよ顔色が悪くなった。あ、これ本気じゃなくて遊び程度でこの威力だ、と。そしてそんなアヤを他所に、「でもまあ、」とレッドは新しく追加でコインを入れて何故かグローブを外した。



「測定するなら勿論素手の方が正確だろう」

「ちょ、レッド何でグローブ外して待っ―――」




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結果、レッドに殴られたパンチングマシーンは壊れた。

いや、壊れたというか、そんな見た目明らかに粉々にはなっていないのだがパンチボールが機械にメリ込んで一切動かなくなってしまったのである。そして数値を映すデジタル画面が真っ黒に。どこのボタンを押してもうんともすんとも言わないのだから、確実に破壊して壊した。



「ぉわ…………」



なんてことだ。

グローブを取ったレッドは軽く手首を振り肩を慣らすように動かした。首筋を左右に倒して筋を伸ばして、何やら珍しく入念にストレッチをして。もうその時点でアヤの予想は悪い方向に向かっていたが正しくその通りだった。458?馬鹿。普通はノーモーションで軽く殴っただけではあんな数値は出ません。

ちょっと待ってちょっと待って。グローブ外したってことは多分あれ、半分本気で殴るつもりじゃ……。真っ青になったアヤはレッドを止めようとするが、軽いステップを踏みながらこれまた綺麗なフォームで助走を付けて打ち込まれた彼の拳。コーディネーターという本職ゆえに他人から見ても美しい体の動きや姿勢、目線の動き方、手先から足先に至るまでの使い方を研究に研究を重ねてきたのでついついアヤは呆然と観察してしまった。

レッドの正拳突きはアヤでも見惚れるくらいのとても流麗で美しい動きでした。

ゴドンッ!!!と鈍い音を響かせてボールは一瞬で殴り倒されたが、機械に埋まって動かなくなってしまった。因みに数値も出なくて、画面が真っ黒になってしまったから恐らく壊れている。ちょっと待ってよそんな簡単に壊れる作りになってないよそれ。レッドの殴る力ってどうなってるの、超人なのはわかってる…わかってるけど!弁償どうしよう、とか考えながらアヤは恐る恐る「レッドって……何か格闘技やってた…?」と聞くと「護身術だけは昔真面目に習った」と。



「(あれ…?もしかしなくても、あのパンチ食らったら、人間って死ぬ?)」



適当に殴ってあの数値。ようはパンチングマシーンは人が殴る力を数値化したもの。高ければ高い程殴打の威力が上がる。それを、壊す程の威力。

しかも護身術だけはってなんだ。護身術だけ習ってあの正拳突きはないだろう。他にもなんかやってたの??

前々から思っていた事だが、時々レッドは素人とは思えない動きをすることがある。あ、いや、それも超人だと思ってしまえば「あ〜まあレッドだし」で済まされてしまうが。違う。そうじゃない。



「(ポケモン用のパンチングマシーンってないのかな…)」



いやほんと。そうだ。ポケモン用のパンチングマシーンなら測れるかも知れない。とアヤは思うがそれはもう彼が人以上の力を秘めた本当はポケモンなのでは…いや前世がポケモンなのでは…と思っている。

動かなくなってしまった機械を見て「なんだ、案外脆いな」など小言を言っているレッド。

違う。脆くない。普通です。と言いながらあとでお店の人に言わなきゃ……弁償いくらだろう…と思うのであった。(結局店長が消耗品だから、という理由で何もレッドが壊したなんて思っていないらしく修理代諸々受け取りは拒否された)

そしてそのままの流れでスポーツアーケードゲームやそのまま実践としていくつかのスポーツを対戦式でする事になったがアヤでは残念ながら相手にならなかった。卓球はレッドの球が早すぎて打ち返せない、バドミントンとテニスはアヤを前後左右に走らせて体力の底を尽きさせあとは軽く点数をもぎ取るだけ。バスケットボールゲームでは先にアヤがプレイしたのを見て「こんなもんか」程度に全てのゴールにボールを叩き込んでいた。バッティングでは全てを打ち返しエアホッケーではアヤのゴールに時間のある限り点数を入れまくっていたが、そんなことをされれば当然アヤは泣く。だいたい「なんでよーーー!!?」と叫びながら負けている哀れな女である。

因みにアヤは別に運動音痴という訳ではない。

普通に動けるし、そんじょそこらの一般人よりは体力もある……とアヤは自分で思っているのだが。残念ながら身体能力的にも超人らしいレッドを相手にしたらまるで歯が立たない。アヤが多分1つでも彼に勝てる種目はあるのではと奮闘していたけれど、レッドの足元にも及ばなかった事実が悔しいのか一人で地団駄を踏んでいる。

そんなアヤ見て、レッドは無表情の顔の内側でニッコニコであった。



「(楽しい……)」



生まれてきて20年。初めて遊び目的のスポーツで体を動かして楽しいと感じるレッドであった。というかアヤが勝てないのにムキになって楯突いてくるのが面白い。いや、絶対勝てないだろ、と思う反面もうちょい頑張って欲しい気持ちはある。

せっかく楽しいのだから、もう少し骨のあるプレイをして欲しい。



「ゼェッーーー…ゼェッーーー……」

「………アヤ、諦めも肝心だぞ」

「ゼェッー…ゼェッ、ごホッ!はぁっ、はっー」

「とりあえず一度休憩しろ。脱水で倒れるぞ」

「なんで…なんでじゃ…っ…!」



バドミントン第2ラウンドにてレッドから1点も取れないまま終わったこの試合は、結局散々レッドにコート中走らされてスタミナを極限まで減らされたアヤは生まれたての小鹿のようにされてしまった。身体中汗だくになり全身疲労で膝が笑っている。そしてアヤがそんな状態なのにレッドは汗ひとつかいてなかった。アヤを見下ろすその顔は涼しい顔である。

荒い呼吸を整えつつアヤはそれでも床に転がりたくないのか四つん這いになり震えている。



『(アヤ………もう無理だからやめときなって…主人にはどう足掻いても勝てっこないって…)』

『(アヤってばこんなに元気に動けるのね。とっても感動……でもレッド君にはどう足掻いても勝てなさそうだし、そろそろ諦めるかしら……·)』

『『(え……えげつない…)』』



ベンチに座って荷物番をするピカチュウとオシャマリはそう思って、ボールの中から静観していたサザンドラとチュリネは二人の己のトレーナーを見てそう思うのだった。

その後、きちんと休憩をとったアヤは今度はレッドをBOXゲーム(ゾンビを狩るゲーム)やメダルゲームへと引き摺って行くのはまた別の話である。その中で初見のBOXゲームを1200円でラスボスをボコボコにしてエンディングまで怒涛の追い上げをしたレッドには流石のアヤも(途中からリタイアして観戦に徹した)大興奮で栄光を称えるのであった。







12月25日




とっくに夜になっていた。

ゲームセンターでだいぶ時間を潰せた頃。「そろそろ帰るか」と荷物をまとめていた。ペットボトルのミネラルウォーターをぐびぐび飲んでいるアヤを待って、「着なさい」とコートをよこせば彼女は顔を何故か歪めた。汗だくだからコートなんて着たくなさそうなアヤに無理にコートを着せて、外に出て。手を繋いで帰る。

ふと周辺を見渡す。

何だか、いつもと同じような風景が光って見えるような。何か違って見えた。クリスマス仕様に魔改造された街並み。沢山の行き交う人々に。店の季節の専用の装飾。



「(なるほど。確かにこれは、アヤの言った通りかもしれない)」



急に立ち止まったレッドにアヤは首を傾げる。

視線の先をアヤも辿るようにぐるりと見渡して、何か勘づいたように彼女は笑った。きゅっ、と繋いだ手を握り締めて。



「……どうですか、クリスマスは」



繋いだ手は暖かい。そんなアヤの手を見て、顔を見て。レッドは薄く笑うのだ。



「悪くない」



帰ろう、そう言って二人は帰路へ着いた。

 







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