act.113 12月24日
12月24日。
いよいよ今年も、最後となってきた。
「ひーーー……さ、寒い……」
「バカ、だから厚着しろと言ったろ」
「ご、ごめん……」
さて、本日はクリスマスである。
世間の民家は至る所に光る電灯や置物を飾り、夜は光溢れんばかりに点灯していた。もうあちこち光り輝いていて別世界にいるんじゃ……?と思うほどだが、元よりライモンシティは最初からイルミネーション…カラフルかつド派手に光っているからか、そこまで気にならなかった。あ、嘘。全くもってそんなことはなかった。
いつもの50倍くらいに飾り付けられててライトアップされている。目が眩しい。ライモンシティ一体が光の王国になっている気がする。ライモンシティ名物観覧車が改造されてツリーの形に点滅している。光るソリに乗ったサンタと、それを引っ張る光るオドシシが空をどうやって飛んでいるのか分からないが、ロケットの如く火花を撒き散らして飛んでいる。
そんな魔改造を施されたライモンは当然テレビの取材やマスコミが多くて、アヤは縮こまりながら移動しているのだが。街中のベンチにコソコソと腰掛けると頭に乗ったオシャマリが何故か困った顔をしている。アヤ、もっと厚着をしなさい。と言っているのだが勿論アヤには聞こえるはずもなくて垂れる鼻水を啜りながらくしゃみを盛大にかました。
1時間程前から、レッドと別行動している。
「―――デパートに?」
「う、うん」
「わかった、支度する」
「や、ボク一人で行きたいんだけど……」
「……………なんで」
「そ、そんな顔しなくても…!!」
ちょっと!そんな顔して睨まないでよ!
明らかに不愉快です、不機嫌です。と言った表情を隠しもせずに目の前の男はアヤをねめつけて来た。怖すぎるからやめてください。
この前の一件(ポケモンセンターのフロントで余計なものを買った時)があってからアヤが何かコソコソしているとレッドに必ず捕まるようになった。変なものはもう買いません、変なことはもうしません。本当です信じてください。何をどこに買いに行くのか、大まかな目的をレッドに言わないと終始警戒されて最悪後をつけてくるだろう。そしておそらくどんなに頑張っても撒くことはできないことはわかり切ってるので、素直に言うか付いてきて貰っているかどっちか。
ただ、レッドが居ると買い難いものがあるのは事実だ。
特に下着とか。因みにまだ下着は目の前で買ったことはない。流石にあのランジェリーショップに彼を連れて入るなんてそんなアホみたいなことはできない。それに買うところを見られたら自然と自分のバストサイズが細かく知られてしまうし(既にもう知られてしまっていることをアヤは知らない)、そんな自分が選んでいる隣で観察されたくはない。生き地獄みたいなことを味わいたくはないのだ。
そう。女の子には秘密は付き物なのである。
ということでまず下着を買いたい。
「し………下着を、買いたくて…」
「下着?」
「うん。あの、サイズが合わなくなってきて…ちょっとキツいっていうか…」
「遅い」
「え?」
「胸の大きさが前より変わっただろ。前から言おうと思ってたんだ。そろそろ変えた方が良いって。今のブラだと圧迫されて苦しいだろうに」
「……………な、なんで………レッドがそれ知って………」
「何って。毎回触ってるから気付くだろ」
「NO!!!」
「NOじゃない」
アヤが凄い顔をしている。
物凄い酸っぱいレモンを食べた時のようななんともユニークな顔をしていた。普段の顔と変顔の差が激しすぎる。オイ何だそれはいつ習得した。面白いからいいけど。
その顔を見て彼は肩を落とした。
「………デパートからは出ないな?」
「うん、うん。絶対に出ません」
「……はあ。わかった。12時までには済みそうか」
「…………うん!それだけ時間あれば大丈夫だと思う」
「終わったらデパート出た所の……いや、寒いから外には出ない方がいいな。そうだな…1階のエントランスのベンチ。そこで座って待つこと。絶対に動くなよ。何かあったら連絡すること」
「お……お母さんみたい……」
「こんなデカい子供を持ったことはまだない」
『(あなたのお母さんは私よ……アヤ……)』
一人と一匹はそう思ったそうな。
そしてレッドが当然のようにピカチュウをアヤの頭に乗っけるのを見て、アヤは首を傾げた。
レッド、どこかで時間潰すのかな?と。
「レッドはどこかで時間潰すの?」
「道具の買い出しに」
「道具?」
「もうすぐお前の兄貴からの仕事が年明けから待ってるからな」
あと、オーキド博士に連絡してポケモン達を呼び戻さなければならない。年末年始前で忙しくしているであろう博士と連絡を取るのはあまりしたくはないが、今日伝えれば早くて明日、遅くて明後日には手持ちに戻せるだろう。
案外、やることは多い。呼び戻したらメンテナンスもしなければならないし、新しくサザンドラも仲間に加わったから挨拶も兼ねて打ち解ける時間も必要だろう。
「…全匹呼び戻すくらいに、今回は大変なの?」
「……流石に準備には念を入れておいた方がいいだろ?何があるかわからないしな」
「そ、そっか…、……?な、なに?」
「ん?」
「あっいえなんでもないです」
最近、ふとした時に自分を見るレッドの目が心做しか探るような視線が多い。それは注意深く見られているというか、顔色を見られているというか。やっぱりタンポンがいけなかったか……とか思っていたけど、それだけじゃないような。
疑問に思っては今のように何?と口にすると彼は決まって「好きな女の顔を理由なく見ちゃ駄目なのか」とか恥ずかし気もなく言うもんだからアヤは言葉に詰まりながらも「さいですか……」と反論もなく黙った。今もそんな感じである。
そんなこんなで。「気をつけて行けよ」と下着を買いに行くだけなのにめちゃくちゃ念を押すように送り出されたアヤはライモンデパートにて下着を買いに来た訳である。まあ下着なら、と渋々付いてくるのを断念したレッドだが(オシャマリとチュリネに可哀想だからやめてあげてと祈り倒された)、本当は。
アヤの目的は下着だけではない。
レッドにデパート内に入るところをしっかり見届けられ、アヤは手早く新しい下着を数着買って店を出た。その時間20分程である。胸のサイズが分からないからワンサイズずつ大きいブラを持って試着室に入り、サイズが合ったものを購入する。
因みに試着室の中でアヤが久々に衝撃を受けていたこと。
それは。
「(…………!!!!胸の、サイズがっ……)」
上がっている!!!
前々からキツイなぁ、と思っていたのはどうやら間違いでは…自分の思い違いではないらしい。その事実にアヤは少し、衝撃というか感動して数十秒動けないでいたのだが。はわ……とアヤは感覚的に数百年振りのような嬉しさを噛み締めながらチラ、と新たなバストサイズが記入してあるタグを見て同じサイズのブラを探す。おっと。ここで感動に浸っている暇はない。時間は有限なのだ。
下着なんてぶっちゃけどうでも……いやどうでもよくはない。よくはないけど(勿論自分好みの下着を購入した)、今回の目的に限りどうでもいいのだ。
今回は水色と白、薄い紫色の下着を上下セットで一着ずつ、それなりに見た目がお洒落なものを手に取って。勿論パンツは紐を選んだ。何故なら見た目が可愛いからである。でも紐じゃなくても可愛いデザインは多い。迷ってしまうが結局行き着く先は紐。あ、待って、コレもオシャレで可愛い。
「んんんんーー」
いやこれ以上ここにいたらキリがない。今日は下着じゃなくてそれよりも、こっちがメインである。
下着屋で買った紙袋を手に下げながら案内板を見て、エスカレーターを上がって。目当ての店を見つけて。
「………よし」
自分の髪に差したヘアピンをひと差し、髪から外して。
店内に足を入れた。
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目的が全て達成されてしまえばもうやることはない。
暇である。オシャマリとピカチュウは終始アヤの1歩手前を歩いておりピカピカマリマリ何かを会話しながらよちよち歩いている。可愛いの権化。そしてチュリネと言えば人間達の住処である大きな人工的な都市はやはり目新しく、珍しいものばかりに見えるようでボールの外に出てきてしまった。「チュリ…」と若干ピルピル震えている小さな球根を抱き上げ、デパート内を玄関入口に向かって歩く。
もうすぐ約束の12時だ。
思ったよりもスムーズに自分の目的が終わってしまったのでどこか他のお店にでも行こうかと思ったけど、でもやっぱりいいか……と思ってデパートを出た所のベンチにポケモン達と座った。レッドにはデパート内のエントランスで待つように言われたが
、ベンチはもう座れる場所がないから仕方なく。風が冷たいけどまあ、あと数十分だしと思ってアヤはよいしょと空いたベンチに腰を降ろす。
外のベンチには誰も座っていなかった。まあこんな寒いのにわざわざ外ベンチに座る人はいないかぁ……そう思って。
「ピカ、ピピピ?」
「チュリリ…?」
「マリー、マリマリ」
マリマリチュリチュリピカピカ喋っているポケモン達は案外仲良さげである。チュリネも頑張って打ち解けようとしているのか遠慮がちながらも頷いたり首を振ったりしている。協調性の塊である。
それを見てピカチュウもオシャマリも苦笑いしており、尻尾でチュリネを冗談めかしてペシペシと叩いた。君たちいったいなんの話してるんですか?
「ひーーー……さ、寒い……」
そうこうしているうちに12時を過ぎて、気付けば12時30分になろうとしていた。
今は真冬だから極寒だ。もう少し厚着をしてくればよかったかなぁ、と思ってアヤは思わず盛大にくしゃみをかまして手に息をかけて温める。
そんなアヤを見てピカチュウもオシャマリもチュリネも、3匹はいそいそとアヤの両隣と膝の上に座って暖を取ろうとして。
「このバカタレ」
「わあっ!?」
「だから厚着しろと言ったろ。そもそもデパート内の1階で待つように俺は言ったが」
「れ、レッ…!」
そういえばレッド遅いなぁ、なんて思って手を擦りながら辺りを見渡していると「このバカ」と目当ての人物の声が背後からして、振り返ると首に勢い良くマフラーを巻かれる。黒いマフラーから見知った匂いに「あ」と思って。
レッドは暖かい飲み物を手に不機嫌そうに立っていた。
ココアをアヤに待たせると今度は被った帽子を外してアヤの頭に乗せられて。
「や、そこまでしなくても…!それに帽子取ったら身バレしちゃう」
「マスクとグラサンあるから平気だろ」
「それもあるけど…!いやいいって、レッドだって寒いでしょう。今度はレッドが風邪ひいちゃうよ」
「いいから被ってろ。俺は元々寒さに強い」
「そりゃシロガネ山に6年も半袖でいればね……」
「「「!!?」」」
思わず、と呟いてしまったアヤの言葉にピカチュウ以外のポケモン達が目をひん剥いた。(サザンドラは流石主人、そこが痺れる憧れるなんてなんかどこかで聞いたようなことを思っていた)特にチュリネは泡吹いて倒れそうである。
アヤの隣に腰を下ろしたレッドはココアとは別に買った自分のペットボトルのお茶のキャップを外して飲み始めた。マフラーと帽子を失ったレッドは見るからに寒そうに見えたが、全く寒さを感じませんと言った様子。え、そんなバカな…本当に寒くないの?と思ってアヤはレッドのペットボトルを持っていない方の手を握るとめちゃくちゃ暖かかった。何でだ。
「?どうした」
「本当に寒くないの…?熱い脂肪でも発揮してるの…?」
「ポケモンの特性は流石に俺でも発揮できん」
「も、貰い火…?」
「お前のウインディでもない」
「あれ、よくわかったね」
「自分の女のポケモン達の特性くらい調べて把握するだろ……」
「えっ」
「?」
「そ、そういうものなの?」
「少なくとも俺はな」
さも当然と言った感じで軽く受け答えし、ぐびぐびとお茶を啜るレッドにアヤは目を白黒させた。レッドはアヤの、自分の手持ちのポケモンの特性全てを、把握している……とな?
「え……い、いつ……?」
「初めて会った時」
「初対面から!!?」
「初めて見るポケモンも居たからな。ほら、ルカリオやムウマージとかな」
「………ボクのポケモン、全匹の特性言える…?」
「……」
ゴク、とレッドはお茶を飲み干して。
「シャワーズ貯水、努力値を防御と体力に振ってるから耐久力が実はパーティーの中で一番高い壁役。技のコントロール力が高く妨害系の技が美徳。カイリューマルチスケイル、シャワーズの次の第2の壁役。努力値を火力にも振ってるから攻防どちらにもなれるオールラウンダー。ムウマージ浮遊、ゴリゴリの妨害デバフ型。ただ特攻に努力値振ってるからアタッカーにもなる。体力はない。ルカリオ精神力。格闘タイプ特有の筋肉の付け方、体幹、体のラインを良く魅せる為に近接ゴリゴリの物理特化に仕上げただろ。特攻より攻撃と素早さに努力値を振ったな。ウインディ貰い火、全体的にバランス良く努力値を振り分けたオールラウンダーだがどちらかと言うと火力役か補佐役に回れる。しかし壁になれるほどの技や耐久値はない。サンダース早足。特攻が上がると体毛組織が爆速的に変わって蒼色になる。努力値は素早さに振ってるから火力より奇襲役と勢いを付けた一撃必殺に秀でている。オシャマリ潤いボイス、とにかく器用で妨害行動阻害が優秀。ただ火力はないな。相手を仕留められる決定的な有効打はない。チュリネマイペース、お前も器用だな。だが自身のリジェネや仲間を回復させる能力はずば抜けてる。まあまだ戦ってるところを一度も見たことないから直接の分析は出来てないが」
「ちょっと待って!!!???」
怖い怖い怖い!!特性だけ聞いたのに何か細かく分析されてる!何その分析能力!!!??しかも個々に細かくトレーニングして伸ばした数値まで把握されてる。何それ怖すぎる。超人で天才なのはわかってるけどその異質ともされる才能を見せられるとアヤはヘコむ。格の違いを突き付けられてる気分である。
そしてアヤには聞こえないがピカチュウがオシャマリに対して『冷ビか何か使えるようになったら違うんじゃない?』『冷ビ?』「冷凍ビームを略すなお前」
『氷技はわたし、まだ凍える風しかできませんもの』『水の波動とかも使えないの?だってキミ、ハイパーボイス使えるならそろそろ出来るようになるんじゃない?』『?ハイパーボイス?まだそこまでは……』なんて言っている。
何を喋ってるか分からないが、レッドが呆れたように冷凍ビームを略すなと言っているけど本当に何の話をしているのかアヤはサッパリだった。
「えっと……なんて?」
「オシャマリに火力がないから冷凍ビームか何か覚えたらいいんじゃないと」
「火力が、ない…?」
アヤは思った。
火力がない?
いや、オシャマリのハイパーボイスの威力。あれってレッドにとって火力がない部類に入るの?初めて会ったオシャマリが自身を捉えていたあの水槽をハイパーボイスで破った時と、そして迷いの森でアヤが見たあのハイパーボイス。いや、確かにあの時は喉スプレーやスペシャルアップを使用してドーピング……一時的に能力値を底上げしたから、やはり火力は控えめなのだろうか。しかしあの、バルーンをスピーカーに見立てて、少し細工はしたけれどハイパーボイスで炸裂させたあの威力はハッキリ言ってヤバかった。だって周囲一帯が音の衝撃波だけで土を抉って木を数本薙ぎ倒していたくらいの威力だ。
オシャマリの特性を含めようにも、まだまだ進化段階なのにこの威力は、火力がないなんてアヤは思えなかった。まあオシャマリが発動するにはかなり、隙があって使い所は限られて来るけれど……。
アヤが訝しげな顔をして首を捻るのを見て、今度はレッドが首を傾げた。
「何だか納得いかなさそうな顔をしてるな」
分析は得意だ。見たものそのままを感想として言っているのにアヤが渋い顔をしているのが彼は気になった。自分の分析や考えは、こう言ってはなんだがハズレやズレがない。そんな自分に育成論や分析を物申すことのできるトレーナーなんて
今やチャンピオン達くらいだし。
まあそもそもアヤが考える育成論はコーディネーターとしての育成法で。トレーナーとコーディネーターの育成論は大分ズレているから、そういう専門的な育成や考察みたいなのがあれば是非ともこの隣のトップコーディネーターに聞きたい。
「いや、だ…だって。オシャマリ…」
「マリ?」
「は、初めて会った時に。ほら?強化ガラスの水槽を破った時とか、迷いの森で出したあのハイパーボイスの威力…」
「マリ、マリリ」
「え?」
―――『アヤ。私まだ、ハイパーボイスは使えないわ』
アヤの言ったことを否定するようにオシャマリは首を振った。
使えない。まだハイパーボイスは使えない。
そう言ったオシャマリの言いたいことを何となく理解したアヤはポカン、として「え」と呆然とした。マリマリ、マリリ、マリーとずっとマリマリ言っているそのオシャ語はアヤは分からなくて、終始汗をかきながら首を捻っていたのだが。レッドは黙ってオシャマリの言葉を聞いていた。
『ずっと言わなきゃって思ってたのだけれど。わたし、まだハイパーボイスは使えないわ』
「……ハイパーボイスは、まだ使えないのか」
『そう』
「使えないらしいぞ」
「ええ!?」
『ハイパーボイスじゃなくて、今まで使ってたのはチャームボイスよ。アヤ』
「今まで使ってたのはチャームボイスだと」
「え!?」
アヤは驚愕でおっかな吃驚していた。ってことは、今までハイパーボイスは使えるって勝手に思ってたけど、ずっと見てたあれはハイパーボイスではなくチャームボイスと間違えてた?
『だから、あの時ペンドラー相手にわざわざ道具を使ってチャームボイスの連撃の指示をしたアヤは、てっきり分かってたと思ったのだけれど……突然ハイパーボイスを指示するんだもの。困っちゃったわ。だって出来ないもの』
「………」
レッドはアヤを物言いたげにじっと見る。
アヤは思わず目を逸らした。
「(………いや、でもちょっと待ってよ?)」
逆に言うと。チャームボイスがあの威力だぞ?
え?えげつなくない?
チャームボイスであの強化ガラスを木っ端微塵にして、チャームボイス(ドーピング)
で暴食ペンドラーを吹っ飛ばして、スピーカーのチャームボイスであの音波でしょ?
「(えっ……ちょっと待って。強ない……??)」
チャームボイスにより抉ったあの広範囲衝撃波。
きっとアレを見れば流石のレッド達も火力がないなんて言えないはずだけど、生憎あの場にいなかったから理解して貰えそうにない。
「な、なんかごめん…?」
「マリリー」
何だか思わず謝ってしまったが、オシャマリは気にしてないと首を振っている。ピカチュウとオシャマリがまた何かをピカピカマリマリお喋りを初めて、レッドも時々二匹に小言を入れつつ会話に参戦し始めた。
そして完全に置いてけぼりを受けたアヤはふと、思った。
そう言えばあの時。自分もなんかおかしかったような気がする。喉が破裂したように何かが体内を渦巻いて喉を通して勢い良く煮詰まった塊が出て行ったような。何だかそれは嘔吐する感覚に近かったような……気がする。
「(あれ、なんだったんだろう…)」
迷いの森であったことを思い出す。
あの時から今になって徐々に、少しずつ曖昧で忘れていた記憶が霧が晴れたように鮮明になっている気がして。
迷いの森に入った時から、ゾロアに誘われて(これは霊的な作用が働いて幻覚を見ていたのだと思うことにした)暴食ペンドラーに襲われて食い殺されそうになって。
そしてあの小さな自分に似た少女。不気味に歩き、不気味に歌い、不気味に自分をじっと見て追いかけ続けていた少女。ずっと歌声が聞こえていて、気付いたら追いつかれている。
それに至ってはもう幽霊の一種かとアヤは思うことにした。
見ちゃいけないもの。
幽霊のエッカルトと比較するとめちゃくちゃ恐ろしい。だって意思疎通がなにも取れないんだもの。
「(うーーーん……忘れよう……。思い返したり変な事想像すると、また“呼んで”現れたりしたら困るし…もう考えないようにしよう…)」
「………マリィ」
口をへの字にして苦い顔をしたアヤを、オシャマリはチラリと盗み見た。
ピカチュウはレッドと熱心に喋っている。
『ねえ主人。俺もそろそろ新しい技でも開発しようかな』
「必要ない」
『はー?だって攻撃の手数が増えるのは良いことでしょうが』
「今覚えてる技の完成度と確実性を更に磨いた方が良いだろ。っていうかこれ以上何覚えるつもりだ」
『天使のキッス』
「いらん」
『なんで!?だって可愛いでしょ!!?俺ピカチュウよ!?確実に相手を混乱に落し入れる自信しかない』
「それなら頬っぺすりすりでも覚えろ。麻痺させた方が確実だ」
『………そ、それだ……!』
なんて喋っている。
言葉を解さないアヤが聞いても何が何だか分からないと思うが、非常におちゃらけた話をレッド達はしていた。というより、レッドのこの顔で頬っぺすりすりとか、そういうの言うの…?なんともアンバランスだった。この人達、案外愉快な性格なのね…なんてオシャマリは思って。
『(………アヤ、チャームボイスは使えるわ。ハイパーボイスはまだ使えない。どうやっていいか分からないの。ごめんね)』
ポケモンは経験を積んでレベルが上がると。不思議と。自ずと次、自分が新しく出来る事が分かってくる。体の使い方。技の使い方。これはオシャマリが人間からポケモンになったことでわかったこと。
『(………アヤ。あなたは、“私達”が居なくなってから、必死になって生きてきたのね。生きて、くれようとした)』
ポケモンを連れて旅に出ているなら、今までも危険な目に会ってきたり苦しいことがあったに決まっている。命の危機に扮したのはこの前だけ?……いいえ。自分が囚われていた研究所も、あそこは危険な場所だった。
制御の効かないポケモン達が数多く捕らわれていた。建物も崩れた。レッド君が後から言っていた。崩落に巻き込まれて死んでいた可能性があったって。
アヤだけじゃない。ユイもそうだ。私達2人揃って死んでしまったから。しっかり守らなければいけない時に、守れなかった。
『(……私は、子供を守るなら何をしても、良いと思ってるの)』
あの時、あの森で。
アヤが自分に指示して、何をしたいのかは途中で気付いた。
バルーンを凝縮してスピーカーの代わりを作って、それを音で割って音の衝撃波を発生させたいって事はわかったから。
バルーンを凝縮した時、“呪い”を与えた。
自分達に敵意がある生き物を文字通り、消す為に。
『(私は、ペンドラーを殺すつもりで“歌った”)』
呪いを与えて凝縮したバルーンのスピーカーは、物理的な呪物となって。
『(アヤがあの時指示したハイパーボイスはそもそも私にはまだ使えないわ。だってどうやったら良いかわからないんですもの。でも、もし覚えていてもハイパーボイスなんて使う気は最初から無かった。
―――元々みんな殺す気だったから、あの時は“呪歌”を叩き付けた)』
ハイパーボイスじゃないなら、あの時のはチャームボイスだと思ってるでしょう。
私の事、ちょっと強いって、そう思ってるでしょうアヤ。
でもごめんね。
違うのよ。
チャームボイスじゃないの。
あれは呪歌よ。
ただの呪い。
敵意ある害虫を確実に殺すように、二度と起き上がって来れないように。全身の細胞をズタズタに破壊して、呪いで強化した音波で全身の骨を粉々に砕いて、脳を破裂させて殺した。
『(でもまさか、私の歌に合わせてアヤも引き摺られて共鳴するなんて思ってなかった)』
ペンドラーだけ殺すつもりが、アヤの呪歌と混ざって威力が上がってしまった。アヤの元々の思惑の“ペンドラーと周囲一体を吹っ飛ばす”ことが意思に反映して、それは呪いとなって一緒に呪物と化したスピーカーに叩き込まれた。
…これは自分のせい。
アヤが良くない方向に進んでいるいるかもしれないことは、自分のせい。
その結果、土を抉って周囲の木々を数本薙ぎ倒し、氷のバルーンが連鎖爆発を起こして破片が凶器となり飛び散ってしまったのだけど。
『(………あれから、特になにも、変化は見られないけど)』
自分の経験も含めて。
呪歌に転化して身体が書き換えられると、暫く狂ったように歌い続けるのだ。
アヤが熱を出して寝込んでいる時、呪歌を消すつもりで歌いまくったが結果として消すまでには至らなかった。押さえ込んだだけ。
『(それにしても、アヤは身体が転化したのに。見た感じ全く変わりがない)』
あの長期間の熱発は転化で間違いない。だけど熱で寝込んで全快した後、アヤは変わらず元気だった。普通に走り回るし普通にご飯も沢山食べるし、長時間起きて歩いていようが何していようが、全く変わりは無い。
自分の時は違った。確か、呪歌が発現し転化した直後から身体がかなり疲れやすくなった。前みたいに長時間動いていられなくなった。食欲もなくなった。内蔵器官も弱くなって時々呼吸するのもしんどい。走るなんて、以ての外で。
呪歌が強くなればなるほど、呪いが強くなればなるほど、それと比例して体は壊れていった。日に日にどんどん衰弱して、その最期がアレだ。
呪歌の呪いは、実の所私もよく分からないことが多い。
『(………サクヤさんは、何か、知っていたのかしら)』
今はもう会えなくなった、亡きあの人の顔を思い浮かべて。
オシャマリは目を閉じた。
12月24日
「寒いねー…」
「そろそろ帰るか」
「ピカ」
「………マリィ」
そういえば、私が死んだ日も寒かった。