act.108 彼の誕生日について企画する





それから。

既に月日は流れて、12月。

季節は冬に移り代わっていた。

あれからレッドの開発指南は続き、その結果は実に良好だった。
指一本ほとんど薬を使わず入るようになった。そして指2本、この前やっと入るようになったが。これはまだ痛みを伴う。



「(あと1ヶ月、)」



大晦日にアヤの兄から依頼された仕事が入るから、レッドは一旦シンオウ地方へ。アヤは一緒に連れていけないからこのままここに待機。そうなったらしばらくはアヤに会えなくなるし、触れなくなるし。若干憂鬱な気分になるがそれまでに充分触りまくろうとは思っている。そもそも、爆速で研究所を潰してすぐに帰ればいい話だ。



「レッドー!ライモンシティって大晦日にカウントダウンやるらしいよ!」

「カウント……何?」

「カウントダウン!新年に移り変わるのをみんなでカウントダウン!」

「?」



アヤは少々物事を説明する能力が低いらしい。

まあそれもアヤらしいと言えばアヤらしいが。何となくアヤの言いたい事を汲み取り、そうかと頷いて窓の外を見る。

雪だ。

イッシュ地方でも、雪は降るのか。

今まで薄着だったアヤも流石に寒いのか、部屋にいる時は常にモコモコの部屋着を着込んでいる。前に熱を拗らせてからしんどい思いをしたのが堪えたらしい。極力自分の体調管理は前よりもしっかりするよう気をつけているようだ。
加えてレッドは薄手の長袖を着ているが、あまり寒さを感じないらしい。寧ろ半袖でも充分。平気そうにしているレッドに対して「寒くないの?」と聞いたアヤに「全然寒くない」と答えると凄い目で見られたが、本当に寒くないので問題ない。だってシロガネ山では常に半袖で生活していたし。

自分用にコーヒーを作った後に、アヤにもホットミルクを作って渡すと喜んで飲み始める。ちびちびカップに口を付けるアヤはふと、思い出したように言った。



「レッド……あのさ、大晦日…12月31日にユイ兄のとこに行くんだよね?」

「?そうだが」

「それ、…元旦にできないかなぁ」

「元旦?何かあるのか」

「な、何って…レッド誕生日じゃん。やっとまともに祝えるのに」



パチ、と目を瞬きして。



「………………ああ、そういえば」



いきなりなんだと思った。



「え?…だ、ダメ!?……やっぱりダメな感じ…?」



アヤが言い難そうに言ったのは以前レッドが誕生日があまり好きではないと言ったのを覚えているからだろうか。一瞬無表情になったのをアヤは見逃さなかった。

自分の好きな人達や大切な人なら誕生日を祝いたいし、それにそんな人達から祝って貰えたら勿論嬉しい。あの時おめでとうと言って貰えて嬉しかったから、自分も同じようにしたい。その日を大切にしたいと思うのはアヤの持論だが、レッド自身は自分の産まれた日についてはそうじゃなかったから。理由は知らない。というか言い難そうにしていたから聞かなかった。

あの時精一杯自分の気持ちは伝えたはずだったけど、やっぱり嫌悪感があるなら…レッドの気持ちを無視してまで嫌だと思うことをする気にはなれなかった。本当に嫌ならこちらのエゴで無理に祝うのも酷な話かもしれない。

肩を少し落としたアヤに気付いたレッドは違う、と首を振った。



「いや、駄目とかそんなんじゃないが」

「……本当?」

「本当。………ただ、本当にどうでも良くて忘れてただけだ」



……そうか。そういえばそうだった。元旦は自分の誕生日だ。

尽く自分の生まれた日なんてどうでも良くて忘れていた。



「…すまんが、お前の兄から指定された日は大晦日だからな。俺からはこっちの都合で変更の打診は難しい」



というか自分の誕生日だから予定をずらすなんてそんなこと一切するつもりはないのだが。



「それってユイ兄が良いって言えばいい?」

「それは、まぁ」

「ちょっと待ってて」

「?」



アヤはポケフォンを出すと何かを操作し始めた。そして暫くすると『ピコン』とメールを知らせる着信。何だ、と思いながらアヤを見つつ返事を待っていると。



「ユイ兄、いいよって!」

「は、」

「やった〜。頼んでみるもんだね」



その文面には『構わない』との文字が。

因みにアヤが送ったメールは『お兄ちゃん、レッド来訪の日を元旦に出来ませんか。ご検討お願いします』との文章だけ。以前、ユウヤから言われたことがある。「アヤちゃんさ、ユイに何か頼む時は“お兄ちゃんか兄ちゃん”って言ってみなよ」「え"」という会話を思い出した。



「対面するのは難しいか。なら文章…メールとかなら言いやすいんじゃない?」

「な、なんでお兄ちゃん……き、キッショ……」

「コラ。ま、案外ものは試しと思って。普通に頼むよりすんなり聞いてくれるかもよ?」

「ほ、本当ですかね……」



という話をしていたのをアヤは思い出した。
実はレッドのシンオウ行きを前から伸ばせないものか、とずっと考えていた。そんな1週間伸ばすとか、そんなんじゃない。一日でいい。寧ろ一月一日になればそれでいい。

彼の誕生日を少しでも一緒に過ごして、祝いたかったから。

アヤの見せる兄からのメールをレッドは確認して、「確かに、」と一言呟く。



「…………そんなに。俺の産まれた日はお前にとって、重要か」

「え、勿論」



即答したアヤの顔を見ながら。

レッドは肩を落としながらも、しかしながら嬉しそうにも笑うのであった。







彼の誕生日について企画する


「ちょっとしたお祝いを企画してます!………そ、そんな大層なことはできないよ…?できないけど……」

「………楽しみにしてる」

「あれ、レッド?ちょっと嬉しそう?」

「ん、」



案外素直だった。









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