act.98 毎夜失敗続き





「チュリ?」

「あ……なぁにチュリネ」

「チュリチュリ?」

「??」



チュリネは己のトレーナーとなった少女の顔を見る。

その表情はいつも通りだけど、どこかぼうっとしているような。そんな顔。

あれ?最近何だか、やっぱり元気がない?

どうしたの、そう言いながらもアヤは寄ってきたチュリネを両手で持ち上げて膝の上に置いた。つんやりした丸いフォルムを撫でてタオルで何故か磨いている。心もここに在らず……な状態だ。



「(アヤちゃん、私、磨いても光らないわ)」



ぼーっとした顔をしながらアヤはチュリネを撫でて、何故か磨き続ける。
そんなアヤの様子を見てチュリネだけではなくオシャマリとピカチュウも、そしてボールに入っているサザンドラも首を傾げていた。



「マリ……」



アヤの様子が何となくおかしくなったのは、……そうだ。丁度アヤの誕生日の日の……次の日だった気がする。夜は大体オシャマリ達は気を遣って寝室には近寄らないことにしていた。しかもオシャマリのハイパーボイスの応用で室内に防音を張っているから何を話していたかも、何が起きていたのかもポケモン達は知らない。

否、覗くなんて、盗み聞きなんてする気は毛ほども無かった。

確かその日の昼間はいつも通りのアヤだったはず。

朝っぱらからあの多すぎる食事を皆で食べて、昼間はライモンシティを練り歩き、そして夏だからか夜は花火も上がる。ライモンシティでは夏になると遊園地の上空に必ず花火が上がる。いわばお祭り状態なのである。レッドとアヤ、そしてポケモン達で花火鑑賞しながら夜の街を練り歩いていた時は二人とも、楽しそうだったのに。



『ねえ』

『はい?』

『何があったのアヤ』

『さぁ……』



ピカチュウはオシャマリに声をかけた。

ぼんやりアヤはチュリネを膝の上に乗せ、何故かタオルで磨いている。チュリネは鋼タイプでも、磨いても光る部位は持ち合わせてはいないのにずっと磨き続けている。新手のギャグかと思ってしまった。
アヤがおかしな様子を見せるようになってから……その誕生日の次の日から早1ヶ月。もう8月。ずっとこの様子だった。



『(…………主人、もしかしなくても…アヤにヘマでもしたんじゃ)』



ピカチュウは思った。

あの誕生日の日、長年相棒としてやってきたピカチュウにしか分からないレッドの僅かな様子の変化。思考。気配。何やら怪しげな空気を発していたのは朝から分かっていた。変なオーラも纏っていたし。

そして次の日、寝室から出てきたいつもと様子の違うアヤを見て、もしかしてもう繁殖行為を終えたのでは?とも思ったが。以前やること全て終わるまでそれはしない、とレッド本人が言っていたからそれはないだろう。

しかし“匂い”は以前と増して、少し濃くなっている。

人間が性行すると必ず発する匂いが残る。それがアヤから僅かに香っていた。けれどかなり薄いから、きっとそのギリギリまでやっと致したんだろうなぁ…と思ってやったね主人!これでもう少しで手篭めに出来るね!なんてピカチュウは内心ワクワク泣いて喜んでいた。

が。



『(アヤがこんなぼんやり、っていうか浮かない顔してるって……)』



絶対なんかヘマしたんだろな主人。

だって見てよあのアヤの顔。
元気ないっていうか、悩んでますっていうか、時々泣きそうかつ死にそうな顔してるし。それをひっくるめてボッーとしてるし。

しかしアヤとはうってかわりレッドはいつも通りの様子であった。誕生日のあの日から、朝になると時々シーツを洗濯に自ら出しているから、そういう行為は何度か行っているのがわかる。けれどアヤの様子は一向に変わらない。

どうなってんの主人。

もしかして本当に不能になったのだろうか。

だとしたら雄として大問題である。

だからピカチュウはどストレートに聞くことにした。



『主人不能になったの?』

「なってない」



効果音があればどーーん、と言う文字が見えるだろう。

早速、レッドと二人…いや、一人と一匹になったピカチュウはこっそり……しながらも大胆かつ戸惑いなくレッドに問う。言葉も選ばなかったから率直に聞いた。なんてまぁわかりやすい。
確か、結構前にも同じような質問をした気がするが、知ったこっちゃない。

聞きたいことは聞く。レッドのピカチュウはそういうスタンスである。



「なんだお前は……藪から棒に」



昼間、レッドとアヤはライモンシティを練り歩いていた時、何だか面白そうな映画(B級ホラー映画)を見つけたピカチュウは早速『ねぇ主人、ちょっとあれ面白そうだから見ようよ』というピカチュウの申し出にレッドは片眉を上げた。

何のことだ、と首を傾げたレッドはピカチュウの指さす方向を見る。

その映画は……ホラー映画だ。別にこんなもん見なくてもそこらかしこに本物の生霊や死者の霊魂がうようよいるだろうが、と思う。陳腐すぎる。何が面白いのだろう、と思ったレッドだったが『気分転換になるだろうと思って』とチラ、とピカチュウはアヤを見た。気分転換に何でホラー映画見させる必要があるんだ、とため息を着きたかったが。成程。ピカチュウなりの配慮らしい。配慮。………配慮?ホラー映画が?レッドは珍しく汗を垂らしながらもう一度そのホラー映画のポスターを見た。



「(配慮………いや、………嫌がらせの一種…)」



何故かピカチュウはドヤ顔をしてどうだ、俺やっぱり出来るピカチュウでしょ。なんて胸を張っている。嫌がらせではない。本当にピカチュウなりのアヤへの配慮である。なかなかどうして、ぶっ飛んだ思考ではあるが。

ようはピカチュウも心配なのだ。

そういうことなら、とレッドはアヤを連れて映画館に直行し早速その映画を見た訳だが……。

アヤは早速青い顔をしながら卒倒していた。ホラー映画は嫌いな訳では無いが特別好きな訳では無いらしい。



「(おいおい……気分転換になるのか、これ)」



気分転換。アヤが連日ぼんやりしていて、少し様子がおかしいのは勿論レッドも知っているし、理由も理解している。だからこそアヤの気を紛らわす事には賛成なのだが。

映画館の大画面で様々な虫ポケモンが人間に寄生し、餌として喰われていく。その虫ポケモン達はもはやポケモンではない。なんかの魔改造されたであろうチープなクリーチャーに成れ果てており、よく出来たCG合成だった。あれは何だ。カラサリスとキャタピーの合体かなんかだろうか。よく出来ている。
頭に寄生した女の顔が縦に裂け、頭が不自然に吹っ飛んで血飛沫を上げたところで、膝に乗っていたオシャマリはアヤの顔にへばりついた。因みにアヤに抱きしめられているチュリネは泣きそうになり絶句して泡を吹いて失神してしまうんじゃないかと言うほど震えていた。(ピカチュウとサザンドラは人間の頭が吹っ飛ぶ時って、こんな感じなのか〜程度に緩く思っている)

こりゃいかんと思ったレッドは無言で席を立ち、青い顔したアヤの手を引いて映画館を後にしたのだが………。結果として気分転換どころか精神をすり減らすことをして申し訳なく思った。ピカチュウは『なんかごめんてへぺろ』とか言っていたけれど。


この時、レッドには良い気晴らしの仕方なんて分からなかった。あの日から殆ど毎夜、アヤの“慣らし”は行われている。しかし何回やっても時間をかけても指半分すら入らず、痛みが強くて中断してきたのだ。アヤはどれだけ痛くても口に出して痛みを訴えない。痛いと言えば、すぐさまレッドが中断することを分かっていたからだ。アヤは痛くてもいいからなるべく先に進みたかった。やめて欲しくは無いから、痛くても我慢を毎回する。

けれど痛みを誤魔化すのは難しい。

それはアヤを毎回毎回、24時間いつ何時でもストーカーのように観察しているレッドからしてみれば(ピカチュウから『主人、ストーカーみたいだね!』なんて言われて流石に眉を寄せた。そんな陰湿な変態になったつもりはないからだ)些細な変化などすぐに気づく。
痛みによる引き攣った頬や口角、眉間に寄る僅かな眉の間隔、痛みをやり過ごす呼吸の仕方、身体の力み具合。気持ちよさからの反応ではない。痛みによる反射の反応はかなりわかりやすいものだ。

どんなふうに痛い?正直に言って欲しい。と聞いたこともある。

するとアヤは言い難くそうに少し考えてから言った。



「えっと……一番は、い…入口。擦れて痛くて。それに内壁が爪?で擦れて…痛くて……」



それを聞いて、そうか。と答えた。(その瞬間にレッドは己の全ての爪を深爪気味にカットした)

あれだけ濡れて滑っていても入口から痛いのか。確かに入口は狭い。広げようにもあれだけ痛がっていたら広げることもできないし。少しずつ指を挿入しても第2関節辺りで止まってしまう。少しの痛みなら様子を見て続行するが、見たところ少しの痛みどころではなさそうだ。大丈夫、続けていいよというアヤの言葉に従うことはせずにレッドは当然拒否した。激痛を味あわせて前戯そのものを体が拒否することを恐れたからだ。

最初の一週間くらいはアヤは痛みに対して「そんなものなのか」程度に思っていた。レッドも「初めてはしょうがない。痛いものだ。焦る必要もないから、だからゆっくり慣らしていこう」と言っていたし。初めてする前戯による指の慣らしは痛みを伴うものなんだな、程度にそう思っていた。けれどそれが日を重ねるに連れて変わらない痛みに、どんどん不安を募らせるのは当然と言えば当然で。

アヤは当然、不安になった。

「これ、ずっとこんなかんじなのかな…」と。

そして彼は彼でほんと何やっても変わらないものだから、レッド自身も多少焦りを感じていて。

これは自分のやり方が下手なのだろうか?経験のない女にそれ相応のやり方があるのでは?今までこんな苦労……いや苦労ではない。断じて。大変だなんて感じたことなんて一切ない。一切苦労なんて感じていないが、今までの経験上こんな痛がった女を相手にしたことがない。……いや、そもそも昔の経験を今のアヤと比較するべきではないのだ。何から何まで違いすぎる。

中断する事に何故かアヤは毎回謝る。

ごめん、と。

何故謝るのかが彼は理解出来なかった。

初めてなのだ。痛いのは仕方ないし、個人差ももちろんあるだろうが、痛いのは仕方がない。何に対して謝っているのか分からなかった。



「何で謝るのかわからないが、気にするなって言ってるだろ」



本当に何を気にしているのか。

謝りたいのはこちらだ。痛くない方法を、上手くできないのは自分のせいなのだから「下手くそ」くらいは言ってもいいものを。そうも思って。
アヤが謝る度、失敗した日を重ねる度にアヤがどんどん不安になっていくのは手に取るようにわかった。その度に「ごめん」と何故か謝られて。

……頻度を減らした方がいいのかもしれない。この一週間は毎夜慣らしを試して失敗してきたから、数日間に一度に減らした方がいいのかもしれない。何故か悪くもないのに謝り続けるアヤと、そこそこ自信があった自分の手腕がへし折られるような精神のすり減り方だ。毎日毎回失敗続きだとどちらの精神もすり減ってしまうし…とも思ったが。

ここ一週間毎日試していたものをある夜何もせずにベッドに横になったレッドを見て、アヤが訝しむのも当然と言えば当然で。「……今日はしないの?」と何かを怖がるように伺いを立てるアヤの頭をレッドは撫でた。



「毎日だとしんどいだろ。痛い思いをするのはお前なんだから」

「大丈夫だよ。大丈夫だって前から言ってるのに、」

「大丈夫じゃないから言ってる。そんなに急いですることもないって言ってるだろ。…今日は休みなさい」

「………おやすみなさい」



今日は何もしない、と意思表示をしたレッドを見てアヤは口を噤んでしまった。少し傷付いた表情に何かを言おうとして、でもやめたように喉元に落とした。
レッドが「ほら、」と布団を開けるとそこにおずおずと体を滑り込ませて、胸元にぺっとりとアヤは虫みたいにへばりついて眠り始めた。

また「ごめん」と言いながら。

何に対して謝っているのか未だにわからない。けれど、この状況がそう言わせてしまっているのはわかる。だからこそ謝られるのは筋違いというもので。

下手な慰めは益々アヤを凹ませるだろう。



「……おやすみ」


そう言って、布団の中に入ってきたアヤを抱き寄せて頭に鼻を埋めたレッドは眠りについた。

今の少しずつ慣らしていく方法だと、多分永遠に無理な気がする。というか膣口に触ろうとするともう無意識にアヤは身構えてしまっているから……ならば違う方法を探すべきか。毎夜だった慣らしを頻度を落としてと数日間に一回。けれど何も変わらない結果にそう思案した頃だった。


ここ一ヶ月、連日思い悩むように元気がないような、心あらずなアヤを何か違うことに気分転換を取らせなければならない。元気がない理由なんてレッド自身が一番よく分かっているはずなのにどう慰めるべきか。



「少し仮眠をとってもいいでしょうか…」

「ああ、少し寝てこい」



映画館を後にして結局気疲れしてしまい、ポケモンセンターの宿に戻って来た頃には眠気が勝って今ではこうしてソファに埋もれて眠ってしまっている。

ようはお昼寝中である。

オシャマリもチュリネも、サザンドラも昼寝を決め込んでおり室内はとても静かだ。
アヤにタオルケットをかけたレッドはリビングの椅子に腰掛け、ポケフォンを通してワタルから来る大量のイッシュ地方の野生のポケモンの生息率、人間がポケモン達を使い起こした最近の犯罪系統、ポケモンによる被害など、あらいざいまとめて目を通していた。それはこの前の迷いの森の件や、古代の城のこともある。

どうしてあんなことになったのか、いつからあの状態だったのか。他にも同じような事が起こっている場所が可能性としてある。

それもレッドの仕事の内の一つだから、分かることがあれば調べて全て報告、対処する。



『で?どうなの主人、不能なの?』



画面に映し出された文字と数字の羅列を見て、そんな時にピカチュウから問われたこの一言。レッドはピカチュウを見て溜め息を着いた。



「そんなんじゃない。正常だ」

『んー…?じゃあなんでアヤ、こんなんになってんの』

「…………」



アヤをチラ、と見たレッドはポケフォンの電源を落とし、机に置いた。



『夜、繁殖行為紛いなことはしてるんでしょ?アヤが誕生日の日から今日までずっとこんな感じだし……主人、もしかしてヘマでもやらかしてるんじゃないかって思って』

「…………」

『アヤさ、主人といて目を合わせなかったり喋らない訳じゃないから喧嘩してる訳じゃなさそうだけど』



レッドだけじゃなく、他のポケモン達まで分かるアヤの昼夜ぼーっとした様子。何かを考えているのかいないのか、心ここに在らずな様子。

そして。

ふとした時に俯き、レッドに何か言いたげな顔をしてまたぼんやりする。
それが続いていた。



『大丈夫?アヤ、その内嫌になっちゃわない?』

「…………」



確かに、アヤが行為そのものを嫌になる。

自信がなくて、ずっと痛くて嫌になる。

それは、もしかしたらあるかもしれない。



「実は、」

『うん』



レッドはここ1ヶ月のことを誰よりも信頼における相棒に話し始めた。






毎夜失敗続き

正直に言おう。

突破方法がなくてレッドでもちょっとお手上げ気味だった。







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