act.07 龍の神童、鋼の腎







「やぁ、朝早くからすまないな」

「久しぶりシロナさん」

「あら…ワタルにダイゴじゃないの!いらっしゃい!」



翌日、朝9時の事だった。

朝日を迎えたシンオウのリーグ付近にあるチャンピオンの住所にて二人の訪問者があった。

一人は赤い髪に赤い目を持つ龍の神童、セキエイリーグのチャンピオンであるワタル。一人は絶対な強固さを誇る鋼の腎、ホウエン地方チャンピオンのダイゴである。

久々の再開である彼らは共に握手を交わしてシロナは二人を中に招き入れた。



「すまないな、こんな朝早くに突然訪問なんかして…」

「別に気にしてないわ。アヤちゃんの様子見に来たんでしょう?」

「あはは…まぁ、僕はそうだけど」



中に招かれた二人は上着を脱ぎ椅子に掛ける。三人分のコーヒーとお茶菓子を出したシロナは椅子に腰掛け、チャンピオン二人にも腰に掛けるように促した。

次第に流れるような会話が続く部屋は穏やか以外のなにものでも無い。こうして見れば何も変鉄も無い只の軽いお茶会に見えるだろうが、今ここに集まっているのは三つの地方の猛虎なチャンピオン達だ。それを一般人が見れば何と言うだろうか。予想は大いに簡単である。

その3人。いや…ワタルだけ何故か、若干疲れきった顔をしながら愚痴を零していた。



「最近ジョウトでは伝説のトレーナーが再び現れたって噂になって騒ぎになってるんだが…。まあ間違いないしレッド君の事だけど…。あ、これはメディアに報道はされてないんだけど。彼さ…水面下で僅か数ヶ月足らずでジョウトを回って暇つぶしがてら全ジムを驚異的なスピードで指導という名の狩り尽くしてるんだよね」

「「うはぁ」」



開口一番の中々な議題にシロナとダイゴは苦虫をかみ潰したかのように表情を歪めた。



「レッド君がシロガネ山から降りて来てくれたから、無理のない範囲で一緒に仕事を頼んだんだよ」

「……今レッド君はジョウト地方にいるのよね?大丈夫なの?」

「まあ本人が大丈夫って言うなら大丈夫だろう」

「……そう。あんまりムリさせないようにしなさいよ」

「それは勿論、」



ワタルの返答にシロナとダイゴが顔を見合わせながら腑に落ちない顔をして。



「物凄く仕事も早いし、的確なんだけど…この前久々にレッドくんから連絡来たと思ったら『ジョウト地方のジムリーダーがいくらなんでも弱すぎる。カントーのジムリーダーと比較にもならんぞ。レベル条件とポケモンの手持ちの種類と数を何とかした方がいいんじゃないのか』とか指摘されてさ…。視察も兼ねてくれて助かるんだけど」

「うわ。それ、あんまり指摘されたくないね」

「そうだね。ジムリーダーのレベルの調整って結構難しいんだよね」



ワタルが難しい顔をして唸るのをダイゴは苦笑い気味にそう返した。用意されたティーポットを傾けてダイゴは新しくお茶を注ぎ始める。

レッドは曲がりなりにも過去にセキエイリーグを突破した新しいチャンピオンだ。ワタルが出会ってきたトレーナーの中で過去一番の強さと言っても良い。彼はチャンピオンの座は蹴ったがそんな最強の人材をみすみす逃すワタルではない。

表舞台のチャンピオンにはならなくてもリーグにはひっそり在籍するように説得して、今に至る。
そして、シロガネ山から降りてきた所に一つ仕事を頼んだ。ジョウト地方に行くならジムの視察をしてきて欲しいと。バトル好きな彼からしてみれば戦う事は苦ではないから文句なく引き受けてくれたが。


彼は鬼のように強い。

それと同時に他人への評価も厳しい。

ジョウト地方のジムリーダーはボロボロの評価だった。彼曰く、カントー地方のジムリーダーの方が圧倒的に強さを誇っていると。比較にもならない。

『多少マトモだったのはコガネのジムリーダーくらいだったぞ』

それをメールで読んだ時ワタルは頭を抱えた。

「コガネのジムリーダーくらい」

それはつまり自分の妹のイブキは論外ということだ。ワタルは頭が痛くなった。
レッドは自分の実力は把握しており、決して足元を見ているわけでも嘲笑している訳でもない。戦ってその目で見て感じた分析をしているだけで決して無理難題な評価をしている訳では無い。“総合的なある一定の強さを基準にして”そう評価している。

……確かに、コガネのジムリーダーのアカネだけやけにべらぼうにチャレンジャー防衛率が高い。

レッドによると戦略がしっかり練り込まれているのと、弱点補正がしっかりされているのが強みだという。それと駆け引きが上手いのがレッドから見たら美点だった。

レッドの評価は恐らく的を得て正しいものだろう。



「あー……」



忙しいことにかまけてこれまでジムの視察を怠っていたワタルの監督不行届。「俺の責任だぁ……」なんて珍しく頭を抑えて死にそうになっている。
ジムリーダーのレベル改定と再始動をしなければ…それにこの後始末書を書かなくてはならない。死ぬ……。

そんなワタルを見ながら「珍しいこともあるもんだね優等生だったワタルが」などと二人はケラケラ笑っていた。


「こっちも久々に強いトレーナーの子が出てきたって噂が立ってるよ。ホウエンのジムも全て制覇したそうだし。あーでも彼は本業はコーディネーターだっけかな。演技の腕もなかなかのものらしいんだ。えっと……確か名前はルビー、だったかな…?」

「そうなの?私の地方では数年前ヒカリちゃんに容赦無くボロボロに壊滅させられたギンガ団の残党がうろついているらしくてそれを今潰してるとこよ。…あ、そうだわ。ヒカリちゃんに腕折られたギンガ団の隊員が刑務所から脱走してジョウトに逃げ込んだって話しが出てるの。だから見付けたら私に引き渡してね」

「………配慮しておこう」



なんて狂暴…いや凶暴そうな女の子なんだろうか、とワタルはコーヒーを飲みながら引きつった笑みを溢した。何でもその“ヒカリちゃん”という女の子は犯罪集団を一人でボコボコにのしてしまったらしいのだ。

まるで女版レッドである。

当時14歳だったその子は年頃の女の子と思えないほど無表情で無口だったらしい。バトルは恐ろしいくらいに強く、的確で確実に相手の息を止めるような戦いをする彼女は一時期シンオウを騒がせた。

そしてその子は口よりまず先に手が出ると言う。お陰でギンガ団の腕の骨を素手で折るなんてあり得ない事をやってのけたらしい。っていうかどんな凄い怪力なんだ。まるでレッドじゃないか。

もう一度言う。

女版レッドである。

そうワタルは悶々しながら考えていた。

レッドとヒカリ、無表情の二人が並ぶ姿が安易に想像出来てしまい冷や汗を思わず拭う。自分の凶悪なイメージ振り払うように咳払いをすれば、不思議そうに残りのチャンピオン二人は首を傾げた。



「アヤちゃんは?」

「あぁ、アヤちゃんなら部屋でリオルと訓練…いえ、レッスン中よ」

「レッスン?」



取り敢えず自分達がここに来た理由は他でも無い、アヤの様子を見に訪れたのである。
まだ時間は9時過ぎだ。コンテスト本部の仕事もまだまだ後の筈なのに居ないのだろうか。

先程から見えないアヤの姿に疑問を抱きつつ何処に居るのか聞くと、シロナは苦笑いしながらコーヒーを啜った。



「波動をね、習得中なのよ」

「……波動?ルカリオが使うアレかい?」

「………」

「あ、アヤちゃんが習得しようって言う訳じゃないの。勿論リオルの方よ」



アヤが波動をマスターするなんて馬鹿げた事を…とうとう寄行に走ったのか、とダイゴが不安そうに、ワタルが哀れみを込めた視線に気付きシロナはそれに慌てて弁解した。

どうやらリオルは自らの波動の影響により、とっくに進化しても良いレベルの筈がそれを引き延ばしてしまっているらしい。どうりで充分になついている筈のリオルの進化が遅い訳だ。チャンピオン男二人は納得したように深く溜め息を着いた。

確かに、耳を澄ましてみれば二階から何か声が聞こえる。リオルの波動習得に随分と困難を強いられているようだ。



「行ってみる?」



シロナの問い掛けに軽く頷いた二人に、席を立った。

シロナが心の中でがっかりしないでね、と呟いたのを二人は聞こえる筈もなかった。









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