act.06 地獄の波動指圧







日は沈み夜、時計の針は22時を指していた。



「波動って言うのはね、大きくなれば自ずと身に付くものなのよ。ねぇルカリオ?」

『イエス、マスター。その通りです』

「ほぉー」

「ばうー」



リビングに集まりシロナの隣にルカリオが堂々と立っている。

22時。もう深夜に近いこんな時間にボールから呼び出されたルカリオは何故自分が呼び出されたのか困惑していた。自分は何か主に粗相をしてしまっただろうか、と。元々彼は神経質らしい。畏まったアヤとその隣の小さなリオルと、仁王立ちしているシロナという光景に少し怖じ気付きながらルカリオはスッとシロナの眼前で膝を着き頭を垂れた。

波動で伝えられている彼の言葉はアヤにはわからない。理解出来ているのは波動の波長を彼女に合わせた本人のシロナと、同種族のリオルにしかわからなかった。呼び出された事情を理解しホッと一息着くとルカリオはアヤにも波長を合わせ、言葉を交わし始める。

アヤは耳の鼓膜で音を拾っている感覚とは違い、直接脳に訴えられているような不思議な感覚に目を瞬かせた。



『宜しいですかお二方。波動とは我々ルカリオ一族だけが扱うことが許される秘術。我々生物、無機物、有機物…まあ我々を取り巻く全ての物質には固有の振動を持っているのです。その振動が所謂、波動。その波動を自由自在に扱うのが我ら“ルカリオ”という一族。経験を積み、多くの試練を乗り越える事で波動を習得出来るのです』



すまん何を言ってるのかさっぱりわからなかった。



『………理解されていないお顔をされていますが』

「ええと……すみません……全く…」



ルカリオさんには申し訳ないがわからんものはわからなかった。

そこからルカリオとシロナによる波動講習が始まった。

全ての人間や動物、水や大地、空気に至るまで自分達を取り巻く全ての物質(感情や意識などの目に見えないものを含む)は固有の振動(周波数)を持っているのだという。この振動が「波動」。

人間の臓器や細胞などにも固有の周波数があり、その周波数の乱れがいろいろな病気にも繋がる……と。

ダメださっぱりわからん。



『まあ人はそれを氣、オーラ、エネルギーとも言います。我々はその波動を察知、使役し様々な事に転換することができるのです』

「へぇー…」



全ての物体、人や物から発生するオーラのようなものを常に纏っている……と解釈してもいいのだろうか。



「そうよアヤちゃん。そもそもな話、まずリオルが波動を使えるようにしたければルカリオに進化させなければいけないの。幼い身体じゃあ波動を操るにはしんどいと思うの」

「そ、そうなんですか…」

「ばうー…」

『いえ、しかしアヤ殿。そのリオルは充分に波動を扱えるだけの能力は既に持ち得ていると存じ上げます。内側から強き何かが溢れ出ている…きっと波動でしょう。ですがその気道がどういう訳か詰まっていて波動が生み出せないのです。きっとそれが影響で進化も阻害されてしまっているのではないでしょうか』

「えっ!そうなのっ?」

『恐らくは』



ルカリオの説明を腕を組みながらああ、成る程。と妙に納得した。だとしたらこんな長く一緒に居て進化しないのも納得だ。本当は初出場のグランドフェスティバル、リオルの出場を断念していた。理由は簡単。進化していなかったからだ。小さな身体で出来ることは制限されるし、演技を完璧に仕上げたかったアヤとしてもリオルの出場には頭を悩ませていた。

大きな舞台だ。未進化ポケモンが出てくると“力不足”だと偏見を持つ者も現れる。あの時はリオルと相談の上、リオル自身から出場を蹴った。

案外あっさり諦められたことにアヤは腑に落ちなかった。

もしかしたら自分は心の隅で嫌われているんじゃないか、と不安になっていたが別にそうでは無いらしい。安心してホッと一息着くとリオルが小さな体をいっぱいに伸ばして何かを訴え始める。

何て言っているかはわからないが、ルカリオがそれに対して強く頷いた事から何かを要求したのだろう。


『アヤ殿、リオルからの願いです。リオルが早く進化する為にも、彼の波動が詰まっている気道を某(それがし)の波動にて流し込み、無理矢理にでも気道を開くやり方が御座います。さすすれば今からでも訓練をすれば波動を使いこなす事も可能ですが…。その場合、アヤ殿にもまだコントロール仕切れないリオルの波動がお身体に影響が出ないよう、処方致しますが如何なさいますか?』



どうやら詰まった気道を無理にこじ開けるようだ。
無理にこじ開けて解放された波動はしばらく制御に時間がかかるとのこと。周りに悪影響を及ぼすこともあるらしい。特に人間には。主に頭痛や吐き気など。最悪病気を引き起こしたりなども、そんな危険も。
リオルの方を見れば真剣な目をして腕をブンブンと振り回し“受ける”と、強くなりたいとその表情が語っている。ならば自分は協力しなければ!と頷く。

そして宜しくお願いします!とリオルと共に頭を下げればルカリオはスッとリオルの背後に立ち方膝を着いた。

何をするんだろう?とアヤとリオルは首を傾げたが動くな、とルカリオに言われた為ピタリと動かなくなる。

両手をリオルの後頭部に構え、指先に僅かだが黒いオーラが纏っていくのが見えた。多分あれが波動なんだろうな、と思った次の瞬間、ズブゥウウウとなんともグロい音を立ててルカリオの指(と言うのかわからないが)がリオルの後頭部に沈んだのだ。

指先が見えない。抉られていた。



「ばうッッッーーー!!!」

「ちょっとォォォーー!!?」



ギュポン!と何故か、かなり不自然である音が放たれてルカリオの指が後頭部から引き抜かれた。そのままパタリと倒れ、リオルの引き抜かれた頭部の箇所から煙がシュウウウ…と出ている。ちょっと待て、何だそれは。それを今から自分も受けるのか?とアヤは内心かなり焦り始めた。

何せ指を差し込まれた時、悲鳴を上げたリオルの目が飛び出る程の威力をこれから自分も身を持って受けなければならないのか、と真っ青になり始めるがどうやら相手はやる気満々らしい。

いや待て。そもそも頭部にめり込むってなに?

ルカリオの指からは黒いオーラ…波動が漏れていた。



「ちょ…ちょっと待って。おかしくないこれ?脳にそんなめり込む程の指圧かけたら死…」

『動かないでくださいね』


「あ〜〜〜〜!!!」



ズッブゥウウウと音を立てて頭に射し込まれた指。思わず目玉も遠慮無く飛び出そうな衝撃にアヤは頭が真っ白になった。ズボ!とあり得ない音を立てて指が引き抜かれた瞬間、バタリとリオルの隣に倒れ込みノックダウンした。

そして頭の射し込まれた箇所からまた煙がシュゥウウ…と出ていたのであった。

シロナが大丈夫?と声をかけるが最早一人と一匹は声すらも出せないくらいに脳への刺激と、あまりにもグロテスクなものを見てしまったショックから暫くは立ち直れそうにないな、とシロナは判断した。

確かにあれはモザイクか何かで隠しても良いくらいのショッキングな光景だったのかも知れない。



『脳から波動を流しました。では、後はイメージと気迫次第ですので頑張って下さいませお二方。マスター、某はボールに戻ります』

「ありがとうルカリオ」

「……………」



ルカリオは綺麗にお辞儀をしてシロナのボールの中へと戻って行った。

やれやれと気絶したアヤとリオルを抱え、シロナは部屋へと律儀に運ぶのであった。








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