act.05 手紙
「た…ただいま…かえりました…」
「あら、お帰りなさい!早かったわねぇ」
「マッハで飛ばして帰って来ましたから…き、気持ち悪…」
「あらあら」
マッハカイリューに酔って目を回し、フラフラと扉を開けて玄関にの垂れていると夕飯の支度を手伝っているらしいシロナのガブリアスが気配を察知して慌てて近寄ってきた。
カイリューも後ろでとぼとぼと罪悪感を感じているのかシュンとしていて、滑稽な事に二匹にズリズリと引きずられてソファの上に運び込まれた。本当に腹の中のいろんな物がグルグルに掻き回されて今にでも逆流しそうである。しかしここはシロナの家だ。万が一そこのリビングで、絨毯で、ソファで。吐き散らかして吐瀉物まみれにしてみろ。明日の日の本を拝めないと思え。喋れる気力も今は起きなかった。
シロナはそんなアヤに笑いながら酔い止めの薬を口にぶち込み、無理矢理にでも薬を飲まされて危うく本当に、本当に喉まで何かが出かけた事に顔が真っ青になってしまった。
「大丈夫!すぐ治るわよ!」
そう言ってバシバシ背中を叩く金髪の美女。今この瞬間初めて彼女に殺意が湧いたのは秘密にしておこう。何だかんだで酷い酔いも薬のおかげで引いていき、やっと体調が回復した。
そしてお腹もそこそこ空いた頃にシロナが作ってくれたご飯を食べる為、アヤは席に着いてスプーンを握る。今日はハヤシライスらしい。美味しそうな匂いが嗅覚をくすぶった。
「バッジはどうだった?」
「ん、二つ取って来ました。クロガネとハクタイです」
「クロガネとハクタイって言ったら、ヒョウタ君とナタネね…今日中によく取れたわね」
「両方とも近かったので!でも急いで飛ばした結果があんなんでしたけどね……まだ前線のジムは普通に勝てると思います!」
ハヤシライスをもごもごと食べながら今日手にしたコールバッジとフォレストバッジを彼女に見せる。するとシロナは久々に見た新品のバッジに懐かしいなぁと手で転がしながら笑った。
そうだ、まだ前線のジムなら簡単に押しきる事はできるだろう。今の自分のポケモン達ならレベル的に結構高いし、よっぽど強い人でなければ負ける事は無い筈だ。
あとここから近いジム言えば……メリッサだろうか。しかし彼女には連敗している。アヤが例えフルパを切っても勝たしてはくれないだろう。ここは後回しにしてトバリジムとノモセのジムから先に挑んだ方が良いだろうか。
食べ終わった食器を流しに置いてテーブルを雑巾で拭いていると、まだ食べ終わっていないシロナが不意に白い封筒を差し出してきた。
「……?何ですか、これ?」
「アヤちゃん宛てに、さっきポストに向かったアヤちゃんのリオルが持って来たのよ」
何故か楽しそうに笑うシロナさん。白い封筒を受けとると綺麗な字で宛先欄に自分の名前が記入してあり、裏を見れば目が飛び出そうになった。
送り主にレッド、と書かれていた。
そう、レッド。
「ってレッドっ?」
いきなり叫ぶ自分にシロナはケラケラと笑った。
ソファでテレビを見ていたリオルも何事かと自分を凝視してソファから飛び降りると机の上によじ登ってきた。あぁ食事中なのに机の上に乗っちゃ駄目じゃないかと思ったがそれすらも注意を忘れる。
いやそんな事言っている場合ではない。レッドからの手紙なんて初めてじゃないか。いやそもそも何でここを知ってるんだあの人。だってここシロナさん家だぞ、とアヤは難しい顔をしている。
レッドにはシンオウ地方でシロナと一緒に居る、としか伝えていないのに。あの人住所知ってるの?
それにしても。
「おわぁ…」
まさか手紙を送って来るなんて思いもしなかった。電話もメールも必要最低限、砂糖を吐く程の甘いやり取りも一切したことがない。というかレッドはそんなキザな真似するような男ではない。そのレッドから直筆の手紙……。
それにしても何で手紙なんか。もしかしたらメールでは話せない内容でもあるのか。
それとも何かあったのだろうか。
何だろう……と思いながら封筒の端を切って中身を取り出す。レッドらしいシンプルな白い便せんが数枚、これまた綺麗な文字がぎっしり埋め込まれていた。
―――――――――
久し振りだな、元気にしてるか?
この一年でジョウトを一通り回ってきた。カントー地方を旅していた時はひたすら力をつける事しか考えていなかったから何も考えることなく観光客としてのんびり旅をするのも、いいものだな。
最近ではバトルタワーって施設を見つけてな。
ピカチュウ達が気に入ったようでしばらくそこを拠点に過ごしてる。……世界中からトレーナーが集まって来るからこっちはそれなりに楽しく過ごしてるぞ。
ああそうだ、合流するのはいつでも良い。
アヤは今かなり忙しい身だとシロナから聞いてるが、俺が今そっちに行ったら悪影響になりそうだからこっちに来ないでくれと頼まれてな。それなら無理にそっちに行くことも無いかと思うんだが……。何か手伝えることがあるなら言え。
グランドフェスティバルまであと半年だろ?
いろいろ、結構苦戦してるらしいじゃないか。
……まあアヤなら大丈夫だろう。しっかりやれよ。期待してる。
ああ、それと報告なんだがお前から貰ったイーブイがエーフィに進化した。
知ってるか?エスパータイプはトレーナーの心の波長が合うとテレパシーで会話が出来る。そしてエスパータイプではないが、お前のリオルは元々強力な波動を操るルカリオと言うポケモンの種族らしいからな。そのポケモンは古代より波動で人間と心を通い会わせてきたと言われている。ルカリオと言えばシロナも同じポケモンを持っていたから、俺より彼女の方が詳しいだろう。
気になるなら聞いてみろ。もしかしたら、お前もリオルと波動で会話が出来るかも知れないぞ?
というか、リオルがルカリオになる条件はなつき進化だ。もう何年もアヤの傍にいるのに進化しないのはおかしくないか?……懐いていないようには見えなかったが……。それも心配なら彼女に相談してみたらいい。
あと、この間久々にウバメの森にあるお前の家の様子を見に行ったんだが…何故かいつの間にか家の周りにキャタピーが大群で巣食ってたぞ。ガラスにキャタピー大量に張り付いてた。
見るも無残な上、流石の俺でも気分悪くなったから放置して森を出た。すまん。
最後に一つ。ジムリーダーの…フブキだったか。この前ワタルに用があってリーグに寄った時、彼女に会ったんだが…。お前まさかフブキとも知り合いなのか?どんな友好関係持ってるんだお前。そいつに聞いたんだが胸が小さい事過剰に気にしてるんだってな。別に小さくても大きくてもどっちでもいいと思うが…そんなに気にすることか?
まあ胸を大きくする方法なら有るって言うし、アヤが気にするなら調べておく。最悪俺が揉むなりなんなりして改善すれば良いんじゃないだろうか。遠慮せずに言えよ。何とかしてやるから。
まぁ、あまり気にするなよ。
じゃあ。
レッド
―――――――――
「余計なお世話じゃッーー!!」
バシーン!!
「ばうー!?」
「え、ちょっ、どうしたのアヤちゃん!」
読み終わったレッドからの手紙を地面に叩き付けた。危ない。危うく破り捨ててしまうところだった。
っていうか殆ど後半辺りからおかしな文章になっていないだろうか。家のくだりもさり気なく無視されている。そんな様子見に行ったならキャタピー燃やしてよレッド。最後のセクハラ発言が無ければとても良い手紙だったのに。
手紙を拾い直し、改めて手紙の内容とリオルを交互に見る。
「んー…でも確かに…」
リオルは何年も自分と共に過ごしているのに一向に進化の兆しすら見せないのは何故なのだろう。なつき進化なのはわかってはいるのだが。……もしかして懐かれてすらいない…?そんなばかな…。
それに波動使い?そんなの知らない…。
「あの…シロナさん」
「ん?何かしら」
「シロナさんのルカリオって波動で会話出来たりなんて…」
「普通にするわよ」
「は!?」
「ばう?」
「出来るわよ?ルカリオは唯一波動を扱う種族のポケモン。波動を操り未来を予知したり危険を察知したり天気を予報したり会話したり…古来より私達人間の手助けをして来たポケモン。人間に一番近い存在……とのことよ。文献では」
「じゃあ…日頃シロナさんがあたかも普通にルカリオと会話出来ていたのは心の会話や気合いでは無く…」
「紛れもなく波動ね」
衝撃を受けた。
いやまさかそんな波動なんて何でもアリじゃないか。リオルが波動を使えればリオルと普通に会話が出来てサンダース達の言葉もリオルを通訳として、理解可能じゃないのこれ!
「リオルは…そうね、まだ進化もしてない内から波動を操るのは難しいかも知れないけど。やっぱり波動使いだもの。訓練の付け方でどうともなるわ」
「リ…リオル、波動絶対マスターするよ!いや、使えるようにしなさい!」
「ばう?」
レッドからの手紙
波動の使い方。
(この手紙を書いてる時、レッドはどんな顔して書いてたんだろう……)