act.31 わかってる、







「ラグラージ、波に乗りながら二匹にマッドショット!」

「シャワーズ!ラグラージの波の中を泳いで!アクアジェットで撹乱!」

「トリデプス、シャワーズに構うな!そのままカウンターかけてやれ!アイアンヘッド!!」

「ズガイドス!マッドショッドに原子の力で対抗しろ!けどシャワーズが邪魔だな…先に岩石封じで動きを止める!」

「トリデプス!ズガイドスを援護しろ!挟み込め!!」

「ラグ!前に出ろ!!守る!」

「シッ…シャワーズ!ラグラージも巻き込んで大丈夫!そのまま渦潮の中に閉じ込めてッ!!」



テンガン山の麓でポケモンバトルが繰り広げられていた。

一般のバトルにしては少しレベルが高い方だろうか。相手の二人はエリートトレーナーの男性と女性の二人である。

叫びに近い声量で互いのポケモン
に指示を飛ばすこの戦況はじわじわと将棋の詰め勝負のように相手を追い詰め、アヤ達の有利な方向に駒を持って進めているのが今の戦況だ。エリートトレーナー達は不利な状態をわかっているからこそ、焦りが生じて段々と明確で適切である判断が下せなくなっている。

このままで行くと勝敗の行方は手に取るように見えていた。

シャワーズの渦潮に閉じ込められた相手のトリデプスとズガイドスは相性は向こう側が圧倒的に不利。ラグラージが渦潮に巻き込まれたが元々水タイプのため痒くもないらしい。渦潮の流れに身を任せながら更に追加で発生させた渦潮によりトリデプス達の脱出が困難になってしまった。ここからの巻き返しはポケモン自身の力で無理矢理に突破するか、トレーナーが余程頭がキレないと打破するのは難しい。


ルビーと出会ってから、既に一ヶ月が過ぎた。


ズイタウンからカンナギに到着したアヤ達は次の目的地のキッサキシティに向かう為、テンガン山を目指していた。

だが町を抜けて道路に出ると戦いを求めて流浪しているトレーナー達が手に余るほど放浪している。テンガン山はそこそこレベルの高い野生のポケモン達が生息しているし、トレーナー達にとって鍛えるには打って付けの良い場所でもある。きっと野生のポケモン達では満足できずにトレーナーをターゲットにしている者も居る。

アヤ達は予め予想して、そんな事はわかりきっていたのだが。



「(連戦ばかりだなぁ…)」



渦潮に洗濯機にされたズガイドスとトリデプスはあっという間に戦闘不能になった。

一ヶ月間、ルビーと共に過ごして練習試合やタッグバトルをしている内にお互いの手の内や動き方、癖がなんとなく分かるようになったアヤとルビーは元々同業な為、連携がとてもしやすかった。
その中でもルビーから得られる戦闘技術だったりコンビネーションの種類を本来グランドフェスティバルで敵対する自分へ開示するのは不利になるんじゃ……と旅の同行をする前から危惧していたし、自分の戦闘方法やコンビネーションを盗まれる場合も大いにある。要は今後リスクが大きい。デメリットとメリットが激しすぎるが、それでも良いのかと聞いたら彼は素晴らしい笑顔で「願ってもないです」と。

やけに良い笑顔で肯定した。



「俺から提案出来るアヤさんの旅へ加わるメリットは、あなたのバッジ集めが一人より安全に各地を回れることです。それに長い間演技をしていないアヤさんにとって俺は丁度いい練習相手になるかなって」

「………ってことは、ルビー君にとってのメリットってなに?」

「アヤさんの普段の練習やコンビネーションが参考になるってことでしょうか」

「今回の取引材料みたいなもんはそれかぁ…」

「悪い話じゃないと思いますけどね」

「そうだねぇ。今のご時世、一人で旅をするのは危ないっていうことはもう身に染みてるしね。……ルビー君は、手の内とか全部ボクらに見られちゃうのに。それでも本当にいいの?不利じゃないの?」

「ふふ。見られて困るものじゃないですし大丈夫ですよ。それよりも大切な事がありますしね」

「よ、余裕だぁ…!……ぇ?大切なことって?」

「………ふふ、」



ルビーは元々アヤの旅へと介入する気満々だった。

絶対に着いていきたいと思った。

理由は、まあ。たくさんある。


一緒に戦闘をこなしていくことでいい事と悪いことが同時に起きており、それがお互いに良い刺激になっているのだが。アヤのコンビネーションや戦闘技術を食い入るように見るルビーは、これは自分の成長の為。原トップコーディネーターの技術をこんな間近で拝めるのは早々ないからだ。自分に出来ないことをポンポンやっている。そんな技の使い方があるのか、と驚かされたり。組み合わせの仕方が斬新だったりと。得るものはかなりある。アヤに質問を投げかければだいたい分かりやすく帰ってくるが、その半分くらいは言葉で説明出来ない事がアヤには多い。たぶん感覚で行っていることが大半なのだろう。



「………参りました…」



戦えるポケモンが居なくなったエリートトレーナー二人は悔しげに唇を噛み締め、賞金を押し付けて早々に去って行った。

これで何人目だろうか。戦っているのはポケモン達だと言うのに、精神的な疲れを感じ始めていたアヤは小さく息を着いた。



「…大丈夫ですか?」

「あ、うん。大丈夫だよ!」



ルビーはアヤの疲労に気付いている。勿論自分だって疲れてはいるがアヤの疲労の出方が少し、異常だ。

思えば少しばかり行動が鈍っている気がしてならない。アヤもそれはいつからだっただろうか、と時々考えるようにもなった。

テンガン山の洞窟の入り口に着き、ゆっくりと内部を確認しながら入っていく。テンガン山はシンオウ一番の大きな山。ジョウトとカントーの間に聳えるシロガネ山やカントーにあるオツキミ山にも負けてはいない。

ひんやりする空気が分厚い衣服の上から肌を刺した。アヤは無意識の内コートのボタンを腹部あたりまで止める。前を歩くルビーの後を着いて行きながら、ゴツゴツした足元がブーツの踵に磨り減るのを感じた。

足場は、荒い。



「アヤさん、」

「なに?」

「少し高い段差があります。引き上げますので手を」



少し高い段差があったらしい。そこには腰と同じくらいの高さの段差があって、ルビーは「よっこら」と言いながらその段差を腕と脚の力で登る。彼は両手についた土を払い落とすと右手の掌を上に向けてアヤに捕まるように促した。いわゆるエスコートをしてくれる、と。

しかしなんというか。緊急時でもない限りあまり不用意に触れてはならない気がした。ルビーは何かとアヤに気遣ってくれる。それは些細な事が多いが、一緒に旅をしていて常時アヤでも気付けることが多いくらいに。ショップで買った荷物をさり気なく持ってくれることは勿論、歩く時は気付かないうちに危険の少ない歩道側を歩かせ、食事の際は必ずソファー側を譲ってくれたり。そしてポケモンセンターで借りた部屋に戻る際にはルビーは真っ先にアヤを送り届けてから自分の部屋へと戻るのだ。この一ヶ月ほとんどの時間を一緒に過ごしているからこそ、数え出したらきりがないくらいにアヤへの細やかな気配りがルビーにはあった。

それに異性の男の子からこんな親切にされたこともないし、ルビーのようにザ・紳士!的な性格の人からこんなに優しく女性扱いされることも始めてである。めちゃめちゃキャリーされている感がある。バトルだけではなく。自分の日常生活面も全力でキャリーされている。こんなんレッドからもされたことないわ。
そんな女の子女の子した扱いに慣れてもいないしむず痒い。逆に気遣われ過ぎてこちらの息が詰まってしまいそう。いつかハゲそうだ。「普通でいいよ」「あんまり気使わなくて大丈夫だよ」と断ったつもりだった。

でも彼は笑うだけでそのスタンスを崩すことなく1ヶ月。

ルビーはきっと女の子達の憧れのような。そんな人物だ。誰にでも優しく常に他人に気を遣い、そしてレディファーストが見に染み付いている。それに物腰も柔らかい上に顔も良いし身長もある。まるで王子様フェイス。そりゃあファンも多いはずだ。



「アヤさん?」

「あ、えっと、」



差し出される手を見てアヤは考えた。

その手は彼の善意であることはわかってはいるが、彼の手をあまり必要以上に取ってはいけないと思った。こんな、もう既に一緒に行動をしている時点で今更何を言っているんだと思う。けれどやっぱり、何かレッドに悪い事をしてしまっているような気がして。

そもそも、レッドは今自分が旅に出ていることを知っているのか。

男の子と二人きりで旅をしていることを知っているのか。

今はそんな事言ってる場合じゃないからシロナやワタルは気にしなくて良い、とは言っていたものの。
てっきり知っているものだと勝手に思っていたからだ。でも後から考えるともし知らなかったら絶対に良い気はしないだろう。
今からでも伝えた方が…とは思うものの、もう1ヶ月も経ってしまってるし今更報告し難い。伝えたらもしかしたら怒るかもしれないし、同行する前に一言なんで言わないんだと言われてしまえばぐうの音も出ない。最悪怒って別れるなんてなったら……。



「(や…やだ……!)」



レッドのお怒りは想像したくない。

本気で怒った所を見たことはないけどあのタイプは絶対に怖いに決まっている。というか怒らせない方がいい。

やはり一言くらい伝えておいた方がいいのでは…?もし逆の立場だったら、と考えると良い気はしない。……いや、だがわざわざそれだけ連絡するのも。旅の同行者になって数日の内に連絡するのはまだ常識の内。冒頭に戻るがもう一ヶ月も経ってから今更のように「実は今男の子と一緒に旅をしていて」………なんてこと。

………そんなこと、今更言えるはずが……。

それにそこから別れ話になると予想すると益々言えない…。

後ろめたさしかない。やましいコトをしているつもりはないけど、それはレッドに対する嫌がらせのようにも感じる。いやでもそれか、理由があればあまり気にしなかったりする?アヤの考えすぎなだけで、そこまで嫉妬深い男ではないのかもしれない。

アヤは途端に凄く自分がアバズレでいけないことをしているような気がして。



「いや、別に大丈っ…うわッ!?」



そんな事を考えていると手が伸びてきてアヤの手を掴んだ。え、と思っている内にふわりと体が上へ引っ張られ、手と肩を引っ張る痛みを軽減するように腰に手が添えられる。「失礼、」とルビーはその勢いのまま段差の上にアヤを勢いよく上げて誘導した。

一瞬何が起こったのかわからなかったが、握られた手と密着する体温で何が起こったのか瞬時に判断は出来た。自分とは別の体温と仄かな香りが鼻の先にあることがわかって己の顔が熱を持ったのがわかる。きっと真っ赤だろうに、それを見られるのが嫌で俯いた。洞窟の中だから、薄暗くて助かった。

そんなアヤを彼は見ると小さく苦笑いしていた。



「……あ、りがと…」

「すみません、失礼しました」



やんわり笑い、ゆっくりと体を離す。離れた掌や体温の暖かさにぼんやりとレッドを思い出す。……確かレッドと始めて会った時は、今のように洞窟を抜けて山頂で会ったっけ、とあの時の彼の顔を思いだしアヤは目を伏せた。

最近、メールも電話のやり取りもしていない。

自分が忙しいのも理由にある。レッドもたぶん忙しいのだろう。緊急な用事がない限り連絡はほぼないと見ていい。でもやっぱり、会えない分声くらいは聞きたかった。



「レッド、元気かな…」



ほとんど無意識だった。ぽろ、と口にしてしまった言葉にルビーが小さく反応してアヤを見た。

名前を出すつもりなんてなかった。慌てて口を紡ぐと彼と目が合い、にこと笑ったルビーは首を傾げる。



「レッド…って。もしかしてあのレッドですか?ピカチュウを連れた」



不思議そうに顔を傾げる彼を見てアヤは内心「余計なことを言った」と苦虫を噛み潰したように唸る。

できることなら自分とレッドが接点があると周りに感知されたくなかったからだ。



「え?アヤさん知り合いなんですか?」

「ま、あ……一応」

「彼、有名ですよね。最難関と言われるセキエイリーグの最年少チャンピオン。レッドさんって今どこで何してるんでしょうか…でもこれだけ有名なのに全くメディアにも出ないし、あまりにも情報が少ないですけど…」

「あは…はは…そうだね」

「そんな人と知り合いなのか…凄いですねアヤさん。でも同業者でもないのにどこでそんな人と接点が?コーディネーターとリーグ系列のトレーナーとじゃほぼ関わりがないですし…どこでお知り合いに?あ、それとも友達なんですか?」

「えっと、それは…」

「仲良いんですか?」



珍しいことに。

ルビーから個人的な質問攻めを受けていた。

今まで彼の質問は殆どがコーディネーターとしての質問が多かった。けれどなんか今は、“自分”の個人情報を探ろうとしている。

ルビーはいつも以上に笑顔で、興味深々と言うようにアヤへ詰め寄っている。ここまで自分に興味があるとはなんて酔狂な…物好きなのだろう。あ、いや、自分なんかに興味があるのではなくて、レッドに興味があるのかも知れない。

まあ確かに。メディアにもあまり情報解禁していない超人の個人情報は誰でも知りたいか。



「仲は、まずまず…というか…悪くはないよ」

「………まずまず。友達…いや、ただの知り合いなんですか?」



仲良い悪いというか、知り合いというかそもそもな話。

一応レッドは自分の彼氏になる。



「友達…うん、そう」



自分なんかを好きと言ってくれた人。



「………アヤさん、もしかして好きなんですか?」

「えッッ」

「ふふ、顔見たらわかります。…わかりやすいなぁ」



アヤの顔を見たはルビーは何かを察したらしい。

ふと、その顔を見て彼は一瞬真顔になった。

アヤもそんな心の内を言い当てられるなんて思ってもみなかった言葉に思い切り反応してしまう。何ともない顔して「そんなことないよ」と笑って言っとけばいいものを。そんなのただ肯定しているだけだ。



「彼とお付き合いしてます?」



アヤは慣れていない。恋人、彼氏というキーワードにはまだ慣れていない人間だ。なんの突拍子もなく、知らない筈なのにいきなり付き合ってるんですか?と聞かれてアヤは心臓が引っくり返った気分だった。

思わず口を噤んで、黙る。

レッドと付き合っていることはチャンピオン3人組しか知らないことだ。レッドとそういう関係なのは、他の人には秘密にしたい。誰にも知られたくなかった。

視線をルビーから外したアヤは気付かない。ルビーは探るように、伺うようにアヤをただ見据えていた。そしてアヤの目がぐるぐると彷徨い始めた頃を見計らって、彼はまた優しく微笑んだ。



「あ、付き合ってるんですね?ウブだなぁアヤさん。可愛い」

「うぅっ」

「…おや。やだなアヤさん、別にイジメてる訳じゃないですよ」

「ほ、他の人には言わないでっ。か、堪忍して…!」

「そんな個人的な関係、言い振らせませんよ。……アヤさんは俺が、そんな事する男だと思って?酷いなー」

「……ない、です」



そんな人様の個人的なことを周囲に言いふらすような、悪趣味な性癖は持ち合わせていない。他人の噂で飯を食えるような醜悪さも自分にはない。

そんなもの、自分の紳士道に反する。

くすくすと上品に笑うルビーは「いいなぁ。青春ですね」と言いながら先に歩き出した。完璧におちょくられている。歩き出した背中を見て、アヤは不安そうにしながらもしっかり後を着いて歩くのを確認したルビーは喉元に溜まった息を重く吐き出した。



「(我が儘だって事はわかってるんだ。今こうして一緒に過ごせているだけでも俺は運が良い)」



彼が嘲笑めいた笑みを浮かべ、目を伏せたのをアヤは知らない。








わかってる



わかっていた。

そんな気もしていた。

彼女には既に大切な人がいるくらい。

(一方的な想いだとはわかっている)(だが、それは結構辛い)







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