act.30 きみの名前







やっぱり。

信じられない人が大半だと思う。いるかいないか、そもそも姿が見えないし実体もない。非科学的なものは基本信じられない。その上でそれが人に危害を及ぼすなんて考えられない訳で。

幽霊の類いなんて。



「………ってことが、夜中にあって」

「………」



昨晩の霊障?に被害を受けたアヤはあれから怖すぎて眠れなくなってしまった。おそらく朝日を拝まない限り眠りにつくことはできない。………なんて考えていたが、キレイハナの眠り粉を頭からかけられて強制的に眠らされてしまったのだ。
眠っている間はルビーが起きて見張りをしていた。流石にアヤの様子を見て何かあったんだと悟った彼は呑気に眠るなんてこと出来るはずも、そんな性格もしていないわけで。

朝起きた時、アヤは全ての一連の出来事が夢だと思ったのだ。だって目が覚めた時ルビーは笑顔で「おはようございます」なんて。昨日のことなんて覚えていませんと言うように、ただ今すぐ出発出来るように綺麗に身支度が整えられていたから。あまりにも普通というか。あれ?昨日の、夢…だったのかな、なんて考えている内に今はもう昼過ぎでズイタウンに到着し、昼ご飯を食べるためにポケモンセンターのレストランで食事を摂っていた。

アヤが食事の前にトイレに寄ろうと思って席を立って、鏡の前に立った時。それが夢ではなく現実だと今更思い知らされた。



「く、び……」



鏡の中に映る自分の首には、人の指の痕がくっきりと。

締め付けるような痕が残っていたのだ。



「(やっ…やっぱり夢じゃなかった……!!!)」



ひぃ、と震えながら席へと戻ってきたアヤは「やっぱり昨日の夜中のやつ、夢じゃなかったーー!」とガクブルで戻ってきたわけだが。
既に席に着いてメニューを吟味していたルビーは「落ち着いてアヤさん」、と真っ青になったアヤを宥めるためボールから出ていたキルリアを両手で抱えてアヤにそのまま抱かせた。頭真っ白になった彼女は受け取るがままキルリアをぎゅうと抱きしめて『うぅ』と呻く声も聞こえないのか放心している。



「昨日の話を聞かせてもらってもいいですか?」



キルリアを抱っこしたままフラフラと席に着いたアヤにルビーはそう促した。

その勢いで実は、と昨日の恐怖体験を全てルビーに話したのである。流石にそんなバカな、と鼻で笑われるかも…と思っていたが案外ルビーは最後まで黙って話しを聞いてくれて、口元に手を当てて何やら考えている様子。

ルビーとて昨日の様子のおかしかったアヤを忘れていた訳ではない。朝起きてもアヤは呆然としていて、怖がらせたくなくてあえて道中に聞くのはやめた。それに何やら首に不吉な手形もくっくりついているし。

だからこそ笑顔で彼は言ったのだ。



「忘れましょう」

「え」

「忘れましょう。それが一番」



素敵な笑顔の彼は今し方注文したキャラメルラテをゴクゴクと飲み干したが、カップを置いた後、何故かルビーは頭を下げた。



「……すいません」

「え?何が?」

「やっぱり空を飛ぶでズイタウンまでライドするのが正解でした。……まさかこんな、存在し得ないものに害される事になるだなんて。思ってもなくて」

「いや、だからそれはルビー君のせいじゃ…っていうか、ボクの話。ルビー君は信じてくれるの…?」

「そりゃあ首にそんな手形が残ってれば」



昨日の夜中は特に就寝中の自分達へ害を為すような人の気配はなかった。

あればキルリアが、アブソルがすぐに気付くし。アヤのポケモン達も旅の途中であればどんな環境であれ常に周囲の警戒はする。それなのに何も反応がないとわかれば、アヤの話を信じてしまうのは当然というか。それに首に不自然な手形がくっくり残っているし。何それ怖すぎ。

それに何よりも気がかりなことがひとつあった。



「アヤさん、知ってましたか?ここ、ロストタワーの近くですよ」

「ロストタワー?」

「カントー地方のシオンタウンをご存知ですか?シオンにはポケモンや人間の大型墓地があるんですけど…それと似たようなものがこの近くにあるんです。それが、ロストタワーって言います」

「ぼっ、墓地ィ…!!」



お墓。しかもタワー。

意味を理解したアヤは真っ白になって固まった。って事は墓場の真横でのうのうと寝てたの…!?そりゃ変な現象も起きるわけである。

ってことはあれか。ルビーが昨日あれだけ躊躇っていたのも今更ながらわかった気がする。夜の墓地とか。迂闊に近寄るもんじゃない。……それじゃあ、昨日現れたのはそれのせいなのかもしれない。アヤには特段強い霊感みたいなのはなくて、常日頃からいろんなものが見える訳じゃない。訪れたところが時々、「うわ、ここなんか嫌だなぁ」と雰囲気で気圧されてしまう程度で。

いや、見えたら見えたで嫌すぎるんだが。

アヤは注文したメロンソーダをストローで吸って、疲れきったようにため息を着いた。



「それとロストタワーの近くにみたまの塔っていうのがあるらしいですよ」

「み、みたまの塔…?みたま…御魂…?たましいの塔…?え?ヤバイ塔ってこと…?」

「ヤバいかヤバくないのかはよくわかりませんが、ポケモンの塔らしいですね。何でも500年前に悪事ばかり働いていたポケモンの霊魂が封印されているらしいです」

「へ、へぇ……」



悪さばかりしていたポケモンを封印してるって何。

封印しなきゃいけないくらい物騒なポケモンなの?っていうか霊魂ってそれってもう死んでるってことだからゴーストタイプのポケモンなの?……あれ?そもそもゴーストタイプのポケモンって。どこから生まれてどこに返るんだろう。でもみんな卵で生まれる………卵で、生まれるんだっけ?卵で生まれるんだよね?見たことないけど。

そもそもゴーストポケモンって、一回死んでるん……だよね…?あれ?



「(カテゴリーは、多分幽霊とか。霊体とか。エネルギー体に入る……はず)」



ゴーストタイプのポケモン。

実はと言うとこの世でまだ解明されていない謎の多い種族のポケモンだ。

ゴーストっていうくらいだから、幽霊に近い存在だと勝手にアヤは思っているがそもそも彼らは霊体なのかそうじゃないのか。ただのエネルギーの塊なのかよくわからない。生まれる過程もよく分かっていない。ポケモンはみんな卵から生まれるというが、卵から生まれるゴーストポケモンを見たことがない。……そういえばテレビとかでも見たことないな。ここら辺も研究されているはずだが…。

どうなのだろう。

実体はあるけど、姿を消せる。

存在はするけどもともとそこには存在しない。

何よりも戦いの時は特別な効果がない限り物理技は効かない。
それはムウマージや他で見たゴーストタイプのポケモン達の体を何もなかったかのように貫通していたのを見たから分かってはいるが。

でも、触りたい時には普通に触れる。ムウマージだって普段は実体はある。頭に乗られると肩が凝るし。



「でも特別何かが起きるって訳ではないらしいですね。その周辺に行ったり御魂の塔を触っても見ても特に何も起こらないみたいですから」

「…………」

「アヤさん?……あ、すみません。怖がらせるつもりじゃなくて」

「え?あ、ううん。ちがうちがう。そうじゃなくて……」



ちょっと考え事を。

そう言ってアヤは昨日の恐怖体験のことやロストタワーなんぞすぐに頭の片隅に追いやってしまって、一度気になったことに関して考え始めてしまった。

無言になって静かになってしまったアヤを見るとルビーは慌てて謝るが、別に怖くて固まっている訳じゃないらしい様子を見て彼は一安心して。

ゴーストポケモンってなんなんだろう。……と。ムウマージが入るボールをなんとなく見ていたが、特に何も答えは思い浮かばなかった。




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話しを変えるように店員を呼び、飲み物の追加を頼んでから焼き肉定食に手を付け始める。うん、なかなか美味しい。

そしてしばらくして店員がドリンク2つをお盆に乗せて運んで来た頃、ルビーはそういえば、と口を開いた。



「そういえばアヤさん…ヘアピンどうしたんですか?一本だけでしたっけ?」

「え?…あぁ、何か無くなっちゃったみたいなんだよね。昨日まではちゃんと付けてたんだけど…」

「朝方バタバタしてましたからね…もしかしたらあの場所に置いて来てしまったんじゃ…。新しいの買った方が良いんじゃないですか?」

「うーん…いや、別にいいかなぁ。昔から使ってたヘアピンあるし、こっちの方が大切だから大丈夫」



いつも二本、髪に差している黒いヘアピンを彼は不思議そうに指差す。

昨日の寝るまでの間はちゃんとあったのに朝起きたら一本だけ無くなっていた。
旅に出始めてからそこら辺で買ったものを使用していたが、傷つけたり無くしたりするのが嫌で今までの青い石のヘアピンは鞄の中に保管していた。
物を無くすことはあまりないが、旅をしているとどうしても落し物は付き物だろう。気付かない内に無くしてしまうことは当然あると思うし、例えアクセサリーだろうとピアスのように落としにくいものだと安心できない限りずっと鞄の中で保管しておきたい。旅の最中は大事なものなら尚更、だ。

自分の髪で視界がなんとなく悪い気がして、鞄の中から小さなケースに保管しておいた青いヘアピンを取り出して差し直す。後で新しいものを買うまでは付けておこうと思った。



「そっちの青いヘアピンの方が、アヤさんには似合ってますね」

「え?」

「うん。やっぱり黒よりも差し色の青の方が、アヤさんに合ってますね」



綺麗です、と自分の顔を見て微笑むルビーから慌てて視線を外したアヤは話題を変えることにした。

なんだか、この人は異様に自分を褒める。

隙があればずっと褒めてくれる。

嬉しいし悪い気はしないけど。

けれど何だか落ち着かない。



「それにしても昨日から散々だなぁ…物は無くすし変なモンに襲われるしろくな事がない気が…いや、ロケット団の残党に襲われてる時点でろくな事ない!そうだよボクが何したって言うんだよぉぉぉ…!!」

「アヤさん、凄い顔してますよ。可愛い顔が勿体ないです」

「お世辞にしか聞こえないよいやお世辞だけど嬉しくなぃいい」

「(世辞で言ってるんじゃないんだけどな…)」



―――ポンッ!



「ハナー!」

「あ、こら」

「あらハナちゃん」



ポン!とルビーの腰にセットされたボールが勝手に開閉し、向かいに座る彼の横にキレイハナが飛び出してきた。

普通のキレイハナより一回り小さな彼女は机の上に飛び乗り、チラチラとアヤを警戒しながら机の端に置いてある角砂糖が入った小瓶へと手を伸ばす。………どうやら彼女は砂糖が好きなようで、キレイハナは小瓶の蓋を無理矢理外した後、角砂糖を口に放り入れて飴を食べるようにモゴモゴとし始めた。

そんな角砂糖を頬張るキレイハナにルビーは「またか」と。やれやれと溜め息を着くとコラ、と頭を指で小突いた。



「ハナ、その辺にしときな。あんまり砂糖ばかり食べてると病気になるよ」

「あっ、そういえば」

「?なんですか?」

「ルビー君は自分の手持ちのポケモン達全員にニックネームをつけて呼んでるの?」

「はい。俺、自分のポケモンには名前の一部とか鳴き声を取って昔から呼ぶ癖があって…。それがいつの間にか定着したりして、名前になってたりするんですよね」



ハナちゃんについてそういえば、と思ったアヤはこの際気になったことを聞いてみることにした。ルビーは自分のポケモン達に他者から聞いても分かりやすく覚えやすいニックネームをつけて呼んでいる。

それに元々のポケモンの名前や鳴き声からニックネームを取るのはよくあることだ。



「んー、でもサナの場合はちょっと願掛けというか」

「願掛け?」



まだキルリアである彼女にはサナ、と呼んでいるのを聞いて。

まだサーナイトでない彼女にサナ、と呼んでいるのは進化先を見越しての事なのだとアヤは思っていたが、どうやらキルリアに「サナ」と呼ぶのは彼女が常日頃から抱く『早くサーナイトになりたい』と願う彼女の願いでもあり、



「サナ、数年前から全く進化の兆しがなくて」

「え」

「サナ自身も、進化出来ないことに自信を無くしてしまっていて。原因はわからないんですけど、病気ではないみたいなんですけどね。無事に進化出来るように、の願掛けを込めてそう呼んでいるんです」



最初はプレッシャーかと思って呼び方を変えようとした。したのだが、『そのままどうかお呼びください』とキルリア自身もそう願った為ルビーもそれに習いサナ、と呼ぶようになったらしい。

何だかうちのリオルみたいな事情を抱える子だ。

「もう数年ずっとキルリアのままなんですけど、でも焦って進化してもらうことはないと思って。無理に根詰めて進化させようとすればそれも悪循環になるかも知れないし、気長に待つことにしているんです」と。本来ならまともに育ててバトルして経験を積ませていれば進化出来る年数だ。それなのに進化しないとなれば、多少の焦りも出てきてしまうだろうが彼はそれを表に一切出さない。

何ともないように笑う彼を見て、良いコーディネーターだなぁ、とアヤは改めて思うのだった。



「アヤさんは?」

「え?」

「アヤさんも、実は名前を個別に付けているのかと思って」



ルビーの言葉にパチパチとアヤは目を瞬かせたが、ひとつ頷くと彼女はテーブルの下に手を伸ばした。

実は先程からテーブルの真下に居る…足元でゴーストタイプ特有のヒヤリとした霊気を漂わせる元凶、ムウマージの帽子っぽい部分をわし掴んで上に引きずり上げた。

ズルッと言う効果音みたいな音と共に床下から引きずり出された瞳孔カッ開いているムウマージを彼に見せるように、ゲゲゲゲと不気味きまわりない奇声を上げるムウマージをその眼前に見えるように持ち上げた。ルビーはちょっと引いている。



「夜魅様です」

「………え?」

「ヨミ様です。うちの神様」

「(まさかの様付け…!)」




げげげげげ。

そう店内に怪しい笑い声が響いていたお昼頃である。






キミの名前

もちろん、みんなにもちゃんとした名前がある。








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