act.28 ピンクのキレイハナ




傾いた太陽。真っ暗な夜道。囁くようなホーホー達やコロボーシ達の声。

周囲は真っ暗。そう、今現在の時刻。



「夜になっちゃったー!!」



本当なら夕方頃になってもズイタウンに着かなければライドして向かう予定だったはずなのに。

バトルしたトレーナーからこの辺りは夕方から真夜中になると不定期でコロボーシ達が音色を奏でると聞いてアヤは「え、なにそれ聞きたい…」と思ってしまったが事の発端である。

どうやらここはちょっとした有名な名物観光地らしく、多くの旅人がコロボーシ達の音色を聞きに訪れるという。

さぞかし美しい音色なのだろう。ルビーもせっかく来たのだから聞いてみたいと思うのは当たり前。しかし夜は物騒だしあんまり外に居たくはない。けれどこの周辺にはトレーナーが多いし、野宿する者も多いだろう。もうあちこちにテントを張っていたりするのを見て、じゃあギリギリまで粘って見ましょうか、と。そう言っていたのは数時間前。

気づいたら太陽は完全に落ちて普通に夜を迎えてしまった。ルビーは顔に青筋を立てて「やっちまった…」と項垂れている。



「アヤさんすみません…まさか夢中になってたらこんな……俺は馬鹿か…旅始めたばかりの新人じゃあるまいし…」

「え!?そんな落ち込む!?」



夜間のライドは危険な為推奨できない。飛んでいる野生ポケモンにぶつかったり前方から向かってきたライド中のポケモンに接触する可能性があるからだ。今世の中物騒ということもあって、その為にまだ視界が見渡せる夕方にはライドしてズイタウンまで向かう予定だったのに。

時間管理は得意な方であるルビーだが、気づいたら。本当に気付いたら夜になっていた。

………自分で思うよりも、この旅路が楽しいらしい。

予想以上に自分を責めているルビーに対してアヤは慌てふためきながら「でもボクも時間あんま気にしてなかったから…」とフォローしているが。そうではない。ダイゴ達に頼まれた手前上しっかりとしなければならないのに。



「俺一人なら気にも止めませんけど、あのアヤさんに野宿なんてさせる訳には…」

「ちょちょちょ…待って待って!ルビーくんはいったいボクのことを何だと思ってるの…?ボクは平気だよ、野宿なんて昔はよくしてたし。小さい頃サバイバル生活もしてたしね!」

「それどんな状況だったんですか…?」



ズイタウンに着く前に夜になってしまった。

とりあえずもうここで野宿するしかない。周りを見ればトレーナー達が本格的に野宿の準備に取り掛かっているのを見て「まあ野宿も久々だし。コロボーシの音色も含めて楽しもうよ」とアヤはへらりと笑いながら荷物を下ろした。



「トレーナーの人達とか観光客とか…結構多いから今夜は大丈夫じゃないかな?わざわざこの集団に対して襲ってこないでしょ!たぶん襲ってきたとしても数の暴力で瞬殺できると思うよ?」

「……まあ、確かにそうかもしれませんね」



隣に居るサンダースが少しお疲れ気味な顔だ。欠伸なんかしている。思えば朝から今まで戦い詰めだった。それは良くない。

今日はこれ以上バトルはさせたくないし、取り敢えずそこら辺で野宿をする事に決定。そして「いや、やっぱり女性を野宿させるなんて……しかもアヤさんの今の立場ってものもあるし土の上でなんて寝かせられられない」…と。未だに女の子を野宿させるのに抵抗のあるらしいルビーを引っ張り、野宿する場所を探す事にした。というかトレーナーの女の子も普通に野宿するぞ。そんなアイドルはうんこなんてしないなんて火力強火オタクのようなことを言わないで欲しい。どんな可愛い子だってスーパーモデルだって大人気アイドルだってうんこもすれば鼻クソもほじるのだ。いや、こんな下品なことルビーの前で死んでも言えないけど。



「はぁ…あまりいい気分はしませんけど、仕方ありませんね。何か不安なことがあったら言ってください」

「不安なこと……今は無いかなぁ」



深く息を吐き出して渋々了承したルビーは適当な枝をかき集め始めたアヤを見て、彼はアヤの荷物と自分の荷物を一ヵ所にまとめた。それから手早く焚き火の用意をするルビーを見てふと思う。

そういえばシロナに連絡してないなぁ、と。

最近いろんな事が有りすぎて忙しかったし、電話する時間も無かった。ルビーの件もあるし、メールくらい送っとけばよかったかも知れない。…迷惑集団が早速接触してきたことについても言わなければ。

ボッと火が立ち、パチパチと木が燃える音。

小さな範囲だけど灯りが灯った事で随分明るくなった。ゆらゆらと揺れている炎を見てると眠くなってしまう。



「アヤさん?」

「…ぁ、え?何?」

「いえ、眠そうですね。…やっぱり疲れてますよね。すいません、やっぱり野宿は良くなかった」
「いやいやいや別に大丈夫だからっ…!」

「風邪ひいたら大変じゃないですか」



申し訳なさそうに謝るルビーを見ていると逆にこっちが申し訳ない気分になる。

向かいの焚き火を挟んで座るルビーがペットボトルの水を飲みながら額のバンダナを取った。サラ、と顔に白髪がかかるが相変わらずイケメンである。

そういえば彼がバンダナを取ってるところを見たのは初めてかもしれない。特徴的な黒と白のツートンカラーは一般的に見ても特殊な髪型をしていると思う。あれ染めてるのかなぁ…自毛なのかなぁと考えながら視線をサンダースへ移した。

サンダースはルビーのアブソルと並んで焚き火に当たりながら縮こまっている。……もしかして寒いのかも知れない。二匹にも申し訳ない。そんなサンダース達の観察をしていたらルビーは飲み終わったペットボトルを隣に置いた。自分のリュックの中を探って出したのは…シンオウのタウンマップ。

彼はその折り畳んであるタウンマップを広げ、アヤに見えるように広げる。



「さてアヤさん」

「な…何でしょう…?」

「大まかにこれからの旅のルートを教えてくださいますか?」

「ルート?」



さっきも同じような事を聞かれたような。まぁ良いかと考えて自分のバッグからポケッチを引きずり出す。

あまり使われていないシロナから貰った青いポケッチに久しぶりに電源を入れ、タウンマップの項目を引っ張り出した。



「えっとね、ズイタウンとカンナギを通ってキッサキシティに行って、それからテンガン山を下ってミオシティ、最後にナギサって考えてるんだけど…」

「それは……随分遠回りですね。グランドフェスティバルまで時間も無いですし、ジムバッジだけじゃなくて本戦へ向けてのトレーニングも開始するとなると……うん、見たところギリギリ…ですね。大丈夫ですか?」

「うーん…ま、何とかなるでしょ!まあ時と状況をみてバッジ集めは頃合を見て中断するつもりだったし。その時はその時!あとはリオルの進化も最優先にしたいし……まあ焦らず行こうと思って」

「そうですか……」



この人、案外マイペースなんだなぁ、とルビーは思いながら頷いた。

アヤは自分用の携帯食とポケモンフーズをバッグから取り出し、ボールの中に入っているポケモン達を全て外に出した。出てきた皆は眠そうにしながらも飯か…みたいな顔をして大人しく待っている。いや、大人しいというか一匹だけ例外がいた。屍の様に動かない目を開けたまま熟睡中のムウマージ。もういい加減に慣れたがやっぱり怖いもんは怖い。初見のルビーはビビり倒している。



「ちょっ…これ大丈夫なんですか…?」

「平常運転です……」



叩き起こした方が良いだろうか?



「手持ちは……やっぱりあれから変わってませんね」

「うん。特に新しい子が入ったり抜けたりはしてないかな」



改めてアヤのパーティーを見たルビーは一匹一匹を観察するように眺めた。そして各々ルビーに何かを喋ったりしているが彼は笑って「いえ、
好きでしている事だから」とアヤのポケモン達に答えている。恐らく彼の手持ちのエスパータイプの子が言葉を訳しているのだろう。用意したフーズを食べ始める皆を見て、彼は微笑ましそうに見る。

そんな中リオルがフーズを手にしたまま、じっとルビーを見つめている事に彼は気付き、視線が合うとこれまた愛想良く笑った。両手でフーズを持ったままじっと彼を見詰めるリオルと、ただ微笑むルビーを見ている内にアヤが困り果てた。

会話もなくアイコンタクトをするわけでもないこの間に、何か意思疎通のようなものが存在しているのか否か。

首を捻ったアヤに、袖を引っ張られた。



「ルー」

「どうしたのカイリュー?……え、もう食べ終わっちゃったの!?」



見上げてみればフーズの皿を持ったカイリューの目が悲しそうに揺れている。「なくなっちゃった……」と言わんばかりの悲しそうな顔だがそりゃ食べたんなら無くなるのは当然である。どうやらおかわりを催促しているらしい。両手で皿を持ちながら悲しそうな顔をしているが、カイリューだけポケモンフーズの量を通常の三倍くらいにしてあげている。
さすがに食べ過ぎだから「もうダメです」とアヤが突っぱねるとカイリューは猛烈に駄々をこね始めた。大きな巨体がさながら5歳児のように地面に大の字に倒れてヤダーーー!!と騒ぎ出した。おまえいったい何歳やねん。
ワタルに貰った子とは遥かに信じがたいがこれがカイリューである。ドラゴンタイプ最強と言われるカイリューだが、実際はゴキブリは恐くて戦隊ものの番組は好きで美少女戦士は好きで低脂肪牛乳が好きなチキンハートの持ち主がアヤのカイリューである。

ドラゴンの威厳はどこにすっ飛んでしまったのだろうかと考える時はあれども大切な家族の一人だ。



「ええいうるさい!!5歳児じゃないんだから!」

「ルーーーー!!!」

「もうっ…じゃああとちょっとね!!」



なんて言いながらアヤが最後のお情け。
フーズを持つアヤの手をカイリューは「よいしょ」と持ち上げ、アヤの狂った手元が通常の三倍くらいの量のフーズをザバッーと勢いよく皿に盛られる。

アヤはスン、と真顔になった。

そしたら不意に隣からボールの開閉音が聞こえて。



「ご飯にしようか」



そう言ったルビーにボールから出てきたポケモン達は行儀良く座った。



「うわぁ〜〜……すっごいねぇ」

「そうですか?」



ボールから出てきたのはルビーの手持ちのポケモン達だ。

横一例に綺麗に座り、左からラグラージ、翼を邪魔にならないように折り畳むフライゴン、見た目とは裏腹にかなり大人しそうなボスゴドラ、品良く佇むキルリア、そしてアブソル。

凄い。皆ルビーに何も言われてないのに綺麗に整列している。ガッツリ躾されてる。それに比べて自分の方は躾っていうか、それ以前の問題なのかなんならナメられている。

…トレーナーの格の差……?格の違いってこと……?あ、無性に腹が立ってきた。

そんな彼のポケモン達はアヤと目が合うなり軽く挨拶するように頭を垂れた。しかも皆がみんな礼儀正しい。それに比べてウチのもんはよぉ…と思いながらアヤは振り返った。カイリューはずっと食べてるしムウマージは未だに瞳孔を開きながら爆睡している。ちょっと……いやだいぶ恥ずかしい。挨拶くらいまともにしてくれ…。



「(だけど……まぁ…)」



一匹一匹を見るとやはりどの子も強く、均等にバランス良く育てられていてぶるりと身震いした。

そして何より問題なのはこの子。



『はじめまして。アヤさん』

「は、はじめましてぇ…!」

『わたし、ルビーくんのポケモンのキルリアです。どうぞサナと呼んでください』



念力とテレパシーで人語を操るキルリアだった。

シロナのルカリオとはまた違ったような声の届き方。念力で話しかけているのかテレパシーで話しているのかは分からないが、直接聴覚で聞き取っているのか脳に語りかけてくれているのかわからない。

ルビーの手持ちの中でも唯一最終進化までしていないのがキルリアだけのようだが、人語を操れるポケモンはそもそも基本的に高個体値なポケモンであるとされている。まだ最終進化のサーナイトでないのに、キルリアで人語を操るなら将来かなり有望じゃないのだろうか。

この子がルビーの言っていた通訳係のエスパータイプの子だろう。

小さいながらも佇まいは可憐だ。にこ、と微笑むキルリアに頬がゆるゆるになってしまう。



「か、かわいぃ……」

『まぁ。ありがとう』



キルリアは両頬を抑えてほんのり赤くなっている。なんて可愛い生き物なんだ……思わず抱きしめてしまいたくなってしまう可愛さ。デロデロに頬が溶けそうで慌てて頬を押さえた。

危ない危ない。馬鹿面をお披露目する訳にはいかない。

その時あれ、とメンバーを見てあと一匹足りないことに気づいた。



「あれ?…5匹だけだっけ?確かキレイハナがいるって、」

「え?あぁ……実はちょっと人間嫌いでして。ほら、色が普通のキレイハナと違いますから」

「そ、そうなんだ」



自分から出てこないんですよね、と言ったルビーは苦笑いをした。きっと色違い、珍しいゆえにこれまで人間に酷い扱いをされてきたのだろう。

キルリア達も同じよう苦い顔をするのを見れば、キレイハナがルビー以外の人間が嫌いなことを伺えた。きっと人間には、彼にしかなついていないという事も。



「(うーん…レッドに渡したイーブイを思いだすな…)」



一年前レッドに渡したあのアヤの事が嫌いなイーブイを思い出したが。まぁあれは例外の人間嫌いだろう。決して人間が嫌いな訳ではない。アヤだけ嫌いなイーブイ。イケメン以外好きになれないというちょっとアレなイーブイ。うん、思い出しただけでも腹が立つ。目の前のキルリアちゃんを見習って欲しい。こんなにも愛らしいのにだぞ。

それを思い出しながらアヤはおずおずとお願いをした。



「あの………少しだけでいいから、出してくれないかな?」

「俺は構いませんが…威嚇するかも知れませんよ?」

「大丈夫!触らないで挨拶するだけだからさ!」



少し考える素振りを見せるルビーにキルリア達がかなり心配そうな視線を寄越した。フライゴンとボスゴドラは同時に一歩後ろに後退し、ラグラージでさえも眉間に皺を寄せている。

え、そんなにキレイハナって問題あるの!?



「……わかりました。あの、彼女の態度はあまり気にしないであげてください」

「え?」

「怖がりで、」



ルビーがボールを地面に放った。

ポンッ!とボールの開いた音を耳にした瞬間、頬の横を凄い勢いで何かが通過した。



―――ビュンッ!


「わぁああっーー!!!??」

「アヤさん!!」



頬の横に通過したのはマジカルリーフだと思う。

そして目の前にはサンダースが間に入りマジカルリーフを電気で焼き落としていた。
ルビーの焦ったような悲鳴に近い叫び声が夜の道外れにて木霊して、丁度その周辺で野宿をしているトレーナー達がなんだなんだと遠くからこちらを見る視線を沢山感じる。マジカルリーフを放ったキレイハナはルビーの背後に隠れて尋常ではない程震えていた。

そしてジロジロとアヤ達を睨み付けている。



「(あ、あぶなかった…!)」



彼らがこんなに心配していた理由がわかった気がする。アヤは突然向けられたマジカルリーフが案外怖かったらしい。目の前にいたサンダースを無意識にぎゅっと抱え込みながらルビー達を眺めていた。



「ハナ…!おまえっ、なんてこと…!謝りなさい!!」

「ハナッ…」

「アヤさんっ大丈夫ですか!?怪我はっ!?」

『ごめんなさいアヤさん!あなたは、本当になんてことを…悪い人じゃないって前から言ってるでしょう!』

「あ、ううん。怪我はしてないから大丈夫だよ…あの、だからそんなに怒らないであげて…」



ルビーはさすがにキレイハナを叱り付けている。

ついでにキルリアも怒って残ったポケモン達もオロオロしており……因みにあのボスゴドラが挙動不審になって成り行きを見守っている。あんな巨体で屈強なのになんて可愛いんだ…。

それにしてもそこのシャワーズとウインディが呪い殺しそうな目でキレイハナを見ているがお願いそんな目で見ないであげてくれ。不可抗力なんだってば。



「……ほわ」



いや、それよりも目を奪われたのはキレイハナの色だった。

葉の色と肌の色、頭部に付いている花はパステルカラーの薄ピンクで黄色い葉は本当に色素が薄いハニーレモンっぽい色。

そして普通のキレイハナより少しばかり体が小さい。ルビーの背後に隠れて涙を滲ませながら袖を掴むキレイハナは…それはもう愛らしい以外の何者でもなかった。

え?妖精?妖精かなにか?天使の産物?

ヤバいくらい可愛い生き物を見た。何この子めちゃめちゃ可愛い。ピンクだからより一層可愛い。警戒していてつぶらな瞳は若干つり上がっているが、アヤが目を逸らさずじっと凝視するせいで怒っているのかと勘違いしたらしい。キレイハナはたまらずボロ、と涙を流すのを見て自分の中で何かが弾け飛んだ。



「ピェエエエエエエエエッッ!!!!」

「ハナッッーー!!?」

「えええええ!?ちょっアヤさん!!?ちょっ…落ち着いてハナ!暴れんなこら!」



尊い。

そして可愛い!

アヤはどこぞの敗北者のような姿勢で土に埋まった。






ピンクのキレイハナ


初日早々嫌われた


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