act.27 変わった旅路
「あっ…!そんなっ、チャーレム!!」
綺麗に大空へ吹っ飛ばされる格闘ガールのチャーレム。
不気味に笑いながらシャドーボール…呪いの砲弾を容赦なく放ったムウマージのその威力は流石である。
ゴーストタイプのムウマージ。
パーティーの中でも強い特攻を持つサンダースと、そのサンダースに競い会うくらいに強い特攻を持つ凄い奴である。
普段不気味に笑ってるか目を開けて寝てるか食べながら寝てるかの何よりも謎な存在だが、一度ステージへ出すとそれを覆すような……まるで踊るような流麗な動きを見せ、複雑なコンビネーションを発揮する。案外戦闘能力値が高いのがムウマージ。
リオルが得意の瞬発力を生かした高い跳躍でジャンプした事により、その前に居たマクノシタが避ける対応も忘れて呪いの砲弾の餌食になる。チャーレムと一緒に重なるように綺麗にすっ飛んで壁に突っ込んだ。
「…あちゃぁ〜…負けちゃいました。ありがとうございました。良い勝負が出来ました」
「あ、いえ。こちらこそ…」
伸びた二匹をボールに戻した格闘ガールは賞金を早々押し付けてポケモンセンターへと急ぎ足で戻って行った。賞金は結構多め。何かとポケモンセンター以外で食事することも多いしフレンドリーショップでもアイテムを購入することが多いから有難い。
ユラリと背後に戻ってくるムウマージとリオルにお礼を言い、ボールの中に戻す。ふう、と首を回して一息着くと隣に控えたサンダースが自分の表情を軽く覗き見てくる。「疲れてるのか」と言ったような顔だ。疲れなど……逆に戦闘に出てくれている皆の方が疲れが重なっているはずなのに。自分のことなど気にしないでほしい。
大丈夫だよ、と苦笑いしながら頭を撫でれば心配なんぞしてねぇ、と言いたげな目で睨まれた。まったく困ったツンデレである。
「あれ?ルビー君は?」
「ブイ、」
只今ズイタウンに向かう途中の路地。
アヤの反対側で旅にしばらく同行することになったイケメン紳士、ルビーがバトルを申込まれて戦っていた筈だ。
バトルが終わったアヤはルビーの姿を探すが見つからず。「あれ?どこ行ったんだろ」と周囲を見渡してみれば、向こうに人の集団が出来ている。しかも殆どが女性ばかりである。アヤは直感的に「アレだ……」と判断して黄色い声が響く集団を掻き分け中に入ると、予想通りの人物がトレーナーと思わしき女の子と対峙していた。
「(あ、何だ。もう終わっちゃったのか)」
道路まで吹っ飛んだのか、対戦相手のマリルリが目を回してダウンしている。どうやらバトルは丁度終了したらしい。ルビーの横に彼のポケモンであろうアブソルが控えており、「対戦ありがとうございました、」と共に頭を垂れて相手へ敬意を払っている。
「アブソル……ルビー君のアブソルか〜…よく育てられてんな…」
ツヤツヤでフサフサの毛艶。そして強そう。それにしてもバトルをしていてもしっかりと演技が染み付いている。
バトル終了と同時に周りのギャラリーが更に興奮したような歓声が上がった。
両隣からの女特有の叫び声が耳に痛い。
「マ、マリルリ!」
「すいません!ちょっと派手にやり過ぎちゃって!大きな怪我はしていませんか?」
「え、あ、いやっ…だ、大丈夫ですっ」
「そうですか……良かった。とても良いバトルが出来ました。またご縁があれば、是非」
「は、はい!……あ、のっ!わたしっルビーさんとバトル出来るだなんて思ってなかったからっ…!こんな所で会えるなんて…!それにお話もできるなんて嬉しいです…!わ、わたし。ルビーさんのファンでっ!良ければ、握手してくださいませんか……!!」
「え?俺のですか?それは…嬉しいです。いつも応援有り難うございます。握手、大丈夫ですよ」
「っっ………!!!!」
ふわり、微笑んだ彼。
美しい完璧な微笑だ。何だあれ本当に16歳なの?本当にボクのひとつ歳下なの?末恐ろしい。
さり気なく女の子の手を掬い上げて握手するルビーはあれは何だ。本当のところ何歳なの。
それにルビーは顔面偏差値も悪くない。そんな顔に微笑ひとつ打ち込まれた少女は一瞬の内に顔を赤らめ、口元を押さえてへなへなとしゃがみこんでしまった。ルビーが慌てて腰を支える様子を見て周囲の女性ギャラリーがギャァァと悶絶している。最早女の子は死にそうである。
前も後ろも左右も女性皆が揃いも揃って悶絶する黄色い叫び声が響き渡っており、遠くから見ていたアヤは不覚にもうわぁ…と内心引きつってしまった。関わりたくない。
そうだ彼は有名人だった。
「(ホウエン地方の貴公子…かぁ)」
いやあれ王子様かなんかじゃん。貴公子っていうよりどこぞの王子様やん。王太子やん。
アヤは少しだけルビーのことを調べた。
ホウエン地方出身の腕の立つコーディネーター。ルックスも良く性格も好青年だからか、べらぼうに人気が高いコーディネーター。特に女性ファンからの支持率が高い。そういえばグランドフェスティバルの本部で書類を捌いていた頃、ルビーという名前は何回か見たことがあった。忘れていた。
グランドフィスティバルに出場できる選手は各地方のコンテストで優勝しながら各地を渡り歩く訳で、実力が上がると共にその顔と名前が自然と世間へ知れ渡る。特にコンテストのメッカであるホウエン地方やシンオウ地方は情報も早いしどこの地方より関心度も高い。
しかもグランドフェスティバルの準決勝まで駒を進めたそうだから、知名度もかなり高いしファンもそれ相応に多いだろう。加えてこのルックス。老若男女受けが良さそうだ。とりあえず世の女性が放っておくわけがない。
何もしなくても女は近寄って来るだろう。彼女には困らなさそうだ。
「あのっ!次は是非私と!」
「ルビーさん!この後のお昼ご一緒しても宜しいですか!?」
「えっちょ、なにそれズルいっ」
「キャー!ルビー君ー!こっち向いてー!」
「サインしてー!」
「写真お願いします!」
取り敢えずお姉さん方が凄い。なんて人気なんだ。自分の時はこんなこと無かったから驚きである。
周囲を見て苦笑気味にルビーがすみません、と謝るとその困った微笑みにもお姉さん方は堪らないらしく黄色い悲鳴が上がる。
甲高い声が頭にギンギンと響き、アヤが顔をしかめた時。集団の中心にいるルビーがアヤの存在に気付いた。
「あ、」
「(ひっ…)」
困った顔のルビーがアヤを見つけて瞬時に笑顔になった。嬉しそうな安心したような顔をして集団を掻き分け、「すみません!お待たせしました」と自分の手を掴んだルビーに心臓が止まりそうになった。
だってお姉さん方の殺気が混じった視線がかなり怖かったから。射殺されるんじゃないだろうかくらいの負の視線。いや、その視線はレッド程ではないし、レッドなんかと比べ物にはならないくらいの視線の殺気だが。
「何あの子?」「手なんか繋いじゃって!」とかなんとかお姉さん方の嫉妬の声と恨みの声が聞こえてくるが、その内の何人かは自分の顔を凝視していた。女の嫉妬って本当に怖い……。
ある一人の「まさか彼女じゃないよね?うそー信じられないくらい不細工ー」なんて化粧のケバイ女の人の声が聞こえた。
名前も知らないどこぞの他人にそんな悪口を言われたくない。っていうか自分の彼氏はレッドだけである。変な言いがかりはやめて欲しい。
アヤがため息をつくと同時にサンダースが苛立ったように唸り、ギロリと女性へ睨み付けると「ヒッ」と小さく悲鳴を上げて後退する。
とりあえずここにあまり長居はしたくない。ルビーに引っ張られるままに着いて行く事にした自分。
違う意味でのお姉さん方の悲鳴が背後の方で響き渡る中、ルビーはアヤを連れて集団から離れた。ギャラリーから完全に解放されたところで横に並んで歩く。
チラと覗いた彼の表情は疲れ気味な笑顔を浮かべていた。
「凄い人気だねぇ」
「こんな事言っちゃなんですが、結構疲れますよ」
嵐のようなギャラリーに想わずお互い苦笑いだ。
彼もああいう集団は疲れるらしい。申し訳なさそうな顔をしているが毎回毎回あんなだと相当参っているのだろう。彼の性格上、表でそんな顔は出来ないようだ。
「もう少し落ち着くと、俺も嬉しいんですけどね」
「それは…叶わない夢なんじゃ…。ところでルビー君は自分の目的とかやりたい事とかはあるんじゃないの?ボクの旅にそのまま着いてきてもらってるけど…もし他にも目的があるなら無理しない方が」
「え?いや、俺のことは気にしないでください。俺は特に本戦までの期間、各地を観光したりコンディションを調整するだけでしたから大丈夫ですよ。……それに二人旅も面白そうですしね」
微笑むルビーはどこまでも紳士顔で優しげな顔だ。フワリと笑う微笑みはそれはもう上級な品がある笑み。
どうやったらここまで完璧な笑顔が出来るのか教えてもらいたいくらいである。
「ほら、それにアヤさんのトレーニングとか見れるのはまたとない機会ですし。それよりアヤさんと旅すると面白いよってダイゴさんも言ってましたよ」
「楽し……いのか……?ボクと一緒に旅したような言い方だけど旅なんてしてないからね!?……あ、あれ…?もしかして妄想で言ってる…!?何デタラメ言ってくれてんだあのロリコン…!」
「え、あの人ロリコンなんですか?」
ルビーが「本当にロリコン?」と若干固まった笑みを浮かべているがアヤはあえて触れないことにした。これ以上はダイゴの沽券に関わるかも知れない。
―――ルビーがアヤのバッジ集めの旅に同行して既に数日が経っていた。
ルビーに助けられた翌日からいきなり旅の同伴だと、初めましての相手と24時間をほぼ一緒にいることになってしまう。さすがにそれはアヤでもキツかったのか、出発は2日後にしてもらった。その間ルビーとは食事を一緒にしたり模擬戦などでコミュニケーションを図ることにしたのだ。ルビーは他人のペースに合わせるのが上手い。トーク力もコミュニケーション能力も高いからかアヤにとって気まずくなることもなく、不思議と自然体でいられた。
助けてくれた相手に対して……しかもワタル達からの配慮も重々承知しているが、本当なら性格もペースも合わなけれれば即同行を拒否するのも最悪アリかと決めあぐねていた。……が。
恐らくルビーはそれを読んでいたのだろう。最終的に同行拒否されない為にアヤからの警戒を会話で打ち消し、適切な距離を保ちつつアヤが過ごしやすいような空気を作り上げていた。
ルビーは勘も良ければ気遣い配慮もできる。そして女の子への扱い方を熟知している。加えて歳に似合わず博識である。
そんな人物への警戒心は僅か一日で解かれてしまった。演技のトレーニングをするアヤ達を笑顔で観察し、ルビーも一緒になってトレーニングに混じり食事をしながら会話を楽しむ。優しく笑いながらアヤの話を聞いてくれたり、アヤが知らない話をルビーから聞けて……まあアヤにとって久々な有意義な時間だったのだ。
最初あれだけぎこちなさと警戒を顕にしていたのに一日経った後には「明日からの旅なんだけど〜」なんて明日の予定を話している。
そう。
アヤは単純な子供脳である。もっと悪く言えばチョロい。
そんな明日からの予定を聞きながらルビーはまた微笑みながら頷いて、その笑顔の下で「よし。警戒心はもうほぼ無くなったな。案外チョロいなアヤさん……」なんて失礼なことを思われていることを知るはずもなく。
ルビーは何としたってアヤの旅に同行したかった。せっかく掴んだチャンス。絶対に同行したい。もう何でもいい。ボディガードでも道案内でも下っ端でもパシリでも下僕でもなんでもいい。そのためにはなんでもする所存である。
口の端にケチャップ付けてオムライス頬張るアヤときたら、なんとも平和な顔をして間抜けな面を晒していた。たぶんもう何も考えていないんだろうがそんな彼女もルビーにとって素敵な存在だった。ごく自然に手を伸ばして紙ナプキンでケチャップを拭ってやるとアヤは分かりやすく固まったし。というかそもそもこんな光景をレッドが見たらどう思うのか。それを考えられない程アヤはランス達から受けた精神的な疲労が少し溜まりつつあった。ようは疲れていた。誰か信頼できる人を隣に置きたいように、少しでも安寧を得たかった。
アヤの感覚は少し、徐々にバグり始めていた。
そんなこんなでルビーが旅の同行者となり道なりを歩き続けて2時間程。「もうすぐお昼ですね。夕方になってもズイタウンにつかなければライドポケモンに乗って移動しましょう。あんまり夜道を歩かない方がいい」とルビーにアドバイスを貰いつつゆったりと道中を進んでいく。
ルビーと世間話や雑談をしているとペアのトレーナーに勝負を挑まれた。20歳前半の男二人組だ。二人ともスポーティーな格好をしている為明らかに体育会系の人種である。
断る理由もないので勝負を受け、お互いに距離を取った。
「………初めてダブルバトルしますね。宜しくお願いします、アヤさん」
「こちらこそ…足引っ張らないように頑張る……!あ、初手はリオルで行くね」
「……アヤさんって、結構消極的だったりします?なら俺はアブソルで。あ、因みにズイタウンの次はどこに向かう予定で?」
「え?んーとね、ズイタウンに着いたらそこでまた予定考えようと思ってるよ。とりあえず今はガンガンバトルして、経験値を積みたくて」
とりあえず、リオルに経験値を集中させたい。
本戦前に進化させる。
リオルが張り切っているのでこの際、戦闘に出す前に学習装置も持たせてみることにした。
「わかりました。とりあえず進みながら片っ端から目に付いたトレーナーに挑んでいきましょうか。では、
――参ります」
彼は緩んだ口元を隠すようにほくそ笑むと、ボールを高く宙に放った。
少し変わった旅路
ルビーは自分を囲む女性陣の中に数人、釘を打ったようにアヤを凝視する瞳を見つけた。その目には驚愕と嫌悪の目と、そして唖然とするような。
まあ。そうだろう。わかる人には彼女が誰なのか理解できる。一般人が「見かけた」と噂が広がれば、今度はコーディネーター間にも噂の信憑性が広がるのだから。