act.01 冬の節




ゾワッとした波動が広い室内を駆け巡る。

別に自分に向けられている訳では無いのに、背中に悪寒が走るような居心地の悪さはやはり、自然そのものを操る事ができる彼らの能力だからだろう。

気持ち悪い悪寒が体を突き抜けて行く中で眉間に皺を寄せる。悪の波動をサイコキネシスで弾き返したフィールド場で踊るように飛び回るムウマージが、夜中に聞いたら大の大人でも怯むんじゃないだろうかと思う様な不気味な笑い声を甲高く、狂った様に雄叫びを上げて笑い続けていた。

フワフワと浮遊する数メートル先のフワライドも頭の底に響くような雄叫びを上げてあまり他には見せないような顔をしてムウマージを威嚇する。え?何あれ本当にフワライド?

お互いがお互いに狂ったように笑い続けているのを見てアヤはドン引きした。

一言、「こっっわ」である。

普通のポケモンが威嚇し合っているだけならまだしも、互いに不気味なゴーストタイプだから尚恐ろしい。

ムウマージがグルグルと旋回を始めた。何故か影分身が出来る自分のムウマージは残像を次々に生み出しフワライドを捕らえる。だが怪しい風で吹き飛ばされてすかさずシャドーボールを撃ち込むよう命じれば相手もシャドーボールで応戦して来た。

衝撃波と衝撃波がぶつかり合い、大きな爆風がザッと吹き荒れれば相変わらず両者何を考えてるかわからない顔でフィールドを浮遊していた。



「アヤちゃーん!結構良いセンしてるわよー!」



観客席から大声で感想を飛ばす我らがチャンピオン…シロナが楽しそうに声を上げる。金の髪を散りばめ、堂々と席に足を組みながら腰掛けているだけなのにとても優雅に見える。

シロナの一言でバトルを互いに中止し、ムウマージがフヨフヨと傍らに戻って来たのを横目で確認すると彼女は観客席から飛び降りた。



「大分バトルの仕方が板についてきたわね。勘も戻って来てるようだし、このままバトルと技の演技を続ければ昔…いえ、それ以上に力が付くと思うわよ。アヤちゃん案外呑み込み早いから」

「やった!有り難うございます」

「有り難うメリッサ。ごめんなさいね、いつもこっちの我が儘ばかり…」

「イイエ、ワタシもあのアヤさんと戦えて嬉しいでス!彼女の本舞台であるコンテストやグランドフェスティバルの舞台上で戦えないのが残念でスが……」

「あはは…ど、どうも…」

「数ヶ月前までワタシに手も足もでず数秒でボロボロにされていたのに、こんなにも早くここまで対策されるなんて…やはり元ある実力でしょうカ……?」



フヨフヨしているフワライドを連れてメリッサは興奮気味に言った。(何か今屈辱的な事言われた気がする)



「でスが、やはり力比べのバトル一本勝負となれば話は別なのでスね。アヤさんはバトル苦手でしょウ」

「仰る通りです……」



彼女はメリッサ。

外国混じりの片言な喋り方をする彼女は、シンオウ地方のゴーストタイプを扱う事を得意とするジムリーダーである。

そして紫色のドレスを常に着用しているのは彼女もコーディネーターの一人だから。本業はジムリーダーだがコンテストは完全な趣味らしい。
というよりもシンオウ地方のコンテストではドレスコードが必要で、小綺麗な格好をして出るというのがコーディネーターの暗黙のルールらしい。コンテスト責任者に普通でも良いじゃないかと言ったら「駄目に決まってるでしょう」と一点張り。何でだ。…どうやら譲れない理由があるみたいだ。



「さて、じゃあ今日はこの辺で終わりにしましょうか。アヤちゃんのポケモン達も結構疲労が溜まってるしここまでよ。…無茶と努力は違うのはわかってるよね?」

「わ…わかってます…」

「宜しい。じゃあメリッサ、また相手になって貰いたい時は連絡するからその時は宜しくね」

「有り難うございました!」

「お待ちしてマス。トップコーディネーターと一戦交える事が出来るのは今ではレアですカラね。いつでもお相手お待ちしてマス」


紫色のドレスの裾を両手で持つメリッサは綺麗なカーテシーを見せた。流石だ。ジムをコンテスト会場と間違えているんじゃないだろうか。
そのままシロナと一緒にジムを出て今日は帰る事にする。時刻は既に夕方。夕焼け色のオレンジが空を覆っていた。

レッドと一旦別れてから一年が経つ。けれど一年経ったがまだ互いに会う連絡などはとってはいない。それはまだその時期ではないとわかっているのだろう。電話で世間話はたまにするがそう言った話を自分もレッドも話題には出さなかった。

まだ会う時期では無い。

そんな事はわかっている。それに何より自分には5年間逃げ続けたブランクを全然取り戻せてはいないのだ。前回ヒカリに会った時はっきりしたが、手も足も出なかった事は流石にマズ過ぎる。録な演技誘導すらできずフィールドメイクすらできず、技の組み立てすらできずにあっという間に敗北していた。

あれが公式戦じゃなくて良かった。

公衆の面前であんな醜態を晒していたら喜んで死んでいただろう。



「本当に弱くなりましたね。出来ることなら今すぐ復帰してください。そして公式戦でボコボコにします」



アヤは最後にヒカリから言われたまるで死の宣告のような挑戦状を叩き付けられたのを思い出して遠い目をして一人頷いた。
ヒカリの挑戦の望み通りリベンジは必要である。



「(………昔、どんなふうに演技してたっけ?自分でも分かるほど演技は荒っぽいし技の組み立て方も雑になっちゃうんだよなぁ)」



そもそも、こんな情けない自分のままレッドに顔向けは出来ないと考えていた。

だから今現在、トップコーディネーターとして正式に復帰して(当日暴力沙汰を起こした件に関しては平謝りしてギリ許してもらった)お勤めであるコンテスト関係の仕事にも首を突っ込むようにもなり、ちゃんと責務を全うしている所存である。
それと同時にシロナやメリッサの力を借りたりしてバトルやコンテストの演技力を高める訓練もしている。というか自分の弱点なんて分かりきってるようなものだ。

そもそもこの人シンオウのチャンピオンなのにここに居て良いのだろうか。



「今日は何食べる〜?お姉さん何でも作れるのよ!」

「シ…シチューが良いです!」

「……昨日もシチューだったけど…好きなのねぇアヤちゃん」

「いやぁそれほどでも」

「褒めて無いからね。きちんと野菜摂りなさい」



帰りながら夕焼けの下で今日の晩ご飯の話しをするだなんて親子か…姉妹のような会話だ。でも不思議と違和感は感じない。

因みにシロナには理由を話してグランドフィスティバルまでみっちり訓練をつけてくれる事になっている。勿論バトル専門である彼女からは演技の方は教えは乞うことはできないからバトル技術の方を勉強中だ。この前模擬戦したらべらぼうに強くて開始から数分でボコボコにされてしまって頭を抱えたのは記憶に新しい。……とまあ、訓練をつけて貰うに一石二鳥である。

はらはらと雪が降るこの季節は、今一月。



「さて、じゃあ今日もシチューにしましょうか。明日もみっちりやるしね」

「げ」

「げじゃないわよ!……グランドフィスティバルまであと半年しか無い。どこまで追い上げられるかが勝負どころよ」

「……わかってます」





あと、半年。


冬の季節一年ってこんなに短いものだったっけ?







- ナノ -