act.24 初恋の人
「今から警察に面倒になるのも嫌だし…今回の件はまた明日でもいいかな…。このままばっくれましょうか。行きましょうアヤさん」
「え、ちょっ…」
「あぁ、ポケモン達を回復するのが先ですね。その後一緒にご飯でもどうでしょう?」
「ちょっと待、」
「聞きたい事も沢山ありますし…アヤさんご飯何食べたいですか?いつものポケモンセンターにあるレストランはもう閉まってるかな……このまま深夜まで空いてるファミレスでもいいか。奢りますよ俺」
「お願い話を聞いてよォ!」
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この後速やかに公園から脱出した自分達はポケモンセンターに向かい皆をジョーイに預けた。
あのまま公園に居てはこれから続々と集まって来るらしい警察やその他沢山のトレーナーもジムリーダーも来るみたい。ということはメリッサも緊急出勤するということで。
「(疲れた…)」
色んな緊張の糸が解けて、どっと疲れが押し寄せて来ていた。精神的疲労で、何があったのかをみんなから事情聴取される気力も体力もアヤには残っていなかった。
それよりもサンダースが無事で良かったと、その一言に尽きる。座り込んだアヤに近寄ったサンダースを思わず抱き締めてその匂いを肺いっぱいに吸い込んだ。いつもの匂いはしなくて、焦げた匂いと土の匂いがする。とりあえず今日は早くお風呂に入って眠ってしまいたい。
けれどお腹も空く。
そんなアヤを見てルビーと名乗った少年は周囲を気にしながらアヤへ声をかけた。
「アヤさん、」
ルビーの提案を聞きながら頷いて、差し出された手を遠慮がちに握って立ち上がる。トントン拍子に流されるアヤはそのまま夕飯を食べに公園から連れ出されたがしかし、サンダースだけはまだルビーに対して警戒心があるのか離れようとしない。しかもボールにも戻る気はないのか、ピタッと自分にくっつきながら彼を睨み付けるサンダースに小さく溜め息を着いた。そんなサンダースに彼も思わず苦笑いするしかない。
仕方無くボールに戻すのを諦め、サンダースを隣に控えさせたまま夕食へと向かうことにした。
向かった先はなかなか美味しそうなファミレス店でルビーに誘導されながら中に入った。さり気なく先頭を歩き扉を開け、席に座る時もアヤをソファーに座らせるように自然と誘導するその様子を見ていたアヤは「おっふ…」としか言葉が出てこなかった。完璧なエスコートである。自然とその紳士行動が無自覚に染み付いてしまっているらしい。あんた今いくつや。
細かい事にまで女性を気遣う仕草を見せるルビーにかなり感心した。いやまさか見た目同じくらいに見えるのに、そこまでとは。顔が良い上に優しい彼だから、きっと女性陣には凄くモテるだろう。思い返せばさっき会場で悲鳴に近い黄色い声が上がっていたような気もする。
うん、将来もっと良い男になるに違いない。
壁際の席に着くとルビーは「これどうぞ、お店で貸し出ししてたので」とひざ掛けすら用意する始末。そして早速メニュー表を広げるとご丁寧にアヤに見やすいようにアヤ側にメニューを向けて。アヤはそれを浄化されそうな思いでただただエスコートを受ける他ならない。
「さて、何食べますか?俺は今日は白米かな…」
「……………」
「ふふ、そんな緊張しなくて良いですよアヤさん」
「トイワレマシテモ」
いきなり知り合った彼に店に連れて来られて奢るって言ったって…そんなの抵抗があるに決まってるじゃないですか。助けてくれた上にお礼も不充分。ちょっと自分でも性格はガサツだなぁと自覚してはいるが流石にそこまで常識がないわけではない。むしろこっちが助けてくれたお礼として奢ってあげたい気分なのだが…あ、そうだ。そうしよう。でも強行突破されて全てを支払われたらどうしよう……なんて思って。迂闊に頼めない。
困り果てる自分を眺め、ルビーは自分の頬に手をついてクスクスと笑っていた。
いつまで経ってもメニューを決めない自分に仕方無いですね、と一言呟き、しまいに勝手にハヤシライスとオムライス、それからコーヒーとメロンソーダを店員にオーダーしてしまう。まさか勝手に頼まれるとは塵とも思わなかったアヤは慌てて口を開くも、自分の慌てる様が可笑しかったのかまたクスクス笑っている。
決して声を荒げて笑わない彼は本当に同年代ぽくない。
「好きですよね、ハヤシライスもオムライスも」
「え……!?い、今なんかそんな話してましたっけ…!?」
「あれ?アヤさん昔のインタビューでそう言ってたと思うんですけど。俺間違えました?」
「言っ……てました…そういえば………」
「そうですよね。良かった。もしかして好きでもなんでもない食べ物頼んじゃったかと思いました」
「う……」
なんで知ってるの、と声に出さずとも彼は勝手に教えてくれる。にこにこと微笑むルビーは何が楽しいのか先程からずっと笑っている。
それにしても昔の自分のインタビューなんて覚えているのか。なんて物好きな人なんだろう。
「あの…」
「何ですか?」
「ルビー君って歳は…」
「16ですよ」
「嘘だ!?」
「ふふ。本当です。アヤさんは……確か今は17歳ですよね?俺は一つ歳下の16歳。いやぁ、良く、18歳以上に間違えられるんですけどね…俺、そんなに老けてるかな」
「いやいやいや。老けてない…!老けてるとかじゃなくて、想像以上に大人っぽいからだと思いますよ…!」
「そんなに焦らなくても良いのに。大人っぽい…か。うん、嬉しいです」
と女性を悩殺するような笑顔が眩しい。何だこの人は女性キラーかよ。ほんとに16?精神年齢いくつなの?
到底一つ歳下の少年には見えなくてまじまじと見てしまう。レッドと同い年くらいかと思ったのだ。あの人も見た目かなり大人っぽいから、ルビーも同じような系統なのかと…とりあえず自分より年上だろうなと。どうやったらこんな大人な顔が出来るんだ。自分にも是非とも教えてもらいたい。
「ルビー君は。えっと、コーディネーター…ですよね?」
「ええ」
「そう、ですか。資料に今年の優勝候補って、名前だけ確認してたんです。お顔はまだ、あの…確認してなかったから誰だか分からなかった…本当に、助けてくれてありがとう。助けてくれなきゃ今頃どうなってたか……」
「いいえ、どういたしまして。……俺も、こんなタイミングで会えるなんて運が良かった。同行する口実ができる」
「え?」
彼は微笑んでいる。
どういたしまして、と言いながらルビーはアヤの目を見て逸らさない。
何か小さく呟いた声は聞こえなかった。
「あ、敬語なんて使わなくていいですよ?俺の方が年下だしアヤさんは先輩ですしね。気楽にお話しましょう」
「え。でも」
「ふふ。いつも通り普通でいてください」
「う、うん……」
「あなたのご存知の通り、俺はコーディネーターです。ホウエン地方出身です」
「あっやっぱり!ホウエンでも珍しいラグラージを連れていたからそうかなって…。そっかぁ、ホウエンから…」
あれだけ畏まっていたがすんなりとタメ口に慣れてしまい、会話は段々弾みがあるものになった。
暫くして注文したコーヒーとメロンソーダが届き、ルビー君が小さな笑みを乗せて有り難うございます、とグラスを受け取ると店員の女の人は顔を赤めた。どうやら高レベルの顔面微笑にやられたらしい。本当に女性キラーだな。無意識だったらおそらくレッドよりもタチが悪い。
頬を染めながら小さく頭を下げ、お盆を抱き締めながら慌てて店員はバックヤードへ戻って行った。
きっと無自覚であろうその笑みに罪な男だ…と眺めているとメロンソーダが前に置かれた。どうぞ、と微笑む彼になんだか悪いなと思いながら小さくお礼の言葉を口にした。
「昼間の俺の演技、どう感じたか感想を頂いても?」
コーヒーにミルクを入れてかき混ぜる彼は少し背筋を伸ばしながらアヤへ問いかける。っていうかコーヒー飲めるの…?今時の10代ってコーヒー飲むん…?あんな泥水みたいな苦い液体を…?普通男の子ならコーラかファンタとか、そういうのが好きじゃないの…?レッドと言いルビー君と言いなんなん…?
なんて心の中でそんなことを思ってしまう程には自分の幼稚さが目に余る。自分の好きなものはメロンソーダである。あとホワイトソーダ。大人っぽい飲み物なら紅茶をミルク増し増しで。
しかし、なんというか。コーヒーとそのカップを持つ仕草がかなり絵になっている。凄い癒しだ…目の保養だ。レッドとは違うタイプのイケメンだ。レッドには無い魅力が彼にはあるなぁなどと考えながら昼間のルビーの演技を思い出す。
「アヤさん?」
「えっ、あ、ごめんね。えっと……」
「アヤさんの見たままの感想でいいんです。……図々しいと思うんですが、アドバイスも貰えたら助かります」
評価が聞きたい、と言うルビーに自分なんかが評価していいものなのか不安に思う。けれど彼の目はちょっと真剣で。背筋を伸ばして聞く姿勢はアヤが回答するまで崩れなさそうだ。
「(さっきのルビーくんの演技か……)」
突き抜ける水圧と吹き荒れる水流、絶妙なタイミングで雨乞いを切り裂き、光の屈折角度や観客の位置を把握しながら虹を盛大に反射させるなんて事。並のコーディネーターなんかに出来っこない。それに彼のポケモンであるラグラージもかなり育っている。体の毛艶もポージングも綺麗。彼は強い。
良いコーディネーターだ。
そう実感せずにはいられない。
「えっと……すごく、綺麗な演技だったよ。あんなに凄いパフォーマンスを見るのは久々なくらいに」
「!、そうですか…」
アヤの言葉を聞いて一瞬。嬉しそうな、安心するように一息着く。コーヒーのカップを手にしようと手を伸ばしたところで、しかし次のアヤの言葉を聞いてルビーは止まった。
「でも、ちょっと維持する時間が短い……かな」
「……維持?」
「水の波動の噴出時間が……ぁ。ご、ごめん」
「いえ。続けてください」
「う、うん。水の波動の噴出時間がちょっと短い。少しブレてたから持続と耐久力を伸ばすように下半身の筋力強化と肺活量強化をした方がいいかも」
「………………強化するには、」
「水の中に潜った方がいいよ」
「水?」
「うん」
太陽の光をパフォーマンスで使う場合、どれだけ光を維持できるか、光を反射させ続けられるかがポイントに関わってくる。ルビーのラグラージは今のままでも充分凄いけれど、彼はまだもっとトレーニングすれば伸びるだけ伸びる。水中の中で口からの水の噴出を限界まで行えば持続時間や威力も伸びる。水中なら周辺を水浸しにしないし、水の中とだけあって威力も視認し難い。水の中で人間の目に見える高水圧の形を作るのは非常に困難だが、それができるのとできないのとでは大きく変わってくるし水中でもフィールド上でも表現する技術が格段と上がるだろう。
「水中では体幹も維持するのが難しいから、水中の中で地上と同じような歩く走るみたいな動作をする訓練を付けてみて。姿勢や運動動作が今より格段に綺麗になると思うよ」
「………、」
「ラグラージは地面タイプも複合しているから、地上での下半身トレーニングも一緒に混ぜてみたらどうかな………れ。る、ルビーくん?」
「………な、るほど」
アヤからポンポンと改善策が出てくる。
まさかあの一回のステージだけ見てそこまで分析されるなんて。
アヤが今言ったことは、今ルビーが改善しあぐねていた点である。持続力や水圧をもっと上げて、太く伸ばしたいのにこれ以上伸びない。どうしたらいいのか…ここ数年思案していた問題をこうも簡単に答えを導き出してしまった。というよりこんなトレーニング方法誰から教えて貰ったんだとルビーは顎に指をかけてブツブツと呟き始めた。「それなら、ここのトレーニングは地上よりも水中の方が…今まで逆のことをしてたってことか…時間の無駄だったのか…?」「や、それも大事。時間の無駄なんてことは絶対にないと思うよ……」なんて話をしてしまっている。
ルビーは呆けたようにアヤを改めて見る。
「(これが、蒼凰。今世代の異彩)」
トップコーディネーターのアヤと言ったらコーディネーターを名乗る者ならまず知らない人間はいない。
今まで数多くの成績と偉業を世間に知らしめてきた。不可能とされてきたことさえ簡単に演技として取り入れて表現できる力がある。異彩であり鬼才。そこから誰が付けたからは分からないが付いた名は蒼凰。
それ程までにとんでもなく飛び抜けた才能の持ち主である。
余計なこと言ったかな、と不安そうな表情をしているアヤを見て。ルビーは確かに胸の内から隠れていた色んな思いがユラユラと湧き出し始めて。
「ありがとうアヤさん。打開策を見つけてくれて」
「んぇ?」
「これ以上どう訓練するかわからなかったんです。何をしても空振りに終わってしまって…。あなたのおかげでまた頑張れそうです」
「そ、そっかぁ…」
やんわり微笑む彼にアヤも自然と笑顔になる。良かった。自分が偉そうにアドバイスなんてしてしまって、気分を悪くしないでくれてよかった。
「ならよかったぁ」と。ほ、と一安心したようなアヤが手元のクリームソーダに口を付けているのを見て、「かわいいなぁ」とルビーは無意識に口元を弧を描いた。
「俺、あなたをずっと探していたんです」
そうだ。
探していたのだ。ずっと。会ってみたかったのだ。今年のグランドフェスティバルに出場すると、嘘かもしれない、でも本当かもしれない。と。噂で聞いた時は信じられなくて、もしかしたら会えるかもしれないと思って。
もしそうなら嬉しかった。会ってみたい。話してみたい。会いたくてたまらなくなった。
「え?」
「いえ、噂が本当なら大会前に会えたら良いなとはずっと思っていたんですけど…半年前くらいから探していたんです」
「探……ボクを?」
小さく頷いたルビーは目を伏せる。昔を思い出しているのかゆっくりと紡ぎ出された言葉は随分と古い話だった。
「今から6年前…俺がまだ、ミズゴロウ貰ったトレーナーになりたての頃なんですけどね」
「6年前…………あ!」
6年前。
今から6年前と言ったら、当時自分がグランドフェスティバルに出場して優勝した年だ。そして栄光を掴んだと同時にミクリにラリアットして全治数週間の怪我を負わせてついでに逃げた、あの。
アヤは身を固くした。
忘れていた訳では無い。
全国放送で大スターに暴力を振ったことを。ミクリはコンテスト界隈でもアイドルのような人物である。その後アヤは叩きに叩かれた。炎上しまくった。
ルビーが自分を探す理由。そんなの簡単じゃないか。罵声しにきたのか批難しにきたのか。しかしそれをされるに値することをしてしまった訳で。今回グランドフェスティバルのトップコーディネーターに戻るということは、そういうことだ。罵声も批難も全て受けて謝罪するつもりで出場するつもりだった。
ルビーの口から言われることを予想したアヤは肩を小さくして少し、俯いた。そんなアヤにルビーは小さく笑って。
「あの大会を見て、俺はあなたみたいなコーディネーターになりたかった」
「……は?」
「いつかあなたに会いたかった」
え?怒られるんじゃないの?
とアヤは思わず顔を上げてルビーを見てしまった。
「あなたは俺の目標で、憧れなんです。今も昔も、ずっと。恥ずかしくない自分になって、いつかアヤさんに会って……そう目標を掲げてずっと目指して走ってきました。そのおかげで去年のグランドフェスティバルで準決勝まで勝ち上がれるまで力がついたんですけど。相手が強くて負けちゃいましたが……」
「………………去年の準決勝?」
ピンと引っ掛かるものがあった。
去年のグランドフィスティバルの…準決勝?あれ、何でこんなに引っ掛かるんだろ……、
『―――私、トップコーディネーターになったんです』
…………いやまさか。
「……もしかして、準決勝の相手。ヒカリちゃん?」
「ヒカリを知ってるんですか?」
「後輩?みたいな……いや、後輩なんておこがましいかな…」
ヒカリが、後輩。
勝手に後輩だなんて思ってるけどそれすら烏滸がましいかもしれない。ヒカリは自分のことを先輩とも思っていないかもしれない。
当時会った時はヒカリはまだトレーナーになりたてで、ポッチャマを連れてコンテスト会場にいた。
キョロキョロと周辺を見渡して迷うように会場を歩いていた彼女に声をかけたのはアヤだ。これから初めてコンテストに出場するんだと、そう彼女は言っていたから。アヤは善意で受付はここで済ませて、控え室が必ずあって、ここは準備コートがあって、衣装を持ってない時はここで借りれて、ここの売店でとりあえず必要なものが一式揃う。必ずコンテスト会場は常備していて……なんて教えたりもした。
彼女は終始無表情だったけど、小さく頷いていてくれたから。
「ここは何をするんですか?」と指を差す彼女。「……あの、時間があったらこの後少し見て貰えませんか?」と言われてしまったら、アヤは断らなかった。これからもしかしたらコーディネーターになるであろう経験がないヒカリに、たったそれだけでも会話したアヤはその時嬉しかったのだ。はじめて後輩が出来たような気がして。なんの裏表もなく関わろうとしてくれた彼女が嬉しくて手を差し伸べた。
その後も街で会ったり道中偶然会ったりしたら声を掛け合う中になりご飯にも何度か一緒に行ったりして。出場する大会が被れば模擬戦みたいなこともしたし意見交換することも度々あった。
アヤにとってはヒカリは初めてできた後輩であり、コーディネーター仲間のような。
そんな子だった。
けど、ミクリを吹っ飛ばした後。
カイリューに乗って逃げる直前に見た観客席の最前列。そこに居たヒカリの顔を見て、驚きと呆然を混ぜたような表情だった。怒ったような失望したようなそんな顔を見て「やっちゃった」と。
もうきっと喋ることも関わることもないんだろうなと思った。
アヤがぽつり。ルビーにヒカリとの関係性を話している間。ルビーは驚きつつも笑顔で頷くその裏で「いいなぁヒカリ、羨ましいなあいつマジでクソが」と顔に似合わない毒を吐き出しているがアヤはそんな内情に気づくことはなく。
「ヒカリちゃんに挑戦状を、叩き付けられちゃって。ヒカリちゃんから……あの、えっと…」
「ええ」
アヤが言い淀む。
言い難いように言葉を噛んでいる。その言葉の先をルビーは予想しているし、既にヒカリ自身から詳しく聞いているルビーは知っているがアヤ本人はそんなこと。知らないと思っているだろう。復帰するのは間違いない。間違いなく噂通りであるが、予選からじゃない。一次審査からではないのだ。
いきなり決勝戦での登場である。
現トップコーディネーターのヒカリを無視して“あの”アヤへ王冠が横流しにされた。
今年のグランドフェスティバルにはアヤが復帰、再出され決勝で玉座防衛をするのはヒカリを差し置いてアヤだと噂で流れて来た時は流石にルビーも耳を疑った。
コーディネーター間ではそりゃもう騒ぎになってるし、噂が噂を呼んで勢い良く流れて良いこと悪いことある事ないこと言いふらされて流れている。
しかしその噂が良くても悪くても、そんなことはルビーにとってどうでもよかった。
本当にアヤへ王冠返上するのであれば。
アヤがまた本戦へ復帰するのであれば、彼女に会えると思ったからだ。
ルビーは急いでヒカリに連絡を取ると、彼女は呆れたように「そんな事で連絡してきたのか。こんなクソ忙しい中。この私に?はァ〜〜〜〜?」と。いつものクソ生意気な声がポケギア通して聞こえた。思わずポケギアを握り潰しそうになったがとりあえず聞きたいことを聞かなければと眉間に血管が浮き出しながらもヒカリの口から情報を引き摺り出す。
そしたら。
そしたら!
「(あの人が、帰ってくる!)」
アヤが今年復帰するのは本当だった!
今までどこを探しても見つからないし、情報の一つもなかったから半ば諦めかけていたのだ。それが本当に、今年のグランドフェスティバルからアヤに王冠が戻った。ルビーは詳細を確認する為、興奮する自分を押し殺しながらヒカリへ質問を続けた。そして彼女は面倒臭そうに答える。
「アヤさんを見つけた。正式な場でボコボコにしてこそ私が真なる神」
なんてよく分からんことを言っていたが。
「現状、あの人を超えるコーディネーターはいない。だから王冠はアヤさんに返した。来年のグランドフェスティバルに強制的に出てもらうから」
だーい好きな先輩に、公衆の面前で膝を折らせて泣いて縋って女王様と呼ばせてやるのだ。と。ちょっともう後半何を言ってるのか分からんし聞きたくなかったのでルビーは静かに通話を終了した。
ヒカリの内情はよく分かった。「この前私に負けたアヤさんの泣き顔、可愛かったなぁ」とかなんとか言っていたがオイ待てそれもっと詳しく。…なんて羨ましい。
……しかし知らなくても良いことも聞いてしまった。聞かなければよかった。途中で通話をブッチしとけばよかったとルビーはちょっと後悔した。そこら辺を後悔しつつも。
……本人の口から聞いたことは間違いなかった。
嘘をついてるとは思えなかったし、しかし噂と違っていたのは「ヒカリから王冠を無理矢理奪ったのでは」「本部に色目を使ったのでは」ということ。アヤにとっては顔に泥を塗られているような噂がやはり多い。ルビーとてあの問題の決勝戦で、何があったか把握している。アヤは絶対にやってはいけないことをしたが。
それと同時にあの時、アヤがどんな状況に陥っていたかも。知っている。ヒカリと、他のコーディネーター仲間と調べた。当然それを知って、怒ったり呆れ返るの者が殆どだった。……なんでその時。自分はそこに居なかったのだろう、と考えたりもしたがたられば話はしても意味がないから、これからのことを考えるのだ。
「…ひ、…ヒカリちゃんから、王冠を、今年、ボクが、玉座を防衛する……ことに、……」
「……ええ」
アヤは口に出して、本当は言いたくないようだ。
正規のルートで、勝って、みんなに認めてもらってない。こっちの身勝手でミクリを張り倒してトップコーディネーターを捨てて逃げた。そんな自分が、何故かヒカリと個人的なやり取りの末に勝手に王冠を手に戻してちゃっかりとその場に座っている。ヒカリが強引に戻したと言っているが、それをみんながはいそうですかと 納得しているはずがない。その事実が公表されるのは、グランドフェスティバル開幕直後だ。
上層部からのせめてもの、嫌がらせだった。
本部の偉い人達からも良く思われてない。
自分がした事の責任を負うつもりだ。自分の為に、レッドに会って意識が変わって。今後のため先を見据えて変わろうと思った。当然、コーディネーター達にも、世間にも良く思われない。批判が集まる。会場中罵声が飛ぶかもしれない。
アヤはそれが怖い。
きちんと立ち向かえるか、向き合えるかどうか。その、まず一人目が目の前にいる。彼は優勝候補だ。きちんと話さなければならない。ルビーとて玉座防衛の相手はヒカリだとそう思っているはずだから。
思えば手の中がまた汗で滲んでいた。
言い難い。けれどきちんと本当のことを言わなければ。いずれ知らされることなのだ。ここで言い淀んでいたら当日、たぶん自分はプレッシャーと罪悪感に潰れる。
「い、ま。トップコーディネーターは、ヒカリちゃんじゃなくて。自分、で」
「ええ、知ってますとも」
「…………ぇっ」
「ヒカリから聞いてますからね」
ルビーは極力柔らかく、優しく微笑んだ。
彼は知っていながらも先に自分からは促すことは無かった。彼女にとって後ろめたさがあることにも気付いていたから、アヤから直接話が出るまでゆっくり待つつもりだった。
知ってる、と伝えられたアヤはぽけ、としながらも「何とも、思わないの?」と。それに対してルビーは笑いながら「俺はなんとも。それにアヤさんほど力があれば異を唱えられません」と。というかルビーはぶっちゃけそれはもう全然気にしていなかった。むしろ腹を立てているのは昔のアヤの当時の境遇で、それに関して本部に物申したいくらいである。
「あなたは、凄い人だ。普通の感覚を持つコーディネーターならその凄さは折り紙付きだし、玉座に相応しい人は今のところアヤさんくらいしかいませんよ」
ヒカリもルビー自身も自分達の演技力の高さは自負している。それに力のあるコーディネーター達も他に何人か頭に思い浮かぶが。
それでも。
アヤと比べると劣る。彼女と比べてしまうと到底足元にも及ばないのだ。あの演技の表現の幅の広さ、技術の高さ、即席で技を組み立て違う物を作り出す想像力。無理だと思ってた事が表現できる。できないと言われていたことを簡単にポケモン達から引き出してしまう。
全てが他とは頭一つ抜きん出ていて対抗できない。
昔のアヤはそれ程までに異彩を放っていた。
「それに今年はアヤさんが玉座防衛することは噂でかなり広まってこそ、コーディネーター達はアヤさんに対してそこまで敵対心や嫌悪感はありません。あるのはあなたへの好奇心と、出場されることへの絶望感」
「ぜ、ぜつぼう」
「そんな人が出てきちゃったら優勝狙ってたコーディネーター達が下を向きます。力量差がはっきりわかる人は勝てないってなりますからね」
「る、ルビーくんは……」
「え?俺?めっっっちゃ楽しみです」
「んぇ」
「因みにヒカリはアヤさんのドタマ狙うつもりで今頃包丁研いでると思いますよ」
「ヒッ」
「だから、そこまで怯えなくても大丈夫です。」
「…………、……」
それを聞いてアヤの肩の力が徐々に抜けていくのがわかった。ルビーはゆるゆる笑いながらまた机に肩肘をついてその不安気な蒼い瞳を見つめた。……なんだろう。この人が不安な顔するとなんでも助けたくなるな、とルビーはそう思いながら温くなったコーヒーを飲む。新しいの注文しようか、と思いつつアヤのドリンクもさり気なく覗いて。
しかし、アヤが玉座防衛するとなるとヒカリはどうなるのやら。一般コーディネーターとしてまた初戦から参加することになるのだろうか。
前回のグランドフェスティバルでは準決勝でヒカリに敗退した。残り時間も僅かな中、ポイントは両者ともほぼ互角だったがまだ自分の方が保持ポイントが多く、ならばと。このまま時間切れまでこれ以上ポイントを減らさない立ち回りの方が勝利しやすい。このまま逃げ続ければ勝てる、と確信して残り数十秒に差し掛かったところで。
最終戦を任せることにしたラグラージは殺意の高いヒカリのエンペルトに一撃貰い、KOされてしまった為にルビー敗退が決定した。
渦潮と白い霧、雪景色の複合技だ。そこから幻影のように姿を眩ませて急所を狙うドリル嘴。しかもその組み合わせ技、おそらくアヤのシャワーズであるコンビネーションを弄ったものだ。うん。めっっっちゃムカついた。審判であるマイクマンがヒカリの勝利を宣言した後の、あのヒカリの憎たらしい顔と来たら。いつ思い出しても腹が立つものだ。海に沈めてやりたい。
「俺は」
「?」
「俺はあなたと戦いたい。アヤさんは俺の憧れで、目標で。それに……、あなたは俺の初恋の人だから」
「…は、はつこい、」
アヤは一瞬何を言われているのかわからなかった。彼は自分を前にして変わらない笑顔のまま爆弾を投下した。意味をやっと理解した頃には「ん!?」とルビーの顔をもう一度見たが肝心の彼は笑って冷たくなったコーヒーを飲みしていた。
綺麗に微笑する彼にお構いなしに体温は上がっていく。ぽかりと口を開けたまま放心するアヤを見て彼はまたくすくすと笑っていた。
「ま、昔の話しですけどね」
「そうだよねー…!あーびっくりした…!」
「お待たせ致しました!ハヤシライスとオムライスになります」
「ありがとうございます。アヤさん、どっちが良いですか?」
「………う ぉ……………オムライ、ス……ごめんなさい」
「オムライスですね。って何で謝るんですか、気にしないでどうぞ召し上がってください。美味しそうに食べてくれたら俺も嬉しいです」
「あ、ありがとう…!じゃあ、いただきます」
「どうぞ遠慮なさらず、
………昔の話、だったんですけどね」
初恋の人
(一人の少年が初めて淡く恋心を抱いたのは)(昔も、そして今も)(ずっと遠くで見ていた人だった)
目の前でオムライスを頬張る彼女の顔と言ったら。
そりゃもう写真に収めたい程だった。
おそらく相当腹を空かしていたのだろう。へにゃりとした顔で一生懸命に皿に乗ったオムライスをもぐもぐも咀嚼している。なんとも幸せそうな顔だった。
ルビーは片手で両目を覆って項垂れた。
「(あかん)」
まさかこんな破壊力があるとは。
「(かわいいなーもう)」
俺大丈夫かな。と思ったそんな夜だった。