act.22 蒼雷





シロナさん、ワタルさん、ダイゴさん。

それにレッド。

聞いて聞いて!

何だか、とても大変な事になりました。

気をつけろと言われていたから自分なりに気をつけていたんだけど。もしかしたら自分はあまり良くない状況下にいるのかも知れません。



「ゴローニャ!ロックブラストだ!女も一緒に吹っ飛ばしてやれ!!」

「オニゴーリ、氷柱針!」

「デスカーン!呪いで削れ!」

「ゴルバット、黒い眼差しで彼女達の逃げ場を無くしなさい」


「…………っ!!」



逃げ場が無くなった。

シロナ達から最近は物騒だから、とは既に聞いていたし。アヤもそれなりに気をつけてはいた。けれどここは街中だし、公園だし。そんな危険集団なんていないだろうと高を括っていたのが運の尽き。

まさか本当に集団…4人で襲って来るなんて思ってなかった。おいおいお兄さん、子供…小娘一人になんて大人気ないんだよ。

あの爆発の時は本当に危なかった。サンダースに助けられていなければ、サンダースがいち早く吠えてカイリューをボールから出るように促さなければ、今頃どうなっていたか。考えるとゾッとする。今頃きっと木っ端微塵だっただろう。ポケモンの技は人間に当たると死に至ると言うのにこの人達は何の躊躇いも無しにそれを命じた。

噂通りの人達だった。

ランスと言う人の後ろに控えていたのは仲間と思われる人達が3人。1人はロケット団でその内2人はギンガ団。見覚えのある服装は当時テレビや新聞なんかでしょっちゅう見ていたからだ。世間を騒がせる迷惑集団。そして彼らは1人1匹ポケモンを繰り出し、合計で四体アヤ達の前に出揃っている。

こっちはサンダースとカイリュー、ウインデの3体を戦闘に出している…が。生憎、今の自分が同時に見れるのは3体までだ。今はそれが限界。それ以上は捌き切れない。全盛期ならもっと多くても見れたかもしれないが……まあどっかのチャンピオン達と違って一気に六体とか流石に見れないからな!

コンテストでもバトルでも滅多に3体なんて戦闘に出さないから流石にキツい。

それにあの人達、隙あらば自分へ技を放って来るし(なんて野郎共だ)皆も時折攻撃されるアヤを守りながら行動している為上手く攻撃も連携が取れない。攻めることができず防戦一方、である。



「皆さん、サンダースにはあまり傷を付けないように。折角の貴重な“色違い”がキズモノになってしまいますからね。生け捕りになさい」

「はい、ランス様」

「あなたも、無駄な抵抗はよしなさい。手持ちも全部分かってますよ。我々のパーティーはあなたのポケモン達に弱点がつけられる構成にしましたからね」



ランス達は揃いも揃ってサンダースしか視界に入っていないのか、戦うサンダースをジロジロと見ている。

……やっぱりそれか。

どうやら詳しく調べ上げられているらしい。まあ今までの自分が出演した大会の記録や雑誌も多いから情報を集めるのは簡単だろう。
っていうか人のポケモンを物扱いしやがってあの緑の頭絶対に許さん。



「カイリュー!ゴローニャを見て!そのまま空から遠心力を付けて爆裂パンチ!」

「ゴローニャ避けろ!転がる!」

「ウインディ!オニゴーリに火炎放射!」

「ゴルバット、ウインディに超音波。奴らに嫌な音でも送ってあげなさい」

「サンダース、カイリュー!デスカーンとゴルバットに連発で10万ボルト!撃ち落としな!」

「デスカーン!サンダースに催眠術!」

「ぅっ……サンダース!デスカーンの目を見ちゃ駄目だよ!?絶対見ちゃダメ!前方にミサイル針!」



本当に容赦無い。

フルで頭を回転させても数が多いせいか上手く攻撃が届かない。それよか逆に指示を飛ばすのが遅くてタイミングが合わなかったり、攻撃を少しずつ喰らって皆の体力が確実に削られているのを感じた。



「(どうしよ、捌ききれない)」



…駄目だ、このままじゃ。

何とかしないと本当にまずい。しかし相手のゴルバットの黒い眼差しのせいでポケモン達をボールに戻して逃げることができない。
助けを呼ぼうにもゴルバットの超音波で電話はダメ。身動きが出来ない今、自分一人で何とかするか運良く通りすがった人に助けて貰うしかないが…。

後者はそんな都合よくいかないだろう。



「(どうするどうしよう何かないかなにか、)」

「……へぇ、やりますね。四人相手にするのは大変でしょうに。強さもまあまあ、申し分ない!そうです、我々の仲間になりませんか?戦力拡大は大歓迎。あなたが仲間になって頂ければ、これ以上むやみやたらに攻撃はしません。あなたのポケモン達も余計な怪我もせずに済みますよ。私も手間が省けて助かります。………まぁ、そのサンダースはどっちにしろ組織の支配下におかれますけどね」

「あ、ボク悪人面は好きなんですけど性格ブスは嫌いなんで丁寧にお断りします。サンダースも性格ブスには渡しません」

「性格ブス……ふふ、言いますね」

「ありがとうございます」

「誉めてませんけどねぇ。うーん。あまり余計な殺生、暴力は私も好きではないんですよね。

―――じゃあ。取り引きでもしませんか?トップコーディネーターのアヤさん?」

「……取り引き?」



何を言い出すのか。アンタと仲良くする気はございません。ギンガだかロケットだかなんだか知らんが宇宙に帰れ、と心の中で呟いていたらランスは一時ポケモン達に攻撃させるのを止めて懐から一つのボールを取り出した。ニヤリ、と口を歪めながら彼はボールをアヤによく見えるように差し出す。

意図がよくわからない。

ポケモン達も警戒して唸るのをやめない。



「これがわかりますか?中にはあの伝説ポケモンのサンダーが入ってます」

「……えっ?サ、サンダー?」

「そうですよ、中身は本当にサンダーです。クローンですがね。この前捕獲したサンダーの細胞をメタモンに媒体として埋め込み、クローン体として融合してみました」

「はァ?」



媒体実験?



「いや、何をふざけたこと」

「数少ない成功例のサンダーです。メタモンにはもう戻ることはありませんから、完全な複製体みたいなもの」

「……い、いりません。必要ないです」

「まあまあ、そう仰らずに。悪い話しじゃないはずです。こいつをあなたに差し上げます」

「や、だから…」

「悪い話しじゃあ無いでしょう?きちんと言うことも聞くし、そこらの野良ポケモンよりよほどスペックも高めです。代わりにそのサンダースを私に引き渡すのが条件で……」

「オイいい加減にしろよオカッパァ!!」

「………」

「いらないっつってんの!!」



いきなり声を上げたアヤにサンダース達は驚いたようにアヤを見る。
ギリ、と歯を噛み締め、手をキツく握り締めた。媒体実験?メタモンを無理矢理変形させているということか。っていうかコイツら本当にそのメタモンをサンダーだと思っているのだろうか。もしかしたら沢山メタモンを使ってサンダーの複製体?を作って他のトレーナーにも同じように…交渉の道具とかにしていたりするのだろうか。まあ自分のポケモンを捨ててそっちに手を出すトレーナーなんてほんのひと握り……いや、いないと信じたいが。しかしそんなことが行われているなんて許せるはずが無い。

そんな命を弄ぶような事が許されるとでも思っているのか。皆、生き物だ。生きてるのに。



「最低だよあんたら…!ほんっっと意味わかんない!!」

「…何がいけないのですか?世の中は科学の発展の為、研究を繰り返して進歩している。それも生体実験や動物実験を繰り返し…ポケモンを実験材料に使ってはいけないと、誰が決めたのです?」

「こいつ…!」

「…お話ししても無駄なようですね。では無理矢理にでも頂くとしましょうか」


「―――ッウインディ!退いて!!」



彼の手にあった“サンダー”のボールが突如開閉された。

それから瞬く間に強烈な稲妻がウインディを貫き、地面に叩き付ける。地面を転がるようにして吹っ飛んできたウインディは戦闘不能…。そして上空にはアヤが死ぬ前に一度はお目にかかりたいと思っていた準伝説ポケモンの内の一体、サンダーの姿。



「(あれが、サンダー…!)」



バリバリと高電圧な磁力を纏って、空を舞う。

文献でしか見たことがない伝説のポケモンがいる。

肉体はメタモンでも今はサンダーだ。そもそもメタモンはかなり特殊なポケモンだ。見た事のある物体、生き物全てに擬態、変身ができる。能力値も特性も全てコピーするように。全ての細胞に順応出来るように、そう神によってメタモンは造られている。

人はそれを神の異物だとか生命の神秘だとか言う。

……クローンでも、目の前にいるのはサンダーそのもの。

それを今から相手にしなければならない。

このハンデで。



「(ま、ずい)」



苦しそうに小さく鳴くウインディを撫でてボールに戻した。ランスは腕組みをしてこちらの様子を伺っている。あぁもう。ボディーブローかましてやりたい。本当に。

つ、と額から冷たい汗が流れ落ちた。



「ハハ!あいつ終わったな!!ゴローニャ!足場を崩せ!地震だ!」

「オニゴーリ!カイリューに冷凍ビーム!」

「グレッグルはサンダースに毒づき!」

「…ッ、カイリュー!龍の息吹!サンダースは電磁波!上空のサンダーに気を付け……ちょ、みんな!!」


「うわっ!!」

「こっの…女ァ!!」



アヤ達の劣勢だと判断したのか。

まだ控えに残っていたシャワーズとムウマージが飛び出て来る。二匹とも正攻法は無意味だと悟ったのか、ボールから出ると同時に直接ランス達へと攻撃を始めた。下っ端達は反応出来なくてシャワーズのバブル光線が体に直撃し、ムウマージのシャドーボールが足元の土を抉って下っ端達を吹っ飛ばす。

それを眺めるランスと、その内の一人は未だにじっとサンダースを見ている。



「あの、ランス様…」

「?何です?」

「あの娘のサンダース…色違い、と聞いていたのですが…見たところ普通のサンダースでは…」

「あぁ、それはすぐにわかりますよ。化けの皮をひっぺがせば、ね。…サンダー!広範囲に雷を落とせ!!」

「いけないッ!!みんなカイリューの足元へ退避!!カイリューっ、守るで何とか凌いでッ…!」



サンダース達が飛んでいるカイリューの真下に集まって来るが、ここでアヤは判断を誤った。

一度、二度の雷はカイリューの守るで回避は出来たが三度目は守れなかった。そう連続で出せる技ではないからだ。展開した薄い防壁はすぐに消えてしまって、真下に居る仲間達に直撃させる訳にはいかないと思った彼は雷を自分自身へ直撃させた。

アヤはそれを見てヒュ、と息を呑む。



「(間違え、た)」



カイリューが雷に直撃した。一度、二度、三度と電流に炙られて。高電圧に立て続けに炙られ続け、黒焦げになり地に落下したカイリューは動かなくなった。アヤ達はそれを見て一瞬無言になってシン、と息をするのを忘れて。…失神した。

すぐに誰かが動き出すのを合図に急いで走り寄ったアヤはカイリューの状態を確認して、気休めばかりだが傷薬で応急処置をしてボールに戻す。アヤはキュ、と唇を結んだ。突破点がないことに、ドクドクと心臓が跳ねていた。目の前にふわりと姿を表したムウマージはカイリューの様子を見に来たのだろう。

ムウマージが相手にしていたオニゴーリやグレッグルに、念力でそこら辺の木を根っこごと引っこ抜いて遠隔で妨害、攻撃している。サンダースもシャワーズもそれぞれが相手をしている。

ムウマージは、彼はいつも以上に何を考えているか分からなかったが、その奥は無表情だった。

…………めちゃめちゃ怒ってる。ムウマージが怒るなんて珍しい。

数が多すぎてサンダースとシャワーズはまともに戦えない。その上サンダーの雷をみんな避けるのに精一杯でムウマージの補助能力が的確に発動出来ない。

………最悪だ。

一匹倒したところで控えのポケモンが補填されるだろう。



「ブイッ!!ブイッ」

「!」



サンダースが悲鳴を上げるように吠えた。シャワーズもムウマージも、そんなサンダースの声を聞いてハッとするようにアヤを見る。アヤの真後ろに氷の礫を構えたニューラが居た。ランスが笑っている。こいつのポケモンだろう。切っ先は完全にアヤに標準を合わせており、アヤ自身もそんな綺麗に避けられる程超人ではない。殺す気は……まだないようだ。ここで完全に殺す気なら氷柱針など殺傷能力が高い技を指示するだろう。アヤを死なない程度に痛ぶって士気を下げるのが狙いか。

まずい、当たる…!と来るべき痛みに身構えた時だった。


―――ポンッ!


ボールの開閉音が聞こえて、その次に鈍いゴッ、ゴッという音。アヤの代わりにリオルが宙に飛んだ。



「リオッ…!!」



礫に何度か直撃したリオルは頭部に一発、体に数発。当たって地面に体を打ち付ける前になんとかアヤがキャッチした。



「リオルっ!!」



アヤの真横をとてつもない速さで黄色い閃光が駆け抜けた。



「(ピカッ……)」



ピカチュウ?と。まるでどこかのピカチュウの残像を見ているみたいだったが。黄色い閃光の正体はサンダースが駆け抜け、そのままニューラに突進、二度蹴り、電磁波付きのエレキネットと怒涛のコンボをぶち込みニューラはそのまま岩まで吹っ飛んだ。ついでにエレキネットで岩ごと拘束されたニューラは戦闘から除外された。

サンダースの毛並みが今までかつてない程逆立っている。



「(ブチ切れてる……)」



ブチ、ブチ、と電撃ではない音が聞こえる。

アヤはサンダース達の様子を見ながらリオルを見る。リオルは少し頭が切れて、出血していた。しかし少量だけだ。気絶しているが、大丈夫。命に別状はない。バッグから絆創膏を出し、貼る。「ごめんね、助かったよ。…ありがとう」と伝えるとすぐにボールへ戻した。

サンダース達は変わらず戦闘を続けている。

続けている、が。



「サンダース…!」



ガク、とサンダースの前足が折れる。ブルブルと後ろ足を踏み締めてそれでも駆け抜ける。ゴローニャのロックブラストを前に転がるように避けて、避けて、避けて。敵のポケモン達をアヤから引き離すように皆が誘導している。
サンダースが時折力が抜けたようにカクン、と脱力するがそれは。…恐らくグレッグルの毒が本格的にサンダースに回り始めたのだろう。

敵の攻撃を受けて防戦するだけで精一杯。

そもそもこのパーティーでタンクの役割をするカイリューが落とされたことで、アヤ達の陣形は既に崩れている。

本格的に脳裏に警報音が鳴り始める。



「(ここで勝たなきゃ、サンダースが奪われる)」



小さな時から一緒だったサンダースは、アヤにとって家族に等しい。



「(こいつらはなんなの)」



この目の前にいる良い歳した連中は人のポケモンを奪うことに抵抗も罪悪感もない。何かを傷付けることに対して何も感じない。

アヤは上空のサンダーを見た。

バリバリと電流を流すメタモンだ“だった”モノ。

彼らは生き物を殺すことに何も感じない。



「(最悪サンダースも、みんなも殺されるかもしれない)」
この戦闘で敗北した後どうなるのだろう。

サンダースは奪われて、その後は?サンダースだけじゃない。他の皆も取られるかも。奪われた自分のポケモンはどうなるんだろう。 犯罪集団が自分のポケモンとして“使う”のかも知れない。研究材料にされるかも知れない。はたまた、売り飛ばされるかも知れない。

今まで良くない噂を聞いてきた。ここまで命を物のように扱ってきた連中だ。死のうが関係ない。よく分からない研究で尊厳や命を消費するのも厭わない。

ろくなことにならないのはもう知ってた。

サンダース達が足掻いている。アヤは必死に頭を回したが、何も出てこなかった。



「(レッドなら、この状況どう突破するんだろう)」



場違いにも吹雪の中を佇むレッドの後ろ姿が思い起こされた。レッドなら絶対こんな状況にならなかっただろうし、そもそも。ウインディやカイリューが戦闘不能になった時。間違いなくアヤの判断ミスだ。彼ならばまずそんな悪手を取らない。ヒカリも、こんな戦い方しない。シロナやワタル、ダイゴだって。こんなみっともない戦い方をしない。
強い人達はこんなミスはしない。

もっと用心すればよかったとか。夜遅くに人気がない所を少しでも寄らなければよかったとか。後から後悔ばかりの念が押し寄せてくる。



「……………」



何故自分はいつも、大事な場面でこうなんだろう。

いつも後から後悔する。決まって、何かをした後に後悔する。ああすればよかった。もっと考えればよかったって。



(ボク達は、少しでも楽しく旅が出来れば良いって思ってた。でもそれだけじゃダメなのかな)



“奪われる前にやれ。

無くなってからでは遅い。

やられるまえにやれ。

後悔するくらいなら。

後悔してからでは遅いのだ”



「サンダース!解放状態に入れ!!」



バチチチチッ、とサンダースの体を電気が唸った。



「まずは。一番厄介なサンダーから」



サンダースはサンダーに向かって、蒼く変色した普段の数倍、威力が跳ね上がった電力をバチバチと音を唸らせてぶつけた。ギャア、と悲鳴を上げたサンダーを怯ませる。



「サンダースの得意分野だ。繊細に、丁寧にね。みんな、フォローお願い」



じ、とサンダースは上空を見上げた。

アヤの意図が分かって、サンダースが今から何をするのか察したシャワーズ達は各々動き出す。極力サンダースから敵を引き剥がすようにゴローニャとグレッグルがムウマージのポルターガイストによって妨害されている。ゴルバットもシャワーズによって凍らされて動けなくされており、残ったオニゴーリと互いに技の殴り合いを繰り返す。

電気を放電するサンダースの体毛が柔らかな黄色から鮮やかな青色に変わっていく。海色のような、空の蒼色のような、藍色のような。光の角度でなんとも形容しがたい染色だった。ジジジジジ、と高い音を響かせるこの音は体内で電力を練っている。
自分の手足のように、指先のように、血液のように、心臓のように。自由自在に操れる磁力と電力。

サンダースの視界はサンダーへ絞られていた。

自分の体の隅々から、指先足先毛の1本1本まで電気を流して、地面を泳いで流れていく。サンダースは極限まで集中する為周囲の雑音を切った。


「電流と磁力を手足のように操るの。砂の中に磁力で操れる砂がある。集中してごらん」



雑音が消えた中でアヤの声だけが真横で聞こえた。意識が潜って血管を流れる。手足を通る。地面を通って砂の中から操れる粒子を片っ端から集めて手繰り寄せる。そんなことを繰り返せば巨大な砂鉄の塊が空に浮いた。ランス達は突如として空に現れた黒い塊を呆然と見上げている。

サラサラと舞い上がる砂鉄がサンダースの操る磁力によって持ち上げられて一つの生き物のように動き、それはサンダーに襲いかかった。
白く濁った目をした今や肉体を変えられてしまったメタモンは、自らへ襲いかかる相手が何なのかきちんと視認できない。空を激しく暴れながら羽ばたきギャアギャアと鳴くメタモンを砂鉄で雁字搦めにして、ギュッと。そう、文字通り圧迫した。サンダースはこの時、磁力を操作するのにかなり神経を研ぎ澄ませていた。

力加減を間違えてしまったら捻り殺してしまいそうだったからだ。「ギャアっ」と鳴いたメタモンは翼を折られたのか飛ぶことが出来ずに落下して、“サンダー”の無力化に成功した。



「サンダース、ダメ。このまま。……もうちょっと頑張って」



メタモンが動かないことを確認して、サンダースは止めていた息を大きく吐き出した。ふと切れそうだった精神がアヤに無理矢理引き伸ばされて、途切れそうになる集中力を無理やり繋ぎ合わせる。そうだ、このまま押し切らなければ。アヤから離れるなんて考えていない。小さな頃からずっと一緒に過ごしてきたのだ。今更違う人間の下で過ごすなんて考えたこともないし、面倒を見るのも見られるのもこの小娘一人だけで充分である。それは自分だけではなくここにいる野郎共全匹同じ考えだろう。自分の平穏を奪われたくないから戦う。とりあえず己が倒れる前にこいつらを追っ払わなければ。

蒼色に耀くサンダースは続けて迎撃の姿勢を取った。そんなサンダースに続くようにアヤとポケモン達は構え直すが、対するランス達の顔がみるみる内に好奇の目に変わった。



「青色のサンダース…!そうか、今まで隠してやがったな!!」

「やっと皮が剥がれましたね。今の攻撃も何でしょう…見た事がありませんねぇ。まあ捉えれば分かることですが。さぁ!即座に捕獲を、」

「ラグラージ、吹っ飛ばせ。――濁流!!」

「ぇ」



ドシャァアアア!!と濁った水が目の前に居た犯罪集団を襲った。



「急に空が明るくなったかと思って来てみたら、……近所迷惑ですよ。わかりませんか?」



ああ、わかんないか。

猿には人語は通じないですもんね。これは失礼しました。と含み笑いが聞こえて。

何事だ、とアヤもサンダースも。ザバザバと物凄い勢いで流れて行く水を呆然と見る。そして今の衝撃でサンダースの集中が途切れて元の毛の色に戻った。



「大の良い歳した大人が、女の子一人に大人気ないと思いませんか?」



真っ暗な公園。街灯が数本光ってはいるがそれでも視界は悪い。しかし丁度よく月明かりがその場を鮮明にして、今までこの場にいなかった人物が姿を現した。

深紅。

笑みを浮かべるその人は、昼間見たタキシードを着た少年だった。






蒼雷

(深紅の瞳、)





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