act.21 Rの刺繍







いつから目を付けられていたんだろう、とは思わない。

心の隅で密かに恐れていた事。

わかっていた、わかっていたはず。

遅かれ早かれこうなる事は。

だってシロナから、マリリンから。その後ワタルからだってメールで忠告もされたんだから警戒もするじゃないか。

でも、どうして。

やっと本腰入ってきたのにそれを邪魔をされるなんて。もっとバトルしなくては。ジムバッジを取るために進まなければ。勘を取り戻さなくては。それに演技の練習しなきゃいけないのに。もう自分にはグランドフェスティバルまで時間がない。

やっと自分がリズムに乗ってきてる、そう感じていた矢先の。それに久々の一人旅なのだ。少しでも楽しく息抜き出来れば良いと思っていたのに。



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「フワライド戦闘不能!勝者、挑戦者アヤ!」

「(かっ…勝った…!!)」



目を回してこれ以上戦闘は無理だ、と倒れたフワライドに審判が大きく宣言をした。

フィールドに浮いているムウマージはいつも通り笑ってゆらゆらと揺れているが、きっと浮いているだけでも辛いのだろう。若干浮遊の仕方がおぼつかない。それでもフヨフヨと自分の元へと戻って来たムウマージを思いっきり抱き締めて頭を撫で尽くすと、ムウマージはいつもの顔で不気味なゲゲゲという声で笑った。



「アヤさン!」

「あ、メリッサさん…」

「驚きまシた…!こんな短期間で、とてもよく育ってまスね!でもまさカ、負けるとは思いませんでしタ…」



フワライドをボールに戻したメリッサは紫のドレスを揺らしながら裾を両手で持って深く頭を垂れた。綺麗なカーテシー。どうやら自分に勝利した相手にはその強さに敬意を称え、頭を垂れる。それが彼女の自分へ勝った相手への敬意の評し方らしい。確かミクリも同じような相手への敬意を示すようなポーズをとっていたな、そう思って。

彼女からレリックバッジを受け取り、半場呆然とその手に収まった新品のバッジを眺めていた。

メリッサに勝った。

ほんの数ヶ月前まで自分の練習相手を務め戦って全く勝てなかった人に、容赦なく自分のポケモンをボロボロにしてくれた相手に勝った。全く信じられないがそれはポケモン達皆のレベルがまた昔と同じレベルに……戦い方や勘が。それにアヤ自身も自分の頭を回す感覚が戻ってきている。着々と、前盛期の頃に戻ってきていると言う事だ。

目で見たものが次の段取りを頭で考えるより先に口に出る。頭で考えるとより良いコンビネーションや掛け合わせが思いつく。ポケモン達もかなり滑らかに動いてくれている。

少しずつ不安と一緒に頭の中のモヤモヤが晴れていくようだった。

メリッサが「アヤさン、持っているバッジを見せて下サイ」と言う彼女に言われた通りバッジケースを見せた。
そのケースの中を見て彼女はまだアヤが戦っていないジムリーダーの情報を教えてくれる。
どうやら残りのジムリーダー達のレベルの高さは、今までのリーダー達とは桁違いらしい。まあそれも何となく予想はできている。そもそもシンオウジムはメリッサからジムの強さが格段に上がるらしい。

そして彼女を打ち負かした時点で、その先に居るジムリーダーとも充分戦える力がアヤ達には備わっているかもしれない言う事。「アヤさンは単純な力押しのバトルよりモ、相手を窘める戦い方が得意なようデスからネ。ようはポケモンたちのレベルが低くても事前準備や戦い方と工夫次第で勝てる見込みガありマス」と。

そう言われたってことは自分の戦い方を思い出している証拠だ。頭で考えるよりも感性や体で覚えている……ようは感覚の問題だから、見えない何かに邪魔されるようにアヤは今まで苦労していた。こうしたい、ああしたい、ということができない。今までなら出来ていたことが出来ない。けれど先程のカーニバルで見たとある少年の演技を見てから気分が良い。

これからは全てアヤとポケモン達次第だ。

素直に嬉しい、良かった、と喉から出そうな喜びを押し込んでメリッサと握手を交わした。



「あと残りのバッジは3つ。頑張ってくださいネ」

「はい。キッサキ、ミオ、ナギサシティの順にバッジを取りに行こうと思ってます」

「そうデスカ…道中気をつけテ。グランドフィスティバルも、ワタシ応援してマス!」

「え、メリッサさんは今年出ないんですか?」



メリッサも力のあるコーディネーターで、確か去年はグランドフィスティバルに出場したとシロナから話しは聞いていた。
苦笑したメリッサはどうやら今年は出場する暇が無かったようだ。そうだった。彼女はジムリーダーである。……忙しいから仕方ない、そう笑う彼女に何だか申し訳無い気分になってしまう。

ジムを出るアヤを見送って、頑張ってください、と手を振るメリッサに。

アヤもいつも演技の後でするように手を胸に頭を垂れた。



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「ではこちらがルームキーとなっておりますので、1009号室をお使いくださいませ。それと預からせて頂いたポケモンの回復が済みましたのでお返し致しますね」

「ありがとうございます!おはよう…じゃないね、おそようサンダース!いい夢見れたかい?」

「………ブイ!」

「そうかいそうかい!じゃ、ちょっと夜の散歩に行こうかね。憩いの広場かなんか時間が潰せる場所さっき見付けたんだー」

「ブイブイ」



―――夜。
昼ご飯を食べた時間が遅かった為、晩御飯はもうちょっと送らせる事にした。今日はお腹が空いたら自分の分のご飯はコンビニでもいいか、と適当に済ませることにして。

メリッサとのバトルで疲労した子達のみをセンターに預け、引き取りに顔を出すとサンダースがいち早く自分に気付き、尻尾を元気良く振る。ムウマージも元気に回復したらしく治療室からフヨフヨ飛んできてジョーイからボールとルームキーを受け取った。

今回はリオルは夜の暗さが丁度良いのかボールの中で寝てしまっている為、サンダースを隣に控えさせて暇潰しの夜の散歩に連れている。夜の町並みはイルミネーションがとても綺麗で人もなかなか多かったが、目的地の憩いの広場に入ると人一人も居らず、静まり返っていた。

憩いの広場は空気が新鮮な公園のような場所である。昼間は家族連れやポケモン達をボールから出して遊ぶトレーナーも多い為、ヨスガシティでは皆馴染みの休憩場所。



「うわ…見事に誰も居ないね。まぁ20時過ぎだから誰も居ないか…何だか貸し切りみたいだねぇサンダース」

「ブイ」



足場を明るく照らす為にサンダースはチリチリと電気の火花を散らす。

パリパリと金色の電気が散ってとても綺麗だ。……夜に演技の練習するのもいい。明るい太陽の下で練習するのも良いが、こうした月明かりの下で練習するのも普段と雰囲気が違うから何か新しいコンビネーションやら思いつくかもしれない。21時くらいまでコンテストの練習もアリだな、と思考を巡らせた、――その時。



「!――ブイッ!!」

「?、どうし…」



ーーードオオオオンッ!!!

土を抉るような地面に何かが衝突した音。

サンダースが怒るように吠えて、アヤに勢いよく飛び掛ってきた。かなりの勢いだったからか数メートル飛ばされたが、腰のボールから勝手にカイリューが出てきて背後でアヤを抱きとめるようにキャッチする。



「……!?」



自分が今まで立っていた場所が、いきなり強く光って爆発した。

ポケモンの技、だ。

サンダースへ向けられたものじゃない。間違いなくトレーナーである自分へ向けられたものだと感じて心臓あたりがヒュン、となった。

状況把握ができないまま瞬き多く、口をパクパクしながらアヤはその爆発した現場を見ていた。あれ?ボクなんかした?もしかして自分が気に入らないコーディネーター達の刺客か何か?とかアヤは思って。

サク、サク、と土を踏む音が背後から聞こえた。



「残念、外れてしまいましたか」



とても残念だ、と冷たく言葉を放ったのは知らない人の声。



「いっその事当たっていれば良かったのに」



けれどそんな言葉の奥底で心底楽しんでいるその声色は、到底人間じゃないような冷酷な言葉だった。



「ルゥー!」



自分をぎゅっと抱き締めたまま翼を大きく解放する背後のカイリューが敵を威嚇するように大きく鳴いた。それと同時にカイリューの暴風で爆発の煙と諸共周囲を吹っ飛ばそうとしたのを感じたのか、「おっと、」と新たなポケモンを繰り出すような音が聞こえる。

とりあえず誰がこんなことをしているのか知りたいアヤはカイリューの大きな腕の中からもがき、前を向く。そして砂埃と煙が晴れて、大爆発を命じた張本人と思われる人物達が煙から姿を表した。

前に出たサンダースが唸る。



「当たればよかったのに、って…は、犯罪…!!いきなり何ですか!?」

「初めまして、トップコーディネーター?あなたのそのサンダースを頂戴しに来ました。
……ああ。私の名はランスと言います。覚えなくてもいいですからね」



集団の中のリーダーであろう一人の男がにこり。と笑みを作り冷たい目で笑った。






と刺繍の入った黒い服

(あれ?なんかこの服装見たことある気がする)






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