act.20 深紅のカーニバル






色々道端で金策をしながらトレーナー達とバトルして。

合間に演技の調整をしたりして1ヶ月くらいが経った。



「よっし、到着!」

「ばうー!」

「うん、結構早くヨスガに着いたね!飛んで移動するのが一番早いんだけど飛んじゃうと金策出来ないし……案外徒歩でも早く移動できるもんだね。良かった良かった」



ヨスガシティにアヤ達は戻ってきていた。そして今の時間は13時。ジム戦するならやっぱり早い方がいい。



「(無事に着いたは良いけど………今日はメリッサさんに挑戦して。そしたら今度はキッサキシティに行く予定だから…。確かキッサキに行くにはテンガン山を、登らなきゃならないんだよねぇ…)」



今日はメリッサに挑戦予定だ。今まで彼女との純粋なバトルではボロボロに負けてきたが、最近の旅路でコンテストバトルでの戦法方法、対人戦演技を思い出すようにバトルに組み込んでいた。元々本来のアヤ達の戦い方はこっちである。

人を楽しませたり美しさを追求する為に入念に組まれたコンビネーション。それに事前準備が必要な戦い方だから基本、スピーディーなトレーナーバトルにはアヤ達は向いていない。
というより本来のポケモンバトルではそんなものは必要ないし、いかに早く相手のポケモンを戦闘不能にできるかがバトル勝敗の要である。

メリッサには未だにバトルで勝てたことはないが、恐らくコンテストの中の話しなら……たぶんポイント制で勝つことができる。……が。何のために今旅に出ているのか。自分の戦い方でバトルにも勝ちに行かなければ今回のグランドフェスティバルでの優勝は到底狙えない。ポイントで勝っても手持ちのポケモン全てが戦闘不能になってしまえば強制的に負けになってしまう。

その証拠にヒカリには開始から15分足らずで手も足も出ずボロ負けしたのを思い返してはアヤは苦い顔を繰り返した。

苦い思い出を振り切るようにアヤは瞬きすると、遠くの方に見えるテンガン山を視界に映す。



「テンガン山かぁ…」



山登りは自分が一番苦手としている徒歩手段。確かテンガン山はキッサキ方面に抜けると雪がずっと降るエリアだった筈だ。……これからあそこに行かなきゃならんのか、と思うと気がめいる。そして雪山と言うキーワードでぼんやり浮かんで来るのはやはり、レッドの事だ。

シロガネ山で6年間半袖で過ごした男。その名はレッド。

シロガネ山の山頂で初めて会った時は猛吹雪の中を半袖で過ごし、その上平然とした顔で勝負をしかけられた。しかもその時、……いや、たぶん会う前から高熱が出ていたはずなのに倒れるまで見た目に変化すらなかったという。

懐かしいいつぞやの超人の事を思い返しながら乾いた笑いが溢れる。 自分もレッドみたいな超人の人格が欲しいところだ。というかあの強さには憧れる。少しでいいから分けてもらいたい。

何たって疲れる事をまるで知らないような体にあの怪力。あれがあればポケモンの怪力や岩砕きが無くても自身でやってのけられる気がするのは自分だけか。



「ばう、ばばう!」

「………え?あぁ、うん。そうだね」



考え込んでいる内にヨスガシティの入り口は目の前だった。段々と思考が変な方向に傾いている自分に気付いたリオルが頭をバシバシと叩いてくれたのが幸いである。

足元の段差を慌てて飛び越えた。



「………?」



ヨスガシティに踏み行った時に、違和感。

ちょっとした違和感を感じた。

前にヨスガに来た時は今と比べものにならないくらいに人が多く、町中が活気で満ち溢れ、賑わっている。まるでお祭り騒ぎのようなこの雰囲気。…まるでグランドフェスティバルの最中みたいだ。



「………?グランドフェスティバルはまだ半年以上も先なはずなのに…」



何か出し物とか、それとも別のイベントか何かをやっているのかな?と首を捻る。あちこちに出店が出店されており、町中が明るい。
それに一番人が集まっている所はヨスガシティの中心とも言える建物、正にグランドフィスティバルの会場だった。というより自分の職場である。

他の地方でも数あるポケモンコンテストの中の、一番大きなコンテスト会場。そして全国大会となるべき場所が、このヨスガシティにあるグランドフィスティバル本部。いわば全国大会のような重要な場所だ。

自分達コーディネーターがそこに出場したいと夢見る場所。

そこがもう賑わっている。

なんだろう。今日はお祭りなのだろうか?



「ばう、ばうばーう!」

「わかってる!わかってるから頭叩かないで!」



とりあえずバトルで戦った皆を回復させる為にポケモンセンターに向かわないと。

バシバシ、バシバシとリオルに頭を容赦なく叩かれてセンターに足を運んだ。「こんにちは!……あら!アヤさん!お久しぶりですね」と笑顔で迎えてくれるジョーイにポケモンを預け、折角だから今この賑わいの原因を聞いてみる事にした。



「はい、お預かりしますね」

「お願いします。あ、ちょっと聞いてもいいですか?…今日イベントか何かやってるんですか?」

「はい!もうすぐここでグランドフィスティバルが行われるのはご存知ですか?今その前夜際みたいな感じで、会場で軽いコンテストやカーニバルが行われているんです。今も演技が行われている時間なのでお暇があれば見に行ってみたらどうですか?」

「えっ?そうなんですか…!?」

「本当ですよ」

「そ…そうですか…」


前夜際なんてものがあるのか。確か前はそんなイベントなかった気がするけれど。マリリンも特に何も言っていなかったから、もしかしたら昔から開催されているイベントだったのかもしれない。…単に自分は知らないだけで。



「んーーそれならちょっと興味あるなぁ…」



前夜祭のコンテストなら今回グランドフェスティバルに出場するコーディネーターも居るかもしれない。大きな大会前に出場するなんてそんなリスキーなこと、しかも自分の手の内を知られたくはないというコーディネーターが殆どだろうけど。
もしかしたら準備運動としてあえて参加する人もいるかも。



「グランドフェスティバルに出場する人もいるのかなぁ……」

「ええ!それなら何人か参加するコーディネーターさんもいらっしゃるようですよ」

「ほんとですか!」



それなら敵情視察も兼ねて観戦したい。

そうと決まったら会場に急げ!
聞けばもうグランドフィスティバルの出場者が着々と集まりつつあるって話しだ。残りの数ヶ月をここで調整するコーディネーターも多い。

確かグランドフィスティバルの最終エントリーはだいたい一ヶ月前から始まるんだったか…きっと早めに来てコンディションを整えようとしている選手が集まってるんだろうな。



「皆、見に行きたい?」

「ばう!」



ベルトについたボールが返事をするように揺れた。



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グランドフィスティバルはコーディネーターなら誰もが夢見る大舞台だ。言うなれば最終目標である。


グランドフィスティバルに出場するためには最低で5つのリボンを獲得しなければならない。コンテストがある地方…例えばホウエン地方とシンオウ地方にはコンテスト会場が各5ヶ所点在しており、そこで優勝すると与えられるリボンがグランドフェスティバルへの出場チケットになる。

ポケモンリーグではその地方のバッジを8個集めなければリーグに挑戦できないが、グランドフィスティバルなら地方は問わない。とりあえずどこでもいいから5つリボンを集めれば参加資格が得られる。

出場条件はリーグより厳しくは無いし優しい。

が!しかしコンテストは数十人が出場して一人しか優勝出来ないから倍率は高いし、そもそも優勝が難しい。リーダーに勝てば貰えるという訳では無いのである。

それ故にリボン5つを手にグランドフィスティバルに出場するコーディネーターは生半可なものじゃないし、本気で相手を蹴落として潰しにかかってくる戦いだ。

何が言いたいのかと言うととりあえずめちゃめちゃ技術力が高くて綺麗なポケモン達、コーディネーターがいっぱいいる大会である。

そりゃもうヒカリのようなのがうじゃうじゃいるだろう。そして昨年度のグランドフィスティバル優勝者はオープニングセレモニーを飾る一役を担い、その後は決勝戦で初めてお出ましとなる仕組みである。要はシード権がある訳だが。
出場者は今年の決勝戦を務めるのがヒカリからアヤに変わっていることを知らない。ヒカリは準決勝枠で初めて出てくる。



「(批判殺到だろうな……)」



それを知らない出場者も観客も、たぶん怒る。

そもそもミクリを殴って無体を働いた人間が何故ここにいるのか。この場に相応しくないと皆から言われて演技をしている場合ではないかもしれない。
………そうだ、本来ならもうコンテストに出場することおろか、コーディネーターを名乗るのも烏滸がましいのだ。自分が今こうしてグランドフェスティバルにまた参加できることが奇跡に近い。

それもこれも。全てヒカリがここまでアヤをつなぎ止めてくれているお陰だ。彼女の目標は昔も今もその先にはアヤが立っていた。その目標を正式な場で捩じ伏せることが彼女のゴールライン。



「っていうかヒカリちゃんって。なんでボクが目標なんだろう……」



今までコンテストに勝ち続けて成績を残してきたけど、肝心のグランドフェスティバルで暴力沙汰を起こした負の汚点なんて誰も目標にはしないだろう。自分の評価なんてプラマイゼロどころかマイナスである。

何故ここまで彼女が自分なんかに執着するのか分からない。

………しかしヒカリがトップの座を手放してまで、自分を指名してわざわざ連れ戻してまで準備をしてくれていることに関してはちゃんと誠意を見せなければならない。観客にも世間にも、情けない戦いや演技は見せられない。誰もが納得できる舞台を、ヒカリを押し退けて自分が見せ場を横取りする形になるのだ。過去最高のものを作り上げて、見世物にしなければ。



「―――ラグラージ、上空に水の波動」



は。とアヤは視界が広がった。

そうだった。今はグランドフェスティバルの隣の小さな会場でコーディネーター達が催し物をしているのを見に来ていたんだった。
いつものコンテスト会場のステージよりも少し大きめのステージで、ラグラージが構えている。

部分的に雨乞いをした空に水の波動が扇状に打ち出された。
凄まじい水圧が雲を凪ぎ払い、照らされた日の光で上空に上げられた水の波動に虹が掛かる。次第に散布した水飛沫が日の光に溶け込んで七色の光が反射しては鮮やかに光り続けていた。観客は全て空を見上げており、惚けたように口を半開きにしている。

そしてラグラージの少し後ろに控える彼。

彼も同様に空を見上げていた。

コツ、コツ、コツ、とラグラージのコーディネーターであろう少年が自分のブーツの踵を床に打って鳴らして独特なテンポを刻んでいて。「ハイジャンプ」という指示にラグラージは水の圧力と共に空へ華麗に跳んだ。



「潮吹き」



パチンッ、と指を鳴らす音でフィニッシュ。

更に遥か上空。大量の飛沫を上げてより一層、幻想的にそれは光る。七色に耀く飛沫を浴びながらラグラージは綺麗にコーディネーターの横に着地し、同時に観客へと流麗な仕草で頭を下げた。

「ブラボー!」と言うマイクマンの歓喜の声と共に沸き上がる観客の歓声。



「(き、きれい……)」



と同時にマジかよ……と唖然とした自分。頭の上に居たリオルも呆然としていた。
ただただ美しいその演技はたったの数秒の演技だが、その光景はいつまでも一つの写真のようにして脳裏に記憶された。それほどまでに美しかった。
そもそもだ。空の太陽の位置と光の屈折角度、観客の位置を計算して精密に計算された演技。おそらく演技する位置や観客の視覚の角度が少しでもズレていたらこんなに綺麗には映らない。



「(あの少年何者よ…)」



お辞儀をしてまだ頭を下げているせいで全貌は見えなかったが。
ヒカリにも劣らない演技力だ。彼女の他にもこんな、怪物級の演技する人いるの?え、ちょ、ボク、だいぶヤバくない?だってこの演技はグランドフェスティバルの舞台でも今はコンテストですら……っていうか勝負すらしてない。ただの催し物だ。それなのにこのレベルの高さ。

アヤは表情固くして考え込んだ。



「ま、まずい」



今の演技を見てはっきりした。

勝てない。

やっぱり今のままじゃ勝負にもならない。そうだ、何も自分に挑戦してくるのはヒカリだけではないのだ。みんな力のあるコーディネーターが王冠を狙っている。



「(…………うわ…)」



自分の背後から、足元から多くのコーディネーターが迫る恐怖感。そして歓喜というかなんというか、他人の演技を間近で見て得る物はやはり沢山あると言うが。表現し難い何か。心の底から今ムズムズと
ムクムクと刺激されるインスピレーションのようなもの。

それにしても、今の演技は凄い。

いいものをみた。

アヤは観客の拍手に合わせて自然と両手を打った。

そしてラグラージのコーディネーターであろう黒いタキシードを身に纏った彼が、ゆっくりとお辞儀していた上半身を起こす。



「(赤い瞳、)」



少年ながら綺麗な整った容姿。

そして最も印象的なのが正面を向く彼の射抜く、燃えるような真っ赤な瞳。レッドやワタルとは違うその瞳の色はそれよりも深い赤色。

深紅。

ゾクゾクと背中を這い上がるものはなんだろう。

フルフルと小さくアヤは武者震いして、「燃えて来たァ」と小さい呟きと一緒にリオルを連れて会場を後にした。





深紅のカーニバル

一瞬紅い目が合った気がした。



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